岐阜県旅行記

郡上市・郡上八幡
郡上八幡城 お城から見た町の風景

06/07/30、通りがかりに、郡上八幡に立ち寄りました。初めての訪問です。
美しいお城と古い家並みが見所です。
お城の天守閣と隅櫓は昭和8年に建てられた木造で、最築されたものとは言え、なかなかの風格があります。
現在NHKで放映されている大河ドラマ『功名が辻』のヒロイン千代は、NHKのドラマと違って
郡上八幡城主の娘であったと盛んにキャンペーンしていました。
天守閣から見下ろす風景も、なかなか美しいものでした。

大正ロマンを漂わせる家並みは、きれいに保存されていて、ふと生活上の不便はないのかなと思ってしまいました。
そんな勝手なことを思いつつも、タイムスリップしたような気分で楽しめました。
町のところどころに、水飲み場があって、ペットボトルを持ち歩く必要はありませんでした。
ただ、一つ残念だったのは、街中で買った『ほう葉すし』が、郡上八幡への道すがら道の駅で買った
ものよりかなり品質が落ちていたこと。
道の駅で食べた『ほう葉すし』がとても美味しかったのでと、再度買ったものだったので、結構がっかりました。

美しい古い家並みが残っています。

歴史を感じる古い家 水が美味しい郡上八幡

吉田川にかかる新橋から、ジャンプしている若者を見ました。高さ12mあるとか。
飛び込む姿も美しくて、しばらく見ほれていました。


荻町・白川郷

世界遺産に登録されている合掌造りの村・白川郷。
久しぶりに通りかかったので(06/08/01)、寄ってみました。
以前来たときは、合掌造りの家のお蕎麦屋さんで、お蕎麦を食べたような記憶があります。
今回寄ってみると、村全体の雰囲気が違っているように思えました。
何がどう違うのか、はっきりしないのですが、それでも世界遺産である合掌造りの建物を楽しみました。


荻町城址から写した白川郷の全景
美濃市・名鉄美濃町線旧美濃駅

名鉄美濃町線(関ー美濃ー岐阜)の旧美濃駅は、大正2年(1923)10月にできた歴史のある駅です。

しかし、車社会の進展に伴い、平成11年(1999)4月1日、新関駅から美濃駅までが廃線になりました。
廃線になったとき、先人の功績を称え、歴史に残すため、駅舎と車両を博物館として公開する事になったそうです。
最初、博物館だと知らずに、思わず入ってしまいました。
駅舎に入ってみると、駅員さんがいそうだし、電車は動きそうです。
鉄道マニアでなくても、何か心うたれるものがあります。
私は電車が好きだけど、でもつい車に乗ってしまうのです。

恵那市・酒折棚田

06/07/30、通りがかりに、酒折棚田の看板があったので、見にいきました。
この日梅雨があけて、快晴!緑が美しい棚田に思わず歓声をあげてしまいました。

棚田は、傾斜地の有効利用というだけでなく、雨水をゆっくり流すことで、洪水や土砂崩れを防ぐ効果もあるそうです。
『日本棚田百選』ということばを聞いたことはあったのですが、
農林水産省が認定しているものだとは、このとき初めて知りました。
因みに酒折棚田は、平成11年7月26日に、『日本棚田百選』に認定されたんだそうです。
恵那市・菊牛蒡の味噌漬
中央線恵那駅の前に、美味しい菊牛蒡の味噌漬を
売っているお店がありました。 『水半』と言います。
菊牛蒡というのは、細くて20cmぐらいの長さの牛蒡
なのですが、味噌漬にしてもシャリシャリして
歯ごたえがよく、長い間のファンでした。
菊牛蒡は水半というくらいの大ファンで、
今回時間がなかったのですが、無理してちょっと寄ってみました。
ところが恵那の駅がすっかり変わって、都会のイメージになってしまっています。
水半も場所が少し変わって、鉄筋コンクリートの建物に なっていました。
菊牛蒡を売っている様子もなく、駅で聞いて見ると、牛蒡の漬物を作っていた人が亡くなって、
もう菊牛蒡漬けは作っていないとのこと。 ひどくがっかりしました。

駅前にあるおみやげ物屋さんに行くと、そこでも牛蒡のお漬物を売っていました。
そのお店で水半の菊牛蒡が買えなくて残念だと散々愚痴ってから、
そのお店にあった試食用牛蒡を頂いてみると、水半に負けず美味でした。
その牛蒡を買って、フト気がつくと、そのお店で売っている牛蒡漬けは、 そのお店の自家製で、
コンクールで一等賞をとったものだとのこと。 トロフィーもありました。
水半のことばかりを残念がったことを、申し訳なく思い、お詫びしてお店をでました。
そのお店の名前は『わかまつ』。
駅を出て通りを渡ったすぐ右側にありますので、 皆さま、恵那に行かれた折は、ぜひお立ち寄りください。

  注:味噌は洗っても洗わなくても良いでしょう。
中津川市・第三セクター明智線阿木駅
阿木駅ー明智方向 阿木駅ー恵那方向

JRが民営化されたとき、明智線(恵那ー明智)は、
第三セクターとして残りました。
両親の故郷が明智線阿木だったので、
子供の頃、よく出かけました。

2003年夏、ちょっと通りがかったので
駅だけ見てきました。

駅はもちろん新しいものですが、
たまたま駅についたとき、電車がやって来ました。
懐かしい明智線!
今回は時間がないので、次回はきっと
乗ってみようと思います。

中津川市・馬と一緒に住む家
岩手県遠野に行くと、曲がり屋といってL字型の家があります。
ここは、馬小屋が家の中にあるとのこと。 かなり以前、見に行ったことがあります。
ところが最近知ったことなのですが、父方の祖父母宅(現在岐阜県中津川市)でも
かつては馬小屋が家の中にあったというのです。
玄関を入ると左側は、いわゆる座敷が九つ。
そのうち日当たりの悪い北側の部屋三つが家族の住居。
お客様のために、日当たりの良い、気持の良い部屋を使い、家族は寒い北側で生活していました。
残りの六つは襖を取ると大広間になって結婚式もお葬式もここでします。
玄関を入った右側に、部屋が二つあるのですが、ここがかつては 馬小屋だったそうです。
今は畳が入った普通の部屋になっています。 病の祖父、祖母が寝ていたのを覚えています。
私が物心ついてときは、勿論馬小屋は座敷になっていたので、
そこが馬小屋だったなんて全然しりませんでした。
今思うと随分大きな家ですが、特にお金持ちとかではなく、
むしろ父は子供のころ貧しかった話しをよくしてくれたものです。
平屋ですが、二階の様な蚕を飼うスペースもあります。
縁側で繭を紡いでいた祖母のことはぼんやりと覚えています。
囲炉裏のあるこういう家が懐かしく、住みたいと思うのですが思うだけの夢です。



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