【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





 神州・摂津国せっつのくに
 京の都が置かれた山城国の西に位置し、太平洋や瀬戸内海に通じる港を備えた地である。
 時に九月の上旬。 都に上洛を果たし、新たな征夷大将軍を擁立した戦国大名――織田信長(
おだ のぶなが)の勢力圏内であった摂津の地に、侵攻をかける勢力が現れた。

 その名は三好三人衆。三好長逸(
みよし ながゆき)・三好政康(みよし まさやす)・岩成友通(いわなり ともみち)の三人は、阿波国を本拠地とする戦国大名三好家の重臣である。
 三好家の現当主である三好義継(
みよし よしつぐ)の後見を務めた彼女たちとその一族は、当主がまだ幼いことを理由に三好家の実権を握っており、事実上の支配者と呼んでも過言ではない。
  その三好三人衆はかつて三好家の臣下であった松永久秀(
まつなが ひさひで)と組んで《幕府》を牛耳っていたが、織田信長が上洛を果たすと戦わずして阿波国に逃げ帰り、久秀はあっさりと織田に降伏してしまったのである。
 これにより都を中心とした畿内は織田家の勢力範囲に組み込まれたのであるが……こと今に至り、なりを潜めていた三好三人衆が侵攻を開始した。三人衆は摂津国中嶋に多数の部下を派遣し、城塞を築き始めたかと思うと、その完成を待たずして織田家に宣戦を布告。それから二週間後、天乃華学園にて織田家と三好三人衆の"合戦"が執り行われることとなった。

 奇しくもその日。東方では甲斐国の武田家が領土を接する徳川家の領国に攻め入り、畿内では越前国の浅井家と、あっさりと織田家を裏切った大和国の松永家が、織田家に対して宣戦を布告。
 この申し合わせたようなタイミングに世間では様々な憶測が飛び交ったが、三好家がそうした世間の声に応じることは無かった。

 対して織田家は、当主自ら大軍を率いて西方の敵に応戦することを決定。
 同盟を結んだ徳川家は、単独で武田家を迎え撃つはこびとなった。
 織田家当主、織田信長は短期決戦を念頭に、精鋭を率いて野田・福島の両城に進撃を開始する。
 ここに後に言う「野田・福島の戦い」が幕を開けようとしていた――









第二十四話 『野田・福島の戦い』


【1】

「――城が完成している、だと?」

 合戦当日の午前――だいたい九時頃。
 120名の兵士を引き連れて《合戦場》入りを果たした俺こと織田信長は、摂津国天満森の地に陣を構えたる
 海を渡って上陸を果たした(という前提で攻め入る)三好軍を迎え撃つべく、その地で準備を整えていたところ、戻ってきた偵察隊から俺は思わぬ報告を受けることとなった。

「はいっス! ここから西の野田・福島の両地にて、即席ではありますが城塞が築かれているのを確認しましたっス!」

 偵察隊を率いる敬礼癖アリの《武神》、森長可(もり ながよし)の報告に驚きの声を上げたのは、俺の隣に控えていた幼馴染みの池田恒興(いけだ つねおき)である。
 眼鏡越しに鋭い眼光を飛ばす理知的な彼女は、得心の行かぬ顔で首を傾げた。

