【序説】


 第三次戦国時代。
 各国の《武神》が戦国大名を名乗り、領土獲得に明け暮れた時代――その終結期。

 第一次戦国時代は初代竜皇の早逝により幕を閉じ、
 第二次戦国時代は《幕府》内のクーデターにより、《合戦》を"管理"する天乃華学園のマスターサーバーがダウン。三代目竜皇が即位するまで復旧は叶わず、なし崩し的に幕を閉じた。

 そして第三次戦国時代の幕を引いたのは――
 一人の少女の"消失"である。





「だからね、私ね……信長ちゃんが折角遊びに来てくれたから、ついでにの国もあげちゃおうかと思って
……シクシク」

「何がどうついでなのかは分かりませんが、くれると云うならもらいますよ」

 適当に話を合わせてあげると、道三公は「ほんとう?」と語尾を不自然に持ち上げて喜んだ。

「じゃあ今すぐあげちゃいたいところだけど……勝手に上げたら私、また義龍ちゃんに怒られるし……」

 怒るのは娘に限らないし、そもそもそんな権限があるとも思えないし、突っ込み始めたらキリがない。
 どうせただの戯言。誇大広告なリップサービスに過ぎないだろうと、その時の俺は考えていた。
 そう考える以外にありえなかった。

「だからねぇ……私考えました! 明日、この国の支配権をかけて信長ちゃんは、龍興ちゃんと戦ってもらいまっす!」

「道三殿、天乃華学園外での《武神》の私戦は禁じられているのだが。それを考慮した内容でしょうね?」

「もっちろんだよー♪ ちゃぁんとそこは考えてあるんだー私」

「あ、流石にそれだけは分かっておられるのですね」

「いやいや、そんなに褒めないで~~~」

「お濃さん、あの人馬鹿にされていることに気づいてませんよ?」

「馬鹿ですから」

 実の娘に一刀両断されたことなど知る由もなく、道三公はえっへんと胸を張る。

「では発表します。この国の明日をかけた信長ちゃんと龍興ちゃんの対決内容は――――」

 そして満面の笑顔で言い放った。




「――――美少女コンテストでっす!」










第十三話 『蠢く策糸』


【1】

「なに勝手をぬかしとるかーーーーーーーーーー!」

 怒声。
 そうとしか表現できない叫び声が、謁見の広間に轟いた。
 振り向けば奥の襖を開け放ち、どすどすと畳を踏み鳴らして迫る一人の女性。地味な色合いのスーツ、装飾品の一切を省いた化粧っけのない顔、髪はオールバックにしてピンでピシッと止めている。
 顔立ちは悪くないと思うのだが、ぎょろっとした三白眼が男どころか人間全般を寄せ付けない感じ。
 彼女は居並ぶ俺達には目もくれず、まっすぐに道三公の元に向かうと……

「母上! いくら冗談でも言って良いことと悪いことがあるわっ!」

 と襟首を掴んで、前後にゆっさゆっさ揺すぶりだす。
 間違っても「母上」と呼ぶ人間に対する行動ではないだろうが、お濃さんは涼しい顔で事態を静観している。俺はそれだけで分かってしまった。道三公を鬼の形相で問い詰める女性の正体が。

「お、おおおおおお、落ち着いて義龍ちゃん。わ、わわわわわ、わたしは正気だよ~~」

「なら尚更悪いわ! このまま脳神経科行くか? 行ってロボトミーされてくるか? ああ?」

「ふぇ~~~~ん! た、助けて帰蝶ちゃん、ヘルプ…マイ・マミー!」

 中学生以下の誤文で死者の助けを求める母親に対し、お濃さんは「あらあらまあまあ」と救援要請を突っぱねていた。
 それはさておき。道三公が名前を読んだことからも明らかなように、突然現れた女性の名は間違いなく斉藤義龍(さいとうよしたつ)。美濃国を支配する斉藤家の先代当主である。
 噂では当主の座を巡って、実の母親と血腥い政争を繰り広げた女傑と聞くが……彼女自身の評価はさておき、母親との政争が血腥いものであったかどうかは、この光景を見る限り疑わしいところであった。

「な・に・が、美少女コンテストでっす、だ! 
 勝手にそんなイベントを開くばかりか、国を譲るとか何考えてんだこの××××! 仮にも当主だった人間が言って良いことと悪いことの区別もつかんのかっ!」

「よ、義龍ちゃん、それ放送禁止用語! 
 そんなこと大声で叫んでいると左巻きの恐い人達に怒られちゃうんだよ!」

 貴方も何気に馬鹿にしてますけどね、と心の中でツッコミを入れておく。

「やかましい! じゃあ今風に言い換えてやるこの××! おら、今から強制入院だ!」

 そう言って義龍は道三公の襟首を掴み、そのまま引きずって外に連れだそうとする。
 もちろん道三公は手足をバタバタ振って抵抗する。
 ちなみに前者が娘であり、後者がその母親であった。あまりにいたたまれない光景が目の前で繰り広げられ、俺はお濃さんがどうして頑なに帰省を拒んでいたのか。その理由を垣間見た気がした。

