【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





 病院とは多種多様な雑音に満たされている場所であると、その少女は始めて知ることとなった。
 医者を呼びつけるアナウンス、廊下を絶えず行き交う看護師や患者、加えて面会者とその他諸々の足音、更に開けっ放しの病室からはTVの音が風に乗って聞こえてくる。ステーションの前を通り過ぎれば看護師たちの雑談から、何処ぞの誰かが何をしでかしたのだと言う業務連絡まで聞こえてきた。
 尤も、それらの内容に山県昌景(
やまがた まさかげ)は何の興味も覚えなかったので、様々な雑音は彼女の記憶の棚に陳列されることもなく、足音とともに消えていった。
 昌景は現在18歳。この病院と同じ敷地に建つ、天乃華学園の学生である。
 三日前の合戦で大怪我を負った昌景は、意識を取り戻した時には既に病院のベッドに寝かされており、全身に残る鈍い痛みと永遠に失われた右掌から、自分が置かれた状況をすぐに察したと言う。

『ああ――助かったのか』

 まるで他人事の様に、実感の伴わない安堵であった。
 それからすぐ彼女は自分の体から弾丸を摘出した医師より、己が身に起きた事情についての説明を受けた。
 摘出した弾丸は三つ。何れも内蔵や大きな神経・血管を傷つけることはなく、《武神》の治癒能力を持ってすれば一週間で綺麗に完治するだろうとの話だった。
 しかし――千切れた右掌はもう、元には戻らない。
 骨や血管を繋ぎ合せることはできても、断絶した神経は二度と修復しない。つまり――彼女の右手は以前のように、騎兵槍(ランス)を振るうことは二度と叶わないのだ。
 穏やかな顔付きに沈痛の眼差しを浮かべて、医師は昌景にそう告げたのだった。

『わかりました』

 医師に気を遣われるまでもなく、昌景は自分が永遠に失ったものを理解していた。
 卒業まであと半年という事情も関係していたのであろう。この先、自分が《武神》として合戦に挑むことは無い――その残酷とも言える事実を、昌景はしかし粛々と受け入れていた。
 昌景が右掌を失う原因となった一件については、見舞いに来た学園の教師陣から仔細を聞いた。
 前代未聞の事件だと、駆け付けた教師陣は揃って嘆いていた。神州最大の教育機関に謎の武装組織が侵入し、数十人の生徒に重軽傷を負わせたのみならず――

『――高坂が逝った、か』

 盟友の死を知り、しかし昌景は涙ひとつ流さなかった。
 仲間との死別に嘆き悲しむ力すら、今の昌景には残されていない。
 自分はまだマシなほうだ――未だ意識の戻らぬ者、神経を損傷し、この先歩くことすらままならぬのではと危惧される者、そんな彼女たちに比べれば、右掌を失ったくらいが何だ――そんな風に考えていた所為か、昌景の心は酷く乾ききっており、空っぽになった心を風が吹き抜けていく度に、湿った感情が吹き攫われていくような、そんな感覚に囚われていた。

 気付けば昌景は友人の病室の前にいた。
 無性に顔が見たくなり、昌景は扉をノックしようとして――ふと右掌が無い事に気付き苦笑する。
 しかし、無い筈の掌を引き戸に手をかけようとした時には、流石に笑えなくなってしまった。意識せずとも体に刷り込まれた動作が、これからも事ある度に喪失の事実と重みを突きつけるのだろうか。
 自分は――これからどうなるのだろう。
 漠然とした不安から逃れようと、昌景は左掌で扉をノックした。

「どうぞー」

 友人の変わらぬ声を聞いてから、昌景は病室の扉を開けた。

「やあマサさん、久しぶりー♪」

 ベッドから上半身を起こした姿勢で、原昌胤(
はら まさたね)は昌景を出迎えた。
 気安く挙げられた右腕には包帯が巻かれ、半袖の患者衣にも関わらず、肌を晒しているのは右手と顔のみという有様であった。
 だと言うのに、以前と何ひとつ必変わらぬ明るい笑顔が、余計に痛々しく感じられる。
 三日前には昌景と同じ戦場に立っていた昌胤だが、彼女は襲撃者に高温の炎を浴びせられ、両手両足はおろか全身に及ぶほどの火傷を負ったのだと、昌景は既に聞き及んでいた。
 女としては自分よりも遥かに大きなものを失ったのかもしれない――そう考えると昌景は以前のように、友人の顔をまともに見られなくなってしまう。

