【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





「――いいぜ。お前の願い、この俺が叶えてやる」

「……へ? ちょ、ちょっと何を言って――」

「但し、お前の願いを叶える代償として、お前の全てを俺に捧げてもらうぞ。いいな?」

 信長の勝手な言い草に、義元は当然の如く反対する。

「い、いいわけないでしょう! だ、第一、私は貴女になんか何も頼んでいないんだから!」

「へいへい、だとしても運が無かったな。
 よりにもよってこの俺に願いを聞かせたんだ――今更何を言ったところで手遅れだぜ」

「あ、悪魔ーーーっ!」

「おう、その悪魔だ。精々自分の迂闊さを後悔しやがれ」

 ケケケケと悪魔らしく笑いながら、信長は首元に掛かっていたプレート――《武神》タグとも呼ばれる学生証を手に取る。
 それが意味する行為を悟り、義元は慌てて声をあげた。

「――ちょ、ちょっと貴女、何をするつもり?」

「ん? 始めて使うんだけれど、まあ何とかなるだろう」

 とぼけるように答えて、信長はプレートの表面に指を押し当てる。
 ハイテク機器を搭載し、それ単体で学園のネットワークに接続する機能を搭載した《武神》タグにむけて、信長は宣言する。

「俺=織田信長は、お前=今川義元に宣告する」

 義元の制止の声も届くことはない。

「学園法に基づき代理闘争の開戦を通告。これは俺からお前への――宣戦布告だ」

 黄昏が空を染め、大地が茜色の陽に照らされるなか、宣戦の布告は成された。
 後に『桶狭間の戦い』と称される《合戦》の、これが始まりであった――










第十話 『桶狭間の戦い』


【1】


 神州尾張国桶狭間――。
 南に小高い丘を望むその地は、手越川(てごしがわ)との狭間であることが地名の由来となった窪地である。政治・軍事的にも大して意味のある土地では無い。事実「桶狭間」と云う地名を知る者は、住民を除けばほんの一部に過ぎず、地名以上の意味を持たなかった。
 だが――第三次戦国時代に於いて、桶狭間は極めてエポックメイキングな事件の舞台として、その名を広く知られる事となる。
 事件の名は『桶狭間の戦い』。
 今川軍二五十名と織田軍四十七名が激突した一大《合戦》である――






 四月二十八日……午前九時四十五分。
 織田軍前照寺砦。


「――よし」

 俺が顔を上げると同時に、居並ぶ仲間たちが一斉に視線を寄越す。
 皆、決断を下す時を待っていたのだろう。ある者は期待に目を輝かせながら、ある者は不安を隠しきれないままに、続く言葉を待ちかねているように見えた。
 その表情を確認してから更に一呼吸置き、俺は皆に告げた。

「全員引き揚げさせろ。そして命令があるまでここで待機だ。以上」

 返答はすぐには無かった。
 ある者は俺の意図を汲みかねて、ぽかんした表情を浮かべていたし、またある者は一呼吸遅れてから「え、えーーーーーーーっ!?」と非難めいた声をあげた。
 幼馴染みの丹羽長秀(にわ ながひで)だった。

「ど、どういうことなの信長様? 全員引き揚げさせたら誰が鷲津(わしづ)と丸根(まるね)を守るの?」

「守らなくていいんだよ。義元にくれてやれ」

「くれてやれ……って、そんな物みたいに」

 俺の決断が余程ショックだったのだろう。長秀は肩を落として呆然としている。

「信長、説明を頼む。私も長秀と同じ気持ちだ。鷲津と丸根の両砦は、大高城(おおたかじょう)を攻略する為の重要な拠点だ。それを一戦もせずに放棄するとあっては、黙っている者も少なくないぞ」

 俺の決断に納得しなかったのは、長秀だけではなかった。皆の気持ちを代弁してか池田恒興(いけだ つねおき)までも異を唱える始末だ。
 大高城は尾張国の城であるが、隣国の三河と地勢的に近いこともあり、大高城の城主は隣国を支配する今川家に降伏して城を明け渡していた。これに対して織田弾正忠家先代当主、織田信秀(おだ のぶひで)――俺の母さんなのだが――は、大高城を攻略する目的で付近に鷲津、丸根の二つの砦を築いたのである。
 しかし砦が築かれたところで第二次戦国時代が終結。
 天乃華学園(あまのはながくえん)武神科に於ける合法的な代理闘争――《合戦》が禁止されてしまった為、両砦は目的を果たすことなく二十年以上もの月日を重ねることとなった。
 そして今――この両砦が陥落の危機に晒されている。

