書評(平成17年09月04日)

『曹操残夢〜魏の曹一族〜
(陳舜臣著:中央公論社)

 陳舜臣さんの本を久々に読んだ。私は中国史に非常に興味があるので、以前は陳氏の作品を片っ端に読んでいた時期もあった。しかしここ1,2年遠ざかっていた。陳氏の三国志関係の長編では、『秘本三国志』、『諸葛孔明』、『曹操〜魏の曹一族〜』は一応全て読んでいる。これは『曹操』の続編ということらしい。

 三国志というと、蜀の劉備・関羽・張飛・諸葛孔明を英雄的に描いたものが多いが、陳氏は『秘本三国志』自体、その傾向を訂正し、浮屠の教え(仏教)を信じる者達がストーリーに深く関わった今までに無い新しい三国志を書いた人である。『諸葛孔明』は軍師としての孔明というより人間孔明に重点を置いていた作品だった記憶がある。また『曹操』は、完全に曹操を中心に、優れた政治家・文化人としても優れた側面を描き出した名作である。

 ところで、今のように蜀贔屓の三国志が多く書かれるようになったのは、正史「三国志」を書いた陳壽が魏に仕えこの書を書いたものの、もともと蜀の人間だっため、魏が編纂したにもかかわらず蜀贔屓の記述が多くなったため、という話をつい最近読んだ。その後、民衆の神様にまでなった蜀の英雄たちの逸話(英雄譚)が色々つくられ、それらが次第に纏められ、三国志演義になったのである。

 先にも述べたが、曹操は「三国志演義」(羅漢中作)では、かなり悪者に書かれている。しかし実はかなり優れた政治家で、当時の一流の文化人であったことは、曹操の書き残したものなどからも窺がえる。その辺の話は、この本の先の編の『曹操』の方に書かれているが、続編にあたるこの本では、主に曹操以降の曹丕、曹植、曹叡、曹芳、曹髦、曹奐など、魏の建国から魏の滅亡(晋国の建国)までの曹一族を中心とした話である。

 曹丕や曹植が、曹操以上に詩作に長じていたことも有名。この兄弟間の後継争いは、三国志関係の本でよく取り上げられているが、この本では実際にはこの2人の兄弟は、仲がよく、心が通じ合っていたとする。私もそのような気がする。

 この本では、普通の三国志演義のように合戦に重点はおかず、逆に戦いの模様などはさらりと事実だけ記して、曹一族を中心とした人々の王族(皇族)としての心の変遷、兄弟愛など心理面に重点が置かれた小説である。

 また曹一族のみならず魏の後半に実質魏を支配した司馬仲達をはじめとした司馬一族の話も面白い。特に小説の最後に述べられている「(司馬)仲達は宮仕えしたくなかったが、野に偉賢があるのを好まぬ太祖が無理に出仕させたのだ。出仕しなければ殺されるおそれがあった(中略)。仕方なしに仕え、身を守るために力をたくわえ、それが曹家を陵駕したのだ。するとよけい我が身を守らざるをえなくなった。仕方梨に天下をとったようなものだ」という文句には、歴史の不思議さ、面白さを感じざるを得ない。

 とにかく面白い本である。お薦めの一冊です。