【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。




 天正10年10月20日――午前10時。
 TV旭日『ワイドスラングル』。


(ゴリラ! ゴリラ! ゴリラ! のコールと共に番組のアイキャッチが流れたあと、明るく広いロビーの一角が映し出される。
 中庭を背に並べられた二つのソファーには、年齢の異なる女性が二人、それぞれ腰を下ろしていた。画面の左手。波打つ青い髪を伸ばした少女は見るからに顔を強張らせ、隣に座る女性キャスターから意図的に目を逸らしているようにも見えた)

「いよいよ明日に迫りました天華祭最終日。その最後を飾る一大イベント――東西模擬戦。
 昨年は越後の上杉、甲斐の武田を総大将に、信濃は川中島で繰り広げられた激闘は皆様の記憶にも新しいと思います。そして今年、東西両軍の総大将に選ばれたのはどちらも中等部の《武神》ということで、次の時代を担う新星に注目が集まっています」

 アナウンサーが解説したあと、カメラは未だ緊張の解けない青髪の少女を映し出す。
 天乃華学園中等部の制服をまとう少女は、その名を徳川家康( とくがわ いえやす )と言った。

「ど、どうも……徳川、家康です」

 明日の模擬戦にて東国の《武神》軍団を率いて決戦に臨む総大将――そんな肩書きとは全く無縁の、可愛らしいが圧倒的に頼りない風体の少女である。しかしそれもその筈で、彼女が東軍の総大将に選ばれたのはただの偶然。10万人を超す天乃華学園の生徒の中から、籤引きで無作為で選出されたに過ぎなかった。

「徳川様、先ずは東軍総大将へのご就任、おめでとうございます。
 しかし今年は武田・北条といった東国の雄が相次いで模擬戦を辞退したと聞きます。一方で西軍は九州の雄・大友を筆頭に毛利・長宗我部といった大大名が参戦するそうですが、率直にお聞きして、勝ち目はあるのでしょうか?」

 社交辞令もそこそこに、女性アナウンサーは本題に切り込んできた。
 ずけずけとした物言いながら、その口ぶりは相手の覚悟を試すようでもある。

「え、えっと……確かに毛利さんや大友さんは強いと思います。武田先輩や生徒会長が不参加だと知って、その……心細いなぁなんて思ったりもしましたけど」

 たどたどしく答える家康は勇猛とは決して呼べぬ調子であったが、さりとて諦観している訳ではない。
 その証拠に家康はぐっと顔をあげ、たおやかに微笑むアナウンサーに向けて、

「でも私たちは負けません。三河の皆や東国の諸大名が、千代に力を貸してくれています。
 皆の心と力を一つにすれば――きっと、勝てます」

 勝利を誓えども、具体的な根拠は無く、あるのは希望的観測のみ。
 けれどアナウンサーは両手の指以上に年が離れた少女の宣言に頷き、異論を挟もうとはしなかった。
 舞台は異なれど、名の大小が勝負を決定付ける要因ではないことを知る彼女は、家康の決意に感じ入るものがあったのだろう。下馬評では西軍に遠く及ばない東軍ではあったが、名の知れた大大名が不在である分、総大将の権威が相対的に強くなるという一面もある。
 勝負はまだ何も決まってはいない。
 全ては明日、勝敗は気まぐれな勝利の女神の采配にかかっているのだから。







 天正10年10月21日――午前7時。
 天乃華学園 多目的運動場・西軍本部宿営地


「ふわぁ……」

 思わず漏れた欠伸を噛み殺し、少女は自分の頬を軽く叩いた。
 眠気に弛緩した意識はその刺激を受けて急速に覚醒し、それに伴い重い瞼も少しづつ上がっていく。普段は中性的に見える顔立ちも、前に後ろにと垂れさがった長い髪のお陰で、彼女の性別をより明白にしていた。
 少女は名を竹中重治( たけなか しげはる )――半兵衛と呼ばれることのほうが多いが――といい、昨晩は急造されたプレハブ小屋にて一夜を過ごしていた。
 時計を見ると既に午前七時を回っている。いつもであればまだ二度寝が許される時間帯だが、生憎と今日は学園祭最終日。彼女にしてみれば入学以来最大とも言えるイベントが控えている当日である。
 寝間着代わりのジャージから制服に着替え、姿見の前で髪をまとめながら、彼女は本日のイベントについて思案を巡らせていた。

