【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





 風は、乾いた土の匂いを運んできた。
 強く吹きつけた風に一房だけ垂らした前髪をくすぐられ、山県昌景(
やまがた まさかげ)は思わず目を細める。
 武田軍の宿将にして精鋭揃いの騎兵集団"赤備え"を率いる彼女は、今年で18歳の誕生日を迎えていた。この時代の《武神》としては、年齢的・社会的にも第一線で活躍できる最後の一年となる。全国から18歳以下の若き《武神》が集い、領土獲得のための代理闘争が制度として認められている天乃華学園。その最上級生である彼女はまだまだ先の長い人生よりも、今後も学園で戦い続けるであろう後輩たちについて、考える時間が多くなる立場にあった。

「――原、勝頼様はどうだ?」

 隣に並び立つ同級生――武田軍宿将の一人、原昌胤(
はら まさたね)はこれ見よがしに溜息を吐き、

「少しは落ち着いたけど、功を焦ってるっぽいのは変わらないねー。まあ……気持ちは分からなくもないけどさー」

 続いて「憎まれ役はつらいね―」と愚痴りながら、昌景の同意を期待した。
 しかし昌景は同意も否定もせず、

「そうか」

 ただ、それだけを呟いた。
 強面で型物の軍人――そんな雰囲気を漂わせてはいるものの、昌景の本性は表情豊かな笑い上戸であることを、この場では昌胤だけが知っていた。長い間、同じ君主に仕えて釜の飯を同じくした友人である。その素顔を知らないわけがない。
 昌景は左眼を覆う眼帯の裏に本来の己を封じ込め、合戦では常に冷徹な指揮官であり、教練では情け容赦ない鬼教官で在り続けた。全ては主と故郷を護る精鋭部隊を作りだす為に。
 そして現在、彼女の望みは見事に叶ったとも言えよう。
 左肩に真っ赤なスカーフを巻いた、神州最強の騎兵集団"赤備え"。
 《武神技》により半人半馬の騎兵へと変化した彼女たちは、これまで数多くの敵を粉砕し続け、ついにはその異名を全国に轟かせた。特徴的なのはその編成だ。"赤備え"は全て騎兵から成る軍団で、他の兵科は一切存在しない。その為、活躍できる局面は限られていたが、こと平地の侵攻戦となればその機動力を活かした突撃により、輝かしい戦績を収めてきた。戦意の低い敵が"赤備え"が槍を揃えて突進してくる姿を見ただけで、総崩れになったという話も枚挙に暇が無い。
 全ては昌景が心血を注いで後輩たちをしごき上げた御蔭であり、それを誰よりも知る"赤備え"の隊員たちは、自らの指揮官に絶大な信頼を寄せていた。
 今年で昌景が卒業しても、後輩たちは武田軍の一番槍として活躍し続けるに違いない。故に昌景は自らが率いる後輩たちに関しては何も心配することなく、後顧の憂いを完全を断ち切っている。

 しかし――次期当主たる、武田勝頼(たけだ かつより)に限っては話が別だった。
 栄えある武田二十四将の一角にも数えられる彼女は、全てを自分の意のままに進めようとするあまり、それに箴言を行う昌景を始めとした宿将を疎んじていたのである。
 此度の合戦でも迂闊に慎重論を唱えようものなら、勝頼は腹を立てて意固地になる有様だ。
 勝頼が一軍を率いる将として愚鈍の器であれば、昌景たちもその身を張って次期当主の暴走を諌めようとするだろう。しかし現実は全くの反対で、宿将たちは皆一様に勝頼の実力を高く買っており……それ故に苦言を呈してきたのだが、ここに来てその関係は別種の危うさを孕むようになった。

「お館様の後を継ぐってのはさー、私らには想像も付かないプレッシャーかもね。
 こっちはもう慣れちゃったっぽいけど、『甲斐の虎』の異名は私らが考えているもずーっと……高く、広く響き渡っていたのかな? どう思う、マサさん?」