「まだ完成には早いと思われていたが……ふん、吶喊工事で完成にこぎつけたわけか」

 《地脈》の《力》を利用して穢土の地に他所の土地を再現する、天乃華学園の《合戦場》。
 だが再現される土地は必ずしも現在の状態を再現する訳ではなく、遥か過去にまで遡ると云う仕様になっている。領土獲得の代理闘争である《合戦》の規定には色々と不可解なものがあるが、戦場の再現などはその最もたるものだ。
 システムを管理する《幕府》の云い分としては、全国の戦国大名に《合戦》を理由にした勝手な土地開発を行わせない為だと言うが、一方で城塞や砦に関しては、許可制で現在の状態が反映されることになっている。矛盾どころか目的からして怪しい規定ではあるが、そうした仕様が誰の得にもならない、、、、、、、、 ことから、取り立てて意を唱える勢力は存在しない。
 故に今日の敵である三好三人衆も、(現実の)摂津に上陸するとともに城の建造を開始した。
 もちろん自分の勢力圏内に拠点を作られては困るので、俺は三人衆が城を建て始めた野田・福島付近の土地を要撃地として選定した。《合戦》では侵攻を受けた側が戦場となる土地を指定できるのである。
 だが城が完成する前に敵を打ち破り、阿波へ追い返すという目論見はどうやら失敗に終わったようだ。

「自分もそう感じた次第でス! ちなみに敵は二手に分かれて両城に入り、今も防衛体制を整えている最中でしたッス!」

「――ってことはあれか。敵は籠城する気なんだな森・姉(もり・あね)?」

「そう思いまス!」

 俺の意見に恒興も頷き、

「……ふん。これで益々お前の考えに信憑性が生まれたな」

 面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「ああ。信じたくもないが信じるしかねえ。――こいつはまんまと嵌められたな、恒興。
 何処の誰が糸を引いているか知らんが、実にスケールのでかい嫌がらせだぜ」

 俺は吐き捨てるように言った。

「多方面からの同時侵攻――織田を絡め取る包囲網が敷かれたってわけだ」





 発端は甲斐と信濃国を支配する戦国大名、武田信玄(たけだ しんげん)の西上であった。
 九月一日。今現在、天下に最も近いとされている戦国大名が西への侵攻を開始し、領土を接する徳川家に対して宣戦を布告した。これに対し、同じく武田家と領地を接し、徳川家と同盟を結んでいた織田家は徹底抗戦を決意する。
 だがその為の軍議が開かれていた最中、西方にて畿内の諸勢力が一斉に織田家に宣戦を布告。
 かくして織田・徳川の両家は、東西から多方面同時侵攻を受ける羽目に陥ったのである。
 この示し合わせたようなタイミングに誰もが陰謀の臭いを嗅ぎ取っていたが、だとしてもこれだけの諸勢力を一斉に動かすことのできる黒幕など、皆目見当もつかない。故に多くの人間はこの一件を「偶然」の一言で片付けようとしていたが……俺を含めた何人かの仲間は、これが織田・徳川両家に対する大がかりな陰謀ではないかと疑い続けていた。

 その理由はただ一つ。あまりにもタイミングが良過ぎた、、、、 のである。
 もちろん武田家の侵攻に合わせて、畿内の諸勢力が漁夫の利を狙ったとしても全く不自然な話では無い。
 しかし――だとすれば今はまだ早計だろうと俺は考える。
 現に俺は武田の相手を徳川家に任せて、畿内の敵を討伐するため兵を動かした。もし本気で漁夫の利を狙うとすれば、それは織田が武田と一戦交えたあとか、或いはその最中に行うのがベストであろう。
 あの武田軍と一戦交えて無事に終わる保障など微塵も無いし、世間一般の予想では織田・徳川の敗北は確定したも同然である。だとすればまだ無傷の軍勢を抱えている今ではなく、兵力を喪失し士気も下がっている時こそが領土を掠め取る絶好の機会である筈だ。
 なのに、三人衆はわざわざ武田と徳川が合戦を行う日を指定してきた。
 しかも長可の報告によれば籠城戦の構えを見せているらしい。
 それを聞いた瞬間、俺は確信した。三人衆の狙いは恐らく兵力の損失を防ぎながら、織田軍を少しでもこの《合戦場》に留めておくことにあるのだろう。あまりに消極的な姿勢はこの合戦の意義が領土獲得ではなく、別勢力に対する支援――即ち、武田が迫る東方へと兵を送り込ませない為の陽動であると物語っていた。
 織田軍の"策士"竹中重治(たけなか しげはる)もとい半兵衛(はんべえ)も俺と同じ意見である。
 しかし――だからと言って三好三人衆をこのまま見過ごせば、畿内と西国を結ぶ経済ルートを要する土地を奪われるばかりでなく、一度追い出した都への帰路を開いてしまうことにもなりかねない。
 かくして織田軍は主力を投入し、可及的速やかに三好三人衆を撃退。
 一方で徳川軍は籠城して武田の猛攻を凌ぎつつ、織田の援軍を待つこととなった。

