【序説】


 神州皇都――かつて平安の京とも呼ばれた地は、現在ではそう呼ばれている。
 《御所》におわします《天孫の帝》のもと、政事を司る《幕府》と祭祀を司る《朝廷》が置かれたこの都は、遥かな古より神州の中心として歴史を動かす立場にあった。
 それ故に都は幾度も戦乱の炎に焼かれ、その度に復興を遂げてきていた。
 第一次戦国時代が始まる直前にも、後に『大乱』と呼ばれる内戦により、都は何度目かの戦火に焼かれることとなった。

 しかし……『大乱』は十一年もの長きに渡って続き、都は壊滅的な打撃を被ることになる。
 『大乱』の最中に《天孫の帝》も《幕府》の要人も都から逃げ出したことで、戦は収拾がつかないまま徒らに規模を拡大した。その結果、都はかつてないほどの混乱に見舞われ、神州の中心地は見るも無残な焼け野原と化したのである。

 十年前にようやく本格的な復興計画が開始されるまで、都は何処の馬の骨とも知れぬ輩が支配者を自称し、その度に新たな支配者にとって替わられた。長引く混乱は神州の政治的空白を招き、地方の有力者は天乃華学園での代理闘争に明け暮れるばかりで、都には何の手も差し伸べようとしなかった。

 戦火によって奪われたのは都の政治的価値ばかりでは無い。
 そこに住む多くの住民は生活そのものを奪われ、一部は地方へと落ち伸びていった。
 再建が始まり、少しづつ人が戻ってくるようになった今も、『大乱』の戦火が都の街並みと住人の心に暗い影を落としている。
 現支配者たる《幕府》の将軍とそれを支持する大名は、自らの地位に固執するばかりで住民の生活を顧みようともしない。
 深い失望の最中、それでも都の民は今日よりもマシな明日を迎えるために希望の灯を求め続けた。
 例えその灯が都より離れた化外の地より来たる、美しい獣の眼光であったとしても……



 ※とある公家の日記より抜粋。









第十九話 『上洛奇譚〈上〉』


【1】

「泣かないでください」

「私は何も恨んでなどいません。誰にも裏切られてなどいません」

「だから、泣かないで」

「あなたは私の――“たからもの”だから」

「キラキラ輝く思い出をくれた、かけがえのない人だから」

「だから、お礼を言います」

「ありがとう、 私なんかを愛してくれて。
 私も、あなたを愛しています」

「私はもう充分に生きたから。あなたに出会えて、あなたを愛することができたから」

「だから、もう行きます」



「――――さようなら」










 夢を見た。
 哀しい夢だった。
 目覚めると同時に内容を忘れてしまったけれど、乾いた涙のあとがその内容を物語っている。
 無様に泣いているところを誰かに見られたのではと、気恥ずかしくなって周囲を見渡せば、隣に座っていた前田利家(まえだ としいえ)は俺の左腕にもたれかかって、穏やかな寝息を立てていた。
 その対面にはぐったりして疲労困憊した木下藤吉郎(きのした とうきちろう)と、口元から涎を垂らしながら小柄な藤吉郎を抱え込む蜂須賀小六(はちすか ころく)の姿が。俺の記憶が確かなら、この二人は確か携帯電話でテレビ番組を見ていた筈なのだが……俺が寝ている間に何が起きたと言うのか。
 ……まあ悦楽に浸りきった小六の顔を見れば、大体の想像はつくけどね。
 さっきはおたのしみでしたね。

 さて狭い通路を挟んだ隣の席では、右から左に流れていく景色を、窓に貼り付いて眺めている幼い女の子が一人。名を森乱丸(もり らんまる)と云うその少女の隣では、真っ赤な髪と真っ赤な瞳が人目を惹く少女が、折り畳み式の携帯ゲーム機に興じていた。
 彼女は名を真田信繁(さなだ のぶしげ)と云って、窓に貼りつく乱丸とは初等部のクラスメイトでもある。
 言葉も無く一心不乱に画面を覗きこんでいるので、さぞや熱中しているものかと思いきや……その表情からは大凡感情が伺い知れない。能面とは違い、人間味のある無表情なのだが、その頬に貼られた絆創膏がふと気になっていた。