「……かもしれん」

 風林火山の旗の下、戦国最強の軍団を築き上げた甲斐の虎、武田信玄(
たけだ しんげん)。
 国の内外から英雄として評される彼女も、今年で天乃華学園を卒業する年になった。その姉の後を継ぐ勝頼には今も武田軍の内部からだけでなく、他国からも厳しい目を向けられている。
 偉大なる虎の後継として、恐らくは一生涯比較され続けるであろう重責に勝頼は苦しみ、足掻きながらもその重責を払いのけようとしていた。その気概こそ信玄や昌景を始めとする宿将が、勝頼を次代の頭目にすると決めた最大の理由であった。
 しかし今、勝頼の反骨心は強過ぎたが故に箍(たが)が外れ、その視野まで狭めていたことを、昌景たちは憂慮していた。
 
 今、昌景たちが立つ合戦場。その彼方に布陣する此度の敵――織田・徳川連合軍。
 勝頼は旗下の全軍を率いて、彼方で待ちかまえる敵に攻勢をかけると決断した。その判断に恐らく間違いはない。しかし騎兵の突撃で陣を貫くことを得意とする武田軍に対し、敵は横に長く兵を配して厚みに欠ける布陣で迎え撃とうとしている。「どうぞ貫いてください」と言わんばかりの布陣を昌景は訝しく思い、長篠城まで兵を退くことを勝頼に申し出た。
 理屈ではない。古兵としての勘が警鐘を鳴らしていたのである。
 尤も、その意見が勝頼を激怒させ、結果的に彼女の決断を後押ししてしまったのだが。

「――原、もしもの時は勝頼様を頼むぞ」

 恐らく此度の合戦はただでは終わらない――拭えぬ不安が、昌景に一つの決意を芽生えさせていた。

「ちょっとー何言ってんのマサさん! そんな死亡フラグ立てないの、縁起でもない!」

「死亡……フラグ? なんだそれは」

「えー!? 知らなかったの! えっとね、死亡フラグってのは……」

 昌胤から説明を受けるや否や、昌景は唐突に吹き出し、

「そう言われれば確かにそうだな! あは、あははははははははは!」

 よほど可笑しかったのか、昌景は腹を抱えて笑い続けた。
 笑い上戸である彼女の本性を知らない"赤備え"の隊員たちは、冷徹な鬼教官がカラカラと笑い声をあげる姿を、目を丸くして眺めていた。
 後に設楽ヶ原の戦いと呼ばれる合戦が始まる――その少し前の話である。









第三十話 『長篠の戦い〈後編〉』



【設楽ヶ原・織田軍木下隊】

「――武田軍に動きあり! 我が方に向かって進軍を開始しました!」

 伝令の報告を受けた織田・徳川連合軍の将、竹中半兵衛(
たけなか はんべえ)は背後に控える主君、木下藤吉郎(きのした とうきちろう)にその旨を告げた。

「遂に――でありますな。来るならドンと来いよこのヤロー! それがしと殿の愛の前に敵はないッ!」

「困ったね藤吉郎? 愛は無いから敵に勝てないよ?」

「こんな時くらい夢を語らせて!」

 己の欲望に忠実すぎる発言といつも忙しなく動く様から、「サル」と思春期の少女としては不名誉極まりない仇名を持つのが、半兵衛の主君である藤吉郎だった。
 彼女は織田軍の一将として軍団を率いる立場にあるが、部下である半兵衛に冷徹なツッコミを入れられて半泣きしたように、部下からはあまり大将として敬われていないのが現状である。
 とは言え、彼女の元には優秀な部下が揃っており、未だ誰一人として他陣営に引き抜かれていないことからも、藤吉郎の人徳の高さは伺い知ることができた。
 幼馴染みである半兵衛もその一人である。何かと理屈めいた言動が"優秀な軍師"であることを匂わせるだけでなく、中性的な風貌から同性の人気も高い。また藤吉郎の主君であり大殿にあたる織田信長(
おだ のぶなが)の参謀を務めることから、一軍を率いる将に昇進させるべきとの声も上がったが、半兵衛はあくまで藤吉郎の部下であることを望んでいた。余計な反感を買わぬよう謙虚を装った所為もあるが、それ以上に半兵衛は藤吉郎に恩義を感じていたのである。
 非凡な才を存分に発揮させてくれる人の下へと、自分を導いてくれた。
 その恩義に報いる為――彼女は藤吉郎の軍師であり続ける。

