【序説】


 『はじまりの姫』と云う童話をご存知だろうか。
 遥かな昔、人間の娘と恋に落ちた一匹の竜が、彼女との間に不思議な力を持つ娘を授かると言う話だ。
 この童話はまだ《地脈》が現在のような形で知られていない時代、人々が《地脈》をどのように認識していたのかを知る良い史料でもある。物語に登場する竜は森羅万象を司る存在であり、その血を継いだ娘には不思議な力を授けていることから、当時の人々が《地脈》を空想上の動物に重ねていたことは明白である。
 今も《地脈》の集積点を《竜の巣》と呼ぶことから、その親和性について異論を挟む余地は無い。

 それを踏まえた上で、本題に入ろう。
 この童話には竜の他に三人の女性が登場しているが、その存在に関しては今も、研究者の間で様々な議論が交わされている。
 先ず、竜と結ばれた娘が《地脈》との親和性が高い人間であったことは、疑う余地も無い。
 次に、その娘と竜との間に生まれた女の子は、生まれつき不思議な力を持っていたとされており、今で言うところの《武神》である可能性が充分に考えられる。この童話が《武神》の発生を物語る逸話として、今も学校で教えられているのはその為だ。
 ところが……三人目の女性である「天子様の娘」については、その解釈が真っ二つに分かれている。
 物語では娘を殺されて怒り狂う竜を宥める存在として登場し、最後には竜から死んでしまった娘の魂を授かると言う重要な役割を担っている。この天子様の娘はやがて一人の女の子を授かるが、その女の子は竜の娘の生まれ変わりであり、彼女こそが『はじまりの姫』であると、この童話は結んでいるのだ。

 しかし二十年ほど前、この童話の恐らくは原本と思われる文献が発見された。
 それが『竜姫伝説』である。

 『竜姫伝説』の前半は『はじまりの姫』と全く同じであるが、後半には大きな違いが見られた。
 実は『竜姫伝説』には天子様の娘が登場せず、竜はひとしきり暴れ狂ったあと、天に帰っていってしまう。そして最後に娘を想って流した竜の涙が湖となり、その水を飲んだ娘が不思議な力を持った子供を授かった――と語られていたのだ。

 『竜姫伝説』が『はじまりの姫』の原典であることは、今ではほぼ確実視されている。
 では何故、『はじまりの姫』には原典にない人物が登場し、結末が改変されているのだろうか。
 ポイントとなるのは「天子様の娘」。彼女が《武神》ではなく《朝廷》側の人間であるということだ。先に解釈が真っ二つに分かれていると書いたが、どちらもその素性を重要視しているという点では変わりない。
 先ず一つ目の解釈は、『はじまりの姫』が初めて文献に現れる時期から考えて、当時、鎌倉に初の《武神》政権を設立した《幕府》が、自らの権威を補強する為に内容を改変したというものだ。
 つまり《武神》の始祖には《天孫の帝》の血が流れているとして、自らの支配に正当性を与えようとしたと考えたのである。

 二つ目の解釈は、内容を改変したのが当時の《幕府》ではなく、《朝廷》であるという考え方だ。
 改変の内容は変わらないが、その目的は異なっている。当時の神州は《幕府》と《朝廷》の二重支配を受けており、《武神》と貴族との間で領土の支配を巡る争いが多発していた。もちろん実質的に土地を支配していたのは《武神》であった為、貴族が訴訟を起こしても勝てないケースが殆どであったらしい。
 その腹いせのつもりなのかは不明だが、《武神》の誕生には《朝廷》が深くかかわっているとして、《幕府》は《朝廷》の下に置かれていることを強調しようとした――と解釈したわけである。

 どちらの解釈も当時の政治的な状況を考えて、《幕府》か《朝廷》のどちらかが、プロパガンダの為に『竜姫伝説』の内容を改変したのだと唱えている。
 しかし、どちらの解釈にも決定的な証拠は存在せず、今でも論争は絶えることを知らない。