 ――さて、そろそろ気付いている人もいるかと思うが、ここは神州を走る電車の中。
 俺こと織田信長(おだ のぶなが)とその御一行様は、全ての車両を借りきって移動中である。
 その目的地は領国である尾張・美濃・近江の一部から見て西に位置する、文字通りの神州の中心地――皇都であった。

「ご主人様、お目覚めにコーヒーは如何ですか?」

 俺が目を醒ましたことを知ったメイドのお濃さんが、車内販売用のカートと共にやって来た。
 その頭にはメイドであることを主張するカチューシャが乗っていたが、首から下は霊道会社の販売員の制服である。……うん、突っ込んだら負けだぞ俺。
 お濃さんから熱いコーヒーを受け取り、熱さを覚悟して一口すする。
 熱い上に苦い液体を無理矢理口の中に入れたものだから、口の中の細胞がこぞって悲鳴をあげているような錯角に襲われたが、その刺激がまどろんでいた意識を明瞭にしてくれた。

「そういやお濃さん、都まであとどれくらいか分かる?」

「そうですね……あと30分もかからないと思いますわ」

 腕時計に目を落とせば、時刻は午前九時の少し前といったところ。
 この分なら予定通り、午前十時までには都に到着できそうだ。

「利家、そろそろ起きろよ」

 小さな頭を撫でてやると、寝ぼけた声をあげて利家が目を醒ます。

「……あれ? もう着いたの~?」

「もうすぐだ。今のうちに顔洗ってシャキっとしてこい」

 俺に促された利家は素直に席を立ち、車両が揺れる度によろめきながら通路を歩いていった。

「ま、尾張を出たのは明け方だったもんな……おい、お前らも今の内に眠気を払っておけよ」

 この車両に乗っている仲間たちに向けて、俺は言った。

「都に着いたら、パレードが待っているからな」







 年数で数えれば吃驚するほど昔の映画の中で、邪神と守護者に駅舎を破壊された皇都駅。
 そこから南北に伸びる烏丸通りを北に真っ直ぐ進めば、《幕府》と《朝廷》のトップが共に拠を置く《御所》を臨むことができる。その為、烏丸通りは都で一、二を争うメインストリートであったが……今、その沿道は群衆で埋め尽くされ、未だ復興途中にあることを忘れてしまうほどの活気に満ちていた。
 老若男女を問わない歓声と、舞い散る色鮮やかな紙吹雪に包まれて、俺はゆっくりと走る車の上で〇円のスマイルを振りまいていた。

『ご覧ください! 今、烏丸通りをゆっくりと進みながら、第十六代将軍に就任した足利義昭様と、
 その後見人を務めるあの! 尾張の! 戦国時代の風雲児! 
 織田信長公が、大歓声に包まれて《御所》へと向かっていまーーーす!』

 興奮気味に喋る女性リポーターの声が、耳元のイヤホンから流れ込んでくる。
 何でもマスコミ対策とやらで、自分がどのように報道されているのを把握して、ボロを出さないようにとのことらしい。ちなみにもう片方のイヤホンは、パレードの警備を担当する織田家筆頭家老・柴田勝家(しばた かついえ)――もとい柴田さんと通じており、一分に一回の割合で『のぶくん、あのですね』と公私混同甚だしい通信もとい小言が入ってきたのだが……その内容は割愛。
 べ、別に聞かせるのが恥ずかしいから、秘密にするんじゃないんだからね!

 ……それはさておき。
 見るからに堅物そうなオジサンが運転するオープンカーの上で俺は今、左右を埋め尽くす群衆に笑顔を向けたり手を振ったりしている訳だが、残念ながらこのパレードの主役は俺では無い。
 都の大通りをパレードしてまで、大々的にその存在をアピールしなければならない主役は今、俺に抱えられる格好でこの世の春を謳歌していた。

「にゃはははー! 余はここなのじゃー! ぐみんども、余の姿を見てかんきに震えるが良いぞー!」

 束帯(そくたい)と呼ばれる正装を着込み、後ろに尾を引く冠を被った幼い少女は上機嫌で笑う。
 尽きることの無い歓声を受けて、喜色満面で手を振り返す彼女こそパレードの主役であり、この度晴れて都に凱旋することになった《幕府》の最高位――征夷大将軍、足利義昭(あしかが よしあき)であった。

