【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





【10:10:13/02:00:12 】



>>>猫田さんがログインしました。

Masa:ばんわー

猫田:ばんわニャン♪こんな遅くでも繋がるニャんて、相変わらずお盛んニャねw

Masa:違うし! ネトゲやってるだけだし!

猫田:学校は?

Masa:行ってるよ―? 夢の中でなw

猫田:完全な昼夜逆転ニャね。
 ……ワシ、どうしてお前さんが未だに退学にニャらニャいのか、不思議でニャらんよ。

Masa:そこはそれ。ボクこう見えて出席だけはしてるし。名簿の上ではだけどねーw

猫田:……ニャら良いけど、たまには主にも顔を見せるニャよ?

Masa:そうそう千代サマ! 来週には模擬戦本番だけど大丈夫なの? 勝てそう?

猫田:まぁ十中八九、負けるニャね

Masa:おいおい待てコラ。仕事しろよ参謀。

猫田:参謀だからこそ分かっちゃうのニャ。何せ今回の東軍は東国の大大名が揃って参戦拒否。
 中小勢力を掻き集めて数だけは揃えたけど……正直な話、ワシらが気張らんことには始まらんニャ。

Masa:うわ……噂以上に差がありまくる。西軍には毛利が両川そろえて参戦するとか聞いたし、
 長宗我部に大友までとか――東軍オワタ\(^o^)/

猫田:とは言え、そこが狙い目ではあるけどニャw

Masa:どゆこと?

猫田:西軍には大大名がガン首揃えてるだけに、いくら策士殿でも頭ごニャしに命令するのは難しい
 と云うことニャ。

Masa:確かに木下のサルはあくまで織田家の一家臣だし、家柄とかに拘る連中が格下の言うことを
 素直に聞くわけないかー。

猫田:策士殿もそこは読んでいると思うから、楽観はできニャいけどニャ。
 ……ところでMasa、お前さんはこの模擬戦で諸大名が最も重視することはニャんだと思う?

Masa:うわいきなり教師面だよ。でも知ってるし! そんなの「無理して戦わないこと」だし!

猫田:満点ニャン♪ ついでのその説明もプリーズ。

Masa:面倒くさ……つまり模擬戦だから勝っても領地もらえないし、そんな戦いで兵士が怪我でもしたら
 今後の戦略に関わるし、相手にも手の内知られて不利になるし

猫田:だからこそ諸大名は、この戦に「怪我しても構わない連中」をこぞって投入してくるのニャ。
 若手の錬成しかり、新顔のお手ニャみ拝見しかり。
 何せ犠牲を払ったところで、ちっとも割に合わニャいのがこの東西模擬戦ニャのニャ。

Masa:説明乙。……で? ボクに何しろって?

猫田:物分かりの良い部下がいてワシは果報者ニャん♪ Masaにはとりあえずネットで毛利に関する
 流言をばらまいてほしいのニャ

Masa:つまりステマですね分かりますw 構わないけれどどんな? 今の毛利家当主が水虫持ちとか?

猫田:いやいや、そんな幼稚な悪口ではニャくて。 『織田家は近畿制圧後、木下藤吉郎を中国地方
 攻略に当てるつもりでいる』――そう噂を流してほしいのニャ

Masa:ちょっと待って! それ織田家の軍事機密じゃん! ダメだろ常識的に考えて!

猫田:安心するニャ。諸大名は多かれ少なかれ把握している情報ニャ。

Masa:だからってボクらがバラしたら、それ立派な背任行為だし!
 バレたら千代サマどころか徳川自体のピンチじゃん!

猫田:だからMasaにしか頼めニャいのニャ。お前さんニャら決して足が付くようニャヘマはしない。

Masa:否定はしないけど、そうまでしてアンタは何がしたいのさ。ボクら織田家とも仲良くやってじゃん」

猫田:今のところ……だけどニャ。三方ヶ原の敗戦以来、徳川は独力では領土拡張もままニャらニャい
 有り様ニャ。同盟相手の織田家に支援を受けているが、正直現在の力関係では属国も同然ニャ。
 主は信長公を盲目的に慕っているが、その逆はニャい、、、、、、、 。だからワシらは一刻も早く織田家と対等に
 付き合えるだけの力を付ける必要がある。その為には同盟関係を逆手に取ることも必要ニャよ?

Masa:……確かに、それはボクら裏方の仕事だし。
 だけど、わざわざ危ない橋渡ってでも裏工作をしかける狙いはなに?