「……中々に個性的な家族ですね」

 オブラートで何重にも包んだ感想を漏らすとお濃さんは、

「濃はもうご主人様の家族ですから」

 冷めた声で実家の縁を断ち切っていた。

「やーだーーーーー! はーなーしーてーーーー!」

「ええい、暴れるなあ!」

 俺達という部外者が見ているにも関わらず、大人気ない言動で醜態を繰り広げる斉藤親子。
 愉快を通り越して痛々しい茶番を止めたのは、音も無く広間に姿を表した一人の――少年であった。

「義龍様、その辺りでご勘弁ください。お館様も決して考えがあって言った訳ではなさそうですし」

「そうそう私、なんにも考えていないんだからね!」

 馬鹿が馬鹿を告白したことは当然無視するとして、俺の意識はその少年に向けられた。
 執事である。
 厳密にはこんなに若い執事は存在しないだろうが、その身に纏う雰囲気と装束は俺達がイメージする執事そのものと言っても過言ではない。長い髪を後ろでまとめて、露になったその顔は少女のようにも見えるし、少年のようにも見える。綺麗ではあるが中性的に過ぎてどうにも落ち着かない。

「ねぇねぇ信長様、あの子、かなり可愛いと思わない? 執事服がまた似合ってて、眼福眼福ぅ」

 一方で丹羽長秀(にわ ながひで)も、違う意味で執事少年が気になっているようだ。
 二次も三次も美形の男の子が好きな長秀のことだ。きっと今すぐにでも写真を撮りたいに違いない――と思ったら既に撮ってました。欲望には本当に忠実だな!

「何を言ってるんだ長秀、あれは女だろう?」

 長秀の欲望に水を差したのは、池田恒興(いけだ つねおき)。
 その隣で前田利家(まえだ としいえ)も頷いて同意を示している。
 確かに女の子に見えなくもないんだよなあ、あの執事――とまあ、そんな感じで盛り上がる外野には目もくれず、斉藤親子の争いは執事の介入により調停を初めていた。

「とにかく母上! 私は絶対に許可しないからな。美少女コンテストなんて破廉恥なイベントも、国を譲るなんてこともだ! 相手が――」

 そこで始めて義龍は俺達のほうを向いて、憎々しさを隠そうともせずに言い放った。

「尾張のうつけなら尚更だ!」

 「うつけ」と罵られて腹を立てないほど俺は出来た人間ではないし、仲間にしてもそれは同じ。
 案の定、反射的に立ち上がろうとした利家を恒興がそれとなく静止していた。
 しかし我を忘れるほどではない。俺がそれほど腹を立てなかったのには理由がある。道三公だ。いくら肉親だとしても自分の家が支配する国を、《合戦》も無しに他人に譲り渡そうとしたら誰だって怒るし、その条件が「美少女コンテスト」だなんて冗談でも笑えない話だ。
 ありえない。あり得るはずも無い。
 なのにどうしてこの人は、斉藤義龍は本気で怒っているのだろう。意味が分からない。
 まるで筋書きを知らないドラマを無理やり見せられて、理由も分からずに感動しろと言われているようなものだ。

「帰蝶も帰蝶だ。母上の悪ふざけに同乗した挙句、敵をこの稲葉山城につれてくるとはな。……ふん、まさかとは思うがこの美濃を売るつもりではないよな?」

「ええ、そのとおりですわ」

全く悪びれること無く、お濃さんはぬけぬけと言い放った。
まさか本当に肯定されるとは思ってなかったのだろう。義龍は続く言葉を失い、俺達も俺達で「ええーーーーーーっ!?」と驚きの大合唱。

「き、帰蝶? はは、冗談でももう少しうまい話を……」

「いいえ、ちっともまったく冗談ではありません。実は私、お母様と示し合わせた上でご主人様をお招きしましたの」

「え、ええーーーーっ! そうだったの帰蝶ちゃん!?」

何で道三公まで驚くの?
お濃さんと謀っていたんじゃないの?

「……そうですわね、お母様?」

 言葉の端々に脅迫の刃をちらつかせて、お濃さんは自分の母親に目配せをする。
 それを受けた道三公は青白い顔をして、必死に首を縦に振り出した。

「帰蝶……貴様、一体何を考えている?」

 実の妹が(方法はどうあれ)国を売る算段を立てていたと知り、義龍の顔は鬼気迫るものになっている。
 対するお濃さんは驚くほどに落ち着いた風情で、その冷静な口振りが荒唐無稽な計画に真実味を与えていた。

「何って、先程お話しした通りですわお姉様。帰蝶めはご主人様にこの美濃国を譲り渡すべく、お母様と計画を立てておりましたの。そう、明日の『美少女コンテスト』を以てして」

 不自然に『美少女コンテスト』を強調したお濃さんの言葉を、事実上の挑発だと受け取ったのだろう。
 義龍はその三白眼を大きく見開き、怒りで今にも破裂してしまいそうな程だ。