「見て見て信長! ずーーーーっと先まで人が集まっているのじゃー! 
 みーんな、余のことを迎えに来てくれたんだぞー!」

「分かったから、もう少し落ち着きやがれで御座います、将軍様」

 今ではその権力も失われ、権威は地に落ちたも等しいとされる《幕府》。
 それでもこの神州に於いて《武神》を統べる存在は、征夷大将軍によって開かれる《幕府》を置いて他にはないだろうと俺は考えている。
 もう一つの統治機関である《朝廷》にとって《幕府》はあくまで行政機関の一つであり、《武神》は位の低い兵士でしかない。かつて都の貴族によってさんざんこき使われた《武神》はその武力を以って、貴族たちから権力を合法的に奪取した歴史が神州にはあった。例え無用の長物と化そうとも、この国を統べる権力を貴族に返上しようとする《武神》は誰もいない――それだけは断言することができる。
 尤も《幕府》の要たる将軍職を、これまで通り足利将軍家に世襲させるのかどうかについては、大いに意見の分かれるところであろうが……

『見て下さい! 信長公です! 信長公が今、私の目の前を通り過ぎていきます。
 キャーーーーー❤ のっぶりーーーーーん❤ ……ちょっとあのガキ邪魔だからどいて!』

 興奮のあまり、本音を公共の電波に乗せてしまったレポーターの将来はさて置き。
 俺たちが都の住民からここまで熱狂的に迎えられることにになろうとは、全くの予想外であった。
 都から見て尾張は田舎に過ぎず、家柄も低い《武神》が幼い将軍を奉ってきたところで、冷ややかな視線を向けられるであろうことを俺たちは覚悟していた。それがどうだ。都のメインストリートは群衆で埋め尽くされ、割れんばかりの歓声で尾張の田舎者たちを歓迎してくれている。
 義昭がはしゃぐのも無理はない。これだけチヤホヤされれば誰だってのぼせ上がってしまう。
 しかし――心の中ではもう一人の俺が、自分を含めた群衆を冷ややかな視線で見下ろしていた。

 都の群衆が歓迎しているのは俺だけであって、決して義昭の就任を喜んでいる訳ではない。
 それは先のリポーターの発言からも明らかだ。 『大乱』の後、有力者たちの権力闘争を止めるどころか、意のままに操られるだけの傀儡と化した足利将軍家には、誰も何も期待はしていないだろう。
 義昭の前に将軍の座についていた足利義栄公は義昭の側から言わせれば、《幕府》を牛耳った叛臣どもが祭り上げた傀儡であり、正当な血筋の義昭こそが将軍に相応しい――のだそうだ。僅か七才の子供を祀り上げておいて良く言うものだと皮肉の一つも飛ばしたくなるが、彼女の凱旋を大義名分に上洛した俺たちも同じ穴の狢であることは間違いない。
 それを知っても尚、民衆が俺たちを歓迎してくれた理由は恐らく……尾張の田舎侍が他の支配者どもよりは比較的マシに思われた――ただそれだけのことではないかと、今は考えざるを得ない。

 俺たちが上洛する以前、前将軍である足利義栄を傀儡として都を支配していたのは、阿波国を拠点に畿内に勢力を拡大する三好義継(みよし よしつぐ)と、大和国を支配する松永久秀(まつなが ひさひで)の二人だった。
 ところが両者とも俺の上洛に対して何の抵抗も見せないどころか、尻尾を巻いてさっさと領国に引き上げてしまったことからも、都に対する関心の薄さは容易に窺い知れる。
 加えて三好義継と松永久秀は数年前から政治的にも軍事的に敵対関係にあり、天乃華学園でも《合戦》を繰り広げていた。遂には都内で互いの《武神》が法律を無視して武力衝突を起こすようになり、その最中に東大寺の大仏殿が焼き払われたというから、都の住民にとって彼らは決して崇めるべき対象では無かったに違いない。
 人間、窮地に陥れば藁にもすがると云うが、その藁こそが今の俺たちだ。
 一度でも失望を与えれば、彼らはすぐに俺たちから離れていってしまうだろう。
 全てはこれからだ。
 未だ見えぬ《御所》に俺は、明日からの険しい道のりを予感していた。







