【序説】


――第三次戦国時代。

 それは神州国・天乃華学園にて、《武神》と呼ばれた少女たちが互いの覇権をかけ、領土紛争に明け暮れた戦乱の時代――その終結期である。





 ある少女の話をしよう。

 少女には二人の姉と二人の兄がいた。
 家を継ぐのは二人の姉のどちらか一人で、他所から嫁を迎えるのは二人の兄。
 よって少女は幼い頃から家を離れ、寺に預けられることになった。
 家業ではなく学問によって身を立てるためである。

 しかし二人の姉も二人の兄も、若くして急死した。
 後継者に最も遠い存在だった少女の存在は一転し、幼くして家を継ぐことになった。
 そこに彼女自身の意思が存在しなかったとしても。

 少女は幼いながらもその利発さで、己の境遇をすぐに受け入れた。
 遠い存在であった母親に認められたいという、子供ならではの思惑もあったのだろう。
 実際、少女には家を継ぐに相応しい才覚があった。
 母親はその才覚を高く買い、少女は母親にとって理想的な娘であるよう、懸命に尽くした。

 血を吐くような厳しい訓練もこなした。
 気が狂いそうな量の勉学を重ねた。
 嫌いな薬も欠かさず飲み続けた。

 いつしか少女の髪は色が抜け落ち、二次性徴を迎えても痩せっぽちの体はふくよかさと無縁だった。
 それでも少女は励み続けた。母が喜んでくれたから。周囲がそれを望んでいたから。
 やがて少女は押しも押されぬ名声を得て、家は空前の繁栄を迎えることになる。

 そんなある日のことだった。
 少女にとって師とも呼べる人物が急逝した。
 今際の際に師が残したのは、詫びの言葉だった。
 少女は混乱した。
 彼女にとって師は肉親も同然であり、詫びを入れられるようなことは何一つ受けていない。
 なのに師は何故、最後の瞬間で自分に詫びたのだろう。

 少女は母親に問うた。母親は首を横に振った。
 それから、少女は今も探し続けている。
 師の言葉の真意と、その理由を。






「会ってみるか、明日」

「誰にでありますか?」

「決まってるだろ、本人だよ。今川義元に直接会って聞いてみる」

「……な、何を?」

「お前、俺と戦うつもりなのかって」

 一瞬の沈黙の後、藤吉郎も、長秀も、利家も、小六も異口同音に叫んだ。

「「「「ええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」」」









第九話 『黄昏の開戦』


【1】


 戦勝会の翌日、俺は木下藤吉郎(きのした とうきちろう)を連れて見慣れぬ校舎を歩いていた。
 神州一のマンモス女子校でもある天乃華学園(あまのはながくえん)は、十万人を超える生徒数と特有の事情から、広大な敷地に幾つもの校舎が建てられている。生徒はその出身地に応じて通う校舎が定められており、それらは"学区"と云う単位で分けられていた。
 俺が今歩くのは別"学区"の校舎で、しかも最上級生――高等部三年生の教室が集う三階。
 目に映る景色も違えば、すれ違う生徒も殆どが見知らぬ顔ぶれだった。

「……と、殿~。さっきからそれがしたち、いやに刺々しい視線を注がれてませんか?
  『なにここに入って来てんだよJC』みたいな感じで」

「それはお前だけだJK。……とは云え、この校舎は今川・武田・北条軍の巣窟だからな。敵ばっかりなのは当然だろうよ」

「やっぱりそうでありますか……。なのにどうして殿はそんなに平然としてるの? 
 それがしのぷりちーハートは緊張のあまり、もうドッキンばくばくアニマル!
 ほら触って確かめてのもい・い・の・よ❤」

「やだよ。硬いし、汚いし」

「胸の大きさにダメ出しされるのはいつものことでありますが、言うこと欠いて汚いってなに!? 
 殿はどこまでそれがしをヨゴレ扱いするの!?」

「だって野生のサルってさ、毛皮の中に蚤飼ってそうじゃん。蚤」

「それがしサルじゃないもん! あと野生のサルも好きで飼ってる訳じゃないと思うでありますぞ!」

 恒例のやり取りをかわしながら俺たちは廊下を進み、目指す教室に到着する。
 そこは『三年駿河組』――相変わらず目眩を覚えそうなネーミングだが――“東海一の弓取り”の異名を持つ戦国大名、今川義元(いまがわ よしもと)が所属するクラスであり、事実上の本拠地であると言っても過言ではない。