猫田:――毛利の足を確実に止める。両川にも離間工作を図るつもりニャけど、噂を流すことで毛利は
 木下を一層警戒し、意地でも兵力の損失を避ける筈ニャ。西軍最大勢力である毛利が動かないことで、
 諸勢力も二の足を踏む――そこまでうまく行くかどうかは不明ニャけど、試してみる価値はあるニャ♪

Masa:じゃあアンタは東軍を、本気で勝たせるつもりなんだ

猫田:当然ニャ。その勝利を通して、東国の諸勢力に徳川の名を売り込むのニャ♪

Masa:……了解したし。でも無理すんなよ?
 三方ヶ原の時だって、ボク心配でネトゲも捗らなかったんだから

猫田:ゲームするだけの余裕はあったってことニャね……



【10:10:13/02:11:32 】









第三十八話 『関ヶ原の戦い〈後編〉』



【1】

 美濃国関ヶ原――その土地を再現した天乃華学園の多目的運動場。通称《合戦場》。
 天華祭最終日に行われる東西模擬戦の会場である其処は、三方を山に囲まれた平地である。
 午前9時――模擬戦の開始が花火によって告げられると同時に、木下藤吉郎を総大将に据えた西軍は、部隊を二つに分けて進軍を開始した。
 本隊は西から中山道を通り、松尾山に本陣を敷く。
 もう一方、毛利輝元(もうり てるもと)を筆頭に吉川・小早川の両川を従えた別働隊は南の伊勢街道を抜け、毛利輝元と吉川広家は東の南宮山に。小早川秀秋(こばやかわ ひであき)は松尾山にそれぞれ到着を果たした。

 他の諸大名もその三山に分かれて布陣を果たすが、その間ただの一度たりとて戦闘が行われることはなかった。西軍の行軍が迅速であったことは確かだが、加えて東軍の足が鈍いこともまた事実である。いち早く戦場に到着した西軍の布陣を見た多くの観客は、その時点で西軍の勝利を確信していた。素人目にもはっきりと分かるほど、西軍の布陣は軍事学上隙の無いものであった。
 大きく翼を広げた鳥を思わせる鶴翼陣形。
 加えて部隊の多くは平地を見下ろす高所に陣取っている。
 東軍がどの部隊を攻めたところで地形上の優位性を確保した西軍は守るに堅く、攻めるに易い。加えて東軍が本陣に攻め入ろうとすれば、西軍は翼を大きく広げて三方から敵を包囲してしまうだろう。
 東軍の応援席からは失望の溜め息が漏れ、西軍の応援席では早くも勝利を祝う声が上がっていた。

 それでも大軍を率いて関ヶ原を目指す東軍総大将、徳川家康(とくがわ いえやす)の顔に焦燥の色は微塵も表れていない。泰然自若――と云うよりは些か緊張感に欠ける風情すらある。

「分かった。報告ありがとう」

 西軍が布陣を完了したとの報告を受けた家康はふわりと微笑んで、伝令を労う。
 自身の口から伝えた内容が、東軍にとって決して良い報告ではないと知っていただけに――家康の反応は伝令の少女を戸惑わせた。

「姉やの言った通りになっちゃった。悔しいけれど、やっぱり動きが速いなぁ……」

 伝令が立ち去ったあと、家康は小さく嘆息した。参謀である酒井忠次(さかい ただつぐ)から事前に聞いていたとは云え、敵が軍事上の優位性を確保したと聞いて、不安を覚えない筈もない。蒼くゆるやかに波打つ髪を指先で玩ぶのはそんな心情の表れではあったが、けれど彼女は内心の不安を外に出すこともない。家康と云う少女を知っている者はその変化に我が目を疑うであろう。
 事態を正確に把握しながら、悲観に思考を乱すことも、楽観に耳を塞ぐこともなく、「なんとかなるさ」と自然体で戦況を見据える余裕は、以前の彼女には期待できなかったものである。

「やえちゃん、ばらちゃん、千代たちは当初の予定通り、このまま中山道を直進して関ヶ原に布陣するね?」

 家康の隣に並び立つ二将のうち本多忠勝(ほんだただかつ)は無言で頷くが、もう一人、榊原康政(さかきばら やすまさ)は二つ返事のあと、「でも……」疑問を切り出した。

「南宮山の敵には何もしなくて良いのかよ千代様? 忠次は動かないって言ってたけど、退路を断たれる可能性は否定できないぜ?」

「そうだね……じゃあ、100人ほど兵を残して退路を守らせようか。でも決してこちらから仕掛けちゃダメだよ?」

「おう! じゃあ浅野と山内にそう伝えてくるぜ!」

 自分の提案が採用された喜びもあるのだろう。声を弾ませて康政は本陣を離れていった。
 後背を守る任を授けられたのは、どちらも康政と同じ風紀委員でもある。その誇らしさもあるのだろう。興奮のままに走り出すその背を見ながら、家康は可笑しそうに顔を綻ばせる。

