【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





 神州尾張国濃尾平野。木曽三川と呼ばれる三つの川により形成された、広大な沖積平野の一角。
 そこに建つ巨大な多目的運動場には今、百人にも上る《武神》の少女たちが集められていた。

「うう……緊張してきたあ」

 その中に1人、緊張に身を強張らせたまま、不安げに立ち尽くす少女の姿があった。
 年の頃は15から17と言ったところか。長くも短くもなく中途半端に伸ばした髪を両サイドでくくり、両の耳を露わにしている。普段は愛嬌があり人懐っこそうな雰囲気をまとう彼女も、この集団の中にあっては、身を縮めて不安に目を泳がせるしかなかった。

「ではこれより、第二次選抜試験を開始しますー」

 その放送が流れるや否や、グラウンドに居並ぶ《武神》たちは電流が走ったかのように姿勢を但し、表情を強張らせる。身体が緊張する一方で心は俄かに高揚し、中には「ついにこの時が来たか」と溢れる自信に鼻息を荒くする者さえいた。
 斯様にして意気揚々と選抜試験に挑もうとする《武神》が大半を占める一方で、先程の少女のように内外のプレッシャーに飲まれて意気消沈する者、或いは気だるそうに欠伸を噛み殺す者たちも、少なくはあるが確かに存在していた。
 この日集まった《武神》の少女たちは年齢も出自も各々異なっていたが、自らの武に自信を抱く者はその多くが前者に属し、反対に自信の無い者は後者に属する傾向にあった。

「みんな凄く強そうだし、何か殺気立ってるし、私なんかが来るべき場所じゃなかったのかも……」

 すっかり意気消沈して、早くも一人反省会を開催する少女であったが、それでも出口に足を向けないのには理由がある。

(ダメダメダメ、ファイトだみっちゃん! 折角ここまで来たのに、始める前から諦めてどうするの?  
 頑張って士官が叶えばあの人に……信長様にお仕えできるんだぞ!」

 萎縮する心を励ましながら、自分を「みっちゃん」と呼ぶ少女は脳裏にひとつの映像を描きだす。
 それは数ヶ月、叩きつけるように激しい雨の中で出会った一人の女性の貌。
 天乃華学園の合戦場で敵として邂逅しながらも、その腕に自分を抱き上げてくれた人――実を言うとその直後に投げ捨てられたのだが――圧倒的な美貌を備え、人の心すら呑みこんでしまうような深遠なる瞳を持つその人物は、名を織田信長〈
おだ のぶなが)と言った。
 第三次戦国時代の風雲児と呼ばれ、そのカリスマ性と革新的な言動で熱狂的な支持を集める信長との出会いにより、少女の運命は大きく変化する――までには及ばなかったが、寄る辺も無く様々な勢力を転々としていた少女に、ある種の運命を感じさせたことは確かであろう。
 その証拠に彼女はこうして、織田家が開いた人材雇用の選抜試験に挑んでいたのだから……

(あれだけお美しい方なんだもの……士官できたとしても声すらかけられないかもしれない。
 それでも私は……あの人の力になりたい、あの人の側にいたい)

 脳裏に想い浮かべた記憶は、緊張に強張る体を解きほぐしてくれた。萎縮する心に火を灯してくれた。
 その力の源を一言で表すとすれば、それは「恋」に他ならない。
 要するに、少女は信長に恋をしていた。例え同性であったとしても、自分の気持ちに嘘をつけないほどに強くひたむきな想いであった。

(天国のお父さん、お母さん、私に――力をください)

 今は亡き両親が、残された娘に奇跡を呼び起こす力を与えたかどうかは定かではない。
 しかし、結果としてこの少女は選抜試験に合格し、念願叶って織田家に士官することとなった。
 ちなみに百人を越える《武神》のうち、採用が決まったのはたったの二十人。しかも彼女たちは何れも他者を圧倒する能力を有していた訳でも、裏で密かに手を回せるような家柄に生まれついたわけでもない。
 彼女たちはただ、与えられた試験課題を素直に、しかしそつなくこなすことが出来たという一点をもって採用が決定付けられたのである。採用叶わなかった腕利きの《武神》たちはもちろん抗議したが、審査員の名前を聞くや否やすごすごと会場を立ち去ってしまう。
 反対に採用が叶ったものの、いまいち実感が湧かないまま呆然としている二十人の前に、彼女たちを選抜した審査員が姿を現した。

(え……? うそ!?)