 この短い童話の裏に隠された『真実』には、気付くこともないままに。


※『再生史研究月報』二〇十六年一月号
 「《竜皇》の研究 ~第七号秘匿資料事件によせて~」より抜粋。










第二十話 『上洛奇譚〈中〉』


【1】

 神州国皇都駅から電車に乗ること40分強。かつて平城の都が置かれた古都大和に、俺こと織田信長(おだ のぶなが)とその御一行は降り立った。
 大和駅の駅舎自体は近代的な建築物だが、遥かな昔を偲ばせるノスタルジックな装飾があちこちに見られ、この都市が背負う歴史の深みが肌で感じられるようだ。

「なんだか観光旅行に来たみたいですわね、ご主人様」

 メイドのお濃(のう)さんはそう言って、駅の壁に貼られた観光用のポスターを眺めまわしている。
 歴史的にも有名な建築物を被写体に、静謐に満ちた写真がずらりと並んでるかと思えば、可愛くないと散々騒がれた挙句、逆に親しみを持たれてしまった、マスコットキャラクターの姿も同じくらい目についた。
 俺も最初はあり得ないと思っていたが、馴れると愛嬌すら感じられるので不思議なものである。時間が許すなら、このままぶらりと大和観光を楽しみたいところだが……その前に片付けるべき用事があった。

「信長、すぐに電車が出るぞ。モタモタするな」

 観光気分を吹き飛ばす、温度の低い声。
 背後を振り返れば、池田恒興(いけだ つねおき)が腕を汲んで立っている。その頭上には電光掲示板があり、電車の発車時刻と目的地を告げていた。
 これから俺たちは電車を乗り継ぎ、観光的には然程有名ではない土地に向かう。
 その名は信貴山(しぎさん)――。
 大和国を支配する《武神》、松永久秀(まつなが ひさひで)公の居城を有する土地である。





 信貴山下駅で下車したあと、そこからバスに乗り換えて俺たちは信貴山城へと向かう。
 戦国大名の領土紛争が、穢戸(えど)の天乃華(あまのはな)学園で代行されるようになってからと言うものの、戦国大名の多くは交通の便が良い平地へと拠点を移し、防衛拠点としての城は観光地として開放されるようになっていた。
 領国を防衛する上では問題があるように思われるが、建物さえ維持されていれば天乃華学園の合戦場で寸分違わず再現されるため、領民に開放したところで特に問題は無い――と言うのが今の考え方だ。ただでさえ城ってのは維持費がかさむので、観光地にして収入を得た方が合理的なのである。
 そんな訳で信貴山城でも天守閣までの直通バスが走っており、俺たちはそれに乗って山頂を目指しているところであった。

「――で、そろそろ聞かせてもらおうか信長。お前と久秀公の関係を」

 この時、バスの乗客は俺たち三人を含めても十に満たないため、車内は閑散としていた。
 乗り物酔いを防ぐ意味もあってか、恒興はバスが動き出してすぐに説明を要求した。

「師弟と言ったが、生憎と私は久秀公に会ったことも無い。
 お前と私は赤ん坊の頃からの腐れ縁だが、その私ですら知らなかったのだぞ? 何時、何処で久秀公と接点を持ったのだ?」

 そんな尋問めいた質問に対し、

「ああ、最近と言えば最近だな。多分三年くらい前じゃなイカ?
 ネットを通じて知り合ったんだけど……実を言うと、松永久秀公だって知ったのはほんの半年前だ」

 正直に告白すると、恒興は随分と驚いていた。

「それなのに"師匠"? ……お前は久秀公から、一体何を師事されたと言うのだ?」

「それは濃も知りたいですわね。
 ……妙齢の《武神》とご主人様の関係について、根掘り葉掘り聞かせてくださいまし❤」

 お濃さんが何を期待して目を輝かせているのかは知らないし知りたくもないが、特に隠すようなことでもないので、俺は師匠――松永久秀公との出会いについて、二人に語ることにした。
 ……あれはそう、俺がまだ尾張で普通の男子学生(←ツッコミ禁止!)として生活していた頃の話だ。その日は丁度、茹だるような日差しがキツイ一日で……





「よし到着!」

 二人に久秀公との出会いを語り終えたところで、タイミング良くバスは終点に到着した。
 何処からか「どんな話なのか聞かせろ」という声が聞こえてきたような気もするが、何のことか分からないので当然スルー。
 「ちゃんと後で説明するから」って、天の声も聞こえてきたしな。メタでごめんね!