「……あ、えーっと紹介すんね? この人、マサさん。私の同級生」

 昌胤がベッドサイドに腰掛けていた男性に声をかけたことで、始めて昌景は先客の存在を知ることになった。
 高級そうなスーツでぴしりと身を固めた、恐らくは30代ほどの男性である。二枚目ではあるが、全身に待とう堅苦しさが容易に人を寄せ付けない――絵に描いたような型物であった。男性はすっくと立ち上がり、名乗るとともに頭を下げた。釣られて昌景も立ち上がり、背筋を伸ばして名前を告げる。
 そのやりとりを見て、昌景は「んもー、かたいな二人とも」と笑い出した。
 しかし昌景の興味は友人ではなく、年上の男性のほうに移っていた。
 昌胤の家族に出会ったことはないが、年齢的に父親ということはないだろう。気安い口調からも家族、或いは親戚の男性なのだろうかと昌景は推測していた。

「彼はね、えっと……そうだなぁ……私の従兄弟? みたいな人かな~」

 しかし男性を紹介する昌胤の口調は、何とも歯切れが悪い。
 何かを隠そうとして失敗してることは一目瞭然であったが、それを今ここでほじくり返そうとするほど昌景は野暮ではない。

「では私は失礼しよう。昌胤、また明日にでも来るよ」

「うん、今日はありがとね」

 立ち去ろうとする男性に手を振ろうと、昌胤が右手を上げた瞬間。
 男性は昌胤の腕を掴み、ぐいと身を近づけたかと思うと――

「んんっ!? ん、ん―――――――!」

 昌胤の唇を奪い、そのまま唇を重ね合う。
 一切の迷いなく、手慣れた仕草で重なり合った二人の姿に、昌景は耳の先まで真っ赤になり、しかしすっかり目が離させなくなってしまう。

「ダメ…見てるし……」 「ばか…いうこと聞いて……」 「んっ……んん……」

 しかも全く聞いたことの無い、友人の艶めいた声が聞こえてきて、気まずいどころではない。
 やがて男性は唇を離し、すっかり上気してしまった昌胤の頬に今度は軽く口付けをする。

「あ、あの……トシさん、今のって……」

 突然の――それも友人の前で――恋人同士の営みを晒してしまったことに戸惑う昌胤であったが、男性は至極真面目な顔をして、

「私の答えだ。今もこれからも変わらない――ああ、そうだ。私はその程度では負けぬとも」

 その一言を言い残して、男性は颯爽と病室を後にしてしまった。
 後に残されたのはただ、気まずい沈黙だけ。

「あ、あはは……うん、まあ、そういう人、、、、、 なワケ。ほんとはさ、もう別れようかって話してたんだけどねー」

 気まずい雰囲気を払拭しようと、昌胤は自分から白状した。
 しかし昌胤とは長い付き合いの昌景である。自分とは違って、彼女が恋愛の相手には不自由しない人間であることを、知らない訳ではない。

(しかしまあ……随分と入れ込んでいるようだ)

 昌胤が別れ話を持ちかけた理由は容易に想像がつく。
 焼け爛れた全身の皮膚――恐らくは一度以上見せ合った関係だからこそ、昌胤は今の自分に引け目を感じてしまったのだろう。いや、それ以上に恐かったのかもしれない。焼け爛れた肌を理由に、関係を向こうから断ち切られてしまうことが。
 尤も、男性の去り際の言動から察するに、それは昌胤の杞憂でしかなかったようだが。
 随分と年は離れているようだが、彼ならば友人を他の形で幸せにしてくれるかもしれない。その予感に一抹の寂しさを感じつつも、昌景は二人を応援していこうと心に決めていた。
 その直後であった。