 きっかけは一週間前に知られることとなった、今川家による尾張侵攻である。
 隣国三河を併吞し、駿河・遠江の三国を支配する戦国大名、今川義元(いまがわ よしもと)は、二百人に及ぶ《武神》を動員する侵攻計画を着々と進めていた。それに対し尾張国を支配する現・織田弾正忠家当主、織田信長(おだ のぶなが)――つまり俺は、先手を打つ形で今川義元に宣戦布告を行ったのである。
 とは云え、こちらの兵力は多く見積もって四十人強。
 それで五倍にも及ぶ大兵力を迎え撃とうと云うのである。
 我ながら大凡正気の沙汰ではない。色々と事情はあるのだが、要するについカッとなってやった。
 しかし反省はしていない。

 こうして戦端が開かれた織田・今川の《合戦》は今川方の選定により、大高城の周辺で行われることとなった。
 実は大高城の近くには鳴海城(なるみじょう)と呼ばれる城も建っており、こちらの城主も二十年前に今川方に降伏して城を明け渡していた。そして鳴海城を牽制し、攻略の足がかりを目的として建てられたのが、現在の俺たちが集う前照時砦(ぜんしょうじとりで)と云う訳だ。

「説明も何も、相手は恐らくこちらの五倍近い兵力を活かして、多面作戦をしかけてくる筈だ。
 そのどちらも織田軍を兵力的に上回っているとくれば、ただでさえ少ない兵力を小分けにしたところでこっちはジリ貧。なら本陣に兵力を集結させた方がいい、それだけの話だ」

「で、でもそうだとすると相手も兵力を集結させて挑んでくる訳だから、結局は何も変わらないし、砦だって取られてしまうよ。
 それなら少人数だけでも砦に残して、今川軍を引きつけておいたほうが良くない?」

「いや、それでは駄目だ長秀」

 恒興は言った。

「例え少人数で守りを固めていたとしても、敵がそれを見抜いてしまったらどうなる? 
 少人数では砦から打って出ることはできない。だとすれば敵は兵力を集結させて、本陣を狙ってくるぞ。
 そうなった場合、例え少人数でも兵力を裂いた我が方が不利になるのは確実だ」

「あ、そうか……うん、そういうことなんだね」

 長秀は漸く納得してくれた。これも恒興が反論してくれたお陰なのだが……俺の言いたいことをちゃんと分かっているなら、そう説明してくれればいいのに。そう思って抗議の視線を送ったが無視された。主君に対しても大したツンっぷりである。まあ恒興は美人だから特別に許すが。

「でさあ、アタシらはどうする訳よ? このまま敵に砦を奪われるのをみすみす待っているだけ?」

 蜂須賀小六(はちすか ころく)は脱色して金色になった髪を指で弄りながら尋ねて来た。
 小六に限ったことではない。恒興も長秀も、それからこの部屋に集う前田利家(まえだ としいえ)、木下藤吉郎(きのした とうきちろう)の四人も、砦に籠ったまま動こうとしない現状に焦りを感じているようだ。

 前照砦は大きな防刃プレートを繋ぎ合わせた装甲壁で周囲を囲い、その内側には四棟のプレハブ住居が置かれている。砦というより前線基地、或いは工事現場の事務所といった風情だ。
 織田家が鳴海・大高城攻略の為に建設した砦は、建設も解体も容易に行えるように簡素な造りで統一されている。あくまで城を攻略するための一時的な拠点であり、例え失ったところで城を落してしまえば問題は無いのだ。
 それに……今俺たちが集まっている砦も、周囲に疎らに生えた草木も、全ては本物ではなかった。天乃華学園の敷地内に設けられた広大な《合戦場》に再現された、極めてリアルなレプリカなのである。
 神州全土に血管のように張り巡らされた《地脈》を経由して、遠く離れた土地の情報を再現する――魔法としか言いようのないテクノロジーが生み出した"複製現実(オルタナティブ)"に囲まれていると、自分自身の存在すら魔法によって生み出された贋物ではないか――そんな馬鹿馬鹿しい妄想まで浮かんでくる始末だ。
 だからなのかもしれない。二つの砦を放棄することに俺が躊躇を覚えなかったのは。