「良い眺め……ほら池田さん、心が洗われるような光景ですわよ」

「あ、ああ……うん、確かに絶景だな、これは」

 バスを降りるとすぐにお濃さんは恒興の手を引いて、バス停の近くにある展望台に向かった。
 乗り物に弱い恒興を案じての行動ではあろうが、展望台からの眺めは絶景と呼ぶに相応しいものであった。 几帳面に区分けされ都市として発展した皇都と違い、大和は緑を多く残した長閑な土地柄であることが良く分かる。
 素直に風景を楽しんだあと、俺たちは早速信貴山城の天守閣――松永久秀公の住居に向かった。
 信貴山城の天守閣はそれはもう見事なもので、何時か俺も自分の城を建てた暁には、これ以上のものを立ててやろうと思わせるほどであった。
 その入り口には《武警》の制服を着た女性が二人、立っていた。
 俺たちが近付くと「ここは立ち入り禁止よ」と、馬鹿な観光客に言い聞かせるのはうんざりだと言わんばかりの横柄さで声をかけ――直後、驚きに目を見開いていた。

「尾張の織田信長だ。遊びに来てやったぜ」

 正面から堂々と名乗り、俺は訪問を告げた。
 この城に限らず、友好的な関係にない勢力の長がいきなり尋ねてきたと知れば、大きな騒動になることは目に見えている。でからどうぞ大騒ぎしてください。俺はそれを笑って見ていてやるからな!
 そんな底意地の悪い俺の企みはしかし――

「も、もしかして本物の……のぶりん? きゃ、きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー❤」

 興奮を露わにした甲高い声に覆されてしまった。

「ちょ、ちょっとどうしよう。まさかこんなところでのぶりんと会えるなんて思わなかったよ。
 あ、待っててくださいね。すぐに門を開けるから」

「はい、守衛部です。ええ、本物です。間違いありません。付きましては写真撮影の許可を是非に」

「どこどこどこ? きゃーーーーーー❤ 本当にいたーーーーーーーーーー❤」

 確かに大騒ぎにはなった。但し俺の望まない方向で。
 天守閣へと続く門はあっさりと開け放たれ、そこから警備を担当していたと思われる武警の女性が、一人、また二人と集まって来た。そして俺たちは黄色い声をあげる女性たちにすっかり取り囲まれ、あちこちからシャッターを浴びせかけられる羽目に陥ったのである。
 どうしてこうなった……

「あらあらまあまあ、ご主人様ったら大人気ですね。ちょっぴり妬けてしまいますわ」

「ま、当然の結果だな。ふふ、どうした? そんなにゲンナリした顔をして」

「うるせえ、お前らこの展開を読んでやがったな! だから正面から乗り込むのに反対しなかったな!」

「少し考えれば分かることだと思うがな、のぶりん?」

 ああ、考えもしなかったさ! 考えたくも無かったさ! 
 俺は男なんだぞ! 本来の性別でキャーキャー騒がれるなら大歓迎だが、女性として騒がれても嬉しくもなんともないわ!
 あと「のぶりん」禁止! お前は越後の軍神か!?

「信長様、主がお会いになるそうです。さあ、どうぞどうぞ。ここをご自宅だと思って」

 かくして俺たち三人はあっさりどころか、熱烈な歓迎を受けて久秀公の御前に立つことになった。
 天守閣の最上階。その謁見の間で待つこと一時間。
 戦国の梟雄と名高い俺の"師匠"がついにその姿を現す――――――ことはなかった。

「ええ、はい……分かりました」

 一向に姿を見せない久秀公に痺れを切らし、松永家の家臣を問い詰めると、彼女はさして驚くこともなく頷いて、携帯電話で連絡を取り始めた。すぐに連絡は付いたようで、俺たちが聞き耳を立てるなか、家臣の女性は淡々と言葉を交わし――

「申し訳ありません。今"外"には出たくないそうなので、『ちょっと部屋まで来い』とのことです。
 あ、殿の部屋はここを出て奥に行ったところですから」

 唖然とする俺たちに、部屋の鍵を手渡した。
 そして「じゃ、そういうことで」とだけ残して去っていってしまう。
 俺みたいな外様が言うのも何だけど…………それでいいのか松永家!?