「マーちゃん無事か!? 無事だよなオイ!」

 ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと突然病室の扉が開き、光沢のある黒いスーツを着て、獅子の鬣を思わせる派手な髪型をした青年が飛び込んできた。
 彼は昌胤の姿を見つけると、脇目も振らずに駆け寄り――

「良かったあ! 心配したんだぜホント! もしマーちゃんに何かあったらって思うと俺、俺……」

 感激のあまり、ベッドに頭を伏せておいおいと泣き崩れてしまった。

「……えっとねマサさん? 誤解しないんでほしーけど、この人、私のその……近所の友達の知り合いの親戚の結婚相手の先祖と同じ町内に住んでいた人の関係者で――」

 突然の来訪者にオロオロと取り乱す昌胤。一瞬で全てを理解した昌景は、ただ苦笑するしかない。

「原君! 無事かね!」

「ハニー! 突然別れるとか、そんなのボクは認めないヨ!」

 すると彼を皮切りに、次々と見知らぬ男性が病室に雪崩れこんできた。
 同年代の少年から、父親ほども年の離れたナイスミドルまで選り取り見取り――彼らにとって昌胤が如何なる存在であるのかについては……最早語るまでもないだろう。

「まあその……後腐れないようにな」

 ここに居ては馬に蹴られて命を落としかねないと、昌景は立ち上がった。

「あ、あはは――ちゃ、ちゃんと決まったら、知らせるから」

 沢山の男性に囲まれて笑顔を引き攣らせる昌胤。その原因と彼女が負った疵は――恐らく無関係に違いない。
昌景が早々に病室を立ち去ると、廊下には野次馬根性に駆られた看護師や患者が、何事かと部屋を覗きこもうとしている姿があった。

「くくっ……あは、あはははははははははははは!」

 もはや、昌景は笑うしかない。
 内から込み上げる衝動に身を任せ、昌景はただ笑い続ける。
 今まで抑え込んできたものの箍が外れ、怒涛となって押し寄せる感情の荒波に呑まれながら――少女は漸く、泣くことを思い出した。









第三十二話 『断話・始末編』



【1】

「はいご主人様、あーんして下さい❤」

「あ……あーん」

 抗いきれずに開けた口の中に四つ足の蛸が侵入し、俺は舌と歯でその侵入者を押し潰す。
 すると香ばしいスパイスと肉の旨味が口の中に広がった。
 ……・うん、憎たらしいほどに美味いな。このウインナー。

「どうです? 濃が原料から調達したウインナーのお味は? 隠し味はご主人様への愛情ですわ♪」

「分かったからもう勘弁してください、お濃さん」

「いやです」

 俺の哀願をばっさりと切り捨て、お濃さんは新たなおかずを箸で持ち上げる。
 親鳥が雛に餌を与えるが如くお手製の料理を口に運ぶのは、我が家の元・家政婦のお濃さん。
 今は天乃華大学の学生にして、俺達が暮らす寮の管理人も兼任している、凄いんだけど何しているのかよく分からない人だ。
 ちなみに俺は、腕の関節を強引に外した所為で骨と靭帯を損傷してしまい、彼女に食事介助の口実を与えてしまった男で――名を織田信長(おだ のぶなが)と云う。
 そして今は昼休みと書いて、屈辱のランチタイムと読む。

「もう、ご主人様ったら、見事に靭帯までぶち切ってしまうんですもの♪ 再生には遅くて一ヶ月。
 ウフフ……その間は濃がおはようからおやすみまで、着替えから毎日のコーディネイトまでお世話して差し上げますね?」

「やだよ! 何する気だよ! 一人でできることは俺にやらせろよ!」

「そうですぞお濃さん! 殿を上から下までお世話するのはそれがしと書いて愛の奴隷と呼ぶごふぉ!」

 妄想乙。
 俺に蹴り飛ばされて盛大に転がっていくのは俺の部下の一人、木下藤吉郎(きのした とうきちろう)。
 割と偉い勢いで吹き飛んだがキニシナイ! ほら今だとバイオレンスは愛情表現の一環って認められているしね。ソースは某ファミレスの店員だけど。 
 ちなみに藤吉郎のことは、異性として全く愛してはいないので誤解しないように。