「もぅ、ばらちゃんったら……」

「……主、良い顔をしている」

 突然、忠勝が家康に声をかけた。戦場に立てばいつも以上に無口になる彼女が、他愛もない言葉を口にしたことに家康は驚きを隠せなかった。

「え? 千代、そんなに変な顔をしていたの?」

「ううん、違う。今の主は気負いの無い顔をしている。だから、それだけ――」

 普段言い慣れていない発言であった為か、珍しく忠勝は語尾を濁らせた。
 よく見るとその頬には僅かな朱が刺している。

「あは、あはは……でも別に余裕があるわけじゃないの。ただ――この本に『大将はいつもどーんと構えていろ』って書いてあったから」

 そう言って家康がジャージの上着から取り出したのは、毛筆で『甲陽軍鑑』と記されたメモ帳サイズの冊子であった。

「武田先輩がね、千代にくれた本なの。戦のことから平時の心構えまでいっぱい書かれていて、すっごく為になるのよ? 千代は今までこんなもの必要ないって、読まずに避けていたの。今でもページをめくるのには勇気がいるけれど…・…」

 家康の脳裏に再現される光景。
 設楽ヶ原を再現したその場所で彼女は初めて自分の気持ちを、心に抱いた誓いを口にした。
 『皆を守る。その為には何だってする』――と。
 あの時、辛辣な言葉で家康を責めたにも関わらず、未熟で具体性のない言葉を王道と受け止めた少女が記した一冊の軍学書。敵味方の区別を超え、彼女の言葉は今も家康を導いていたのである。

「きっと今の千代には必要な知識なんだ――そう思っていつも持ち歩いているの? 変……かなぁ?」

 忠勝はただ首を横に振った。

「主の心のままに」

 世辞ではなく本心からそう願って。
 そして一時間後――忠次の予想通り側面から襲撃を受けることもなく中山道を踏破し、家康率いる東軍は関ヶ原に布陣する。眼前には笹尾山に翻る、木下隊の軍旗。本隊同士が睨み合うように布陣し、かくて東西模擬戦は闘劇の瞬間を迎えた。




※史実とは異なります








 模擬戦開始から一時間と少し。嚆矢を放ったのは関ヶ原に布陣した東軍であった。
 笹尾山の麓に陣を構える宇喜多秀家(うきた ひでいえ)の軍勢に向かって、半身半馬の騎兵軍団が突撃を敢行する。その左肩に真っ赤なスカーフを巻き、"赤備え"と云う異名で畏怖される少女たちを率いるのは、武田二十四将が一人にして武田家の次期後継者――武田勝頼(たけだ かつより)であった。
 自らも半身半馬の騎兵として先頭に立つ勝頼だが、しかし手にした獲物は使い慣れた
斧槍ハルバード ではなく、矛先に布を巻いた訓練用の模擬槍。一部を除いて《武神技》の使用が禁止されている東西模擬戦では、武装は全て訓練用の武器のみとなる。加えて《力》を注げば半自動的に《武神甲》を展開する制服や合戦装束も禁止され、合戦に参加する《武神》は全員体操着の着用が定められていた。
 その為本来であれば《武神甲》で完全に弾かれてしまう訓練用の武器でも、肉体にダメージを与えることが可能となっている。尤も制服に頼らずとも《武神》が《武神甲》を展開することは可能であるため、参加者は相手に《武神甲》を展開させることなく打撃を与える必要があったのだが……。

「全騎、只管前方へと駆けよ! 流れ矢など掠りもするものか!」

 かつて設楽ヶ原で織田軍の鉄砲に騎馬隊を蹴散らされた勝頼であったが、敵陣から放たれる矢をものともせず突撃を敢行するのはその意趣返しなどではない。
 矢を超える射程。点ではなく面で張られる弾幕。そして戦場を見通す"神の眼"。
 それらを欠いた射撃など、勝頼率いる騎兵には恐るるに足らない。
 たちまち騎兵は宇喜多軍に肉薄し、突撃の勢いを乗せた槍が敵陣を貫く。中でも先頭に立つ勝頼の武勇は稲妻の如くに轟いた。
 敵の歩兵が《武神甲》を展開する前に、槍の穂先が首元の代理タグを打ち砕く。槍を引きもどしつつ周囲を薙ぎ払うと二人の敵兵が吹き飛ばされ、死角から襲撃をかけようとした他の敵兵は二の足を踏んでしまう。
 敵が怯む間、勝頼の馬蹄は敵兵を文字通り蹴散らし、あっと云う間に戦場から離脱してしまう。騎兵の足と勢いを生かしたヒット&アウェイ。槍を突き入れられ、馬蹄に踏みにじられた宇喜多軍は戦陣を乱され、再び穂先を揃えて突撃してきた赤備えに翻弄されるがままであった。

