【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。




 天正10年10月18日――午前7時。
 SHK『朝のニュース』。

「おはようございます。10月18日、朝のニュースです」

 (淡い色合いのセットを背に、40代の男性アナウンサーが落ち着いた声色で番組の開始を告げる。)

「今日最初のニュースは、『天華祭』についてです」

 (カメラが左へと動き、妙齢の女性キャスターの姿を映す。華やかさには欠けるものの、ハキハキとしたその声は静かな朝には心地よい)

「今年で開設60周年を迎える穢土の天乃華学園が、毎年秋に開催する『天華祭』。
 いよいよ今日より開催となります」

 (画面は切り替わり、穢土の天乃華学園、その正門の風景を映し出す。高い塀に囲まれた学園都市の出入り口は、三階建てのビルに匹敵する巨大な門扉を備えている。その門扉の下に今、無数の人間が密集していた。
 密集である。通勤時の満員電車を彷彿とさせる、人一人分の隙間も無いほどに押しあい圧しあう老若男女の海。テレビの狭い画面には収まりきらぬほど大勢の人間が、天乃華学園の正門前に集まっていた。)

「おはようございます! 私は今、天乃華学園の正門前に来ているのですが……見てください! この人の列、列!」

(スタジオのキャスター二人とは対照的に、華やかだが浮ついた調子の20代の女性キャスター。
 正門前から生中継される映像には、正門前に長い列を作る人々が映しだされていた。)

「今日から開催される『天華祭』ですが、神州でも最大規模の学園祭として年々来場者を増やしており、学園側では今日一日だけでも10万人以上の来客を見込んでいるとのことです!」





 天正10年10月18日――午前7時。
 午前6時発 神幹線《那古野→穢土》便



「――だって、すごいな市!」

「ええ犬姉、話には聞いていましたが想像以上ですね――こんなにも蟲がワラワラと、まぁ鬱陶しい」

 神州の主要都市を結ぶ高速列車。その車内の一角に、肩を寄せ合って携帯電話を眺める二人の少女がいた。
 双子なのだろう。驚くほどそっくりな顔をした二人の少女は、誰もが羨むほど端正な顔に、あどけない笑みを張り付けている。
 姉妹は名を織田犬(おだ いぬ)、浅井市(あざい いち)と云う。
 姉妹でありながら名字が異なる理由は、妹の市が既に他家に嫁いでいる為であった。
 犬と市がはしゃぎあって見ているのは、SHK(神州放送機関)のニュース番組である。列車が走るその先――穢土の地にて開催される祭の中継に見入っている二人を、向かいの席から優しく見守るのは、黒のパンツスーツに身を固めた20代の若い女性。
 その名を柴田勝家(しばた かついえ)と云う。

「市ちゃんも犬ちゃんも、天華祭は初めてですものね? ふふ……自慢じゃありませんが、それでもまだ少ないほうなのですよ? 東西模擬戦が行われる四日目はそりゃもう……人、人、人ですから」

 勝家はそう言い、最後に指で「人」の字を書いてみせると、向かいの席に座る双子の姉妹はカラカラと笑い声をあげ――それに続く形で小さく吹き出す者がいた。勝家の隣に佇む色白の肌をした少女。かつては肩まで伸ばしていた髪はばっさりと短くなっている。吹けば飛んでしまいそうなほど細く、弱々しい印象を醸し出す少女は、名を織田信行(おだ のぶゆき)と云った。

「あー、アネキ様も笑った! そんなに今のがツボったか?」

「あ……ううん、そ、そうじゃなくて」

 妹である犬に指摘され、慌てて頭を振る信行。その声が掠れていることを、指摘する者は誰もいない。
 吹き出してしまったことが余程恥ずかしかったのか。信行は僅かに俯き、ぼそぼそと弁明の言葉を紡ぐ。