「もちろん、ただでくれてやるつもりは無いさ。
 サル、お前は小六を連れて丸根・鷲津砦の連中を退避させろ。但し――砦の門は全て開放しておけ。置き土産も忘れずにな」

「了解であります――って、小六とでありますか? やめて殿! そんなの餓えたキモオタにスク水姿を披露するが如し! それがしの貞操が大ピンチでありますぞ!」

「両方とも合意の上っぽいから問題ないよな。よし決定」

「待って殿ー! 今のは例え話でありまして、べ、別に殿と離れるのが嫌だから反対しているわけじゃないんだからね!」

「そうか。なら益々持って問題はないな」

「殿のバカー! 乙女のツンデレをスルーして良いのはエロゲの主人公だけでありますぞ!」

「安心しろ木下ァ! アタシがお前のこと誰よりも分かってやるからなぁ!」

「近付くなHENTAI! それがしに触れて良いのは殿だけなのっ!」

「ツンデレですね、分かります。くそぅいちいち可愛いなあ木下ァ!」

「分かってねーーーーーーーー! いぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 小六の脇に抱えられたまま、藤吉郎は悲鳴とともに本陣を後にした。
 その背中に向けて、利家は祈るように合掌している。

「……“空城の計”か。お前らしくもない」

 二人が退出したあと、恒興はぽつりと漏らした。
 彼女の指摘通り、俺が狙っているのは古兵法の一つ"空城の計"であった。わざと門を開け放ち、無防備をアピールすることで敵に猜疑心を抱かせる奇策だが、その効果についてはまるで期待していない。
 今川軍もこちらの兵力が少ないのは承知の上だろうし、そんな見え見えの罠に引っかかってくれるほど甘い連中では無いだろう。敵は十中八九、大軍を二つに分け、丸根・鷲津砦と本陣の攻略を同時に進めて来る。敵のそうした動きは、斥候(せっこう)班の報告でも明らかだった。

「ま、時間稼ぎが関の山だろうな。だが僅かでも良い。敵が予定通り兵を分けてくれるならな」

「……と云うと? 何か策があるの信長様?」

「策なんてねえよ長秀。俺たちが生き延びる手段はただひとつ――」

 パイプ椅子に深くもたれかかり、天上を仰ぎ見てから俺は言った。

「義元を討つ――それしかない」





 四月二十八日……午前九時五十三分。
 今川軍水掛城。


 尾張国と三河国の境界に位置する水掛城(みずかけじょう)――のレプリカに、今川義元率いる二百二十人の《武神》が到着した。城を守護していた三十人の《武神》に加え、三河国からの援軍が加われば、今川軍の総兵力は二百五十人にも及ぶ。水掛城はさほど広い敷地を持っている訳ではなく、義元が率いてきた大軍は城郭内に溢れてしまったのだが、その表情は一様に明るい。
 元より勝利は約束されたも同然であった。
 裕に数倍の兵力を以って織田軍の拠点を一斉に攻撃すると云う基本戦略に非は無く、何れの局面に於いても、今川軍は兵力で敵を圧倒していた。圧倒的に不利な立場に置かれた敵軍を憐れむ者もいたのだが、だからと言って矛を収める気はさらさら無いだろう。
 しかし、楽観したムードが漂う今川軍の陣頭に姿を現した当主、今川義元(いまがわ よしもと)の表情は晴れない。部下たちは疑念を抱いたが、すぐに実戦を前にして気を張っているものだと解釈することにした。そして自らの慢心を諌めようとする。
 整然と居並ぶ大軍を前に、今川義元は基本戦略を発表。そして諸将に指令を飛ばした。