 少女が内心で驚きの声を上げたのも無理はない。
 緩やかに波打つ髪を背中まで伸ばし、頭の先から爪先に至るまで貴人としての風格を漂わせる麗人。
 かつて"東海一の弓取り"と呼ばれ、歴史的大敗を喫したあとも織田家の一武将としてその名声を高め続ける者が、その姿を現したのである。
 奇しくも少女にとってはかつての雇い主であり、ある意味では少女が信長と出会うきっかけを与えた人物である――と言えなくもない。

「先ずはおめでとう――と言いたいところだけれど、これはあくまで入り口であることを忘れないで」

 居並ぶ《武神》を鋭い視線で射抜き、今川義元〈
いまがわ よしもと)は勝ち残った二十人に対しても厳しい声色で話しかける。

「織田家か望むのは要求に足る能力を持つ者だけ。力及ばないものにかける温情は存在しません」

 浮かれるなと釘を刺されるまでも無く、一流の《武神》が放つ言葉の重みに打たれ、残された二十人はごくりと唾を呑みこんだ。出自も家柄も問わない代わりに、能力の有無が全てを決める完全実力制――それが織田軍の方針であり、当主の考え方でもあった。

「貴女たちはこれから私の指揮下に入り、そこで存分に働いてもらいます。 
 ――いい? 死ぬ気で付いてきなさい」

「「「「「「は、はい!」」」」」」

 敗れたとは言え、かつて天下に最も近いと称された《武神》の指揮下に入る――その事実に心躍らせない者は誰一人として存在しなかった。
 少女もまた義元の指揮下に入ることを嬉しく思いつつ――しかしと心の中で首を傾げる。

(義元様といえば弓だけど、もしかして私、弓兵隊に所属されるのかなあ? 
 でも私、そんなに弓は上手じゃないし……)

 士官が叶った喜びに浸る前に、少女に突きつけられた不安。
 もしかしたら義元の眼鏡に叶わずに、すぐにでも士官が取り消しになったらどうしよう……。
 新たな不安に襲われた少女は再び目を閉じ、限りない勇気を与えてくれる人の面影を再生する。

(嗚呼、信長様。どうか、どうか私に力を――)

「ちょっとそこの人! 話を聞いてるの!」

「は、はひぃ! すいませぇん!」

 念願叶っても、少女の苦労はまだまだ終わりそうにない。










第二十九話 『長篠の戦い〈前編〉』



 ――九月末の土曜日。
 この日、穢土えど の天乃華学園では、時代の趨勢を左右する一大合戦が行われようとしていた。

 戦国最強と称される軍団を率い、西へと侵攻を開始した甲斐の武田家。
 対するは弱小勢力から一気に大大名へと躍進した尾張の織田家と、三河の名門・徳川家の連合軍。
 次代の天下を担うとされている二大勢力の激突は、次の天下の行方を占うだけでなく、その周囲で虎視眈眈と勢力の拡大を狙う諸公にとっても、無視できない大きなイベントである。
 既に九月の中旬、武田軍は遠江の地で徳川軍と合戦を繰り広げ、その強さを天下に知らしめていた。
 一方、壊滅的打撃を被った徳川家は、西方の戦いから兵を引き揚げて来た織田軍と合同で、次なる武田家の侵攻に備えることとなった。

 そして二週間後の今日。
 武田軍は150名の《武神》を率いて、徳川家の所領に侵攻する旨を学園側に申告。
 これを受けた織田・徳川連合軍は武田軍を上回る200名もの《武神》を動員して、奥三河の長篠城周辺にて、武田軍を迎撃するはこびとなった。
 後に長篠の戦いと呼ばれる一大決戦は、ここ長篠城を巡る攻防から幕を開ける――