「なんか、懐かしいな…って」

 その返答を聞いて、たちまち犬は自分の失言を悟った。
 彼女の姉、信行はかつて天乃華学園の武神科に通い、織田家当主として領土紛争の指揮を執っていた。ただの一度ではあったが天華祭に参加したこともある。
 重すぎる当主の責に心を病んでしまい、自ら学園を去るまでは――
 繊細な姉の古傷を抉ってしまった(と感じた)ことに、犬が慌てて詫びようとする――その寸前に口を開いたのは市だった。

「信行姉様、一日目はどんな楽しみがありますの? 初めての市と犬姉に是非教えてくださいませ」

「うん……一日目はまだ学生も慣れていないから、人気の場所やイベントはすごく込んじゃうの。
 だから、一日目はなるべく人の少なそうな場所を回って――」

 素早く機転を利かせた市の質問を受け、信行は天華祭を特集した雑誌を取り出し、二人の妹に経験者ならではの体験を語り聞かせる。
 心を病み、まだ人とはマトモに話せない状態ではあったが、気の置けない家族の前であれば、たどたどしくも自らの想いのままに言葉を紡ぐことができた。
 その姿に姉妹の保護者である勝家は口元を綻ばせ――ふと、この場には存在しない人物のことを思う。

(お姉様、見ていますか? 信行ちゃんがあんな風に犬ちゃんや市ちゃんと笑い合えるようになって……
 少しづつ、少しづつ"家族"は元通りになってきました。のぶくんも相変わらずですし……ほんとう、お姉様がここにいないことが何かの冗談だって思えるくらい)

 勝家にとっての姉は、今は亡き織田家先代当主――織田信秀(おだのぶひで)を除いて他にはない。
 今は亡きあの女傑は遥かな天から、果たしてこの光景を見守ってくれているのだろうか。
 誰よりも強く、深く愛した家族が、数年の断絶を経て再び繋がり合う、この幸せなひと時を。
 過去を想いながら、勝家は車窓を流れて行く空を見上げる。爽やかな秋晴れの空には雲ひとつなく、これから始まる祭の開催を祝福しているようにも見えた。





 天正10年10月18日――午前8時30分。
 穢土 天乃華学園講堂前。


 秋晴れの空の下、広大な学び舎を彩る祭りの装飾――それは手作り感溢れる看板や飾り付けであったり、開催を前に慌ただしく走りまわるスタッフの足音であったり、来場者以上に開催を心待ちにしている学生の期待を押し殺した声であったり――様々な色と音が非日常を描き出している。
 その最中「天華祭実行委員」の腕章を付けた数百人の女生徒が、講堂前の広場に整然と、腕を後ろに組んだ直立不動の姿勢で立ち並んでいた。
 すると彼女たちの前に、「実行委員長」の腕章を付けた女生徒が姿を現す。
 その瞬間、誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほど、女生徒の間に緊張が走った。

「おはよう、諸君。天華祭実行委員長、里見義弘( さとみ よしひろ )だ」

 高等部の制服の上に、何故かモスグリーンのロングコートを羽織る少女は、自らの名と肩書きを告げる。
 里見義弘――安房国を支配する里見家の当主である。何故か乗馬鞭を持ち、話している間もパシンパシンと打ち鳴らしているが、それを奇異に思う者は誰もいない。
 何故なら今日は――学園祭おまつり だからだ。
 いつもは大人しく口数少ない女生徒が、いきなり奇行に走ったところで誰も何も言わない。むしろ「もっとやれ」と快哉を上げることだろう。

「さて――いよいよ、我々が待ちに待ったこの日が来た。
 私は今年で二回目の参加となるが、正直に言って昨晩は興奮のあまりちっとも寝られなかった。羊を数えてみても無駄だった。
 だから――私はまだ一睡もしていない!」