「この……この裏切り者が! 誰かこいつらを――」

「お待ちください、義龍様。帰蝶様のお話が本当だとしても、現当主は龍興様です。その許し無くして国を譲るなど叶うはずもありません」

 激昂する義龍を宥めたのは、またしても執事少年……いや少女か? まあどっちでも良いんだけどさ。
 ともかく、その落ち着いた口調に義龍もすぐに冷静さを取り戻す。

「そ、そうだな……いや、その通りだ。……感謝するぞ半兵衛」

「いえ、出過ぎた発言をお許しください」

 あっという間に主君を宥め、しかし臣下としての慎ましさを忘れない。完璧な執事っぷりである。
 俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。

「と、とにかく私は認めんからな! 貴様らも余計な真似を働くつもりなら、学園生とて容赦しないと思え。行くぞ、半兵衛」

「は」

 最後には俺達にも釘を刺して、義龍は広間を去って行った。
 あれだけ腹を立てていた割には拍子抜けの退場ではあったが、まあ道三公やお濃さんを相手にするのはそれぞれ別な意味で気力を消費するだろうしな。
 それにあの半兵衛とか云う執事の言葉には、確かな説得力があった。いくらお濃さんや道三公が策を練ったところで、国譲りの美少女コンテストなるものが当主の許可無くして開催される筈が無い。それ以前に許可が降りるはずも無いのだ。 

「……そう言えば」

 半兵衛が去り際、ぴたりと足を止めて俺の方に顔を向けてきた。

「忘れておりました、織田信長殿。実は貴方様にお返ししようと思った"もの"がありました」

 わざとらしい物言いのあと、慇懃に頭を下げてから半兵衛はパチンと指を鳴らした。
 すると襖が開き、そこから簀巻きにされた人間が姿を表した。
 手足を縛られて転がされたその人物は俺を見ると、縛られた口から必死の唸り声を漏らす。

「サルちゃん!? どうしたの!」

 その正体にいち早く気づいたのは利家だった。
 慌てて駆け寄り、手早く口に加えさせられていたボールギャグを外してやると、その人物は感極まった声で、

「と、殿ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 そう、俺を呼んだ。
 丘に上がった魚の如くビチビチ跳ねだした彼女は、名を木下藤吉郎と云う。

「無残な姿で河縁を彷徨いていましたので、こちらで保護させていただきました。
 ……いえ、これも領国を治める者の公務ゆえ、お気になさらぬよう」

 恩を売りつけるような半兵衛の言葉が、実は明白な警告だと気づかない筈はない。
 例え法に背かずとも、治安維持を名目に実力行使する意図を見せつけた半兵衛は、俺の言葉を待たずにその場を後にした。

「と、殿~~~~、それがし会いたかったですぞ~~! さあ、敵に囚われて身も心も傷だらけのそれがしを、殿の愛で暖めてっ! 激しく癒して!」

 芋虫のように這いずりながら、鼻息を荒くして藤吉郎が迫ってくる。
 うん、分かってはいたけれど元気だわこいつ。

「だ、そうだ小六。たっぷり癒してやれ」

「話は全部聞かせて貰ったぞ! 木下ァ!」

 待ってましたとばかりに襖を開け放って登場した蜂須賀小六は、簀巻きにされた藤吉郎に向けて躊躇なくルパンダイブ!

「お前どこから現れやがったーーーーー! ヒギャーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 身の危険を感じた藤吉郎は素早く身を捻り、跳びかかってきた小六を避けるものの、着地と同時に小六はカサカサと、それこそゴキブリを思わせる俊敏さで床を這い出す。
 ろくに動けない藤吉郎が小六に追いつかれるのは時間の問題でしかなく、数秒後には、簀巻きにされた藤吉郎を抱えて小六は一心不乱に頬をすり寄せていた。その顔はだらしなく蕩けきっており、対する藤吉郎はぐったりと脱力して死人も同然の有様であった。

「そんなことより……お濃さん、本当なんですか?」

「何がでしょうか?」

「だから、俺にその……この国を譲るつもりで呼んだって話。最初から道三公とそれを企んでいたって、今さっき聞いたからさ……」

 道三公が口にする限りでは冗談にしか思えないが、実の姉の前で静かに宣戦布告したお濃さんが云うのでは、信憑性が天と地ほどに開きがある。
 国民的大型連休の小旅行の筈が、気付けば美濃国の支配権を巡る政争に巻き込まれていたなんて、ポルナレフも吃驚ですよ。
 だが仮にそんな荒唐無稽な計画を企てたとして、お濃さんにとっては家族も故郷に俺に売り飛ばすことに他ならない。いくら領土を奪いあうのが、この第三次戦国時代に生きる《武神》の定めであるとしても、どうしてそんな……疑問だらけの俺に、お濃さんの口からその真意を聞かせて欲しい。
 その内容次第によっては、一方敵に面倒事に巻き込まれたことを許してあげても良いから。
 俺だけでなく恒興も長秀もお濃さんの言葉を待っていた。そしてお濃さんは両手の親指をぐっと立てて、

「うそです」

 満面の笑顔で答えたのだった。






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