「なあ、今川義元いるか?」

 扉を開けると同時に、声を出して問い掛ける。
 俺を出迎えたのは無礼を責める視線と、異物を排斥しようとする無言の圧力だった。

「――あら、誰かと思えば尾張の田舎者でなくて?」

 その中心に探していた今川義元は座っていた。
 ふんぞり返ったまま、俺を見据える表情には嘲りの色を浮かべて。
 周囲には部下の同級生を侍らせ、敵国の当主が突然訪問したところで慌てもしない。流石は三国を支配する戦国大名――と評価したいところだが、何故か俺は義元の表情に違和感を覚えていた。
 あいつ、こんな顔する奴だったけ?
 互いに大して面識ものある仲ではない。しかし数日前、図書館の近くで顔を合わせた彼女は普段の刺々しさが薄れ、ふいに見せた品の良さに俺は思わずどきりともしたものだ。あからさまに俺を見下す今の彼女とは、まるで別人のような印象を受けた。

「アポも無しに上級生の教室に押しかけるなんて、田舎者らしい無礼ね。
 尤もその度胸だけは認めてあげるわ。用件は何? 私に服従するつもりなら歓迎するけど?」

 ユーモアの欠片もない冗談に、義元の周囲からどっと笑い声が上げる。
 主に追従して媚びを売る家臣の反応に、俺は唾を吐きつけてやりたくなる思いだった。露骨な悪意に藤吉郎は顔を顰めるが、幼い頃からその手の悪意に晒されてきた俺にはそよ風のようなものだ。

「……いや、聞きたいことがあるんだけどさ。答えてくれるか?」

「ふん、上級生に対して随分な口のききよう。よほど親の教育が悪かったみたいね ……それで何?」

「お前さ、俺と戦うつもりなのか? 本気で?」

「ちょ、殿! そんなストレートに!」

 いきなり本題を切り出した俺に藤吉郎は驚いていたが、さりとて世間話を枕にするような間柄でも無い。
 対する義元は口を閉じて、こちらをにらみ返してきた。周囲はそんな義元の反応に恐縮し、強張った空気が狭い教室を支配する。

「……ねえ? その話、誰に聞いたの?」

 明白な脅しを含む声に、俺は躊躇うことなく答えた。

「優秀な部下が一人いてな。ただまあ、あくまで可能性の話だったから直接確かめに来た」

 昨晩の話になるが、実家から戻ってきた部下、池田恒興(いけだ つねおき)から「今川軍に侵攻の動きあり」との報告を俺は受けた。しかしそれより前に、義元の妹から今川家の尾張侵攻計画についてはっきりと聞かされていたものだから、恒興の報告はその信憑性を高めたに過ぎなかった。
 尾張侵攻はもう確実。故に俺が義元の教室を訪れたのは、それとは別の理由からだった。

「優秀な部下がいながら、わざわざご苦労さま。
 ――ええ、そうよ。私たちは近く貴女の国に対して軍事行動を起こす」

 明白な宣戦布告を受けても、俺は自分でも驚くぐらい平然していたことに気付く。
 事前に知らされていたこともあるが、それ以上に俺は眼前の敵を恐れていなかった。彼女の《武神》としての実力や多数の兵力を侮るつもりはない。いざ《合戦》となったところで、我が方の勝算らしい勝算は皆無に等しいだろう。
 それでも俺は、今の義元を恐れてはいなかった。あからさまな恫喝にも怯むことはない。

「了解した。次に会う時は戦場だな」

「意外と慌てないのね? 私はてっきり泣いて命乞いに来たものかと思っていたけど? 
 ―丁度いいわ織田信長(おだ のぶなが)、貴女ここで私に降伏しなさい」

 戦わずして矛を引け、と義元は俺を名指した。しかしその言葉は情けから来るものではないだろう。
 衆人が瞠目する中で、屈辱を与えようという意地の悪い提案でしかない。

「頭をひとつ下げさえすれば良いの。 そうすれば貴女は大事な部下を失うことなく、領地も実家の分だけは約束してあげるわ。
 どのみち、勝ち目のない《合戦》だもの。悪い話ではないと思うけど?」