「朝比奈泰朝(あさひな やすとも)は三河勢と合流したのち、大高城に向かいなさい。
 岡部元信(おかべ もとのぶ)は鳴海城にて待機。本隊はこのまま西進を続けます」

 総兵力二百五十名のうち、朝比奈泰朝は五十名を率いて鷲津・丸根砦を攻める。
 ここに三河の《武神》徳川家康(とくがわ いえやす)の軍が加わり、総兵力は七十名。
 岡部元信は三十名を率いて鳴海城に陣取り、織田軍の動きを牽制する。残る百五十名を今川義元が指揮して、信長軍と対峙することとなった。
 《合戦場》には携帯電話を持ち込めない為、情報の伝達は口頭に頼るしかなく、斥候を飛ばして相手の動きを探るしかない。この時点で今川軍は織田軍の動きを把握していなかったが、それでも義元は織田軍の本陣が前照寺砦にあると看破していた。それだけではない。彼女の基本戦略には織田軍にとって恐らく唯一の秘策を封じる目的があった。

「泰朝、敵は恐らく丸根と鷲津に対して殆ど兵力を裂いていない。
 砦を無理に落とす必要は無いわ、戦闘は三河勢に任せて貴女はそのまま、鳴海城に向かいなさい」

「はい。二方向から織田本陣を攻めるつもりですね、主君」

 泰朝の言葉に、義元は「ええ」と頷いた。
 今川軍の中でも泰朝は家臣団を纏める立場にあり、戦場に於いては義元の右腕としてこれまで数々の武功を挙げてきた。その泰朝はオールバックにした髪を三つ編みにし、大きな額の下で細い糸目を光らせている。その容姿から「デコちゃん」と云う嬉しくない仇名を頂いていたのだが……
 それはさて置き、冷静で状況判断も確かな彼女に別働隊を任せることで、義元は本陣への織田軍による奇襲を防ごうと画策していたのである。
 
 兵力で圧倒的に劣る織田軍にとって唯一の勝機は、今川軍の中枢――即ち義元の首を直接狙うことに他ならない。その為には本陣に奇襲をかけるしかなく、地の利に優れた敵は恐らく周囲の地形を利用して、今川軍の本陣に接近しようと試みるに違いないと義元は考えた。
 想定されるルートは二つ。
 前照寺砦から見て南東に位置する鷲津・丸根砦方面からのルートと、北東の木々が生い茂る山道を通るルートである。どちらも水掛城と鳴海城を結ぶ直線ルートを迂回して、今川軍の側面に襲撃をかけることが可能だ。そこで義元は鷲津・丸根砦からのルートには奏朝と三河からの援軍で対処し、山道を通るルートに対しては、本隊を二分して相手の出方を探る――そのどちらから敵が攻めて来たとしても対処できるだけの兵力を配置し、敵の動きを把握したのちに、鳴海城に待機させておいた予備兵力で敵の背後を断つ――といった青写真を描いていた。
五倍以上の兵力を有するが上の、多面侵攻・包囲作戦である。

「でわ~わたくしは行きますわね~ 義元さまも~がんばって~~~」

 岡部元信が生来の間の抜けた声で出立を告げると、続いて奏朝も手勢を率いて本陣を後にした。
 二人ともに義元が天乃華学園に編入された当初からの部下で、こと《合戦》に於いては義元は二人に全幅の信頼を寄せている。
 しかし……彼女たちが忠誠を誓うのはあくまで「今川家」に対してであった。
 義元はあくまで主家の当主に過ぎず、故に義元は自分の表情を曇らせる原因について、二人に打ち明けたこともなければ、打ち明けるつもりも無かった。

「……本当に、これでいいの? 私は……今川家の当主であることをやめられないのに」

 二人の部下が兵を引き連れて城を離れたあと、小さくなっていく仲間たちを見送りながら……ふと、義元は顔を上げた。
 陰気な色の空はその濃度を増し、圧し掛かるような曇天が視界を閉ざしている。
 だが義元が思い浮かべるのは、今の空よりも遥かに深くて混じり気のない暗黒。見る者の心を奪い、深淵へと誘う渦のようでいて――妖しく揺らぎ、人目を惹く輝きを放つ瞳の持ち主であった。
 一週間前。黄昏に染まる校舎の屋上で、その瞳が義元に宣戦を布告した。
 秘密を暴かれ、正論に追い詰められ、心がはり避ける痛みに声を上げるしかなかった彼女に寄り添ってくれた、その瞳の持ち主は果たして何を思っていたのだろう。
 自分の《武神》にあるまじき惰弱さに腹を立てたのだろうか。
 或いは愚かしさに呆れ、組み易しと侮られたのだろうか。
 けれど――義元は憶えている。
 溢れた涙を拭った冷たい指先。自分を「あほう」と呼んだ暖かな声色。
 見つめられるだけで心にはさざ波が生まれ、その視線に焼かれてしまうのではないかと錯覚するほど妖しく輝く、黒炎の瞳の持ち主を。
 年下である。同じ女性である。それどころか敵ですらある。
 けれど義元はその者に対する感情を――納得はしないまでも、理解していた。