「全員を呼び集めてくれ、作戦を伝える」

 そう長可に命じ、諸将を集めさせてから俺は言った。

「速攻で城を落すぞ」

 異論を唱える者は、誰もいなかった。

「長秀と利家、義元は福島城を。野田城は俺と恒興とサルの軍団で攻める」





「ウフフ……殿ったら《合戦場》でもそれがしといっしょが良いだなんて❤ 同じ屋根の下で毎日くんずほぐれずしてるのに、まだそがし分が足りないのでありますか❤」

 勝手な解釈で腰をくねらせるサルもとい木下藤吉郎(きのした とうきちろう)であったが、その直後に「アタシは毎日木下分に餓えてるぜえ!」と叫ぶ蜂須賀小六(はちすか ころく)に押し倒されていたのは説明するまでもない。
 
「よーし、城攻めは久しぶりだけど、新学期初の合戦だし、ファイト私!」

 そう己を鼓舞する丹羽長秀(にわ ながひで)であったが、

「長秀、無理に城は攻めるな。敵が城外に出るのを待て」

 俺から釘を刺され、「え~」と情けない声をあげる。

「ま、まさかとは思うけれど、信長様ってば私のこと信用してない? うう……力攻めして兵を失う様な猪武者だとか思われてるのかな……」

 その上、言っても無いことまで勝手に想像して凹み始めた。

「あほう、誰もそこまで言ってないだろうが。
 無理に攻めなくても、決着がつくまでそんなに時間はかからねえだけだ」

「え、そうなの? ……って何でそんなこと分かるのさ!? もしかして何か秘策でもあるの?」

 俺の予言めいた指示に、長秀は素直に驚いてくれる。
 うん、素直でノリの良い奴は好きだぞー。

「秘策っていうほどのものでも無いがな。でもまあ、折角なので教えてやるよ」

 居並ぶ諸将が期待の眼差しを向ける中、俺は言った。

「俺が攻める野田城には松永軍が援軍として加わっているらしいが……
 結論から言うとだ。松永家は再び寝返る」

「…………」

 沈黙。無言。唖然。
 誰もが俺の発言に言葉を無くし、その真意を理解できなくて目をパチクリさせている。
 その様子が実に可笑しくて、俺は思わず吹き出しかけてしまう。

「つまりな、松永久道(まつなが ひさみち)は俺達の味方、、、、、だ 」

 念を押して繰り返す、すると皆は口をあんぐりと開けたまま、

「え? えええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 驚愕の混声合唱を本陣に響かせた。







 二週間前の九月一日――畿内を巡る情勢は一変した。
 夏休みが終わり俺が天乃華学園に戻った直後、隙を突く形で畿内の反・織田勢力が一斉に蠢きだしたのである。
 三好三人衆、朝倉義景の宣戦布告に始まり、幕府に睨みを効かせていた松永家が突如として離反。
 これに前後して《幕府》では反・織田家を掲げる派閥が実権を握り、御所から織田家の息がかかった人間や《武神》を締め出し始めた。実力行使こそされていないが、これは織田家に対する事実上の敵対宣言と受け取って良いだろう。
 予想していたとは言え、あまりに早い掌返しに驚きはしたものの、東から迫る武田軍の脅威を前にしては、ろくに対処することもできなかった――というのが正直なところだ。
 《幕府》のトップである征夷大将軍・足利義昭(あしかが よしあき)もといあの小うるさいちびっ子は、側近であった細川藤孝(ほそかわ ふじたか)が消息を絶って以来、火が消えたように塞ぎこみ自室に籠ってしまうようになった。今はどこぞの僧侶が側に付き添って心の傷を癒してくれているそうだが……それを理由に《幕府》は義昭への面会を頑なに拒むようになった。
 その為、今月に入ってからと言うものの、俺は未だに義昭の顔を拝んですらいない。
 そこに来て、お目付け役であった松永家の離反である。
 あの輝かしい上洛の日々から一転。踏んだり蹴ったりの織田家であったが、その張本人たる松永家当主、松永久秀から電話がかかってきたのは、今から数日前の話であった。