 謁見の間を出て、天守閣の奥に進むとすぐに――目的の部屋は見つかった。
 陽の差さない奥まった通路の正面に、一際派手な模様の襖があり、俺たちを待ち受けているかのように、僅かに開け放たれていたのである。
 しかし部屋の奥は暗くて見えない。思わず覗きこんでみると、薄暗い部屋の奥から怪しい光が漏れているのが見えた。

「……なあ、ここ本当に久秀公の部屋なのか?」

 恒興が疑問を呈するのも無理は無い。
 部屋の中は昼間だと言うのに薄暗いし、おまけに室内は明らかに家具以外の何かが床から天井まで積み重ねられ、部屋の殆どを埋め尽くしている有様だ。城の倉庫だと説明されれば、誰もが納得するだろう。
 しかも受け取った鍵は、遣う必要が無かったし……

「とりあえず入ってみようぜ。
 師匠の性格を考えれば、ここが本当に自室と言う可能性もある……かもしれない」

 いまいち自信は持てないが、ここでまごついていても仕方が無い。俺は意を決して襖を開け、薄暗い部屋の中に足を踏み入れた。
 部屋の中は薄暗い上に、大量に積み重ねられた何かが壁となって、迷路のように入り組んでいる。それを手探りで奥へと進みつつ、俺はふと壁を構成している無数の物に目を向けた。
 それは何百……いや何千冊と積み重ねられた本だった。
 市販の本と比べるとずっと薄くて、表紙がやけにツルツルしている。
 こ、これってもしかして……

「ご主人様、これ全部……去年の"冬"の新刊ですわ。男性向けから女性向けまで、こんなに沢山」

 お濃さんも気付いたらしい。一冊一冊取り出しては、物凄い速さでページをめくっている。

「む、これは開始数分で完売した、あのサークルの新刊! それもコピー本まで!」

 恒興も何時の間にか一冊抜き出しては、床に座り込んで読み耽っている有様だ。
 この女、人には厳しいくせに自分にだけは公私混同を認めているもんな。
 つか勝手に読んじゃまずいだろ二人とも!

「信長、私とお濃さんはここに暫く居るから、お前は久秀公に会って来い。
 いいか、暫く帰ってこなくていいからな?」

「お前らが俺の目の届かないところで何をするのかは知らんが、
 これ全部他人の持ち物だからな。いいから付いてこい」

 床に座り込んで薄い本を漁ろうとする二人を強引に引きずりつつ、俺は部屋の奥を目指す。
 薄暗い迷宮の深淵――そこは畳三畳ほどのスペースが設けられ、三方を囲むようにして巨大なモニターが設置されていた。モニターにはそれぞれ異なる映像が映し出されており、その明かりで部屋の様子が手に取るように分かってきた。
 先ずモニターに映し出されているのは、それぞれ異なるテレビゲームの映像であり、実写と見紛うばかりの高精度なものから、ドットの粗いチープなもの、そして頬を赤らめた二次元美少女が切なげに見つめてくるものまで様々だ。
 モニターの下には稼働中のハードが置かれ、それぞれのコントローラーは中央に置かれた座布団の前にまとめて置かれていた。
 その座布団の隣には食べかけのスナックと、飲みかけのジュース。あと何冊もの攻略本。

「……廃人の部屋ですわね」

 お濃さんの的確な指摘に頷きつつ、俺は狭いスペースのなか、乱雑に置かれたアイテムに目を走らせる。
 するとまあ、次から次に興味を引く物が見つかるではありませんか。
 誰もが知っている大作RPGから、マニアの間では高い評価を得ているマイナーなアドベンチャーゲーム、残虐描写のカットされないオリジナル版の洋物FPSに加えて、これまた描写が問題で発売1週間で回収の憂き目を見たエロゲーが、整理もされないままに転がっていたのである。それだけではない。モニターの下に押し込まれるようにして収納されていたのは、マニア垂涎のゲームハードばかり。
 ど、どんだけマニアなんだこの部屋の主は! 
 あらゆるジャンルのメジャーな作品からマイナー作品まで節操無く集められ、しかも満遍なく遊ばれているのが分かる。