「はは、ゴメンゴメン。じゃあ愛と胸が無くても勝てるように頑張るよ」

「それちっとも謝ってないですな!」

 コンプレックスである貧乳を指摘されて逆上する主を無視し、半兵衛は左手の甲を口元に寄せ、

「――義元どの、斥候隊より報告です。武田が遂に動きだしました」

 ここには居ない人物に向けて、報告を行うのであった。





【設楽ヶ原・織田軍今川隊】

 半兵衛が控える軍団の陣地から、数百メートルほど離れた小高い丘の頂上。
 そこに立つ少女はゆるやかに波打つ髪を風に吹かせながら、耳元に当てた右の掌から、ここに居ない半兵衛の声を聞いていた。 少女は名を今川義元(
いまがわ よしもと)と言った。かつて三ヶ国にまたがる広大な領地を得て、「東海一の弓取り」と称された一大名であったが……今は戦いに敗れたことをきっかけに織田家に下り、一人の武将として一軍を率いる立場にあった。
 幻聴の類でないことは、掌から伸びる細く透明な糸が証明している。半兵衛の《武神技》"混千の策糸"――《地脈》から吸い上げた《力》によって精製されたその糸は、どれだけ離れていても音や声を双方向に伝えられるという特性を有していた。


「ええ、こちらでも敵が動くのを捉えたわ。」

 "糸"を通じてそう返した義元は、視線の遥か先で動きを見せる集団へと意識を向ける。
 豆粒ほどの大きさでしかないそれを、義元の眼はしかと捉えていた。己の所属を表す旗を掲げ、こちらへと向かってくる集団は武田軍の部隊に相違ない。
 戦国最強と謳われる軍団との衝突は、もはや秒読み段階に入っている。
 果たして――自分たちはあれに勝利することができるのだろうか。
 織田・徳川連合軍の誰もが抱えている疑問に対し、義元は一度目を閉じ、そう問いかける内なる自分に対して真っ向から言い返す。
 「勝つ」――ただその為に自分はここに居るのだと。







【設楽ヶ原・武田軍山県隊】

 今回の合戦に参加した武田軍の中で真っ先に動き出したのは、山県昌景率いる"赤備え"であった。
 武勇に優れた精鋭部隊を一番槍として敵の出鼻を挫く。今までも、そしてこれからも変わらぬ定石に則り、昌景自ら率いる"赤備え"は丘を下り、設楽ヶ原の平地を西へと進む。
 この時、"赤備え"の隊員は全員徒歩のままであり、騎兵隊の異様は見るべくもない。
 彼女たちは《地脈》から吸い上げた《力》を糧に、自らを半人半馬の騎兵と化す。従って騎兵として戦場を駆ける間は、体内にプールしておいた《力》を消費し続けることになる。全身を覆う《武神甲》に加えて、自らの得物の精製と騎兵形態の維持にも《力》を必要とする騎兵は、歩兵ほど長く動き続けることは不可能であった。
 補給にしてもより多くの《力》を必要することから、"糧秣喰い"との陰口を叩かれるのも騎兵の特徴である。いざ戦場に立てばその機動力と突撃によって、短所を十二分に補うだけの活躍が見込める兵科ではあるのだが。
 従って限りある《力》を有効に使うべく、昌景を始めとする"赤備え"の面々は自らの足で西へと歩を進め――そしてある地点に至ると行軍を停止した。前方には行く手を遮るように流れる小川。その奥には丸太で組まれた柵が見えており、そのまた奥に敵である織田軍の軍旗を望むことができた。