【長篠城・奥平軍本陣】

「殿―! 東門に敵の新手が到着しましたー! めっさピンチですー!」

「んもう、しつこいなー! じゃあ二の丸の兵力を送ってやるから、それまで耐えてーな!」

「殿! 西門の部隊がそろそろ限界っぽいです! 三の丸までの撤退許可をお願いします!」

「なんやて! 早すぎやろー! ……ああ分かった、はよ撤退して防備を固めるんやよ」

「殿! 一大時です――」

「ああもう! 今度はなんやの!」

 長篠城を守護する奥平信昌(おくだいら のぶまさ)の下には、開戦直後からひっきり無しに伝令が訪れ、刻一刻と悪化する戦況に信昌は悲鳴を上げそうになっていた。
 長篠城を拠点として武田軍を迎え撃つという織田・徳川連合軍の戦術プランは、予想よりも速くに侵攻した武田軍により脆くも崩れ去り、織田・徳川連合軍の本隊は未だ到着する様子を見せない。そのため先に長篠城に入場した十五人の《武神》は、僅かな人数で武田軍の猛攻から城を守らねばならなくなったのである。
 当然のように城門は次々と武田軍に打ち破られ、開戦してたったの三十分で城の三分の一は敵の手に落ちてしまった。

「……あーもう、やってられんわー」

 残された兵力を二の丸まで後退させたあと、最早どうにもならぬ戦況に――信昌はやさぐれた、、、、、
 兵力差は十倍超、加えて城の周囲は敵に完全に囲まれてしまっている。このまま全滅するまで城に立て篭もるか、或いはさっさと白旗を上げて武田に下るか、選択肢はその二つだけ。
 そして信昌は前者を選択した。
 彼女はかつて武田に与していたところを裏切って徳川についた身である。今ここで白旗を上げたところで、自身の未来が保障される可能性は低い。

「鳥居ー、鳥居はいるー?」

 本陣の奥で寝転がったまま、信昌は配下の部下を呼びつけた。

「なんでしゅか、信昌しゃまー」

 信昌に呼ばれて姿を現したのは、小学生かと思われるほど背丈の低い女生徒だった。
 その名を、鳥居強右衛門(
とりい すねえもん)と言う。明らかに丈の合っていない高等部の制服は袖口がだらりと垂れ下がり、長すぎる前髪の所為もあって、「可愛らしい幽霊」とでも表現したくなる姿恰好をしている。

「あんたさあ、ここから出てちょっと本隊に伝えてきてや。『はよ来んかいボケ』って」

「言葉のニュアンしゅは変えしゃしぇてもらいましゅが、別にいいでしゅよー
 ……敵が見逃してくれたらの話でしゅけど」

 城の周囲はすっかり武田軍に囲まれており、蟻の子一匹たりとて通してもらえそうにない。
 それを承知した上での命令かと強右衛門が念を押すと、信昌は「うーん、そうやねー」と言葉を濁し、

「あんた影薄いからさ、きっと見つかれへんて」

 強右衛門に死ねと告げた……訳ではないが、それに等しい無茶を押し付けた。

「わかりましゅた! わーかーりーまーしゅーたー! こうなったら敵にしゃっしゃと寝返って、あることないことバラしてやりましゅよー!」

 理不尽な主君の命令にキレた強右衛門は復讐を誓い、武田軍が取り囲む城外へと脱出した。
 願わくばさっさと敵に捕まり、自分の代わりにあの理不尽な殿を討ち取ってもらおうと目論見ながら。
 しかし……

「……何で私、何事もなく敵陣を通過できちゃったんでしょー」

 主の言う影の薄さが完璧に証明されてしまい、落ち込む強右衛門であった。
 しかし彼女はめげなかった……もちろん悪い意味で。
 こうなったらこのまま本隊と合流して、信昌が如何に酷い人物であるのかを家康にチクってやろう――新たな復讐の算段を立てた強右衛門は、戦場を西へと向かう。
 長篠城に向けて進軍する織田・徳川連合軍の本隊と合流するために。