「……さて、どうしたものかなぁ」

 溜め息交じりに漏らす独白は、決して陽気なものではない。
 これから開催される東西模擬戦――天乃華学園の学園祭『天華祭』のトリを飾る一大行事は、全国の《武神》が領土紛争に明け暮れるこの時代において、一日限りのオールスター・ゲームのようなものだ。
 報酬は名誉以外用意されていないが、神州の民が挙って注目するイベントともあれば、その勝敗は今後の領国運営や大名家の家格にも少なからず影響を及ぼす。この機会に名を上げようとする弱小勢力や、フリーの《武神》たちも少なくなく、学園祭の一行事では片付かない政治的な側面を孕んでいる。

 今年、半兵衛は初参加にしてなんと西軍の参謀――実務的には西軍のトップと言って良い――に就任することとなった。公的教育機関の行事ということもあり、体面上は公平を重んじる学園側はこの模擬戦に於いては、東西両軍の総大将を無作為に籤引きで選出する――という方法を採っていた。
 昨年は実力・人気共に拮抗する竜虎対決と云うことで、公平性に疑問の声が投げかけられたこともあったが、今年はそうした内外の声を気にしたのか、地方の一大名と、天下を狙う一大勢力の――一家臣が選ばれる結果となった。民衆はあからさまではないものの失望の声を漏らし、それを良いことに模擬戦の出場を辞退する勢力は後を絶たない。
 それでも尚、東西模擬戦は天華祭の目玉イベントとして今年も多くの見物客を集め、メディアは東西両軍を率いる若き《武神》たちにスポットライトを当て始めた。
 東軍を率いる徳川家康は肩書きとは裏腹に頼りなく、覇気も感じ取れないような少女ではあったが、可憐なその容姿は男女問わず庇護欲を誘ったようで、メディアで取り上げられたことを機に人気上昇中。
 家臣団ではたった一人で武田の大軍と渡り合い、名立たる将を幾人も討ち取った――とされる本多忠勝( ほんだ ただかつ )に取材陣が殺到。戦場では無双を誇る彼女もメディアの取材攻勢には成す術もなく翻弄され、部屋から出てこられないほど疲労困憊した日もあったほどだ。

 一方、西軍の総大将、木下藤吉郎( きのした とうきちろう )はと云うと……

「ついにキタ! それがしの時代! 
 さあ、ここから始まるでありますよ、それがしの宇宙スペースナンバーワン伝説が!」

 アクセルを踏み抜くハイテンションで取材に臨み、問題発言と不適切用語を連発した挙句、東軍の総大将への悪罵を公共の霊波で垂れ流した為に、取材は即中止。
 もちろんそのインタビューが報道されることは一切なく、主家からは『これ以上余計なことをさせるな』ときついお叱り&緘口令を敷かれてしまったのである。
 結果としてメディアの報道対象は参謀である半兵衛に集中した。
 彼女が金ヶ崎の退き口の立役者であり、若くして織田家の軍師を務めていることが知られて以来、メディアは彼女を挙って取り上げるようになった。その勢い、誇張の程はまるで半兵衛をアイドルにでも仕立て上げるかのようで、本人はほとほとうんざりしていたのだが、緘口令を敷かれてメディアに黙殺された彼女の主君兼西軍総大将はそれを大いに妬み、