 その証拠に義弘の目元にはうっすらと隈ができていたのだが――そんなどうでもよい話をしかし、立ち並ぶ実行委員たちはクスリとも笑うことなく聞いていた。

「故に私の今のテンションは徹夜明けの最高にハイな状態だ。恐らく――諸君らも同じではないかと思う」

一際大きく乗馬鞭を打ち鳴らしたあと、義弘は突如として大声を張り上げた。

「さて本日をもって貴様らはウジ虫を卒業する。本日から貴様らは学祭実行委員である 。この四日間に限り、どこにいようと実行隊員は貴様らの姉妹だ。貴様らの多くは殺人的な雑務と不埒な連中への対応に疲労困憊し、二度とは戻らない者もいるだろう。だが肝に銘じておけ、実行委員は死ぬ 。死ぬために我々は存在する
 だが実行委員は永遠である。つまり―――貴様らも永遠である! 」

内容は私立滅裂だが、荒々しくもスタッフとしての絆を謳った台詞に、実行委員たちのテンションは一気に高まっていく。

「貴様らは天乃華を愛しているか!」

愛校ガンホー ! 愛校ガンホー! 愛校ガンホー!」

「学生を育てるものは?」

「秩序だ! 秩序だ! 秩序だ!」

「我らの任務は何だ、お嬢様方?」

「制裁だ! 制裁だ! 制裁だ!」

 血で血を洗う訓練を受けた海兵隊員を彷彿とさせる物騒なやりとりに、実行委員の心は一つとなった。

「よろしい。ではこれより各々配置につけ。貴様らが一言一句正確に記憶した注意事項を守らぬ者、ここが《武神》の総本山として知って狼藉を働く者、その全てを取り締まり、制裁せよ!
 我ら実行委員は学祭の番人にして、この四日間を秩序に捧げた兵士である!」

「「「「「イエス! マム!」」」」」」

 ノリノリな応答と共に持ち場へと散っていく実行委員たち。それを見送った義弘は、コートの裾を翻し、一人講堂へと向かう。
 折しも講堂では天華祭の開会式が進行中であった。その壇上で無数のスポットライトを集めながら、開会の挨拶を行う生徒会長・北条氏康(ほうじょう うじやす)
 自信に満ち溢れた言動と、モデル並みの容姿で衆目を集める才媛の声を聞きながら、義弘は静かに目を閉じ――

「さて、寝るか」

 そう呟き、小さな寝息を立て始めた。
 薄暗い講堂に響き渡る生徒会長の声に掻き消され、実行委員長は実に三日ぶりの睡眠に身を委ねるのであった。









第三十六話 『カブキ=ソウル』



【1】

「はいはい、こちらに並んでくださーい! 学内では、お・か・ゆを守ってくださーい! 
 おさない! かけない! 夢で終わらせなーい!」

「辛い事があっても立ち止まらないでください! つめてくださーい、つめてつめてー。
 前の人とぴったりくっついてください! 大丈ー夫。色が違うから消えたりしません!」

「危険物を持ってる、または危険な事をしようと思ってる方は頭冷やして帰って寝てくださいー! 
 どうしても帰らない方は――ジャッジメントですの!」

「のぶりん完売! のぶりん完売!」

 校舎から中庭に出た俺こと織田信長( おだ のぶなが )を待ち受けていたのは、すわ夏冬の三日目かと思わせるほどの人の群れだった。
 いつもは広すぎて閑散とした趣きすら感じさせる中庭は、今や地面もろくに見えなくなるほど学園祭の客でごった返している。加えてスピーカーから流れる陽気でアップテンポな曲に、拡声器を手にした学園生の声があちこちで飛び交い、その騒音は否応なしに聞く者の心を乱す。その中に意味は理解できなくても不吉を予感させる声も聞こえてきたが……精神衛生上の理由から、聞かなかったことにしておこう。

「殿、殿! ボク、チョコバナナ食べたい!」

「本機もアレとかコレとか食べてみたいロボ。特にこのホ……ホモォ汁とか」

「……それは止めておけ、ポンコツ。まあ手前味噌ではないが、我が甲斐国も今年は名産品をどっさり揃えてあるからな、甘味に珍味、B級グルメまで完全制覇だ」

 俺に付き添う前田利家( まえだ としいえ)、滝川一益( たきがわ いちます )、そして武田勝頼( たけだ かつより )の三人は各々の要求を口に出すが、生憎と俺には真っ先に立ち寄るべき場所があった。
 その後で各々のリクエストに応じると告げると、三人は仲良く首を縦に振ってくれた。