『よう坊よ、元気しとるか?』

 最悪のタイミングで人を裏切ってくれた師匠に対し、俺はたっぷりの怒りと抗議の意を込めて「おかげさまでな」と答えてやった。

『ほう、そうそうカリカリするでない。ワシの性格は坊が一番知ってように』

「だから余計に腹立たしいんだけどな!」

 常識も道義も弁えず、他人の口外しない期待に応えたがる社会不適合者こまったちゃん
 それが自他ともに認める、松永久秀と云う女傑の本質である。

「……で、今度は誰に何を期待された? 三好三人衆か? 《幕府》の反・織田派閥か?」

『ふふ……惜しいのう。生憎とワシはそんな小者に興味は無い――とだけ答えておくぞ』

「へえ、あいつらが小者ねえ……」

 久秀公の言葉を裏返せば、三好三人衆や《幕府》の反・織田派閥よりも強い力を有する何者かが離反を願った――そう読み取ることも不可能ではない。いや、含みのある物言いでわざとらしくヒントを呈示することから、久秀公は暗に黒幕の存在を伝えようとしているのではないか。……多分。
 そう強引に結論付けると、内心に抱えていた靄の如き不安が少しづつ薄れていく――様な気がした。
 わざわざ俺に電話をかけてきたことも考慮すると、もしかして師匠は本気で俺と敵対するつもりは無いのかもしれない。そんな淡い期待さえ浮かんでくる。

『ま、ワシもう隠居した身じゃからの。坊の相手は久道に任せるわい。
 ――ワシが言うのも何じゃが、あやつは将来の有望株じゃぞ?』

「ほう、師匠のお墨付きかよ」

『うむ。久道のやつ、ここ最近はほど良く全身に肉がついてきての? 
 ……こう、背中から尻に至り、踝まで伸びるラインがまた艶やかでのう』

「そっちの将来かよ!?」

 ああ見えて久秀公も人の親なのか。
 それは兎も角、その手の話は証拠写真と共にzipでくれと言いたい。

「それより師匠、どうするつもりだよ? 悪いけど師匠の気まぐれに付き合っている暇はねえ。敵対するつもりならご自慢の娘ごと正面から叩き潰すぜ」

 脅しでも強がりでも無い。
 俺と久秀公は旧知の仲と言っても、真剣勝負の場で手を抜きあうような温い師弟関係ではないのだ。

『おうおう、坊は恐いことをぬかしよるの。……しかしなんじゃな? そんな言い方をされると、まるでワシが本心では裏切りを望んでいないように聞こえるのじゃがな?』

 からかうように声を弾ませて久秀公は言うが、全くご指摘の通りなので反論は致しません。
 すると久秀公はわざとらく咳払いをして。口調を改めた。

『ま、その通りじゃがな』

 その瞬間、俺が盛大にずっこけたのは言うまでも無い。

「待て! 待て待て待て! それでいいのか松永久秀!?」

『良いも何も坊はワシにそれを期待しておるのじゃろ? ふふ……可愛い坊の望みとあらば、この婆ァは再び寝返るのもやぶさ かではないぞ?』

 久秀公に「可愛い」と呼ばれた瞬間、ふいに顔が熱くなった様な気がしたが……気のせいだ。そうに決まってるのだ。い、いくら不意打ちだったからって、俺はあんな年齢詐称の発育不良女の発言にドキマギなんかしてないんだからね!