【長篠城・北 武田軍本陣】

 長篠城から北に位置する小山に、武田軍は本陣を構えていた。
 しかしそこに当主・武田信玄(
たけだ しんげん)の姿は無く、代わりに上座に控えていたのは信玄の妹の一人、武田勝頼(たけだ かつより)であった。まだ中等部の三年生であるが、姉・信玄から正式に後継者と認められ、その実力は武田二十四将の一人として名を連ねるほどである。
 勝頼の周囲を固めるのは、武田軍最強の騎馬隊"赤備え"を率いる山県昌景(
やまがた まさかげ)に加え、武田軍きっての宿将として知られる内藤昌豊(ないとう まさとよ)と原昌胤(はら まさたね)。また長篠城を攻める部隊には、小山田信茂(おやまだ のぶしげ)や穴山信君(あなやま のぶきみ)を始めとする多数の二十四将が加わっており、武田軍の陣容の厚さを見せつけるような布陣であった。

「まだあの城を落とせないのか! 前線の連中は何をやってる!」

 その本陣に勝頼の怒号が炸裂したのは、開戦から一時間が過ぎた頃であった。
 前線からの定時連絡を受けた勝頼が、未だに長篠城が陥落しないことを知って声を荒げたのである。
 伝令は縮みあがって平伏したが、長篠城が未だに落ちないのは、単に駐留している奥平信昌たちの奮戦の賜物だ。武田軍に非は無い――と言えば嘘になるが、前線の将兵はじわじわと城を攻めながら、しかし兵力の損失を最低限に抑えていた。
 焦って攻め落とす必要はない――何故ならこの城を攻め落とすのはついでに過ぎず、今もこちらに向かっているであろう織田・徳川連合軍こそが真に戦うべき相手であると、前線の将が考えていた為である。
 勝頼もそれは承知していた。しかし同時に彼女は焦りも覚えていた。
 元より勝頼は一気呵成に攻め込み、短期決戦を是とする猛将である。今回の合戦に関しても、彼女は騎兵を中心に編成された軍団を率いて長篠城を急襲することに成功していた。徳川・織田連合軍の本隊が到着する前に城を陥とし、三河侵攻の拠点を確保する――彼女の戦略構想はしかし、敵の予想外の奮戦によって妨害されてしまったのである。
 勝頼は確かに有能な武将であったが、一方で融通にかける一面があった。
 城が容易に攻め落とせないとすれば、別のプランを考案して臨機応変に対応すると言った真似が中々できない。それを察していた山県昌景は苛立つ勝頼に箴言する。

「勝頼様、戦場において寡兵の勇戦は決して珍しい話ではありません。
 鼠を追い詰めるのではなく、その勢いを削ぐことをお考えください」

「――分かっている! だが何時までもあの小城に構っている暇は無いと伝えよ!」

 勝頼の怒号に打たれた伝令は、その場から逃げ去る様にして退出した。
 その怯え様が勝頼の苛立ちに油を注ぐとも知らずに。

「内藤、敵の動きはどうだ」

「はい、敵の本隊は現在もこちらに向かって進軍中であるとの報告を受けてますね。……しかし、その足取りは決して速いとは言えませんね」

 内藤昌豊の報告に勝頼は「なに?」と驚きの声を漏らす。
 長篠城を急襲して早や一時間以上が経過していたが……その間、織田・徳川連合軍の本隊は足を速めて味方を救いに来るでもなく、武田軍からすれば随分とのんびりした行軍速度を維持している。
 もしや長篠城の窮状が敵に届いていないのではないか――勝頼はそうも考えたが、居並ぶ宿将は揃って首を横に振った。

「勝頼様、山県は寧ろその逆ではないかと考えます。敵は長篠城の陥落を予見し、別の場所にて迎撃態勢を整えているのではないかと」

「ボクもマサさんの意見に賛成っす。敵は元々長篠城でボクらを足止めしておいて、本隊と挟み打ちにするのが狙いだったんじゃないですかー? で、それが崩れたから以下略と」