「はいはいはい! それがしは人気の無い教室で殿のバナナを――ふゴォっ!」

 突然前に飛び出してきた野生動物の顔面に、俺はすかさず拳を叩きこんで黙らせてやった。

「ふ、ふふふ……久々に喰らいましたぞ殿の鉄拳ツッコミ! 乙女の顔面に容赦なく鉄拳を見舞うとか、それがしには激しいんだからッ!」

 鼻血をダラダラと流しつつ、身を捩じらせる極めて人に近い野生動物は便宜上の名をサルと言う。

「ちょ、待って殿! それがしサルじゃないもん、人間だもん! あと地の文で嘘付いたらいけませんって先生も言ってでありますぞ!」

「うるせぇ人のモノローグを読むな、このサル。あと下ネタ禁止。お前なんかサルで充分だ、人間様にあやまれ」

「しどい殿ッ! それがしだって人間になりたいッ!」

 突然現れて俺のボケにボケ返すのは、木下藤吉郎( きのした とうきちろう )。
 一応、俺の部下の一人である。

「サルちゃん久しぶりー! わーい、会いたかったよー!」

 藤吉郎の登場に弾んだ声をあげ、利家は藤吉郎に抱きつく。

「のわわっ、は、離れるでありますぞ犬千代! 違うのー! それがしは殿一筋なのー!」

 藤吉郎は嫌がって利家を引っぺがそうとするが、小柄ながらも剛力で知られる利家はびくともしない。

「最近見ないと思ったら、ちゃんと生きていたロボね。てっきり山に帰って冬眠していたかと思ったメカ」

「てめぇこのポンコツ、スクラップにされたいでありますか! あと猿は冬眠しないでありますよ!」

「え? サルちゃんは冬眠しないの? だっていっつも冬になると『冬眠するから』って学校休んでたのに」

「いや犬千代、それは比喩と云うかジョークでありましてな……」

 利家の無垢な指摘にツッコミ返す気を削がれたのか、いきなりテンションダウンする藤吉郎。
 こいつの相手をするのは楽しいが、テンション高めなので付いていくのが大変なのもまた事実。今日はただでさえ学園祭ということで、ボルテージ高めの精神状態にあるのだから。

「それよりサル、お前模擬戦の準備は良いのか? 西軍の総大将なんだろお前」

「ふっふっふ……既に準備は万端ッ! 何せそれがしには優秀なブレインが付いてますからな。
 半兵衛とか半兵衛とか半兵衛とか」

 こいつ……部下に仕事を押しつけて逃げだしてきやがったな。
 最初はそう感じた俺だったが、藤吉郎の部下である竹中半兵衛( たけなか はんべえ )はまだ中等部ながら、軍師としては非常に優秀な人材である。そんな半兵衛がアホな主君の行動を把握していない筈は無い。恐らくは仕事の邪魔になるからと、責務の放棄を見逃されているに違いない。
 まあ藤吉郎にすれば自業自得だが、一人仕事を押しつけられた半兵衛には後で差し入れでも持って行ってやるかな……と俺は考えていた。

