書評(平成18年07月20日)

『鉢屋秀吉』(黒須紀一郎著・作品社)

  (第一部陰の一族)
  鉢屋とは、ある技能集団のことである。この本によると、壬申の大乱の頃、国の体制からはみ出した山の民など浮浪人がいた。彼らは、薬師や鉱山師、鍛冶師、木地師など、呪術師、遊芸人など技能を持って飢えをしのいでいた。それらの民は、修験道の祖である役小角(えんのおづぬ)の周囲に集まり出し、彼に率いられ、藤原不比人などの体制側との戦ったが、役小角が捕らえられたことにより、新たな天地を求めて逃れていった。

 弥勒下生(みろくげしょう)の世を求めて、それらの民は天慶の乱の時、平将門に従った者などもいた。しかしそれも敗れると、一部の者は比叡山の八瀬の里に隠れ、忍法に優れた手練を選び出して、盗賊などを働くなどして生きていこうとした。
 ある日、念仏宗の空也の庵を襲って、逆に空也に諭される。そして彼に帰依した。空也は彼らの異能を活かせる働き場を与えるため、あちこちへ色々と周旋した。検非違使となったりした。また念仏遊行の道に進む者も出たりした。空也の念仏遊行の流れは鎌倉時代には時宗へとつながり、阿弥衆となる。

 これらの流れを汲むものは、八の者、鉢屋などと呼ばれたりした。空也が念仏に使う鉦が買えぬ者に、瓢箪を輪切りにして漆を塗った鉢を鉦の代わりに使うよう言ったので、このように呼ばれたらしい。
 時宗の遊行僧は勧進聖(かんじんひじり)になったりして、山を削って道をつけたり、橋を架けたり、井戸を掘ったりしたりもした。勧進聖の下には多くの技能者が組織された。それらは漂白の技能者が多かった。
 技能集団である鉢屋は、カスミ(縄張り)という秘密のネットワークを組織し、支配者でも農民でもなく、賎民の地位を解消し弥勒下生の世を実現することを願いとしていた。
 
 この小説は、秀吉が鉢屋の出身であるとし、展開している。母の仲は、地域の木地師や鍛冶師のカスミを束ねる関兼貞の娘であり、また秀吉は、鉢屋の総元締ともいうべき、乱裁石念(あやたちのせきねん)という全国の杣師や木地師のカスミを束ねる大親分(おおやぞう)と仲の間に生まれた子であった。また妻ネネ(この小説では「お寧」)も、尾張のカスミの束ねの娘となっている。とにかく、竹中半兵衛も、黒田勘兵衛も、蜂須賀小六も、千宗易(利休)も、生駒八右衛門なども・・・・・歴史上の非常に多くの有名人がを鉢屋の流れを引く者として描いてある。
 事実も一部あるかもしれないが、ほとんどは勿論、作り事であろう。
 なかなかこういう荒唐無稽な異伝も面白いものである。
 異能者を描くことが得意な黒須紀一郎氏の傑作のひとつと言ってもいいのではないか。

 (第二部 筋者の道)
  第一部の方のコメントでも書いたが、この本では、戦国時代、起きた多くの事件・戦いが、筋者・鉢屋が裏で関わり、大きな影響を与えたということになっている。勿論フィクションである。

 たとえば桶狭間の戦いも、鉢屋が今川義元をあの場所に導き、織田信長に討たせたということになる。『武功夜話』でも蜂須賀小六らが、土豪に化けて桶狭間付近で今川を饗応する話が出てくるが、この本では完全に鉢屋の計略として、この裏工作が行われている。
 この筋者たちのネットワークは、秀吉を、鉢屋の総元締・乱裁石念(あやたちのせきねん)の後を継ぐ人物として認め、天下人にしようと後援する。秀吉は信長の後の二番手として、当初は信長も同時に後援する。金ヶ埼の撤退も、姉川の戦いも、長篠の戦いも、姉川の戦いも、皆鉢屋の筋者が何かしら助力する。
 乱裁石念が、上月城の近くで、罠に陥り死ぬと、秀吉がその後を継いだ。
 信長が、その蠱疾を強めていくと、千宗易、今井宗久など鉢屋一党は、信長謀殺の計を練る。そして中国方面へ秀吉・光秀双方が征西した時点で、秀吉の方から信長への出師を願い、信長が西へ移動後、家康には東から攻めてもらい、姫路あたりで信長を挟み討ちにすることで、裏工作する。

 さて秀吉が中国方面の要衝・高松城を包囲し水攻めをはじめると、予定通りに信長へ援軍要請した。信長は光秀に秀吉を助けるよう命じて、自分は上洛し、本能寺に泊まった。ここで光秀は鉢屋との約定を破り、丹波亀山から老いの坂を下ると、京の信長が泊まる本能寺に討ち入り、信長を討ち果たす。しかしそれも十数日の天下だった。

 秀吉は中国から大返しで反転し、約定をたがえた光秀を、山崎の合戦で討ち取る。柴田勝家も数年後倒すと、秀吉は天下をとる。しかし官位を昇進させていくうちに、秀吉は、次第に筋者としての誇りを捨ててしまう。筋者の総元締でありながら、筋者が弥勒下生の世で生きられるようにするという願いを忘れてしまう。その上、浅井の恨みを晴らそうという茶々(淀君)の手練手管に操られどんどん荒む。苛斂誅求、贅沢三昧、豪華な生活、朝鮮出兵など行う。
 鉢屋の筋者としての生き方を守ろうとする母の仲と、妻のお寧は、子として(夫としての)秀吉に見切りをつけ、鉢屋の総元締を秀吉から、同じ阿弥衆の出の家康に、鉢屋の総元締を継がそうと決心する。・・・・・

 かなり詳しくストーリーを書いてしまった。まあとにかく、鉢屋が秀吉の生涯の事件の殆ど全てに関わるとしている作品だ。小説なのだから、細かいことは言わずに、楽しむのが一番かもしれない。