「貴様が大将かッ!」

 敵陣深くに切り込み、狼狽する敵将――宇喜多秀家を発見した勝頼は模擬槍の穂先を秀家に向ける。
 騎兵と正面から渡り合う歩兵ほど愚かな兵士はいない。秀家が逃げだそうとすると、勝頼は当然彼女を追撃するが、しかしその前に秀家の部下が壁となって立ち憚った。
 長槍を構え騎馬の突撃を防ごうとする宇喜多軍の兵士たちであったが、勝頼はリーチで勝る長槍などものともせず、正面から突撃をしかける。それを迎え撃たんと敵兵が一斉に長槍を突き出した瞬間、勝頼の身は宙を舞っていた。
 唖然として空を見上げる敵兵の眼前で、勝頼は体ごと槍を横に薙ぎ払い――突き出された長槍を全て叩き折ってしまう。獲物を破壊されて狼狽する敵兵を文字通り飛び越え、将を追わんとする勝頼。
 しかし――

「――――ちぃッ!?」

 その進行を阻むべく、降り注ぐ矢の驟雨。
 勝頼が槍を振りまわして矢を叩き落とすも、遠間から射かけられる矢は一向に減る気配を見せない。

「勝頼様、一旦退きましょう!」

「言われずとも分かっている!」

 敵将を討ち逃がしたことを悔いる勝頼であったが、その屈辱に判断を誤る愚は犯さない。
 素早く兵をまとめて撤退する勝頼と入れ替わるように、榊原康政を始めとする東軍の先鋒が戦陣を崩された宇喜多軍に殺到する。
 しかし西軍も友軍の危機を黙って見過ごすほど薄情でも愚かでもない。山の麓から東軍の先鋒を迎え撃たんと、木下隊の諸将が兵を率いて進軍を開始していた。
 ほどなくして関ヶ原は東西両軍が入り乱れる混戦の模様を呈し、結び合う刃音は戦場に反響して、兵士を狂奔へと駆りたてる。
 互いに一進一退を繰り返しながら、勝利の天秤は未だ揺れ動いていた。







「小西隊は前進やー! 後藤隊は敵を引きつけつつ松尾山方面に転進!
 赤座、小川の部隊と共に仙石のどアホをけしかけたれー!」

 松尾三の麓、長い髪を両サイドと後ろで三編みにした小柄な少女が大仰な身振りで矢継ぎ早に指示を飛ばしている。彼女の名前は島左近(しま さこん)。近江国出身の《武神》でこれまで幾多の大名家に仕えてきたが、ここ最近になって木下藤吉郎に召し抱えられた《武神》である。
 家格は高くないものの知略に秀でた彼女は、竹中半兵衛の直弟子としてその将来を期待されていた。

「み、みっさーん。ボクもう限界っス。無理っス。何で半兵衛様は来てくれないんスかー?」

 しかし開戦から二時間近く経過した今、戦場経験の少ない左近は一人で大軍を指揮する重圧に疲弊し、近くに立っていた友人に泣きついていた。本来であれば師に当たる竹中半兵衛と共に西軍を指揮する筈であったが、彼女は開戦からただの一度も姿を見せず、総大将である木下藤吉郎、その腹心で木下隊のまとめ役でもある蜂須賀小六とともに連絡すらとれないでいる。
 不安を抱えたまま模擬戦に臨んだ木下隊の《武神》は、それでも懸命に部隊を指揮し、東軍と一進一退の攻防を繰り広げていた。けれど戦局が長引くにつれ、彼女たちは肉体的にも精神的にも疲弊し、最初に根を上げたのはあろうことか軍師の左近であった。

「……左近、竹中様は堀が捜索している最中です。それまで西軍を支えるのは、貴女の仕事ですよ」

 いつもであれば何よりも先に左近の心情を汲み、励ましてくれる友人が、今は機械の様に冷徹な言葉を返すだけで他には何一つ話そうとしなかったい。別人のように変貌してしまった友人に強い疑問を抱きつつも、今の左近には彼女の他に縋れる者はいない。
 例え冷たい言葉を投げ返されても、この友人――石田三成(いしだ みつなり)に見捨てられたくないという恐怖が左近を捉えて離さない。