「ずるいですぞ半兵衛! それがしが今更アイドルを始めようなんて言えると思うでありますかっ!?」

 そう泣き叫んではチラッチラッと周囲にリアクションを求めていたのだが、無論救いの手を指し延ばす者は皆無であった。
 対照的に、半兵衛だけに苦労を押しつけてはならないと、彼女の部下達はあれこれと奔走し始めた。
 その結果、取材の対象を自分たちに向けさせることに成功し、お陰で半兵衛は模擬戦の準備に集中することができたのだが……

「だからってスクールアイドルは無いよね、絶対……・」

 注目さえ浴びれば良い! とばかりに部下の9人がアイドルグループを結成した結果、本人達が思いの他ハマってしまったのが運の尽き。
 何処かの軍神が頼んでもないのにプロデューサーとして名乗りをあげたものだから、収集が付かなくなり、とうとう本格的にアイドル活動を始めることになってしまった後輩たちに感謝しながら、半兵衛は身支度を終えた。
 時計を見ると既に7時30分。あと1時間もすれば多目的グラウンドと名打った《合戦場》に、各地の戦国大名が兵を率いて集まる頃だろう。
 彼女達を出迎え、予定通りに配置させる――本来であればそうして集った多くの将と兵を戦術的に動かすことこそが半兵衛の仕事だが、こと今回に至って半兵衛は最初からその役目を放棄していた。

 烏合の衆を自在に動かそうとしても徒労に終わるばかりか、空中分解を招きかねない――というのがその理由である。

 武田・北条と言った有力大名が不参加を決め込んだ東軍とは異なり、西軍には中国地方の雄、毛利家を筆頭に長宗我部家、大友家といった大大名が名を連ねている。
 ところがそれらを指揮する木下藤吉郎は領国持ちの大名とは言え、あくまで織田家の一家臣でしかない。
 西国の大大名と比べて家格も身分も低い藤吉郎が、学校行事とは言え頭ごなしに命令を飛ばしたところで、彼女達が素直に従うとは半兵衛は全く考えていなかった。
 良くて黙殺、最悪の場合は離反すらありえる。そんな連中を戦術に組み込んだところで、勝利からは確実に遠ざかってしまうに違いないと考えた半兵衛は、最初から大大名たちを全く当てにしないことにしたのである。
 幸いにして主君・木下藤吉郎の下には若手だが優秀な人材が集っていた。
 部下であり後輩である彼女たちに兵を率いる経験を積ませ、何れは織田家の中核を成す大軍団を育て上げたい――それが模擬戦に挑むうえでの半兵衛の思惑であった。

「堀ちゃんや後藤さんに必要なのは経験だけだし、左近ちゃんはボクがサポートするとして……あと、権兵衛ちゃんは期待しすぎると絶対にポカするから、側面支援を徹底させよう」

 朝食のバナナヨーグルトを口に運びながら、半兵衛は頭に描く白地図に信を置く部下達(※一人除く)を配置し、今日の戦場を緻密にシミュレートしていく。
 模擬戦は東西共に800人もの《武神》が参戦する、規模としては最大の《合戦》となる。
 《武神甲》を除く《武神技》の使用禁止、《武神》タグを破壊されてもお咎めなしと言った違いはあれど、《武神》である以上は両軍ともに本気で勝利を奪い合うのは自明の理だ。不安材料を挙げればキリが無いが、それは相手(東軍)も同様だろう。むしろ敗北の要因を少しでも減らし、自軍を勝利に導く――その困難な道程にこそ自分の一命を賭す価値はある。
 誰よりも勝敗をシビアに見極める軍師であっても、その根っこは武人のそれである。
 相手が誰であろうと負けるつもりなど毛頭ない――決意を新たに半兵衛が飲み物に手を伸ばそうとした――その時、コトンと音を立てて、一杯のティーカップが差し出される。
 自分しかいない筈のプレハブ小屋に誰が――と驚く半兵衛が顔を上げると、そこには初等部の制服の上にエプロンを付けた少女が立っていた。
 小学生にしては長身なのだが、サイドポニーと呼ばれる左に垂らした髪をまとめる大きなリボンはどうにも子供っぽく、成長途中のアンバランスさを体現したような少女である。