「そんなことより、それがしには殿とのスゥィートな時間が大事なの♥ 
 さあ殿、それがしの好感度はもうMAX! いつでも伝説の樹の下に来てくれていいのよ?」

「ああ、毎年告白した人間が、次の日には首吊った状態で発見されるあの樹な」

「なにその学校の怪談!?」

 ちなみに事実である。
 もちろん死人が実際に出た訳じゃないけど、Anotherなら死んでた。

「おい信長、今日のような日に無駄話も結構だが、あちらで丹羽殿が呼んでいるぞ?」

 勝頼が指摘した通り、中庭の一角から俺を呼ぶ声がする。視線を寄越すとそこには鉢巻を巻いて半被を着た丹羽長秀の姿がある。

「信長さまーーーーーーーー! こっち手伝ってよーーーーー! 人手が足りないんだからーーーーーーーーーー!」

 長秀は大声を張り上げて何度も俺の名前を呼んでいた。
 俺が所属する二年尾張組はこの中庭で模擬店を出しているのだが、既にその店には長蛇の列が形成されている。あれだけの人が押しかければさぞやクラスメイトはてんてこ舞いに違いないが、生憎と俺にはどうしても外せない用事があり、加えて一日目くらい好きに回りたいという気持ちもある。
 何よりこれだけの人混みの中で、あれだけの大声で俺の名を連呼すれば何が起きるか。
 それを知らぬほど、俺は自分の知名度に無知ではない。

「え、信長様がいるの? どこどこ?」

「あそこ! 校舎の入り口に立ってらっしゃるわー!」

 人混みの中から黄色い声が上がり、やがて無数の視線が俺の姿をとらえる。
 瞬く間に居場所を知られた俺は、藤吉郎と犬千代を小脇に抱え、後ろに並ぶ一益と勝頼に目配せをする。
 二人ともこれから起きる事態を正確に把握していたのだろう。二人は心得たとばかりに頷き、俺は脱兎のごとく駆けだした。

「「「「キャーーーーーー♥ のーぶりーーーーーーーーーーん♥」」」」

 直後、校舎の出入り口に殺到する人の群れをかいくぐり、俺は自分の校舎を後にする。
 後で長秀や池田恒興に絞られることは確実だが、ファンに揉みくちゃにされては織田家当主の威厳に関わるしね、仕方ないよ!

「でもマスター、『のぶりん』とか呼ばれてアイドル扱いされている時点で、威厳なんてゼロに等しいロボね?」

「うるせぇ一益! つか全ての元凶はあの軍神だからな! 絶対に訴えてやるッ!」

押し寄せるファンに追い立てられながら、俺たちの騒々しい学園祭は始まろうとしていた――。





 ファンを撒くことに成功したとき、俺達は隣接する第5学区に足を踏み入れていた。
 甲斐国から東、関東の諸国の《武神》が集うこの学区は、武田家と北条家という二大勢力の拠点である。当然のことながら中庭は二家が出店したブースで占められていた。
 その片翼を担う武田家当主、武田信玄( たけだ しんげん )は真っ白な学ランを翻し、

「歓迎するぜ織田、こんなにも客を連れてきてくれてよぉ」

 嫌味にも聞こえる台詞と共に、俺達を出迎えてくれた。
 ちなみに連れてきた客とは、俺を追いかけてきた一部の熱心なファンのことである。
 所属する勢力・地方ごとにクラス分けがなされる天乃華学園では、出店の利益は所属する勢力の利益に繋がる。部活単位での出店になると話は別だが、天華祭では学生だけでなく認可された業者も店を出している。もちろんその土地を支配する《武神》の学区でだ。
 従って俺はライバルである武田家にみすみす客を呼び込んでしまった訳だが……今は学園祭だ、その程度の利益を悔やむほど俺は吝嗇けち ではない。

「お礼と言っちゃなんだが、何か食べて行けよ? 心配すんな、ひとつくらいなら無料にしといてやる」

「そりゃありがたい。けどまぁ…後からにしとくわ。少し用事があってな」

 無料と聞いて走り出そうとした利家の襟首を掴み、俺は信玄の申し出に首を横に振った。
 生憎と第5学区は、俺の目的地からは少々離れている。時間に押されている訳ではないが、さりとてここで時間を潰していられる程の暇もない。

「えー! ボク、あのお餅とかおうどんとか食べたーい!」

 食欲旺盛な利家は「信玄餅」だの「ほうとう」だのと書かれた幟に目が釘付けになっており、手を放せば今にも飛んで行きそうな勢いだ。
 かく言う俺も気にはなっているのだが、背と腹を変えられない事情がある。