 盛況の内に終わったパレードのあと、俺と義昭は《御所》に入り――そこで分かれることとなった。

「やーだー! 信長もいっしょにくるのじゃーーーー! 余の命令なのじゃーーーーーーーーー!」

「お、お嬢様落ち着いてください! お気持ちはお察しいたしますが、ここから先は内裏――官位の低い者は参内を許されていないのです」

 義昭が《天孫の帝》から正式に征夷大将軍を拝命するにあたり、内裏にて拝命の儀式が行われることになったのだが……その儀式に俺が参内しないことを知ると、義昭は駄々を捏ね始めたのである。
 侍従の細川藤孝(ほそかわ ふじたか)が慌てて宥めるも、義昭の癇は治まる気配を見せない。『何とかしろこの田舎侍』と、藤孝から抗議の視線が飛んできたが、子供の駄々に付き合っていられるかよと、俺はその抗議を無視し続けた。
 義昭は益々声を荒げ、とうとう泣きだすかと思われた矢先……その傍らに立つ者がいた。
 乱丸である。

「義昭ちゃん、いいこいいこ」

 なでなで。
 背丈もそんなに変わらない乱丸の小さな手が、冠を乗せた義昭の頭を撫でていた。
 官位を持たない一介の《武神》が征夷大将軍の頭に手を触れるなど、時代が時代ならその場で切り伏せられてもおかしくない程の不敬な行為である。しかし、そんなしきたりなど不問に処してやりたくなるほど、それは微笑ましい光景であった。

「……あ、らん、まる?」

「いいこだから、わがまま言っちゃ、めーです。
 義昭ちゃんには義昭ちゃんにしかできないお仕事があるんだから、ね?
 いいこにしていればすぐに終わるよ。そうしたら、みんなで遊びにいけるよ♪」

「う、うん……わかった、のじゃ……」

 子供をあやす母親の様な口調に、義昭の癇は波が引くように治まってしまう。
 急におとなしくなった義昭の頭を、乱丸は更に「いいこいいこ」と撫でてあげる。

「……ふふ、乱丸ちゃんったら、もう立派なお姉ちゃんね」

 俺の隣で事態を見守っていた今川義元が言った。
 年は一つか二つしか違わないと云うのに、義昭を優しく宥める乱丸の姿は紛れもなく年長者の風格を漂わせていた。以前から年齢以上に大人びた子だと思ってはいたが、どうやら想像以上の傑物であったらしい。
 俺も遅れて義昭に歩み寄り、

「「あ…!」」

 まとめて二人の頭を撫でてやった。サラサラした手触りの義昭の髪と、ふわふわしてボリュームのある乱丸の髪、二つの異なる手触りを愉しみながら、俺は口を開いた。

「よし、二人とも良い子で何よりだ。ご褒美に遊びに連れてってやるから、行き先を考えておけよ」

「ぜ、ぜったいだぞ! 余と約束するのじゃぞ!」

「ああ、指きりでも何でもしてやるよ」

「の、信長さま……あの、私もですか?」

「当り前だ。だから遠慮なんてするなよ」

「は……はい!」

 花がほころぶ様に、二人の顔に笑顔が咲く。
 その姿はあまりに可愛らしくて、何故か直視するのが気恥ずかしく思えてしまう。

「おお、おお……正にエンジェリック・スマイル! くそ、カメラ! カメラはどこだ!
 ええいこうなったらこの網膜に焼きつけてくれるッ! 活目せよ、これが私の幼・聖・刻・影!」

 意味不明のポーズを決めたあと、藤孝は眼鏡を外して愛くるしい二人の少女を視界に収め――ようとして、俺と義元の制裁を同時に喰らうこととなった。
 俺は腹に裏拳を決め、義元は顔面を平手で打つ。
 ただの男性である藤孝はそのまま背後にひっくり返り、そのまま意識を失った。

「あ、あの……藤孝さん大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫だから、半径三メートル以内に近付くなよ乱丸。
 どんな妄想を繰り広げられるか判ったもんじゃねえ」

「???」

 藤孝の性癖を理解していない乱丸は首を傾げていたが、知らない方が良いこともある。
 精神衛生的な意味でも、藤孝の社会的立場を守る意味でも。
 兎にも角にも、乱丸の御蔭で義昭の将軍就任は滞りなく行われ、その後――俺たちは将軍就任を祝うパーティに出席することとなった。







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