「ほう、随分とお優しいことで。東海一の弓取り様の寛容さには頭が下がる思いだわ」

「へ? と、殿まさか――?」

 傍らで藤吉郎の驚く声が聞こえたが俺はそれを無視し、義元に向けて右腕を伸ばした。

「だが断る」

 そして親指を立て、下に突きつけてやった。
 下品な返答に義元は怒りを露わにし、その顔を拝んだ俺は内心で溜飲を下げる。
 へん、ざまあみろ。

「勘違いするなよ今川義元。手前の提案、そっくりそのまま返してやらあ」

「……ふん、噂には聞いていたけれど、どうやら本物だったということね"尾張の大うつけ"」

「応よ。定番だけど言っとくぜ『首を洗って待ってな、今川義元』」

 言ったあとで「もう少し捻れば良かったかな」とか、「まんま悪役の台詞だな」と多少の後悔を覚えもしたが、その効果は抜群だった。
 義元はおろか、周囲の部下たちも今や殺気だって俺たち二人に敵意を飛ばしている。弱小国の《武神》がこともあろうに天下の今川義元を公然と扱き下ろしたのである。これが侮辱でなくて何であろう。

「後悔することになるわよ、貴女」

「後悔? もう済んでるよ。この学校に来た時からな」

 去り際の俺の台詞に義元は首を傾げていたが、まあ分からなくて当然だと思う。
 元々家督を継ぎたかったわけでもなく、性別を偽った別人物として女子校(ここ)に来たその時から、俺には失うものなど仲間以外に何ひとつ無い。
 それより何より――あそこまで人を舐めきった奴を、俺は決して許させなかった。
 険悪な雰囲気に包まれた教室を後にし、廊下に出たところで藤吉郎は言った。

「と、殿殿とのーっ! あ、あれで良かったのでありますか? 」

「ああ、お前も聞いたろ。あいつは俺達を学園から追い出すつもりだ。それさえ確認できれば用は無い」

「ですが……本当にやり合うつもりでありますか? あの今川義元と」

 藤吉郎は足を止め、先を行く俺に問いかけてきた。
 俺と義元のやり取りを一部始終眺めておいて何を今更と思いはすれど、藤吉郎の心情も理解できないことはない。何せ敵はあまりに強大なのである。一流の将に率いられた大兵力の軍団に対し、こちらは兵を総動員したところで、総兵力は敵の四分の一にも満たないと云う有様だ。あの場で義元に頭を下げるほうがよっぽど利口であり、誰もそれを咎めようとはしないだろう。
 しかし俺は公然と喧嘩を売ってやった。後悔など微塵も感じていない。
 故に藤吉郎は俺の意思を再度確認し、その上で己の道を見定めるつもりなのか。場合によってはもう、俺の下には戻らないつもりかもしれない。それも当然だろう、明らかに泥舟なのは俺の陣営の方なのだから。
 それでも俺は、自分の意思を曲げるつもりはなかった。

「ああ、やる。相手が誰であろうと、挑まれた喧嘩は買うさ。
 ……それに正直な話、今のあいつにだけは負けたくないな」

 そう返すと、藤吉郎は――

「さ、流石はそれがしの殿! そうでありますとも、あんな性格の悪いツンデレ娘などコテンパンに伸して、実家に送り返してやるであります!」

 感極まった声を上げて腕に抱きついてきたので、振り払って裏拳をお見舞いしてやった。

「……し、しどい殿。それがしが何をしたでありますか? 確かに抱きついたら一生離れないつもりでいましたけど!」

「悪い、条件反射でつい」

「条件反射するほどそれがしへの暴行が当たり前になってるの? 
 殿サドい! 超サドい! でもそんなところが大好きーーーーーーーーーっ❤」

 気色悪い声を出して再び抱きつこうとした藤吉郎だったが、俺はその足を払い、仰向けに転倒した彼女にサソリ固めを極めてやった。
 条件反射でつい。

「明らかに故意でありますぞ! んぎゃーーーーーーーーー! 痛い痛い痛い! ギブギブギブ!」

「廊下でそんなに騒ぐなよサル。恥ずかしい奴だな」

「そう思うなら今すぐ技を解いてくだされーーーー! し、死ぬーーーーーー! 
 …………でも、あれ? なにこの感覚……痛いのが気持ち……イイ!」

 悲鳴が恍惚の声に変わり始めたところで俺は技を解いてやった。
 こうなれば当分は一人で悶絶していることだろう。ついつい、やり過ぎた感はあったが、いつものことなので心配は要らないだろう。