「炎に三鈷剣――池田恒興(
いけだ つねおき)の軍勢か。
 話では信長殿の右腕と聞くが……果たして戦場の武勇や如何なるものか」

 池田恒興は織田家でも三本の指に入る重臣ではあるが、戦場ではこれと言って目立つ功績を上げていない為、昌景はその実力を測りかねていた。

「全隊! 整列ー!」

 陣頭で敵陣を見据える昌景の背後では、副官の号令を受けて"赤備え"の隊員たちが整列し、一列六人の横列多層陣を形勢する。
 整列が完了すると隊員は《武神技》を発動させ、自らを半人半馬の騎兵と化した。
 利き手には騎兵槍ランス を構え、上半身は《武神甲》の淡い光幕で覆われる。
 遂に――武田軍の誇る精鋭騎兵隊"赤備え"がその異様を露わにした。
 肩に巻かれたスカーフの色は、彼女たちに敗れた者の血で染め抜かれたとも囁かれている。勿論、作り話ではある。しかしそんな物騒な噂話に信憑性を与えるだけの戦績を彼女たちが上げてきたことは、紛れもない事実であった。

「――昌景様! 全隊揃いました! 何時でもご命令を!」

「武田が一番槍の実力、尾張武者どもに見せてやりましょう」

 勇ましく吠える騎兵たちの声を背に受けながら、昌景はこれが自分にとって最後の戦場になるかもしれないと、突然そんな感傷に襲われた。願わくばこの先も、後ろに居並ぶ後輩たちと共に戦っていけたのならば、それはどんなに幸福なことだろうとも思う。
 敬愛する主君、背中を預けるに値する同胞、頼もしくも愛おしい後輩たち、そして己が武勇を振るうに相応しき強敵――武人としての全てがここにあった。
 なればこそ、自分はこの一戦に全てをかけよう。
 昌景は《武神技》を発動させ、自らも半人半馬の騎兵と化す。

「――皆に告ぐ!」

 腹の奥から声を響かせ、背中越しに檄を飛ばす。

「臆するな! しかして侮るな! 甲斐源氏の誇りにかけ、敵をその馬蹄にかけよ!」

 昌景は自らの騎兵槍を一回転させると、その穂先を天へと高く突き上げた。

「全隊、突撃せよ!」

 昌景の命を受け、設楽ヶ原の大地に轟くは雄叫び。
 四本の脚で大地を蹴りつけ、騎兵隊は駆け出した。昌景の左右から騎兵槍を水平に構えた騎兵が三人一組となって駆け出し、前へ前へとその身を加速させていく。
 最高速度に乗った時、赤色の槍騎兵たちは戦場を駆ける流星と化した。

 浅い小川をたちまち踏破し、彼女たちは丸太で組まれた馬防柵に向かってひた走る。大人の腕ほどもある丸太で格子状に組まれた柵は、歩兵ならば易々と通過できるほど大雑把な作りで、騎兵のみに有効な障害であった。
 しかし"赤備え"の面々は進路を変えることも、速度を落とすこともない。
 あの程度の柵など騎兵槍の一突きで崩すことも可能であれば、飛び越えることも不可能ではない。
 そんなちゃちな工作で我らの突撃を止められるものか――誇り高き騎馬武者にとって、織田・徳川連合軍が設けた馬防柵は障害にすら成り得ぬ代物であった。
 柵の奥には、土嚢の影に隠れて鉄砲を構える雑兵の姿があったが、それに気付いたところで"赤備え"達は何ら臆することを知らなかった。
 矢の雨をかい潜り、敵へと迫るのが騎兵の常。高速で走る標的に飛び道具を当てることがどれだけ至難の技であるか、それを知らぬ者は"赤備え"には皆無であった。
 ましてや距離が遠すぎる。馬防柵と土嚢の距離は三十メートル以上も離れており、この場合、柵で騎兵の足を止めてから鉄砲で狙い撃とうにも、火縄銃の射程距離では弾丸が届くかどうかも怪しい。
 戦国最強の騎兵隊に対して、何と間の抜けた備えであろうか。
 "赤備え"の面々はそう感じたに違いない。自分たちを侮った織田・徳川連合軍に対し、無礼を思い知らせてやろう。"赤備え"の第一陣である六人は左右に並列し、馬防柵を突き崩さんと騎兵槍を構える手を後ろに引いた――その時であった。
 空気が連続して爆ぜる音とともに、池田隊の鉄砲が一斉に火を噴いたのである。