「……みっさん、そろそろ――狼煙を上げようと思う、けど……」

 恐る恐る尋ねかけるが、三成はまだ時が早いと首を縦に振らない。
 激戦を繰り広げる本隊とは裏腹に、西軍の両翼は不気味な沈黙を保ち続けていた。







同時刻――南宮山・毛利軍本陣

「……おーおー、やってるやってるー♪ 大大大激戦だよー、てるちん」

 山の麓から戦場を眺め下ろし、声を弾ませる吉川広家(きっかわ ひろいえ)。そのはしゃぎように毛利輝元(もうり てるもと)は呆れた声をあげる。

「……何がそんなに楽しいんだわさ。激戦ってことはまだ戦況がどちらに転ぶか分からん言うことさね。
 私らにとっては歓迎すべき事態じゃない」

「それは分かってるけど~、でも燃えるって言うか、行けー! そこだ押せ押せー!」

 当事者意識皆無で観戦している広家の隣に並び、輝元もまた同じように激戦が繰り拡げられる平野を見下ろす。輝元に判別できるのはせいぜいが軍旗の色と数くらいだが、それでも戦場の趨勢は感覚として理解できる。
 現時点で東西両軍は一進一退の攻防を繰り広げており、未だに戦況が一方に傾く様子は見受けられない。それと云うのもまだ両軍ともに控えている大戦力を投入していない為だ。
 東軍は関ヶ原に布陣した第二陣がそれに当たるが、西軍は二つの山に軍勢の半分を置いている。輝元と広家の軍勢もそれに当たるが、本陣からはまだ合図の狼煙は上がっていない。
 兵力の損失を避けたい輝元としては、戦況が完全に傾くタイミングを見計らってから兵を投入したいという腹積もりがあった。戦局が確定し、自分たちの参戦をもってして相手の戦う意思を挫く――それが輝元の思惑であり、目論見に叶わぬ間は一兵卒たりとて失うつもりもない。例え狼煙が上がっても、彼女たちは適当な理由をつけて直接戦闘を避けようするだろう。

 だが……現在の様に戦況が硬直しつつある今、敢えて温存している軍勢を動かし、戦局を帰ると云う手段もある筈だ。だと云うのに何故、あの"策士"は狼煙を上げようとしないのか。いや、それどころか現状をきちんと把握しているのかどうかさえ疑わしい。
 開戦前に突然通達された指揮権の譲渡。
 戦場を動かす将ではなく、後方で雑務に従事する初等部の生徒を総大将とする旨を聞いた直後、輝元は木下藤吉郎の悪意を真剣に疑った。
 しかし今となっては輝元は考えを改めている。
 何者かがこの戦場に密かに介入し、何かろくでもないことを目論んでいるのはないか。
 そして木下藤吉郎やその配下は、ややもすれば被害者ではないかとも。故に輝元はますます慎重に動かざるを得なくなった。それだけに未だ結果の見えない戦況にはやきもきしていたのだが……。

「広家、小早川の動向は?」

「……うーん、特に動きはないみたい。まぁ秋ちんのことだから、血気盛んに命令無視して突撃ー!
 なんてオチだけは無いと思うけれど」

 毛利本家を支える両川のひとつ、小早川家の当主である秀秋は《武神》としての覇気に乏しいと云うか、当主としても怠け者の誹りを受けかねないほどマイペースな人物だ。その消極性が今となっては毛利家にはプラスに働いていたが、輝元としては当主のやる気以上にとある悩みの種が存在していた。

「……徳川の離反工作、果たして秀秋は応じると思う?」

 模擬戦の前から水面下で動いていた敵対勢力への工作活動については、毛利もまた当事者の一人であったが……模擬戦が始まる前から小早川家に対し、東軍の総大将である徳川家が裏切りを勧告していたことを輝元は密かに掴んでいた。
 あまりに露骨で隠す様子もないことから輝元はブラフを疑ったが、それ以上に自分に何の説明もしない秀秋に対しても不信の目を向けていたのである。

「それは無い――と言いたいところだけど、あの子だけは良く分からないから、断言できないねー。
 それにほら、秋ちんって家康ちゃんみたいな子が嗜好に直球ストライクらしいし、も-しかするともーしかするかもよ~♪」