「あ、あの、ノックはしたんですけど、竹中様はずーっと窓の外を眺めていたものでして!」

 そう早口で弁明する少女に長年の癖を指摘され、半兵衛は思わず吹き出してしまう。
 どうやら考え込むあまり、後輩がお茶を運んで来てくれたことにも気付けなかったらしい。
 お礼り代わりに半兵衛は紅茶を口に運ぶ。淹れたての熱さを予想していたが、紅茶は程良い温さで、鼻腔に流れ込む香気は何とも香しい。
 一杯の茶が熱くなっていた頭を冷やし、心には仄かな熱を与えてくれた。

「ありがとう。美味しいお茶だったよ……ところで、君は?」

 自軍の将や兵の顔はある程度記憶していたが、戦場の外で雑務を行う初等部生徒の顔までは流石に記憶していない。
 それでも半兵衛は後輩を気遣い、言葉を選んで誰何する。
 すると少女はお盆を胸に抱えたまま、朗らかに破顔し――

「はい、初等部6年――石田三成( いしだ みつなり )と言います!」









第三十七話 『関ヶ原の戦い〈前編〉』



【1】

 天正10年10月21日――午前8時。
 天乃華学園 多目的運動場 毛利軍宿営地


「――で、その関ヶ原ってのは何処だわさ? 私は自慢じゃないけど都から東はとんと知らんしー」

 眼鏡を軽く指で押し上げ、毛利家当主・毛利輝元( もうり てるもと )が部下に問う。
 その仕草に意味は全く無いのだが、そもそも気にする者は誰もいなかった。

「関ヶ原は美濃国の土地なんだよー、てるちん。
 私は美濃国って行ったことないけれど、柿が美味しいとか聞いたよ柿が!」

 聞いてもないのに名産品を紹介するのは吉川広家( きっかわ ひろいえ )。
 一応は輝元の臣下に当たるのだが、元々吉川は毛利の親戚筋であり、小早川家と並んで「毛利の両川」と呼ばれることから、大大名・毛利家を構成する三柱の一柱を成している。だからと云う訳ではないが、広家が主君である輝元を愛称で呼んでも、誰も咎める者はいなかった。
 当の本人を除いて。

「てるちんとか言うなさ! あと柿はどうでもいいし! 
 まぁ……いいさね、じゃあその関ヶ原とやらの地形的特徴を教えて、三行で」

「三方を山で囲まれて
 平地には川が流れてて
 あと柿が美味しい」

「だから柿はどうでもいいし!」

「だってぇー、食べたくなったんだもん」

 漫才じみたやりとりながら、吉川広家は戦場となる関ヶ原の地形を端的に表現していた。
 関ヶ原は西から笹尾山、松尾山、南宮山と三つの山に囲まれた平地で、樽川、藤川といった二本の川が流れている。
 中山道が通り、見晴らしも良い関ヶ原においては、高所となる三つの山が戦術上の要となる。







「金ヶ崎の策士ちゃんが言うには、てるちんと私は南の伊勢街道を通って南宮山に陣を。
 小早川の秋ちゃんは中山道を通って松尾山に。そんでもって本体は笹尾山の麓に本陣を置くって言ってたよ―」

 地図を指し示しながら広家が説明すると、輝元は苦虫を噛み潰した顔で「流石は、策士殿さね」と、忌々しげに称賛の言葉を放つ。"金ヶ崎の策士"こと、竹中半兵衛が描いた戦術予想図は中国地方の雄をして「流石」と言わしめるほど、隙の無い完璧な布陣であった。
 二手に分かれた西軍が南宮山と松尾山を押さえ、本陣を笹尾山の麓に敷く――これにより東軍は本陣を責める為には、大きく翼を広げた西軍の懐に入らざるを得なくなる。
 そうなれば相手は袋のネズミも同然。退路を断たれ、三方から押し寄せる敵に抗える軍団など、この世の何処にも存在しないのだから。