「ふ、ふふ……久々に容赦ない一撃を喰らいましたぞ。
 しかしッ! それがしの愛の前ではこの程度のバイオレンスは寧ろご褒美でありますぞ!」

「よし、じゃあ次からは歯の二、三本は圧し折るつもりでいくからな。歯ァ喰いしばれ」

「リョナ禁止! このぷりちーな顔が拝めなくなるのは世界の損失でありますぞ!?」

 いつも通りのウザさで俺と馬鹿話を繰り広げる藤吉郎はさておき、他の面子は突然のゲスト(※お濃さん)に動じることもなく、其々が其々の昼食をパクついている。

「ふぅ……」

 但し、切なげに息を吐く一人の麗人を除いて。
 黒絹のような長い髪、憂いを帯びた端正な横顔は間違いなく一人の人間でありながらも、名匠の手による彫像を思わせる。
 彼女の名は上杉謙信(うえすぎ けんしん)。
 屋上は元々俺達の私的空間と化していたのだが、そこにお邪魔するようになったのが、本来ならば別学区の彼女とその一番弟子。
 しかし相手が一応敵国の、それも強大な戦国大名と言うことで、クソ真面目な池田恒興(いけだ つねおき)やビビリの丹羽長秀(にわ ながひで)は同席を避けていたが、それを気にしないのが俺と藤吉郎。

「お館様、 如何なされました?」

 主君の様子一早く気付き、心配する声をかけたのは、謙信の一番弟子として名高き直江謙次(なおえ かねつぐ)であった。

「いえ――ごめんなさい。わたくしとしたことが少し感傷的になってるみたい。……風が何時になく涼しい所為かしら?」

「お館様……」

 秋も深まりゆく十月末――だからという訳ではないのだろう。
 美しい貌を物憂げに曇らせた謙信の眼は、誰もいない隣りの空間に注がれていた。

『――放送武よりお知らせ致しします。高等部第三学区二年生、織田信長さん。至急、教務棟学園長室までお越しください。繰り返します、高等部第三学区二年生、織田信長さん。至急、教務棟学園長室までお越しください――』

 そんな折、スピーカーで名前を呼ばれた俺は素早く弁当を掻きこむと、そのまま立ち上がった。空の弁当箱は藤吉郎に押しつけ、集まった連中に退席する旨を告げた。すると謙信は顔を上げ、俺の顔を見ると小さく頭を下げた。

「お晴のこと――宜しくお願いします、のぶりん」

 俺がどんな理由で、誰に呼び出しを受けたのか、彼女は既に見抜いていたのだろう。
 そして俺も――こうなることを既に予測し、覚悟はとっくの昔に完了させていた。
 だから、「ああ」と頷き――忘れないように大事な一言を返す。

「のぶりん言うなや」







「――よお」

 学園長室の扉の前で、俺と彼女は久方ぶりの再会を果たした。
 片手を上げて気さくに声をかける姿に、三日前に目にした光景がオーバーラップする。
 傲岸にして不遜。王道を歩むその身を眩しいほどに輝かせていた"甲斐の虎"。しかし記憶の中の彼女は本物の“虎”ではなかった。
 今この瞬間、俺の視界に映る人物こそが正真正銘の"虎"だと言うのに、どうしてか俺は記憶の中の偽者こそが本人であったのではないかと疑ってしまいそうになる。
 勿論――そんなことがある筈もない。俺が益体もない妄想を繰り広げてしまうくらい――彼女こと武田家当主・武田信玄(たけだ しんげん)は憔悴し、輝きを失っているように見えた。

「久しぶりだな、織田」

 その言葉を聞いた途端、「嗚呼」と知らず声が漏れ出る。
 間違いなく、彼女は俺が知る"甲斐の虎"で、目の前で命を絶たれた彼女は――“虎”の影武者であったのだと、その一言で俺は気付かされてしまった。

「――あれ? 先輩、その腕どうしたんだよ?」

 別の事に気を取られていた所為で気付くのが遅れたが、この時、信玄は右腕をギプスで固定して左肩から下げていたのである。骨折であることは一目瞭然だが、怪我の程度よりも先に、俺は彼女が負傷しているという事実自体に軽い衝撃を覚えた。