「何それ、意味がわからないだわさ……。ま、秀秋の行動が読めないのは私も同じさね。――だから」

 熱心に観戦する広家の耳元に口を寄せ、輝元は囁く。

「秀秋の動き次第では撤退も考える――毛利はこれ以上、こんな茶番に付き合う道理はないだわさ」







「家康、戦況はどうだ――?」

 宇喜軍を散々に翻弄した勝頼が東軍の本陣を訪れたのは、戦況が混迷を極め、東西両軍ともに事態の推移を伺っていた時のことであった。

「あ! 勝頼さん、どどど、どうぞこちらに――」

 総大将という立場を忘れたのか、形式上は部下である自分に気を遣ってガチガチになっている家康を見て、勝頼は大きな溜め息を吐く。

「家康、今の私は一応お前の部下だぞ? その私にお前が気を遣ってどうする――それに年だって別に変わらないし……」

「え? そ、そうでしたね……す、スイマセンっ」

 勝頼の指摘にペコリと頭を下げる家康を見て、勝頼はこれ以上何を言っても無駄だと悟った。
 そのまま勧められた椅子に座り、再度家康に戦況を問う。

「――はい、開戦から二時間が過ぎましたが、全く動いていないみたいです。このままでは消耗戦になりそうなので、千代としては何とかして打開を図りたいのですが……」

「確かにな。だが西軍は未だ松尾山と南宮山の軍を動かしていない。旗印から毛利とその両川の大軍が未だに動いていない以上、徒らに兵を動して良いものか迷っている――と言ったところか?」

「そ、その通りです。すごい勝頼さん! ――千代の考えなんてすっかりお見通しなんですね!」

 素直な驚きと称賛に、勝頼は思わず面喰ってしまう。
 単純に褒められたことが気恥かしい――ということもあったが、それ以上に家康が自分と同じように戦局を冷静に見極めていたことに驚かされたのである。

「いや、ただの偶然だ。私も同じ立場ならきっと同じように迷っているだろう。……だが敢えて箴言させてもらえば、迷うな。見据えるのは今の戦局ではなく、今後の趨勢だ」

 内心で侮っていたことを詫びつつ、勝頼は家康に助言を送る。
 仲間として、共に勝利を勝ち取らんと欲するが故に。

「これからの、趨勢――?」

「そうだ。想像し、模索するんだ。この戦の行方と――自分が成したいことを」

 勝頼の言葉に従い、家康は眼を閉じて想像する。
 この戦いの行く先。そしてその未来に対して自分が如何に介入していくのかを。
 目指すは勝利――その大前提は決して揺るがない。敵軍の総大将の代理タグを奪うか、或いは《合戦場》の外に撤退させれば、その時点で東軍の勝利は決まるのだ。しかし今、その望みは薄いと言わざるを得ない。未だ包囲は完成されていないとは言え、既に東軍は大きく翼を広げた西軍の懐に無謀にも飛び込んでおり、このまま松尾・南宮山に陣取った大軍が動き出せば、東軍は二方面からの挟撃をうけ、退路すら断たれて確実に敗北することだろう。
 東軍が勝利する為には、敵に包囲される前に敵本陣に攻め入り、敵の総大将を討つか退かせるしかない。手の内は既に相手に読まれている。故に敵はこのまま東軍の侵攻を凌ぎつつ、配置した両翼を動かす時期を伺っているのだろう。
 「兵力の損失」を厭う諸大名の意向を汲み、慎重にその時期を待ちながら――

 一見して、東軍は既に詰んでいる。
 けれど――それでも――家康は納得していない。
 現実を否定する訳でも、ありもしない希望に縋った訳でもない。
 胸の奥底で告げる声が聞こえるのだ。眼を開き、己が言葉で語れと、夕陽を浴びた彼女が――甲斐の虎少女の姿をした者が、家康を責める。

『待つだけじゃダメなんだ。動かすんだ、私がこの手で状況を動かすんだ――』

 心の内で自分を責める声に、家康はそう言い返していた。
 これまでただ待つだけであった自分、誰かが作った流れに乗るだけの自分、辛い状況も我慢していれば良いと考えていられたのは、自分の下に集い、支えてくれた人達がいたことに目を瞑っていたからだ。
 けれど今の家康は違う。「皆を守る」という想いを見出したその時から、彼女はただ待つだけの己を捨てて、今もこうして――慣れない思索に耽っている。

 この戦の行方を想え、と勝頼は言った。
 現状に甘んじ、徒らに戦いを長引かせたところで東軍に未来はない。待つだけでダメだ。自分から動かなければ未来は覆せない。
 ではいつ動けば良い――いつになれば敵は“その時”を迎える?
 決意を改めたところで思考は堂々巡りの様相を呈してきた――しかし、廻り廻った疑問自体に家康は疑問を覚えた。