「南宮山には毛利本隊。松尾山に秋ちゃんって言うのもニクイよね~? 
 どちらも大軍だから敵は無視するわけにはいかない。かと言って兵を割けば各個撃破されちゃうから、相手はどーしても懐に飛び込んでくるしかないわけでしょ? 
 てるちん……やっぱ、油断できないよね、あの子たち」

「ああ、中坊ばかりだからと言って舐めてたら、こっちが喰われるだわさ」

 同軍の参謀が立てた見事な白地図を前にして、しかし毛利の二当主は警戒感を露わにする。
 いくら友軍とは言え、それは今日一日だけのこと。明日になれば藤吉郎が属する織田家と毛利家が矛を交えたとしても、おかしくないのがこの戦国時代だ。
 しかも織田家は武田の西進を退けたことで後顧の憂いを断ち、いよいよ本格的に西国へと侵攻をかけてくるに違いない――加えて、その軍団を率いると目されるのは木下藤吉郎なのだ。
 つまり毛利は未来の敵を形式上、旗手として仰いでいることになる。味方として頼もしくあればあるほど、その実力に警戒せざるを得ないのが実情であった。

「――で、どうするのてるちん?」

「そんなの決まってるわね、私たちは戦術通り南宮山と松尾山を押さえる。
 けれどその後は――まぁ様子見さね」

 輝元の消極的な方針に、しかし広家は「そうだよね」と得心した表情で頷く。

「いくら模擬戦とは言え、ここで兵に怪我させる訳にはいかないだわさ。
 要地であることには変わりないのだから、それを理由に毛利は機を見計らうのね。血を流さずにして勝つ――それこそ、我ら毛利の真骨頂ださわ」

「そうだよね! そしたら柿も美味しく食べれるし!」

「だから柿とかちっとも関係ないし! 何のステマさ!」







 天正10年10月21日――午前8時。
 天乃華学園 多目的運動場 大友軍宿営地


ぎん 様ー! 大変です誾様ー!」

 北九州を支配する《武神》、大友宗麟の宿営地には述べ80名の将兵が集まっていた。
 その陣中を割って走る《武神》が辿り着いた先には、指揮を執り行うメイド服の少女が立っている。
 立花誾千代〈 たちばな ぎんちよ )――大友家の侍大将、立花道雪( たちばな どうせつ )の妹であり、立場上は義妹の宗茂( むねしげ )の補佐役と云うことになっている。しかし誾千代が事実上のトップであることを知らない者は、少なくも大友軍には皆無であった。

「如何致しましたか? まさか宗茂がまた何かしでかしたと――?」

「い、いえ、それはいつものこと……じゃなくて今回は関係ないんですけど!」

 またしても義妹が問題を引き起こしたのかと疑う誾千代であったが、どうやら違うらしい。
 つまり"本当の異変"が起きたのだと悟った誾千代は、鋭いその目を更に細める。

「では何が起きたのでしょうか……え? 隣を見てほしい、ですか?」

 具体的な説明を避け、隣の宿営地を見てほしいと訴える部下に促され、誾千代は本陣を後にする。
 すると数メートル離れた隣の宿営地から、信じられない光景が目に飛び込んできた。
 風に翻る他家の軍旗――それは良い。今は模擬戦に参加する諸大名とその軍団が、割り当てられた宿営地に集合している時間なのだから。
 問題はその家紋にあった。
 丸の中に十字を描いたシンプルなその家紋は、南九州を古くから支配する《武神》――島津家のものである。
 普段は刃を交える相手でも同じ陣営に属するのが東西模擬戦の常ではあるが……それにしたって、これは有り得ない。

 こんなところに島津家が居て良い訳が無い、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 常に冷静沈着な誾千代もこの時ばかりは驚きに言葉を失い、島津の軍旗を呆然と眺めるしかない。