 昌景の意見に賛同したのは原昌胤であった。
 昌豊は意見しなかったが、二人の意見を頷きながら聞いていたことから、その真意は明らかである。
 彼女たちは勝頼の意見に異を唱える一方で、それとなく彼女の功績を称えていたのだが……たたでさえ機嫌を悪くしていた勝頼が宿将の配慮に気付く筈もなく、それどころか自分の面子に傷を付けられたと益々意固地になってしまう。

 勝頼にとってここに居る三人は頼れる仲間である一方で、口うるさいお目付け役でもあった。
 現当主である信玄の信認厚い彼女たちは、いざという時には勝頼に代わって全軍の指揮をとる言わば安全装置でもある。もちろん彼女たちもそれを十分理解して、できれば自分たちがしゃしゃり出ることなく、勝頼に輝かしい勝利を収めてもらいたいと願っているに違いない。
 だがそんな彼女たちの目から見ても、今日の勝頼はどうにも功を焦るきらいがあり、実に危なっかしい。
 苦言を呈しても、勝頼が素直に聞いてくれるかどうかはまた別の問題であった。

(……ええい、まだるっこしい! 私に全てを任せればこんな無様な事態に陥ることはないのに!)

 しかし勝頼の言い分としては、この三人に対する配慮が全軍の足を鈍らせ、長篠城を陥とせずにいる理由に他ならない。 「慎重であれ」と釘を指すばかりでは、戦場において最も重要な"機"を逸してしまうと言うのに!
 勝頼がこうまでして短期決戦を求めるのにはそれなりの理由がある。
 彼女が疾さを尊ぶ戦術観の持ち主であることは勿論であるが、あくまで彼女は自分のやり方でこの戦いを勝利したいと言う思惑があった。
 国の内外から英雄視される姉・信玄は勝頼にとっても尊敬すべき人物であるが、同時に偉大な姉の存在は勝頼にとってコンプレックスの対象とも成り得た。何処に行っても何をやるにしても彼女は"信玄の妹"と言う評価から逃れられず、次期当主に選ばれた後も周囲は事あるごとに勝頼を信玄と比較し、彼女のプライドに傷を負わせ続けたのである。
 いつしか姉の名は勝頼にとって「呪い」となり、勝頼は姉のやり方を否定しすることでしかその「呪い」から解放されないと思い込むようになった。

 そこに来ての今回の合戦である。信玄は全軍の半分を勝頼に与え、その指揮権をも貸し与えた。
 勝頼はこの采配に歓喜し、ついに自分の実力を見せつける時が来たのだと奮起した。
 騎兵を中心に部隊を編成し、その機動力を最大の武器とする――騎兵・歩兵の連携を主にしたこれまでの武田軍の戦術観を改め、稲妻のように疾く、苛烈な軍事行動を可能とする新生武田軍を作り上げるのだと意気込んだ。
 その目論見は見事、長篠城の急襲と言う形で現実化し、勝頼にとってこの合戦は姉の呪縛から逃れ、他の誰でもない自分をアピールする為の絶好の機会と化したのである。

(いかんな……落ち着け私。
 今回の戦は千載一遇のチャンスに他ならない。ここで無様な失態を晒す訳にはいかんのだ)

 苛立つ自分に何度も呼びかけ、ともすれば炎上しそうになる心に自戒と言う水をかけていく。

「山県、お前たちの意見も一理ある。ならば――我らの次の行動がどうあるかも分かっているだろうな?」

「勿論で御座います。敵が次なる策を打ち出そうとするのであれば、風の如く行動し機先を制するが良策かと愚考する次第」

「そうですね。長篠城は誰かに任せ、我々はこのまま西進して敵を討つのが良いと思いますね」

「ボクもマサさんやナイトーと以下同文ー」

 宿将たちの意見が自分と同じであることを確認した勝頼は、素早く行動を開始した。
 二十四将の一人、三枝守友(
さえぐさ もりとも)と小山田信茂は城攻めを続行し、残りの全軍は織田・徳川連合軍の本隊を迎え撃つため、西に進軍を開始する。
 その先に広がるのは、川に沿って幾つもの丘陵が面なる地――設楽ヶ原したらがはら
だがその地は既に織田・徳川軍によって抑えられていることを、彼女たちはまだ知らない――。







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