『――“その時”を待っているのは、私だけじゃない。敵もまた――同じなんだ!』

 小さなひらめきは爆発的な勢いで思案の意図を張り巡らし、家康の目に新たな戦場の姿を映し出す。
 敵に囲われた哀れな友軍が、少し視点を変えるだけで、敵の懐に飛び込んだ勇者にも映る。そして敵は勇者を完膚なきまでに潰そうと機を伺っている。しかし勇者は既にその時を迎えているのではないか。

 采配を振るうのは、自分だ。
 事態を動かす力は今、自分の手の中にある。

 ――思案は数秒。
 再び目を開いた時、家康の瞳には何かを確信した輝きが宿っていた。

「今こそ、こちらから討って出る時だって――? そ、そう言いたいんですか勝頼さん?」

「いや――私の考えなんて無視しろ家康。お前が見定めた答えに従い動け。私はただ駆けるのみだ。お前が見出した先へと、“赤備え”を率いてな」

 言わずとも想いは同じだったらしい。それを知った家康は安堵に顔を綻ばせ――そして傍らに控えていた忠次に命令を飛ばす。

「短期決戦です! これ以上敵に時間を与えてはダメ!
 姉や、今から第二陣を投入して敵本陣に攻勢をかけて! あと勝頼さんに兵を与えて松尾山を攻めてもらいます!
 相手が動かないなら、こちらから突き動かしてやりますから!」

 家康にしては勇ましい命令を受け、忠次は「おまかせニャン♪」といつものおどけた口調で応じ、伝令を集めて指示を飛ばす。
 それを横目で見届けながら、勝頼もまた命じられた任務に従い本陣を離れようとする――その前に、一度だけ振り返り、きょとんとする家康に――恥ずかしそうに眼を逸らしながら――言葉をかける。

「なあ家康――もしこの戦いが終わったら、その……」

 勇猛果敢に家康を煽り、戦訓を説いた優将はその時だけは何処にもいなくて。
 精一杯の勇気を振り絞り、喉の奥から言葉を搾り出す、人見知りがちの少女だけが残されていた。

「敬語なんか使わなくていいから、普通に接してほしい――そ、それだけだ!」

 たったそれだけの要求。
 もう少し親しい口調で話しかけてほしい、その一言を口にする為に精一杯の勇気を振り絞った勝頼は、逃げるように本陣を離れてしまう。
 予想外の要求に呆気にとられていた家康は、僅かの間を置いて走り去る勝頼の背に呼びかける。

「わかった――だから無事に帰ってきて、勝頼ちゃん!」





「京極高知でっす! 趣味は特にないでっす! よろしくでっす!」

「藤堂高虎。名高き二十四将が一人と轡を並べる光栄にあずかれたこと、天に感謝する」

「――武田勝頼だ。宜しく頼む京極殿、藤堂殿」

 援軍を率いる二将を迎え入れ、勝頼は集合した80名の《武神》を前に声を張り上げる。

「これより我らは松尾山に陣取る西軍へと攻め込む。
 敵は毛利の両川が一翼、小早川秀秋! そして木下子飼いの連中だ!
 臆するな! しかして侮るな! 東国武士の誇りにかけ、敵をその馬蹄にかけよ! 
 我らは赤備え! 敵の血にて肩を染める騎兵なり!!」

 全員に配られた赤いスカーフ。
 敵味方を超えて称えられる称号を背負い、心振るい立たぬ者は皆無に等しい。
 生まれも所属も異なる80人の騎兵はしかし、胸に抱いた誇りと共に一つとなった。

「西の穴熊どもを叩き起こし粉砕せよ! 我ら、戦場を疾る雷光とならん!」

「「「「「「「応!!」」」」」」」」

 川を踏破し、平地を駆け抜け、勝頼率いる騎兵中心の戦闘集団は、常識外の速度で関ヶ原を駆けた。
 松尾山の麓で待機する西軍が敵の接近に気付いた時にはもう遅い、迎撃体勢を整える暇を与えず、騎兵の槍は敵の陣を貫いた。敵陣を撹乱し、その馬蹄で狼狽する敵兵を文字通り蹴散らしていく。
 一気呵成に叩きこまれる高い打撃力。敵の迎撃を許さない神速の行軍。
 それこそ武田勝頼が最も得意とする戦法――電撃戦――であった。