『……発育不良で悪かったのう。まあ、坊の趣味にケチを付ける気はないが……ワシも若い頃はそりゃもうモッテモテのリア充での? 毎日もう、やりまくり、、、、、よ 』

「そういうことはカミングアウトしなくていいから。あと、よく警察のお世話にならなかったな!」

 今でさえ小学生にしか見えないんだから、若い頃なんてどんだけ発育不良だったんだか! 
 それで18歳以上とかぬかしても、「それなんてエロゲ?」な話だからね!

『かかか、ワシを誰だと思うておる。
 何せワシの統計によると、神州男の三割はロリコンという結論がでておるからの』

「何の説明にもなっていないし、統計を出せるくらいハメを外していたんですか師匠」

俺も他人の性癖をとやかく言える人間ではないが……それにしたって変態が多過ぎだろうこの国。

『まあ、それはそれとして。安心せい坊、此度の"合戦"で松永は何時でも坊に寝返ってやる。
 好きなようにワシの兵どもを利用せい。
 一応、その時の為に合言葉を定めておいたからの、しっかりメモしておくんじゃぞ?』

 そう言われたのでメモを用意した。

『良いか、何時でも良いから久道の軍勢に向けてこう言うのじゃぞ?』

「おう、――で、どんな合言葉だ?」

『うむ――――『ぼくと契約して〇法少女になってよ!』じゃ』

「そんなところにまでネタを仕込むな!」

 しかもその台詞、どう考えても頷くわけにはいかないだろ。QBェ……







「――と言うわけだ。ちなみに俺はマミさん一択だからな」

「お前の好みはどうでも良いが、本当に信用しても良いのか? 久秀公が本当に寝返るつもりでも、あまりに変節が激しすぎて、私は全く信用できん」

 恒興の言葉が若干苛ついて聞こえたのは、久秀公の考えが理解の枠をはみ出している所為だろう。
 論理や合理性を重んじる恒興にとって、気まぐれを通り越して混沌でしかない久秀公の言動はあまりに対極的なのかもしれない。弟子の俺だって何考えているか全く分からないもん、あの人。
 だが、一つだけ言えることがある。

「まあ、師匠にとって三好家や《幕府》の連中より、俺達を好ましく思っているのは確かだろうぜ。
 今回のことだって、最初から寝返る腹積もりだった可能性もある。だから、俺はとりあえず信じてみるぜ」

「あなたの決定に異を唱えるつもりはないわ。だけど私達は私達で万が一に備えさせてもらうわよ?」

 警戒は怠りたくない――今川義元(いまがわ よしもと)の言葉に俺は首を縦に振った。

「ああ、それは任せる。……ま、師匠の寝返りがなくても、当初の方針は変わらなかったけれどな」

「え? それって……どういう意味? まさか、まだ寝返る人物がいるとでも言いたいの?」

「うん、まあ、そんなトコ」

「ええーーーーーっ!? 勿体づけてないで最初から教えてよ信長様! そ、それって誰なのさ?」

 痺れを切らせてか、答えをせがむ長秀。

「聞いて驚けよ。そいつの名はなんと、三好――――」







「はぁ……」

 天乃華学園の《合戦場》に再現された城郭の一室。
 一人の少女が窓の外を眺めながら、物憂げな吐息を漏らしていた。
 建物自体は味気のないプレハブ構造なのでいまいち絵にはならないが、溜息を零す少女の横顔には恋する乙女のみに与えられる、艶やかな色が添えられていた。