「はは、ちゃんと残しておいてやるから安心しろよ中坊。……それと、勝頼」

 信玄がその名を呼ぶと、これまで不自然に視線を逸らしていた勝頼は怯えたように肩を震わせた。しかし無視をする訳にもいかず「はい」と硬い声を返す。

「どうだ、織田のところは? 人見知りのお前にしちゃあ、すんなり馴染んでるじゃねーか」

 その一言には姉が妹にかける、遠慮の無い親愛の情が込められていた。
 勝頼にとっては予想外の一言だったのだろう。一瞬、呆然とした表情を浮かべるが、次の瞬間には柳眉を逆立てて反論する。

「ち、ちち、違う! あ、いやその……私は、私は別に人見知りなどではありません、姉上!」

「ははは、何言ってんだかこの甘えん坊は。初等部の頃なんて『友達ができない』ってオレや信繁に泣きついてきたくせに」

「な、なななななななななななななな、何てことバラすんですかー!」

 隠しておきたい過去を実の姉に暴かれた勝頼は、顔を真っ赤にして抗議する。
 しかし俺も、そして恐らくは藤吉郎たちも同じことを思っているに違いない。『ああ、やっぱり』と。

「気にすんな勝頼、もう知ってたから」

「もうって何ですか、もうって! 牛ですか! あと私は別に人見知りでもぼっちでもないからな!」

 そこまで言ってはいないのだが、突けば突くほどボロを出すよな勝頼こいつ……。

「そうだぜ織田。なにせこいつ、この前初めて友達と遊園地に行ってきたって、写真付きのメール寄越したくらいだしな」

「何で姉上が知ってるんですか! 私は昌幸に送ったのに!」

「うむ、それはのう。わらわが信玄様に知らせたからじゃ。
 昌幸のやつ、『かっちゃんが拙者以外の女と仲良くしてるー』とか泣いて見せびらかしておったからの。おそらく皆知っておるぞ」

口元を扇子で隠した女生徒――確か武田二十六将の一人、真田幸隆( さなだ ゆきたか )である――の言葉に、もはや勝頼は酸欠状態で喘ぐ金魚と化していた。具体的に言うと顔真っ赤にして口パクパク。

「あらあら、何かと思いきや勝頼がいるのですよー」

 制服の面影を僅かに残すゴスロリ衣装をまとい、血の気の悪い顔をした女生徒が近付いてきた。

「げ……信繁姉さま」

 勝頼が心底嫌そうな声呼んだ名は、俺の記憶に間違いがなければ武田軍の副将と同名である。
 するとこのゴスロリ女が信玄の妹にして、勝頼の姉である武田信繁( たけだ のぶしげ )だろうか。

「ああん勝頼、テンキューは寂しかったのですよーーーー!」

 満面の笑みを称えて抱きつこうとした姉を、しかし勝頼はするりと回避する。その意図は明白で、実の妹に避けられたゴスロリ娘はわざとらしく地面に崩れ落ちると、ヨヨヨと泣き崩れた。

「勝頼がいなくなって、おまけに忠勝もいなくなってはテンキューは誰をオモチャもとい慰みものにすれば良いのか…・…」

「誤魔化すどころか、更に酷いこと言ってるぞ」

「うるさいのですよ織田信長、テンキューから忠勝を奪った張本人のくせに」

 半眼ジト目で抗議する武田軍の副将。陽気で男勝りな信玄とは対照的に陰険そうな雰囲気を漂わせている。
 加えて年下の同性にご執心らしく、俺は改めて本多忠勝 ( ほんだ ただかつ )を武田軍から取り返した、その判断が正しかったことを思い知らされた。

「勝頼、寂しくなったら何時でも戻ってきて良いのですよ? ほらここにテンキューの部屋の合鍵が」

 邪な意図が込められた鍵を、もちろん勝頼は受け取らなかった。
 見るからに強張った笑顔を作り、手を振りながら後ずさる。

「おいおい信繁、勝頼ももうガキじゃないんだから、お前も早く妹離れしろ」

 困惑する勝頼を見かねて、信玄が信繁を諌めるが、

「いーやーなのですよー! 可愛い子を弄れないとか、それはテンキューへの死刑宣告なのですよ。
 仕方ないですわね、こうなったら他の獲物を……あ、そこの貴女ー、ちょっとお待ちになってー」