「たたたたたた、大変ですーーーー! 敵がせせせせ、攻めてきましたーーーー!」

 勝頼率いる赤備えが、松尾山の麓に陣取った諸大名を文字通り蹴散らしていた頃――松尾山に本陣を置く小早川軍は東軍の襲撃に騒然となった。しかし即座に迎撃に移ることもなく、ただ右往左往するだけ。電撃的な敵の侵攻に対応が覚束ないという一面もあったが、小早川軍の将兵が手をこまねいていたのはそれ以上に、自分たちの身の振り方を定めていなかったことに起因する。
 普段は自分で判断を下すことも億劫な当主が、何故か今日だけは強固に東軍への恭順を打ち出したものだから、その部下たちは東軍派と西軍派に分裂し、喧々諤々と結論の出ない議論を行っていた。
 一向に本陣から出撃の指示が下されないこともあり、戦の只中ということも忘れて弛緩していた将兵の眼を醒ましたのは、勝頼の率いる赤備えの侵攻であった。
 東軍派はこの事態に対し、家康が脅しをかけてきたのだと浮足立ち、西軍派は根拠もなく確信していた勝利が脅かされ、恐慌状態に陥った。
 150名もの大軍を動かし、麓に布陣した諸勢力と連携すれば、決して討ち取れない敵ではない。
 しかし勝頼の奮戦はそんな冷静な思考を働かせる余裕を与えず、稲妻のように敵陣を切り裂いては圧倒的な暴威を轟かせる。
 電撃的な攻勢に戦意を挫かれた西軍陣営は、たちまち潰走状態に追い込まれた。
 そして――

「え? 西軍が攻めてきたの~? どうしてぇ~?」

 部下からその一報を聞いた小早川秀秋は事態を呑み込めず首を傾げていたが、すぐに何かに思い至りハッと目を見開く。

「そう……そうなのね……家康ちゃんったら、とうとう痺れを切らして私を……
 私を折檻しにきてくれたのね!」

 見当違いもはなはだしい秀秋の見解に、家臣全員が我が耳を疑ったのは言うまでもない。
 つか「折檻しに来てくれた」って表現はどうなのよ?

「ああ、聞こえるわ、家康ちゃんの心の声が。
 このメス豚! さっさと言うとおりになさい! さもなくば裸に剥いて公衆の面前で踏みつけてやるって?
 ……あぁん、ダメぇ! そんなことされたら私、私もう戻れないッ!?」

 倒錯した性癖が原因で、とうとう幻聴まで聞こえてきたらしい。恍惚とした表情で自分自身を罵る秀秋に、最早まともな思考など望むべくもなかった。

「で、では……当初の約束通り、この機に東軍に寝返りますか?」

 一向に話が進まなくなった事態を打破しようと、家臣が秀秋に確認したところ――

「ダメよ! そんなことしたら私、家康ちゃんに虐めてもらえないじゃない!」

「「「「「「えええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」」」」」」」

窮地に陥ったところでいきなり前言を撤回した秀秋に、家臣団は驚愕の声を響かせる。

「ああ、もしこのまま約束を反故にしたら私、どんな目にあわされてしまうのかしら……?
 きっとマトモに生きていられなくなるくらいの辱めを受けるのね……いえ、そればかりか人間としての尊厳すら剥奪されて今度こそメス豚に堕とされるの! いいえ、動物すら生ぬるい……あぁ見えるわ、もはやただの物として、あの細く小さなお美足で踏みにじられる私という肉便器がッ! 
 イイッ! もう人間なんてやめちゃいたいッ!」

 もはや秀秋の眼には家臣団はおろか現実すら映っていない。
 そう悟った家臣団はこの時、遂に一致団結して事に当たることを覚悟した。
 そして、あのキ○ガイはもう放っておこう。

「――で、どうします? 当主に従っていたら当然、徳川の提案を蹴ることは確実ですよ?」

「だけど、あの色情狂の望みを叶えたら、私たち全員討ち死に確定じゃん!
 いや本当に死ぬわけじゃないけど、確実に痛い目見るってば!」

「では……もう、答えは一つしかない」

「ああ、仕方ない。裏切りの汚名を被ろうと、私たちは――自分が大切なんだもんっ!」

 《武神》としての誇りも、主家に対する忠誠も投げ捨てて遂に小早川家家臣団は決断を下した。
 悶え狂う秀秋を布団で簀巻きにして、変態的な言動を封じたあと、筆頭家老、稲葉正成は待機する将兵に命令を飛ばした。

「我らはこれより東軍に味方する。いざ討って出るぞ――敵は西軍諸将なり!」






 / 次へ




戻る

背景素材:
壁紙素材:幕末維新新撰組