【織田軍・今川隊】

 時は少し遡る。
 織田・徳川連合軍の中で"赤備え"の襲来をいち早く捉えたのは、設楽ヶ原西部の丘陵、その頂上に座す今川義元であった。彼女は普段はかけていない眼鏡のレンズ越しに、豆粒ほどしかない敵影を捕捉するや否や、右手の甲を口元に寄せた。
 距離は大きく離れているにも関わらず、彼女の眼は平地を駆ける騎兵の姿をつぶさ に捉えていた。彼女に捕捉された"赤備え"の一団は小川を越え、馬防柵へと一直線に突き進んでくる。
 全て義元の思惑通り、己の武勇を誇るが故に脆き障害を突き崩さんと鼻息を荒くして。
 だが、彼女たちが馬防柵を突き崩さんとする直前――義元は"糸"を通して半兵衛に指令を飛ばす。

「池田隊――斉射始め!」

 義元の声は物理的な波として"糸"を伝播し、ほぼ同時に感じられる速度で半兵衛の耳に届く。

「池田隊、斉射始め!」

 半兵衛が義元の命令を復唱すると、別の"糸"を通じて恒興に義元の指令が伝達された。
 互いの距離をものともしない迅速な命令伝達により、恒興が自軍の鉄砲隊に命令を飛ばすまでに10秒とかかっていない。
 鉄砲隊を指揮する《武神》は、土嚢の陰に潜む部下に向けて命じた。

「目標前方! 構え!」

 鉄砲隊の《武神》は命令を受けると、小銃を一斉に構えてから引き金に指をかける。

「目標視認! てーーーーーーーーーーーッ!」

 号令とともに、横に並べた5挺の小銃が火を吹いた。
 兵士の指が引き金を引くと同時に撃鉄が雷管を打ち据え、発射薬に着火する。爆発を起こした発射薬に押し出される形で、弾丸は螺旋状の銃身により回転を得て撃ち出された。
 五発の弾丸は銃口を飛びだし、大気を切り裂いて宙空を駆ける。《地脈》の《力》から精製された弾丸たちは、その身を以って前方から走り寄って来た奴原しゃっばら を――悉く撃ち据えた。







【武田軍・山県隊】

 衝撃が全身を揺さぶり、気付けば少女はその身を地面に投げ出していた。
 一体何が起きたと言うのか。自分はただ前を向いて直向きに駆けていただけなのに。その答えに気付く前に、横転した体は地面に叩きつけられ、頭ごと意識を揺すぶった。
 視界には同じように地面に横たわる仲間の姿が映っていた。何れも深紅のスカーフを誇りと共に巻きつけた"赤備え"の隊員ばかりである。

 ――なにが起きた、、、、、、

 現状を理解できず混乱する少女は、半ば反射的に体を起こし、横たわる仲間を助け起こそうと歩を進めた。
 しかし次の瞬間、今度は左肩に衝撃が炸裂し、彼女はそのまま背中から地面に崩れ落ちてしまう。

――まさか?