「……織田、信長。私は貴女を本当に信じても……いいの?」

 何度問い詰めても、心はどこまでも正直だった。

「それでも……私には、今の私には戦うしか道は無い」

 目を閉じ、強く歯を食いしばった。
 鮮烈な光景を伴って心を閉める記憶をそうして追い出した義元は、居並ぶ多数の部下に向き直った。その顔に迷いの色はない。

「全軍、進撃せよ!」





 四月二十八日……午前十時二十分。
 織田軍前照寺砦。


「お館サマー! 今川軍に動きアリ! 動きアリっスー!」

 斥候に出かけていた一団が息を切らせつつ告げた一報に、どよめきが生じた。
 遂に今川軍が動いた。
 しかも報告では少なくとも百人以上の兵が水掛城を後にしたらしい。敵はこちらの兵力が五十人にも満たないことを、既に見抜いていると考えるべきだろう。二百人を超える兵力の全てをこの砦にぶつけてくるのか。それとも大軍であるメリットを活かして、複数のルートから侵攻をかけるのか。
 事前の予想では義元は自軍を大高城への援軍と、鳴海城の援軍に分けて侵攻するものと考えられており、俺の中では既に確信に変わっている。
 そうするだけの余裕が義元にはあるからだ。

「森姉(もり・あね)、城を出た軍団の将は分かるか?」

「はいっス。もちろん見当アリっス!」

 斥候隊を率いていた中等部三年生の森長可(もり ながよし)は、俺の言葉に敬礼して応じる。
 何でもいちいち敬礼してから話すのが彼女の奇癖で、それが面白くて俺は彼女とその妹を配下に加えていた。 ちなみに妹はまだ小学生で名は乱丸(らんまる)と云うのだが、それはさて置き。

「旗印から見て岡部、朝比奈、それから徳川が動いたみたいっス。
 徳川は朝比奈の軍と合流したみたいスけど……南に向かったことから、恐らくは大高城の救援に向かったものかと考えるっス」

 徳川と聞いて、ふと家康の顔が思い浮かんだ。
 半ば以上義元の支配下に置かれた彼女と敵対することは既に納得済みだ。それでも俺は、妹も同然の家康が自分の意思で刃を向けた訳ではないと知っている。立ちふさがるなら粉砕するまで。しかし、そうでなければ手を出すつもりはない。それが千代に対する俺の考えであった。
 恒興や藤吉郎からは「甘い」と言われるだろうが、これも性分だ。仕方が無い。
 更に付け加えるなら、家康の側には恐らく本多忠勝(ほんだ ただかつ)が控えている。
 無口で無表情で何を考えているのか分からない子だが、その戦闘能力は恐らく俺や利家の比ではないだろう。《武神》として評価するなら彼女は“怪物”だ。常識の範疇を超えたオーバースペックの怪物と、正面切って戦うつもりは毛頭ない。

「……となると残りは、鳴海城を目指すと考えて良いわけか。ご苦労だったな森姉、引き続き敵の出方を探ってくれ。人出が足りないなら何人か連れて行っていいぞ」

「はいっス、お館さま。では不詳長可めは任務に戻るでありまス!」

 最後にはやはり敬礼をして、長可は再び斥候へと出かけて行った。
 彼女が退室すると作戦会議室――と勝手に名付けたプレハブ小屋の一つに集まった四人、俺を含めて恒興、長秀、そして待ち草臥(くたび)れて眠ってしまった利家の実質三人で、既に何度目かの作戦会議が再開した。

「予測通り、敵は大高城への援軍と鳴海城への援軍に二分した。
 大高城へは朝比奈と……その援軍。残る岡部と今川本隊が丸々こちらに向かってくるということか」

 恒興はもたらされた情報を冷静に分析し、室内に置かれたホワイトボードに戦場の概略図を描き出す。
 北を上にして、左上に前照砦と鳴海城。そこから真っすぐ伸びた右上に水掛城。そこから南東(下)には大高城が存在し、鷲津と丸根の砦が城を囲んでいるという配置だ。
 水掛城と鳴海城を結ぶ直線ルートは山の谷間に位置し、そこを通らない場合は、大高城方面に迂回する必要がある。