「ああ、これか。いや――実は徳川んとこの本多に不覚を取ってな?」

 恨み辛みはおろか負傷したことへの負い目すら感じられない、妙に晴々とした口調だった。
 それどころか隠すことなく曝け出し、誰かに見せつけてようとしている様にも感じられる。
 さもありなん。信玄の言葉を信じるとしたら、彼女はあの――徳川一の忠臣、本多忠勝(ほんだ ただかつ)と対決して生還したばかりでなく、その身を捕虜にしてしまったと言うから、流石としか言い様がなかった。
 故にその怪我は勲章以外の何物でもない。名誉の負傷とはよく言ったものである。
 ……とは言え、単身で追撃してきた武田軍を迎え撃ち、名立たる武田二十四将を返り討ちにしたばかりか、遂にはあの甲斐の虎に手傷を負わせた勇者ということで、本多忠勝の評判は今や鰻登り。
 しかも――

「先輩の腕を圧し折っておきながら、全くの無傷だったとか……想像以上に規格外だなアイツ」

 例え刃を交えずとも、信玄の強さは容易に推し量れる。
 仮に俺が信玄と一対一の対決に臨めば、結果はこちらの完敗に終わるだろう。
 自分の実力に自信が無い訳ではないが、信玄は最早別格だ。彼女の《武神技》が"戦術級"と称されるのは、全くの誇大広告ではない。
 そんな別格の存在に、無傷のまま手傷を負わせたと云う忠勝もまた、別格の存在とね言えよう。
 つまり俺ごときでは、手も足も出ないだろうよ?

「徳川には勿体無い傑物だぜ――って、お前こそその怪我はなんだよ。まさか……前の合戦で?」

「ああ……でもこれは自業自得みたいなものだし――」

 他の連中に比べれば――と言いかけたところで、俺は咄嗟に口を噤んだ。
 先の合戦で凶手に襲われ重傷を負ったのは、その殆どが信玄の部下であった。その中には未だ意識が戻らぬ者もいると聞く。
 そんな時に、うっかりとは言え口を滑らせてしまえば、彼女はどんな想いを抱いてしまうのだろうか。
 そう考えると、途端に自分の迂闊さに腹が立ってくる。

「はは、お前も案外無茶する性質か。嫌いじゃないけどな」

 そう言って信玄は笑う。
 その笑顔には何処か取り繕っている様な不自然さを感じたけれども、俺も応じて「うるせぇ」と憎まれ口を叩いてやった。
 あの時、目の前で助けられなかった彼女が何を想っていたのか。
 残された家族や友人はその死に何を想うのか。
 全ては俺の勝手な想像であり、それを慮ろうとしたところで、所詮は他人の干渉に過ぎないのだろう。

「じゃあ、行こうか先輩。――学園長直々のお呼び出しだ。遅刻する訳にはいかないぜ」

 信玄の肩に手を置き、共に真実と直面することを決意した。
 学園長が俺達二人を喚び出して何を話すつもりなのかは知らないが、タイミングから考えて十中八九――先日の合戦で起きた事態に関わることだろう。
 信玄は応じるように頷き、俺よりも先に古めかしくも重厚な扉をノックした。
 この先で俺達を待つのは、天乃華学園・学園長――北条早雲(ほうじょう そううん)。
 第二次戦国時代、ただの一兵卒から戦国大名へと成り上がり、関東一帯を支配する北条家の祖となった戦国の梟雄の一人。その伝説的な下剋上の逸話を知らぬ者は、《武神》科の学生ならば恐らく皆無に等しいだろう。
 しかし俺は、まだ一度としてその顔を拝んだことはないのだ。
 そもそも学生の前に顔を出すこと自体、稀だという人物でもある。
 故に一人の《武神》として、ついでに学生としての好奇心に突き動かされ、俺は開け放たれる扉の向こうに目を凝らした。