 視線の先に映るは、土嚢の奥から立ち昇る無数の白煙。
 煙に隠れて姿は定かではないが、何人かの敵兵が慌ただしく動く様子だけは確認することができた。
 耳を打つ破裂音、姿無き襲撃者、鼻をくすぐる焦げた火薬の匂い――それらの要素を繋ぎ合せ、漸く彼女は悟る。

 ――まさか!

「私が、撃たれたのか、、、、、、 !?」







【設楽ヶ原・織田軍池田隊】

「構え! てーーーーーっ!」

 もう何度、自分はこの号令を繰り返したのだろう。
 彼女が号令する度、鉄砲を担いだ雑兵たちは土嚢の前に屈みこんで小銃を構える。
 再度の号令で一斉に射撃を行った兵士は銃口を上に向けて構え直すと、素早くその身を左後ろに引く。するとすぐ後ろで待機していた兵士が、同じように土嚢の前に屈みこみ、号令に合わせて小銃を構えていた。その間に後ろに下がった兵士たちは小銃に備え付けられたレバーを引き、それによって空の薬莢が排出されることはないけれど、空になった弾層に新たに精製した弾丸を込めていく。
 そうして弾込めを終えた兵士たちは号令を待って土嚢の前に屈みこみ――射撃・弾込め・待機のローテーションを何度もこなしていく。

 そんな鉄砲隊の視界には、無数の弾丸を浴びて次々に倒れていく騎兵の姿が映っていたが、敵を打ち倒した高揚感とは不思議と無縁であった。
 彼女たちは徹底的に訓練された通り、ただ教えられたことだけを延々とこなしているだけで、その結果として騎兵がバタバタと討たれていく。
 自分たちが放った弾丸に撃たれて、騎兵が倒れたのだと言う因果関係はすぐに理解できる。しかし実感は全く伴わなかった。恐らくは彼女たち自身もよく分かっていないのだろう。絶え間ないローテーションが何を生み、何を成しているのかを。





【設楽ヶ原・織田軍今川隊】

「丹羽隊、木下隊は斉射を続行! 池田隊は撃ち方止め、但し警戒だけは怠らないように!」

 義元が指示を飛ばす度に無数の小銃が火を放ち、東方から押し寄せる武田軍の騎馬武者は一人、また一人と絶え間なく飛び交う銃弾に撃たれて地面に横たわる。それでも武田軍は怯むことなく波状攻撃をしかけてくるが、未だ誰一人として敵の懐に辿りつくことすら叶わない有様であった。
 果たして誰がこんな一方的な展開を予想したであろうか。
 屈強な騎馬武者を悉く撃ち倒したのは、技量も経験も遥かに劣る雑兵たちであり、彼女たちの大半が実は鉄砲を扱い始めて一週間ばかりの素人ぞろいであることを知れば、騎馬武者たちは臍を噛む想いに苛まれるに違いない。

 直接勝負では覆しようのない実力差を埋めてしまったもの、それは雑兵たちが持つ小銃に他ならない。
 これまでも様々な武器が生まれては戦争の在り様を変えていったが、鉄砲はその中でも別格であった。
 扱いが容易なだけでなく、その威力や射程距離は誰の手に渡ろうと変わることはない。
 もちろん、織田・徳川連合軍が用いている小銃は全て《地脈》の《力》によって精製された贋物に過ぎない。撃ち出すのは同じく《力》で精製した弾丸であった。
 しかし《武神》が使用する武器はその殆どが、情報化された実物無しには精製は不可能であり、例え贋物であったとしても優れた銃器であることには変わりは無い。実物と寸分違わぬ精度で精製された小銃は、神州全土に出回っているマッチロック式の火縄銃と比べ、射程距離、弾速、連射性、命中精度ともに遥かに優れた代物である。
 射程距離は300メートル以上であるが、射撃に不慣れな雑兵が扱う為、有効射程距離は100~200メートルといったところであろうか。
 それでも火縄銃と比較すれば段違いの性能であり、《力》で精製された弾丸は同じ原理で成り立つ《武神甲》を撃ち砕くことができる。そんなものを一発でも浴びれば、どれだけ屈強な《武神》とて足を止められ、地面に膝を付くことになるだろう。
 その証拠に武田軍の精鋭である"赤備え"ですら、馬防柵を越えて敵に一矢報いることすら叶わず、銃弾を浴びて負傷者を量産する有様なのだ。
 一方的に損害を受けているのは"赤備え"だけではない。
 彼女たちに続いて騎兵による突撃を行った原昌胤、穴山信君(
あなやま のぶきみ)、馬場信房(ばば のぶふさ)の部隊も、織田・徳川連合軍からの射撃を受け、進軍を阻まれていたのである。

