懸磬=家の中には、梁にぶらさげた磬石(たたいて鳴らす石)だけしかないように見えることから、家が貧しくて、何もはいこと。
磬=楽器の一種で右図参照。
千章=「章」は「本」の意で、千本すなわち「多くの木」。
壁上=壁のおもて。
偈=仏の徳を称えた詩が本来の意であるが、仏教的な詩、僧
侶の作る詩も含まれるようになる。
竈=かまど。
更=まったく。(句中に否定があるので)
隣寺=五合庵下の本覚院か宝珠院か、それとも国上寺だろうか。
敲=たたく。
ひっそりとしてわびしい五合庵は、じつに磬(けい)のように曲がった梁があるだけで、室内には何もない。庵の外には大きな杉の木が多く立ち並び、壁には詩を書き記した紙が幾枚か張ってある。しかし、米を炊く釜の中には塵がたまり、かまどの中にはまったく煙もあがらない。ただ、隣の寺の僧が訪ねてきて、月の光の下で、しきりに門をたたいている。
この詩は、五言八句の古詩である。なお、三句と四句、五句と六句、七句と八句は対句になっている。この詩の対句は、『寒山詩』の「甕裡長無飯、甑中屡生塵」や、『後漢書』の「甑中生塵茫史雲、釜中生魚茫屡蕪」の応用であるが、対としては良寛の方が優れている。
最後の句は、有名な唐の賈島(かとう)の詩「鳥宿池辺樹、僧敲月下門」からのものであろう。
五合庵は西蒲原郡分水町国上の国上山中腹の国上寺境内にある。良寛さんが五合庵に在住した初期は、托鉢に出ても、あまり施物がなかったのであろう。そのため、釜は用いていないから時に塵が積もり、かまどから煙は立ちのぼらないという。物質的に窮乏の生活であった。
この遺墨は『草堂詩集』「天」の部にあり、「天」に収められた詩には題がなく、雑詩と呼ばれている。
この遺墨をみると、
鶴銘から影響された四角な書体、王義之から影響された長方形の書体がが混って見られることから文政元年から同二年の書と思われる。
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索々=わびしい。寂しい。むなしい。
五合庵=良寛が約20年間住んだ庵。
真言宗国上寺(こくじょうじ)の住職の隠居所であった。国上寺中興の祖万元(ばんげん)和尚が貞享の末
(1684〜1688年) 頃、もとあった寺院の廃材を利用して建て、一日に五合の米を支給してもらったので、「五
合庵」と名がついたという。