 しかし性癖を改める気はないらしく、信繁は新しい獲物(本人談)を狩りに行ってしまった。
 意外に切り替え早いな……と云うか見境ないな。

「――まあ、あれが一応うちの副将だ。性格と云うか人間的に問題はあるがそれなりに優秀だし、生憎と自分より年下にしか興味がないから安心しろ」

「ああ、安心したよ。ガッカリもしたがな……」

 まあ将として優秀だが人間的に問題のある奴は、織田軍うち にもゴロゴロいるし。

「それより時間を取らせちまったな。用があるんだろ? あと勝頼を頼むな」

 信玄に見送られ、俺達は第5学区を後にした。
 姉二人に弄られた勝頼は、未だに紅潮した顔を隠すように俯いたまま。それを横目で見ながら俺は――彼女が何故、設楽ヶ原でああも無謀な行動に出たのか、その原因を垣間見た気がした。





「のーぶーりーん♪」

 第三学区に戻った俺達を待ち受けていたのは、長い髪を揺らしながら走り寄る上杉謙信( うえすぎ けんしん)の姿だった。

「やっと出会えましたわ、のぶりん♪ 私、さっきからずっと探していたんですのよ?」

「軍神様が俺に何の用だよ? あと、のぶりん言うなや」

「ええ、実はのぶりんに頼みがあるんですの」

 俺の抗議をあっさり無視して、謙信は俺に頼みたい事とやらを語り出した。
 それは――

「音楽やってたり、歌の上手い奴を紹介してくれ? ……一体、今度は何を始める気だよ」

 一見上品そうに見えても、実はミーハーな謙信のことだ。何を考えているかは知らないが、まあ何となく想像はついた。

「それは勿論……午後の音楽祭に飛び入り参加するためですわ!」

 偶然だけど、同じような台詞を一週間前に聞いた気がするな!

「その心は?」

「アイドルの皆さんとお近づきになって、私の作った衣装を着てもらうのですわ♪ ほら見て、今回は思わずスマイルな五色の衣装を――」

 手にした紙袋から、ド派手な色遣いのフリフリでヒラヒラな衣装を取りだそうとした謙信を無言で制止し、俺は首を横に振る。

「分かったから、とりあえず落ち着け。別に紹介するのは構わないが、生憎と心当たりは無くてな? 
 一人だけいるにはいるが、彼女はもうエントリー済みだ」

 彼女――前田慶次( まえだ けいじ )の名を挙げると、謙信は「あら」と驚く様子を見せる。

「もしかして『桃クロ乙』のケイちゃんですの!? ずるいですわ、既にお知り合いなら私にも紹介してほしかったのに」

「悪いが知り合いになったのは、つい最近の話だ。それにまあ……事情があるんだよ、こっちにもな」

 名前を聞いてすぐグループ名が飛び出してきたところを見るに、どうやら謙信はアイドルだった慶次のことを良く知っているようだ。
 前田慶次――部下の話によれば、彼女は人気アイドルグループ『桃山クローバー乙』のメンバーであったが、本人はアイドル稼業に疑問を覚えたらしく引退してしまい、今は仕事も無いのにソロ活動を続けている。奇しくも謙信と同じ理由で彼女と巡り合った俺だが、今の彼女は華やかな肩書きとは裏腹の人物ではあった。