「失礼します」

 信玄に続いて一礼し、後に続いて入室する。
 合成ながらも派手さとは無縁の室内には、何故か人の姿はなくて――

「あれ? 鍵はかかってなかったんだけどな?」

 室内が無人であることを訝しみ、周囲を見回す信玄。
 俺も室内を眺め回したが、正面に置かれた威厳を感じさせるマホガニーのデスクと、落ち着いた色合いのソファー、そして赤い絨毯以外は、取り立てて人が隠れるようなスペースは見当たらなかった。

「……時間、間違えたかなあ」

 バツが悪そうに信玄は言うが、時間も何も今さっき至急の用件で呼び出されたのだから、時間を間違える筈が無いのだが……。
 恐らくは何らかの事情で席を外しているのに違いない。
 ここは一旦退室し、学園長が戻ってくるのを待とう――そう、信玄に伝えようと思った瞬間であった。

「「!?」」

 俺も、そして恐らくは信玄も気付いたに違いない。背後に突如として出現した何者かの気配に。
 背中を取られた自分の迂闊さを呪いつつ、俺は慌てて距離を取るべく前へと動いた――つもりだった。
 横合いから伸ばされた腕に、腰を絡め取られるまでは。
 捕まった――思考が言語化されると同時に、脱出しようと力を前にかけ続けるがロクに抗うこともできず、俺は引き寄せられてしまう。
 重心移動の要となる腰を取られたのが不味かった。俺を引き寄せた何者かは体を押し付けて俺の身を固定すると、腰を絡め取った手を上へと伸ばし――

 むにゅん、と俺の――偽乳を揉んだのである。

それと同時に

「きゃ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 聞いたこともない甲高い叫び声が、学園長室に響き渡った。
 あまりに悲痛な叫び声だったので、俺を捕縛した人物もそちらに意識を奪われたらしい。拘束が緩んだ隙に乗じ、俺は胸を掴んでいた手を振り払って前に身を投じる。
 前傾し、倒れそうになる体を絨毯に突いた左腕で支え、それを軸に一回転。
 そうして背後を振り返った俺の眼に飛び込んできたのは、ぺたんと床に腰を落とし、その豊かな胸を隠すように腕をくんだ信玄と、その背後で、自らの掌をじっと見つめながら、わきわきと動かしている謎の人物の姿が。
 背丈は俺よりも上だろう。がっしりとした骨格ながらも、ボン! キュ! ボン!とメリハリの付きまくったプロポーションが、彼女に匂い立つような色気を与えている。
 そんな神州人離れした体格に加えて、縦に長い貌。
 同じ高等部の制服を纏っていても、全く同い年には見えないほど大人びた容姿をしている。

「ひっく、うぐ……えぐ……」

 しかしそれ以上に気になると言うか驚きなのは、床にペタンと尻もちを付いたまま、グズグズとしゃくりあげる信玄のほうだった。
 失礼な話だとは思うが……この時になって漸く、俺は心から彼女が一人の女の子であることを納得したのである。

「あー……いやその……悪かったナ。前から一度揉んでみたかったンだけどナ。
 ほらその何て言うか……アタシ、オパーイ星人だしナ」

「じゃ、じゃあ自分の揉めばいいだろ!」

「あはははは、自分の乳なんか揉んで何が楽しいンだ。
 ここはほら、ほころび始めた初々しい蕾の、その柔肌を直に感じつつだナ?
 そう――例えるならそこのお前の様な、ぎゅっと握りしめるとまだ芯が残っていて、少し力を入れたぐらいで痛みを感じるくらい感度も良くて、そんな頼りない感触とのアンバランスをだナーー」

「もういいからそこまでにしとけ変態」

 胸元のリボンの色から上級生だと判明したけれど、敬語を使う必要はないよね? 変態だし!

「あはははは、言うなあ。しかし、それはアタシにとって寧ろ褒め言葉なんだナ。
 変態、変質者、エロ魔人、大いに結構!
 そこの後輩、良く覚えておけ。アタシの名は北条氏康(ほうじょう うじやす)――」

 真っ赤な舌で唇を舐め上げ、北条家現当主、、、、、、 は宣言する。

「この学園の女生徒全員の胸を揉みしだく女だ!」

「おまわりさーん! ここに性犯罪者がいますよー!」






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