「それでどうするの信長様? 正直言うとね、私も利家もこれ以上待ち続けるのは性に合わないよ。
 何なら足の速い連中を連れて、敵の出鼻を挫いてやっても良いけど」

 長秀は勇ましい提案をするが、俺は決して首を縦に振らなかった。
 二人の腕を疑うつもりはない。しかし相手は大軍だ。どれだけ戦果を上げたとしても敵の優位は決して揺るがない。圧倒的劣勢に立たされている俺は、ただの一人たりとも無駄に失う訳にはいかないのだ。
 俺が突くべきはただ一点。
 戦況を覆すクリティカル・ポイントに全戦力を投入するまで、ただの一人とて失ってはならない。
 そう説明すると、長秀は納得しかねる顔をして尋ねて来た。

「じゃあ、そのクリティカル・ポイントって何時なの? 本当に訪れるのかな……」

 長秀の問いかけに対し、俺は窓の外に顔を向ける。
 どんよりした雲で覆われた空は今にも降り出しそうで、俺は陰気臭い空を見上げながら答えた。

「さあな、俺にも分からん」





 四月二十八日……午前十一時三十七分。
 今川軍・朝比奈奏朝隊。


 五十名の《武神》を率いて大高城に入った泰朝はそこで三河国からの援軍、徳川家康率いる二十名の軍団と合流した。
 徳川家は今川家と同盟を結んでいるが、実際の関係は服属に近い。本来ならば当主と対等の立場にある筈の徳川家当主・徳川家康は、義元の部下である朝比奈泰朝の下に挨拶に出向かねばならなかった。家康は元々可憐な顔立ちの少女であるが、波打つ淡いブルーの髪の下の顔は、空と同じく曇天に覆われている。

「……援軍感謝します、家康殿。我が主君の命でもありますが、先陣はお任せします」

「…………はい」

 家康の声は頼りないほどにか細く、奏朝は思わず苛立ちを禁じ得なかったが、例え属国だとしても部下の面前で罵倒する訳にもいかない。そこで丁重に追い返すことにしたが、家康はそうした応対に文句一つ零すことなく、自軍の本陣へと戻っていく。

「……主、大丈夫か?」

 護衛代わりに付き添っていた本多忠勝が心配する声をかけると、家康は力なく笑い――

「大丈夫、大丈夫だよやえちゃん。義元先輩も言ってたじゃない。こちらの敵はどうせ大した数じゃないって……だから、早いとこ砦を落とさなくっちゃ……落とさないと、いけないんだね……」

 可憐な顔を更に曇らせてしまう。
 主のそんな表情を前にして、忠勝は何も言えなくなってしまう。元より口が上手い訳ではない。下手な事を口にしてしまえば心優しい主を更に傷つけてしまうことになるだろうと、彼女はそのことを何より恐れていた。
 ただでさえこの度の《合戦》には乗り気でない上、敵は兄のように慕う年上の男性――世間的には性別を偽ってるのだが――とくれば、家康の心痛は思い憚れる。
 だからと言って今川家に歯向かえば徳川家は今度こそ滅亡し、三河国は完全に今川家に奪われてしまうだろう。故に忠勝は主にとって本心では無いにしても、体面上の命令に従うしかない。どんなに歯痒くても現実は何処までも冷酷で、それが主の心をすり潰そうとしているのを、、彼女はただ傍観することしか出来なかった。

「……やえちゃんとばらちゃんは先陣をお願いするね。
 姉やと私はいつも通り控えているから、敵を誘い出したらすぐに合流して」

「御意」

 例え少人数と云えど砦に籠る敵を真正直に攻めては、徒らに自軍の被害を大きくするだけ。
 故に徳川軍は敵を砦から誘いだし、野戦にて敵を討ち破ることを基本戦術としていた。その際、鍵となるのは徳川軍が誇る《武神》、本多忠勝と榊原康政(さかきばら やすまさ)の二人である。
 少数の部下を伴って砦に攻め入る二将に対し、敵は数を侮って砦から討ち出てくるが、武勇に優れた二将は敵の出鼻を挫き、巧みに敵軍を砦から誘い出してしまう。すると後方に控えていた本隊が動き出し、誘い出された敵を一気に包囲して、そのまま砦を攻め落としてしまうのだ。
 しかし、その見事な攻城戦法がこの地にて披露されることはなかった。
 家康率いる徳川軍は丸根砦に攻め入ったのだが……丸根砦は門を開け放ち、内部はもぬけの空。
 徳川軍が拍子抜けしたことは言うまでも無いが、家康の側近である酒井忠次(さかい ただつぐ)は「うニャー一本取られたニャー」と、愉快そうに笑っていた。