「ただの蒐集家でないと言うことは分かる。
 ……しかし、これだけの量だ。とても一人で消費できるものではないだろう」

「あらあら、マニアとはそんなことを考えて物を集めたりはしませんわ。
欲する物があれば必ず手に入れる。手に入れた後は骨の髄までしゃぶり尽くす……それが真のマニアというものですのよ」

 不思議と実感の籠った発言に思わず頷きそうになったが、同時にまだその領域に達していないんだよなあ……とつくづく思う。
 何故ならここに集められているのはどれも魅力のある逸品ばかりだが、それにしてもこの密度は異常だ。
 集めた物を並べて悦に至るだけのコレクターなら、玉石混合甚だしいこの光景に異を唱えるだろう。或いは節操の無さに呆れかえるかもしれない。
 だがその批判はお角違いも甚だしい。
 きっとこの部屋の主にとっては、名作も駄作もジャンルもメディアも関係ない。どれも等価値で、消費に値する代物なのだ。
 果ての無い貪欲さ、享楽への追及を俺はこの部屋に見ていた。
 そして確信する。この部屋の主は間違いなく俺の師匠であることを。

「師匠、俺だ、信長だ。いるんだろ、来てやったから姿を見せろ!」

 未だ姿を現さない部屋の主に向けて、俺は声をあげた。
 返事は来なかったが、既に家臣から連絡を受けている以上、不在であるとは考えにくい。だとすれば何処かに潜んで俺たちを待っている筈――と結論づけて、俺はもう一度声をあげた。その直後だった。

「信長!? 後ろ!」

 恒興が俺の背後を指さして叫んだ。
 何処のドリフだよと思いつつ、後ろを振り向くとそこには――

「……パンツ?」

 目の前には白い布からにょっきりと生えた、白い脚が二本。
 それがぶらりぶらりと、目の前で揺れていた。
 ふと顔を上げると白い下着の上には細い腰と、白い腹があって、そのまた上は真っ赤な布で隠れて見えなくなっている。
 だがこれで判明した。誰かが天井からぶら下がっている。しかもパンツの形状から見て女の子が。

「まさか……」

 ある考えが頭を過った瞬間、揺れていた二本の足が不意に持ち上がり、俺の首に絡みついた。
 そして下着に包まれた股間が迫ってきて――

「どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」

何かが頭上から落ちてきたと感じた時にはもう、俺の体は後方にバランスを崩していた。
慌てて体勢を立て直そうにも視界は白一色に染まり――

「ご主人様!?」

 お濃さんの声を聞きながら、俺は背中から床に打ちつけられた。
 痛みは然程でもなかったが、目を開けた瞬間――そこには相変わらず白いパンツがあって……俺はただ只管に混乱するばかりだった。

「……ぬふ❤ 坊は助平よの。こーんなババアの股間をそう凝視するものではないわ」

「あ、いやいやいや見てない見てない、全然全くこれっぽっちも観てないからな!」

見てないよ! 俺が見ているのは違う衣類だよ! ウィッチ的な意味でのズボンだよ!

「……その体勢で否定しても説得力は皆無だぞ、信長」

「もう、私たちがいるのに幼女に顔面騎乗させるなんて……ご主人様のHENTAI❤ 条例で規制されちゃいますよ?」

 何がだよ!  あと聞き捨てならない単語が聞こえたぞ今!

「安心せい坊、ワシはこう見えて酸いも甘いも噛み分けた婆ァじゃからの。欲情したところで法には触れん」

「社会的に抹殺されるのは、どっちも変わらないけどな!
 ――って、え? えええ? えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 錯覚だと思いたかった。俺の脳が作り上げた虚構だと思いたかった。
 けれど現実は何処までも残酷で理不尽で。目の前に逃れの無い事実とやらを押しつけてきやがる。
白いパンツの上には細い腰と白い腹。その上は緋色の着物に隠されていたけれど、首から上には、こちらを見下ろす一つの顔が露わになっている。
 年の頃は10から11と言ったところだろうか。吊り上がった二つの目は心の奥底まで見透かすような鋭さを備えていた。
 真っ赤に濡れた唇を舐め回し、俺の顔の上に跨る幼い少女。
 口の中で飴玉を転がしながら、彼女は名乗った。

 「こうして合うのは初めてじゃの。ワシがおんしの"師匠"――――松永久秀じゃ」






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