東京都八王子市旅行記


横山党の史跡
小野妹子、小野東風、小野篁、小野小町などを輩出した小野氏が、横山氏と名前をかえて
住み着いたという場所が八王子市横山町です。

元横山町には、縁の妙薬寺、横山神社があります。
妙薬寺、横山神社は結構離れていますが、かつては同じ敷地で、ここに横山氏の屋敷があったのだそうです。
かなり広大は屋敷だったと思えます。

横山氏は、相模原市とその近郊へも勢力の伸ばしました。
相模原市とその近郊の横山党については、こちらをご覧下さい。


妙薬時(元横山町3-18) 文和4年(1355)創建
境内は、横山党の本拠地だったそうです。

妙薬時境内にある横山将監小野秀綱供養塔
永禄3年(1560)造立という伝承を持つ。
和田合戦で負けた後も、
横山氏の末裔がこの地にいたということになりますね。

八幡八雲神社

小さな横山神社


八幡八雲神社は、鉄筋コンクリートでできた、
大きくて立派な神社です。
小野氏が武蔵守としてこの地にやってきたとき、
岩清水八幡宮を勧請したのが始まりとか。

横山神社は八幡八雲神社の境内にあります。
小ぶりというか、とても小さいというか、
八幡八雲神社の大きさに圧倒されます。
横山神社は横山党の始祖横山義孝を祀った神社で、
和田合戦で横山党が敗退した後、
この地を支配した大江広元が建保2年(1214)に
創建したと言われています。

この横山神社の隣に『横山党根拠地』の
案内板がありました。
横山神社の隣、横山党根拠地
教育委員会の看板があります。
妙薬寺の寺紋について
八王子は古くは横山党の活躍、中世には北条氏照らの活躍、
さらに江戸時代における八王子千人同心、
幕末に おける多摩武士団の中核など、絶えず歴史の表舞台にあ りました。
先日、八幡八雲神社から妙薬寺、極楽寺、大義寺と歴史 を舐める史跡廻りを致しました。
妙薬寺の門をから中に入ろうとしたとき、立派な門扉に 三つ葉葵の寺紋が付いておりました。
チョット気になり、 お寺の方にお伺いしたところ、江戸時代に徳川11代将軍 より拝領したとのことでした。
どんな理由で拝領したのか 重ねてお伺いしたかったのですが、
ご多忙の様子でした ので又の機会にと思いました。
田町遊郭跡
JR八王子駅北口から、線路に直角に、北方向に進むと、淺川にぶつかります。
暁橋に出たら浅川に向かって左側がかつて遊郭の町だった田町です。


田町から見る淺川・暁橋

甲州街道沿いにあった遊郭が、
明治30年の八王子の大火以降、
淺川沿いの田町にまとめて移転となったそうです。


田の字に町並みが区割りされたところへ移転したので、
田町と後から名づけられたのかもしれません。

田町は、真ん中に大きな通りがあって、
かつて遊郭であったろう建物が点在しています。

現在も人が住んでおられるところもあれば、
空家になっているように見えるところもありました。

3軒の写真を撮らせていただきました。
遊郭であったかどうかは分からないのですが、
多分!と思っています。
赤い格子にそれらしい雰囲気があります。

間口は狭いけれど、奥が深い!

これが裏口だと思えます。
上の建物。こんなに奥が深い建物です。

蔦の絡まる雰囲気のある建物。人が住んでおられるようでした。



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