「姉や、これはどういうことなの?」

 忠次は「ニャハハハ」と笑い、頭に生やした猫耳(カチューシャ)をパタパタさせてから答えた。

「“空城の計”だニャ。但し普通は一人か二人を残して、伏兵を匂わせるのがセオリーニャんだけど……こりゃあ、単に放棄したと見るのが正しいかニャ?」

「放棄? と云うことは吉姉さまの家来は引き揚げたんだね……」

 覚悟を決めていたとは云え、信長軍と戦わずに済んだことに家康は顔を綻ばせる。

「こりゃあ鷲津砦のほうも放棄したかもしれないニャね。……まあ、そういうことにしておこうかニャ」

 そう言ってから、忠次は部下の一人を奏朝隊に遣わせた。
 しかしその口元が邪悪な半月を形作っているのを、家康は見逃さなかった。天乃華学園に付いてきた家臣の中で、忠次は最年長の高校三年生だったが、知識豊富な反面、大人気ないほどの悪戯好きであることを、徳川軍の《武神》は誰もが知っていたのである。

「姉や……今度は何をたくらんでいるの?」

 呆れ半分、不安半分で尋ねる家康に忠次は「ニャんでもニャい」と嘯(うそぶ)いたあとで。

「ニャぁに、もしかしたらもう一つの砦には、織田軍の“置き土産”があるかもしれないニャーって思っただけニャン。 ワシの勝手な想像だから朝比奈殿には伝えニャいけどねー」

 果たして忠次の予想は的中した。
 家康から報告を受けた奏朝は自ら鷲津砦に攻め込んだが、そちらの砦も城門を開け放ち、人の気配はすっかり途絶えている。
 試しに矢を何本か撃ち込んでも反応は無く、砦は無人だと確信した奏朝は悠々と砦に足を踏み入れ――そして、織田軍が入念に用意しておいた“置き土産”をご馳走になった。
 落とし穴にワイヤートラップ、プレハブの室内には更に無数のトラップが仕掛けられており、直接的な殺傷力は無かったとしても、砦の内部には泰朝隊の黄色い悲鳴が響き渡り、一時は軽いパニックに陥る者すらいたと云う。
 それを知った忠次は笑い転げていたが、徳川軍の《武神》は誰もそれを諌めようとはしなかった。
 例え現実的に正しい選択とは云え、彼女たちは自分たちを顎で使う今川軍を決して良くは思っていなかったのである。

 一時間後。泰朝隊と徳川軍は砦を後にし、予定通り、鳴海城に向かう街道に建てられた織田軍の中島砦(なかじまとりで)に向かう。
 そしてその頃には――織田軍は全兵力をその中島砦に移動させていた。






 四月二十八日……午後十二時十五分。
 今川軍本隊。


 その小高い丘は桶狭間山(おけはざまやま)と云った。
 午後十二時前に登頂した今川軍本隊は、そこで部隊を二分した。総数百五十人のうち八十名の《武神》が先発隊として中島砦に向かい、義元が率いる七十名の本隊はそのまま桶狭間山に陣取ることにしたのである。
 今川軍のこうした動きは、織田軍の動きに応じたものであった。