 それら全てを視界に捉えながら、義元は矢継ぎ早に指令を下し続ける。
 彼女が考案し、訓練を担当したローテーションによって小銃の連射性能は飛躍的に高められ、襲い来る敵に対して絶え間の無い射撃で迎え撃つことを可能としていたのである。
 これまで第三次戦国時代に於いて鉄砲がそれほど普及しなかった理由としては、数の不足もさる事ながら、一発撃ったあとの弾込めに時間がかかり、その間に敵の接近を許してしまうといった連射性の低さが最大の原因であった。
 中には火縄銃など比較にならない銃器を得物とする《武神》もいたが、こちらは鉄砲それ自体よりも稀な存在であり、槍や弓矢の様に大量の鉄砲を所有して活用した勢力は皆無に近かったのである。
 だが――

「それも過去の話。これで戦争は変わるのだと、私が証明してみせる」

 戦場全体を俯瞰する"神の視野"。
 人間の限界を遥かに超えた視力と視野をもって、今川義元は武田軍に相対する。
 名弓"左文字"に次ぐ、《武神》今川義元の《武神技》――"神眼"。
 その眼に射抜かれた武田軍に降りかかるのは、災厄の二文字であった。
 
 義元は"神眼"よって捕捉した敵の動きを予測し、その進行方向にある味方部隊へと命令を下す。
 半兵衛の"混千の策糸"により、距離を無視した情報伝達が可能となり、武田軍の騎兵は射程距離に足を踏み入れるや否や、嵐のような連続斉射を浴びる羽目に陥ったである。
 その場合、一発一発の射撃精度はさほど問題ではない。
 どれだけ精度を高めたところで、高速で動き回る標的を狙撃するのは至難の業だ。
 そこでは義元は質ではなく量、つまり連射性を高めて、限られた一帯に弾幕を張ることにした、、、、、、、、、、のである。一発一発の命中率は恐ろしく低いが、それが幾重にも連なれば相対的に命中率は上がる――と言う算段である。
 無論、それ以外にも命中率を上げる為の策を弄してはいたのだが。

「鳥居隊と池田隊に通達! 敵影を視認次第、命令あるまで斉射続けて! 
 前田隊は敵第二陣に備えなさい!」

 武田軍の波状攻撃が激しくなるにつれ、義元の指揮も益々苛烈さを増していく。
 例え今現在は優位に立っていても、どれか一つでも布陣を突き崩されれば、織田・徳川連合軍にとってはそれが致命的な打撃となる。
 故に攻撃の敵を休める訳にはいない。
 圧倒的優位を維持するため、一時の油断も判断ミスも義元には許されなかった。

「ここで武田を討たねば後は無い。……ゴメン、私達も必死なの」

 磨き上げた武技を振るうことなく銃弾に倒れる敵に、武人として思うところがないとは言わない。
 しかし相手の無念に心痛めたとしても、振るう采配に容赦の二文字は無用であった。

――かくして設楽ヶ原の戦いは、激戦の様相を呈して行く。











 / 次へ




戻る

背景素材:
壁紙素材:幕末維新新撰組