「あいつら確か東軍に付いた筈ですよね! なのにどうして西軍の宿営地に……しかも我らの隣りとか明らかに喧嘩売ってますよね、これ?」

「ええ、私も姉上からそうお聞きしていましたが……」

 大友家がいち早く西軍への参加を発表したところ、一時的にとは言え怨敵と手を組むなど言語道断とばかりに、島津家は東軍への参加を発表した。
 もちろん大友家の侍大将・立花道雪は島津の動向をしっかり読んでいたのだが、いざ当日となってみれば件の島津軍は西軍の宿営地に集合していたのである。この予想外の事態に大友家の《武神》は驚愕し、敵である東軍以上に隣の友軍を警戒し始めていた。

「どうしましょう誾様、あのバーサーカーどものことですから、我らが背中を見せた瞬間に襲いかかってくるに決まってます! そうなる前にこちらから討って出て――」

「いえ、その必要はありません」

 頭に血の昇った部下を一言で制し、誾千代はくるりと踵を返した。
 そのまま本陣へと戻ろうする誾千代に、部下は慌てて声をかける。

「ど、何処に行かれるのですか? 島津ですよ? あのちんちくりんどもがすぐ隣にいるんですよー!」

「分かっています。しかし連中に私たちを襲うつもりは……無いのでしょう、多分」

「何でそう言い切れるんですか? だってあいつらは我々を欺いていて――」

「いいえ、連中にそんなに賢しらな真似が出来るとは思いません。あれは多分――」

 誾千代の目がふと捉えた先、そこには異なる軍旗を抱えたまま、おろおろと慌てふためく《武神》の姿があった。
 大友家以上に島津家の出現に狼狽する彼女たちを見て、誾千代はすぐさま悟ったのである。

集合場所を間違えた、、、、、、、、、 だけでしょう」







 天正10年10月21日――午前8時。
 天乃華学園 多目的運動場 宇喜多軍宿営地



「ワイ\(^o^ \)ワイ\(^o^)/ワーイ(/ ^o^)/」

 中国地方の一大名、宇喜多うきた 家の宿営地は模擬戦前から早くも、敗北のムードが漂っていた。
 それをもたらした連中は今、携帯端末から流れる音楽を背に手を振り、足を振り、くるっと回って腰を振っている。
 体操服を着た小柄な少女が七人、アイドルソングに会わせて歌い踊る姿には愛らしいものがあったが、それを眺める宇喜多軍の将兵は一様に言葉を失い、恨めしげな視線を送っていた。

「よーし! カ・ン・ぺ・キ! やっぱ戦の前にはダンスだナー、体もポカポカして楽しくなってくるぞー」

義弘よしひろ さまー、次は何にします? おしくらまんじゅー?」

「それもいいけど、ここはひとつ肝練りだナ―! レーッツ、ファイヤー!」

「「「「「ファイヤーーーーーーーーーーーーーー!」」」」」」」

 頭領と思わしき少女――島津義弘( しまづ よしひろ )のかけ声に会わせて、部下たちが円陣を組む。
 何を始めるのかと周囲が戦々恐々と見守る中、彼女たちは地面に座り込んで何故か食事を始めた。
 おにぎりが二つと、紙パックのお茶――模擬戦に参加する学生に配られた朝食であるが、何故円陣を組んでまでして食べようとするのか。あとどうして円陣の中央で、義弘と呼ばれた少女が火縄銃を手にしているのか。

「ミュージック、スタート!」

 義弘が叫ぶと同時に携帯端末から流れる、大音量のハード・ロックサウンド。
 音が割れて騒音にも近い曲に合わせ、義弘は火縄銃片手に踊り始め、そして躊躇なくぶっ放した、、、、、
 クラリックの芸術的な銃裁きを彷彿とさせる演武に、宇喜多軍の将兵は悲鳴を上げてその場から逃げだした。当たり前だ。
 何せ義弘は、踊りながら火縄銃をあちこちにぶっ放しているのだから。
 学園法も常識も無視して踊り狂う義弘。しかしそれ以上に宇喜多軍の将兵のド肝を抜いたのは、いつ自分が弾丸に当たってもおかしくないと言うのに、ケラケラ笑いながら朝食を食べる義弘の部下たちであった。
 たまに弾丸の直撃を受けてのけぞる者もいたが、すぐに起き上がって「当たっちゃった―♪」とか笑いながら、また食事を開始する。
 蛮勇を通り越して、頭の螺子がこぞって外れたのではないかと思わせる狂宴に、もはや宇喜多軍の将兵は戦慄――もといドン引きしていたのは言うまでもない。