 十五分前。先に鳴海城に到着した元信からの報告で、義元は織田軍が前照砦を出て中島砦に向かったことを知った。
 織田軍が水掛城と鳴海城を結ぶルート上に建てられた中島砦に入ったと云うことは、鷲津・丸根砦側のルートを辿らないことを意味する。織田軍は北東の山道から迂回して、今川軍本隊の側面から奇襲をかけるつもりだと確信した義元は、配下の将に八十人の兵力を与え、先行して中島砦に向かわせることにしたのである。
 織田軍が中島砦から山道に入るとすれば、地理に疎い今川軍は織田軍の居場所を見失ってしまう可能性が高い。その場合先行する部隊は桶狭間山に引き返し、織田軍を本隊と先行部隊とで挟撃する。
 逆に織田軍が先行部隊に仕掛けてきたとすれば、本隊を動かして三倍近い兵力で正面から織田軍を討つ。
 そうした柔軟な用兵を可能にしたのは、周囲を一望することができる桶狭間山に義元が陣取っていた為であり、平地に陣取る織田軍の動きは全て、彼女に筒抜けになっていたのである。

 織田軍が中島砦に入ったところで、今川軍の先発隊が動き出した。
 八十名の《武神》は山を降り、麓の湿地帯を抜けて中島砦へと向かう。だがその歩みは決して軽いものではない。既に数キロ先の中島砦には織田軍が兵を集結させている。兵力で勝っているとは云えど、戦場で少数が多数を圧倒することなど珍しくも無い。先発隊を率いる今川軍の将達はそれを良く知っていた。ましてや彼女たちは何れも織田軍との交戦経験が無い。
 十年以上前の第二次戦国時代に織田家と今川家は何度も激突したが、それに参加した《武神》は全て既に学園を卒業しており、両軍ともにこの《合戦》が初の軍事衝突となる。
 緊張は語らずとも伝播(でんぱ)し、慎重な行軍がそれに拍車をかけた。
 ぴりぴりとた空気が集団内に漂い、それに誘発されたかのように興奮は高まりつつある。これが初の《合戦》となる者は高揚する体と心を持て余し、何度も《合戦》を経験した者はそれぞれの方法で、昂る心身の調整を図ろうとしていた。
 全ての《武神》は天乃華学園の制服(ジャージも可)を着て《合戦》に臨むことが原則となっており、見た目以上に動き易い作りの制服は《地脈》から《力》を吸い上げることで、強固な鎧と化す。それは《武神甲》と呼ばれ、今川軍の《武神》は全て制服の各部を淡い光の膜で覆っていた。その光の膜こそが《武神甲》であり、人類が歴史と元に発展させてきたあらゆる武器は《武神甲》の前に無力化されてしまう。
 《武神甲》を砕くのはおなじテクロノジーで精製された武器だけ。《地脈》から《力》を吸い上げた《武神》が精製する武器だけが《武神甲》を砕き、貫く唯一の得物と成り得るのだ。
 《武神》に《武神》を以って対峙する理由はそこにある。

 山間のその土地は雑木林が傍らに生い茂り、平地であるにも関わらず見通しは決して良くない。
 本来ならば整備された道路が網の目のように走り、農地と住宅が点在する土地であったが、天乃華学園にて再現された《合戦場》には、住宅はおろか道路の一本も走っていなかった。
 これは幕府と朝廷が定めた《学園法》に依るもので、再現される土地の情報は地形と拠点となる砦・城だけに限られていた。本来ならば拓かれた土地には藪と小山が蘇り、アスファルトを敷き詰めた道路は、デコボコの野道に変わり果てている。仮に現実の地形がそのまま再現されるとしたら、各国の戦国大名が《合戦》の為に現実の地形に手を加えることは想像に難くない。そうした目的により現実の地形が開発・発展を妨げられるのを防ぐため、《学園法》の条項に土地再現についての条件が盛り込まれていたのである。
 一説によれば《合戦場》が再現するのは、遥か遠い過去の国土であり、その時代に於いても各地で様々な武装勢力が覇権を争っていたそうである。その話が正しいとすれば、何千年も過去の土地を踏みしめて進む将の下に一人の《武神》が走り寄って来た。彼女は息を荒げたまま、斥候隊からの報告を伝える。

「織田軍はまっすぐこちらに向かって来ています。会敵は遅くとも数分後かと」

 報告を受けた将は、間近に迫った戦闘に顔つきを険しくする。
 緊張と共に心は昂り、確かな闘志が体を炙(あぶ)る。一方で何かを堪えるように引き締まった口元は内心の不安を現していた。
 やがて――彼女の目は、前方から迫る胡麻粒のような人影を捉える。
 相手も同様にこちらの存在を視認したのだろう。
 将が発した号令と共に、開戦を告げる声が戦場に響き割った。






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