「もし……こんなことが万が一にも誰かに知られたら、私は恥知らずと世間から後ろ指を指されるのかな?
 ……わかってる。こんなの許される所業じゃない」

 口ではそう嘆いていても、さりとてその表情に迷いの色は見られない。
 すでに腹を決めてしまった為か、或いはそんな自分に陶酔している為か、恐らくはその両方であろう。
 その少女は名を三好長逸(
みよし ながやす)と言い、世間的には三好三人衆の一人としてその名を知られていた。
 黒い髪を後ろで縛っただけの色気の感じられない髪型。両目が隠れてしまうほどに長い前髪。地味を通り越して暗い印象しか与えない外見の持ち主とは言え、長逸が年頃の少女らしい感情とも無縁かと問われれば、答えは否である。恋に恋して桃色の妄想を描き出すのは日常茶飯事だが、残念と言うか不幸な事にその相手は同性に限られていた。
 制服の懐に忍ばせたパスケース。
 中を開くと、そこには長逸と同じ高等部の制服を着た少女の写真が挟んである。
 長く艶やかな髪をポニーテールにして、化粧っ気は乏しいけれど、活気に満ちた表情がその美貌を燦然と輝かせる少女の肖像。
 遠間から盗み撮りされた為にぼやけてはいたが、少女の美貌は些かも損なわれていない。
 そんな人目を奪う美少女が写されたポートレートを、長逸は熱の籠った視線で見つめ――思わずキスをしかけたところで、間の悪いことにノックの音が彼女の甘美な一時を台無しにした。
 慌ててパスケースを仕舞いこんだところで、二人の少女が入室してきた。
 一人は見事な丸顔が柔和な雰囲気を醸し出す、背の低い少女。
 もう人は対照的に背が高く、長い手足がどことなく枯れ木を思わせる痩せぎすな少女であった。
 二人とも長逸と同じく天乃華学園高等部の制服を着ている。
 丸顔の少女は岩成友通、痩せぎすな少女は三好政康と言う名で、ここに長逸を加えると三好三人衆がこの部屋に集ったことになる。

「長逸ー、私たちもう福島の城に戻るねー? 本家からは予定通り籠城しとけってさー」

 政康がそう言うと、長逸は大袈裟に頷き、

「そ、そうだよね! のぶり――いやいや、信長の軍勢と正面からぶつかってもバカを見るだけだし!」

「それはそうだけど……長逸、大丈夫か? なんか顔が赤いの知ってるか?」

 友通に指摘され、慌てて長逸は鏡を探すが……生憎と姿見はこの部屋の何処にも置かれていない。
 それでも恥ずかしがって鏡を探す友人に、友道は笑いながら「気にすんなー」と声をかけた。

「風邪でも引いてないか心配だったが……どうせまた片思いの"カレ"のこと考えていたか。
 んもー、緊張感無いなあ、長逸は」

「あは、あははは……バレちゃった? いやゴメン、そろそろ真面目にやるから」

 友人には同性愛者と知られたくない為、愛しの彼女を"彼"と偽る長逸であったが……それが偽りでは無く隠された真実であることを、彼女はまだ知る由もない。
 友通に指摘されたように、将としてあるまじき気の抜けようを恥じて、長逸は気持ちを切り替えようとしたが、政康はそれには及ばないと手を横に振った。

「そんなに気を張る必要ないさー。どうせアタシらの目的は陽動だしさー。
 怪我しないようにテキトーにやろ? テキトーに」

 将の口からこのような台詞が飛び出すあたり、三人衆の軍勢は総じて士気が低いことが分かる。
 たたでさえ主君である三好義継と三人衆は不仲であり、更に三好家自体、家内の内輪もめが絶えないのが現状であった。城して敵を引きつけるという戦術上の理由もあるが、士気を下げる最大の原因はこの《合戦》が三人衆にとって少しも望まぬ戦いであったことに他ならない。
 政治的な理由で、腰の引けた戦闘を行わねばならないことへの当てつけもあったのだろう。
 今回の《合戦》を「籠城して時間を稼ぐだけの簡単な戦です」と割り切っている三人衆であったが、この中に一人、内通者がいることを他の二人は知る由も無い。
 かくして彼女たちの戦いは、始まる前から敗北が決定付けられていた。
 ――その筈であった。






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