良寛さんは越後・出雲崎で名主兼神官を務める橘屋・山本家の長男として生まれました。故あって18歳の時、隣町の曹洞宗・光照寺に入ります。暫らく経て22歳の頃、備中玉島(岡山県倉敷市)の円通寺住職・国仙和尚が光照寺の参禅会に訪れました。良寛さんはこの国仙に従って出家得度し、正式の僧になりました。以後11年余り玉島・円通寺で厳しい修行に耐え、良寛33歳の年に師・国仙から「印可の偈」(仏道の悟りを得た証明書)を受けました。翌年、国仙和尚が示寂されると、良寛さんは諸国行脚に出ます。そして5年後越後へ帰りました。
良寛さんは財産、名誉、権力など人間を惑わす全ての想念を取り払い、隠遁僧として自然を愛し、山中独居、乞食行脚(こつじきあんぎゃ)の生活を厳しく実践しました。生活は貧しくとも、人としての恩愛の情を堅持していました。ですから大人も子供も良寛さんに対しては、疑念を持たず安心して接していました。また良寛さんは人間だけでなく草や木、動物にまでも同じ愛情をもって接しました。
| 良寛さんはどんな人 ? |
日がな一日を「かくれんぼ」や
「毬つき」などで子供達と遊ぶ良寛。
宗門の戒めに背き、酒をのみ煙草もすいながら
多数の詩歌を詠んだ良寛。
印可の偈(免許状)を受けながら、
生涯一寺の住職にもならなかった良寛。
僧侶でありながら経を読まず
説教もしなかった良寛。

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