「脱退のことはつい最近知りましたけれど……まさか天乃華に居たなんて初耳ですわ。
 もしかしてのぶりん、もうケイちゃんに唾付けているのでは……」

「してねぇよ。あとのぶりん言うなや。別に拒むつもりもないが、積極的に誘う気もない。と云うか本人も興味なさそうだしな」

 武人としての慶次は恐らく相当の強者だろう。剣を打ち合わせなくとも、その実力は容易に推し量ることができた。アイドル稼業で《合戦》からは離れていたとしても、アイドルとして歌い踊ることにどれだけの体力と鍛錬を必要とするか、それを知らない俺ではない。
 但し武人として優れていたとしても、将として兵を率いる器かどうかと問われると難しいところだろう。
 彼女は恐らくスタンドアローンでこそ、真価を発揮するタイプだ。
 対して、数多の兵と軍団を抱える俺が欲するのは一騎当千の強者ではなく、羊の群れを率いて獅子を迎え撃つ将なのだから。

「分かりましたわ……はぁ、HGJ48も放課後ワビィータイムも出演すると言うのに、私は観客席から眺めるしかないのですわね……」

 未練たっぷりに呟きつつ、謙信は去って行った。彼女の気持ちも分からなくは無いのだが、そんなに着てほしいなら自分で領国に招けば良いのに……と思ってしまう。
 尤もHGJも放課後ワビィータイムも、今をときめく人気グループだ。例え大枚はたいて呼び寄せようとしても、すぐには無理な話だろう。
 それこそスマイルな五色の衣装の元ネタが終わってしまうまでには……

「あ、おいおいそこの織田軍団! ちょっと待つです!」

 謙信と入れ替わるように、今度は背の低い女子生徒が俺達を呼び止めた。
 どう見ても中学生にしか見えないのに、高等部の制服を着ているところを見ると、何処のYAZAWA先輩かと問い質したくなる。

「……む、何だかボクのこと思いっきり虚仮にされた気がするですが、まぁいいです。それよりそこの織田信長、謙信様を見かけなかったですか?」

「ああ、先輩ならついさっき出会ったけど……何処に言ったかまでは知らんぞ?」

「なんと! じゃあまだこの近くに……。助かったです、織田信長!」

「いやいや、礼を言われる程じゃないです、にこにー先輩」

「……誰ですかにこにーとか。ボクは甘粕景持( あまかす かげもち )で、あと一年生ですから」

 甘粕景持――確か上杉軍のツートップの一人だ。何故謙信を探しているのかは不明だが、なるほど確かに名の知れた将だけのことはある。
 一目見たら絶対に忘れない、インパクト抜群(背丈的な理由で)な《武神》であった。

「ふふ……これなら、それがしにも勝ち目が」

 景持の胸元をガン見してほくそ笑む藤吉郎。
 「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」とは良く言ったものである。

「……むむ、一度ならず二度も虚仮にされている気がするですが、ボクは今忙しいのです。
 時に織田信長、謙信様を見かけたら、ボクたちが探していたことを伝えてほしいのです」

 二つ返事で引き受けると、景持は「ありがとうです!」と言い残してその場を走り去った。
 事情はよく分からないが、手前勝手な君主を持つと部下は大変だなぁ……と言いかけて、口を噤む。
 墓穴だし。

「時に殿、そろそろ時間になりますぞ? 急がないと出迎えに間に合わないかも…・・・」

 藤吉郎の指摘を受けて時刻を確認してみれば、約束の時間まで数分とない。思えば寄り道した挙句に色々話しこんだりしていたからなぁ……。
 ここから待ち合わせ場所である、第三学区の正門までは歩いて10分ほど。
 つまり――走らないと間に合わない!

「仕方ない……行くぞお前ら、走って付いてこい」

「ボクは別にいいけど……校内でダッシュしたら風紀委員とか実行委員の子に怒られないかなぁ?」

「そういう時は、サルを身代わりにして撒いておけ、利家」

「ちょ、殿!? ナチュラルにそれがしをスケープゴートにしないでぇ!」

「それが嫌なら放されないよう、付いてこい――折角来てくれたんだ、待たせるのは俺の礼儀じゃない」

 言いながら、俺は走り出した。
 忍者のように人混みを縫い、ひたすらに正門を目指す。
 俺が遠方から呼び寄せた、とある連中を出迎える為に。






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