「おい、あのコロボックルどもは何だ?」

「多分……鬼島津の連中かと。
 そろいもそろってちんちくりんで、頭のおかしい連中なんて、神州中を探しても他に居ませんから」

「あれが薩摩の戦闘民族、鬼島津か……っておかしいだろ! あいつら東軍じゃなかったか!?」

「その筈なんですが……どうもあいつら、ここを東軍の集合地だと勘違いしているみたいですよ?」

 部下のその一言に、当主・宇喜多秀家( うきた ひでいえ )は愕然と項垂れてしまう。

「じゃあ……何か? 私の兵たちは勘違いで蹴散らされた挙句、宿営地を追い出されたと?」

 100名を超える《武神》を率い、この模擬戦にして己が勇名を高めようとした秀家の野望は、ただの勘違いによって粉砕されてしまった。哀れな君主を恨む者は誰一人していなかったが、島津軍の常識外の強さと言動を目の当たりにして、戦意など維持できる者は皆無。
 故に宇喜多軍は戦う前から敗北した。
 それを全く自覚していない、島津義弘によって。

「なぁなぁ豊久、なんであいつらまだこっち見てんだろーナー? 集合場所間違えていたくせに、のんびり屋さんだナー」

「きっとあれだよー、義弘ねーちゃんに見惚れてるんだよ―!」

「そっかー? えへへー、仕方ないナー こう見えて義弘はびしょーじょだからナー! 
 見惚れられてもしかたないんだナー かしこいかわいい義弘なんだな―♪」

「義弘ねーちゃん、そのネタは多分怒られるから、パクらないほとうが良いと思うよー」

 間違っているのが自分たちであるとは全く考えない、根拠の無い自信に満ち満ちた二人は快活な笑い声をあげる。尤もその声は秀家にとって、悪魔の嘲笑に他ならなかったであろうが。

「だけど義弘ねーちゃん、あっちに大友家の旗が立ってるの見える? あいつら確か西軍に付いたはずじゃない? おかしいよねー?」

「言われてみればホントだナー……わかった! きっとあいつら島津と戦うのに恐れをなして、東軍に寝返ったんだナー!」

「おおー流石ねーちゃん! するどい推理だよー! トヨはぜーんぜん思いつかなかったー!」

「ほ、ほら義弘はその……こう見えてち、知性派だからナ?」

「知性派なんだー! すっごーい! トヨはねーちゃんのこと誤解してたよー!
 小学校を卒業できたことが奇跡みたいな、未だに九九が全部言えないゆとりさんだと思ってたー!」

「も、もちろんなんだナー! 九九なんて七の段以外完璧なんだナー!」

「……え?」

 島津豊久( しまづ とよひさ )が姉に対する評価を改めきれなかった頃、一連の会話を盗み聞きしていた秀家は――二人の部下に羽交い絞めにされていた。

「離せーーーーー! 殺す! あのノータリンどもを一人残らず殺して死んでやるーーーーー!」

「ひ、秀家様、落ち着いてーーーーーー!」

「うるさーーーい! よりにもよってあんな馬鹿に負けたなんて黒歴史を残してたまるかーーーー!」

「もう手遅れですからーーーーーーーーーーーーーー!」

 ちなみに宇喜多秀家は、この敗戦(?)でケチが付いたのか、東西模擬戦以降は栄光の座から転落していく半生を辿るのだが……それはまた、別の話である。






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