「もっと! もっと激しく情熱的に責めて! それがし飛んじゃう! 飛んじゃうぅぅぅぅぅーーー!」

「も、もしもし警察ですか? 今廊下に極めて重度の変態が! 変態が出現しましたーーー!」

 驚いた上級生の一人が警察に通報していたが、俺は止めることなくその場を後にした。
 あとのことは警察に任せるとしよう。知り合いだと思われても恥ずかしいし。





 高等部の校舎を出た俺はその足で、隣に建つ中等部の校舎に向かった。
 別学区の高等部と云うだけでも居心地は悪いのに、中等部ともなれば別世界も同然である。
 道行く中学生は俺の制服を見るとぎょっとして道を空け、不躾なほど好奇な視線を注いできた。

「ね、ねえ誰あの人? この学区にあんな綺麗な人いたっけ?」

「すごーい、足ながーい。モデルさんみたい」

「ちょっと恐い感じがするけど、信玄様に似てない? なんてゆーか男らしくて格好良いね」

 よしそこの君、褒美に電話番号とメールアドレスを俺に教える権利を与えよう。
 あともっと褒めて! 格好良いって! 男らしいって!

「分かる分かる。あんな綺麗な顔した男の人って現実にはいないけど、そこがまたステキ……❤」

 …………よし、聞かなかったことにしよう。それより今は目的の教室を探し出すのが先だ。
 財布から取り出したのは一枚の名刺。目眩を覚えそうなほどキラキラでテカテカのデザインだが、その中心には「今川氏真(いまがわ うじざね)」の文字が。名前の上にはご丁寧なことに所属するクラスも記されていた。

「悪りぃ、今川氏真はいる?」

 名詞に記された教室を発見し、扉の近くに立っていた女の子に声をかける。
 見知らぬ上級生に声をかけられ、その少女は飛び上がりそうなほど驚いていたが、それでも教室の中にいた氏真を呼んでくれた。いい子だった。

「あれ? どうしたんですか先輩、私に何か用ですか?」

 一応は敵対関係にある筈なのに、この子の無防備さは何処から来るのだろう。
 姉である今川義元とはあまりに対照的で、姉妹であることを疑いたくなったがそれはさて置き。

「昼飯時に悪かったな。少し教えてほしいことがあるんだ」

「いいですよ。あ、でもお姉ちゃんの携帯の番号とかメルアドはダメですからね? 
 そーいうのは本人から聞かないと、ね?」

 氏真は含みのある口調で釘を刺してきたが、聞きたいことは生憎とそのどちらでもなかった。
 いやまあ、知りたくないと云えば嘘になるけれど。

「違う違う。お前の姉についてのことではあるがな。
 ……なあ、義元と仲の良い奴って知ってるか? それも高等部の生徒で」

 氏真は「何故そんなことを尋ねるのか」と、不思議な顔をする。

「あの……その……えーっと……」

 もう一度尋ねると、彼女は気まずそうに口籠ってしまった。
 ……まさか義元の奴、仲の良い友人がいないとか云わないよな? 

「先輩のことを信頼して話しますけど……実はお姉ちゃん、お友だちらしいお友だちはいないんです」

 嫌なところで予想が的中してしまった。

「ほ、本当は優しくて人当たりも良いんですよ? 
 でもその、何て言うか、お姉ちゃんは真面目すぎて要領が悪いタイプの人なんです……」

 必死に姉をフォローする氏真だったが、本人の評価はさて置き、あの言動では人当たりも最悪だろうなあと思う。そう考えると、友人がいないと云うのも頷ける話だった。

「……あ、でも一人だけいました! お友だちでは無いけど、でもお姉ちゃんのことを私の次くらいに知ってる人だと思います」

 それは誰かと尋ねると、氏真は声を潜めて囁いた。

「――武田信玄(たけだ しんげん)先輩です」






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