お こ た さ ん






「私は炬燵です」

 実家に、古くて使わないコタツを送って欲しいと頼んだ。
 それから五日後のことである。
 額に宅配業者の伝票を貼り付けて、おこたさんはやってきた。

「私が炬燵です」

(Illust by わしさん)

 小柄で華奢なおこたさんは中学生くらいにしか見えない、着物姿の女の子だった。
 そんな女の子が一人暮らしの男の部屋を訪れた。
 何時通報されてもおかしくない、いかがわしさ満点のシチュエーションである。
 それとなく「帰れ」と促しても、彼女は自分は暖房器具だと主張するばかりでここから動こうとしない。
 仕方なく俺は彼女を部屋に招き入れることにした。
 やけに長い裾を引きずりながら、おこたさんが俺の部屋に上がり込んだ後、俺はトイレに行くと言って、そこから実家の父親に電話をかけた。
 出張ヘルスを頼んだ覚えはないぞと。
 父は「がはは」と笑って(何が可笑しい)、ヘルスでそんな可愛い子がいたらお前なんかに送るかと言い切った。
 妙に説得力のある言葉だった。





 父が言うには、彼女は九十九神なのだという。
 九十九神とは長年大事にされた物に、人格ならぬ神格が備わった存在であるらしい。
 家に眠っていた炬燵が九十九神と化し、ある時から女の子の姿を顕したのだと父は主張した。敢えて語りはしなかったが、それを知った母がどういう反応を示したのか、手に取るように予想できた。
 母は父の女癖の悪さが遂に犯罪の領域に踏み込んだを嘆きながら、「誤解だ」「違う」「まだ何もしちゃいない」と下手な弁解を試みる無実の父に向かって、客間に飾られた刃渡り三寸の日本刀を抜き放ち――――その後は、むーざんむざん。

 受話器越しには確かめるべくもないが、きっと今の父は満身創痍に違いない。
 自業自得と言えばそれまでなのだが、しかし今の俺に父を責める気はなかった。
 体だけは丈夫で知られた、馬鹿は何とやらを地でいく父が若年性認知症を患った結果、自宅に連れ込んだ年若い女の子を九十九神だと言って憚らない。その現実に瞼の奥がかあっと熱くなった。
 いいんだ父さん、俺はボケたからと言って父さんを見捨てたりはしない。母さんと二人でちゃんと介護してあげるからな――という建前はさておき、お金のかかるボケは結構だから、本物の炬燵を送ってくれと伝えておいた。
 父は「それが炬燵だ」と、認知症の恐ろしさをまざまざと見せつけてくれたので、母さんに替わってもらった。

 母も「それは炬燵よ」と言った。
 母がそう言うのなら、それは本当なのだろうと思った。
 冗談にしては手が込みすぎているし、何より母の言うことに疑問を憶えては我が家では生きてはいけない。
 鯉口を切る音が幻聴として聞こえるほど――母の言うことは俺にとって絶対の真実であり、事実なのである。
 母は優しい声で言った。早く孫の顔を見せてねと。
 犯罪者は母のほうだった。





 おこたさんは何をするでもなく、部屋の中央に正座で居座っていた。
 お茶を出してみたら飲んでくれた。
 湯飲みを掴む指の細さに、俺はつい心臓を高鳴らせてしまう。

「すいませんが、電源はありますか?」

 そう訊かれたので壁際のコンセントを指すと、おこたさんは裾からプラグの付いた紐を取り出し、コンセントに差し込んだ。
 その時、白くてほっそりした足が見えて、再び心臓が脈を速めてしまう。
 おこたさんがプラグをコンセントにさしこんで暫くすると、どこからがヴゥゥゥンと低く唸るような音が聞こえてきた。
 何だろうと思い、周囲に目を走らせるが、とりたてて変わったことは起きていない。
 目の前の、おこたさんを除いては。

「あたためています」

 おこたさんの白い肌が僅かに赤らみ、熱を帯びた朱が肌の白を染めていく。
 それは何とも淫靡な印象を僕に抱かせるものの……汗一つかかず、真顔のまま肌を赤らめるおこたさんの異様に俺は言葉を失った。

「あたたりました」

 それから数秒後、おこたさんはそう言って信じられない行動に出た。
 着物の裾をぺろんと捲り、がばぁっと捲りあげたのである。
 それこそ生の太ももと、それ以上に白い下着が拝めてしまうくらいに。
 羞恥心の有無を問い詰めたくなるような、はしたない行いであるにも関わらず、俺はついつい――艶めかしい光景に見惚れてしまい、あわてて理性と良識を総動員させた。
 しかし、おこたさんはまるで動じることもなく、それどころか裾を捲りあげたまま、

「さあどうぞ。足をお入れになってください」

 とのたもうた。
 犯罪行為であるのは言うまでもない。
 勿論拒否した。俺は良識ある一般市民なのだ。
 しかし、おこたさんは裾を捲りあげたままの姿勢を維持し続ける。

「炬燵ですから」

 理由にならない理由に従い、僕に下半身を晒し続けるおこたさん。
 他人に見られたら110番されること必須の光景はそれから五分ほど続き……先に折れたのは俺の方だった。
 妄想とは言え、恥を恥とも思わないおこたさんの姿にいたたまれなくなってしまったのである。
 そっと足を伸ばすと、おこたさんはその上に長い裾を、それこそ炬燵布団のようにかけてくれた。
 意外に暖かい。
 冷えていた足先からじわりと暖められていく感覚は、待ち焦がれた炬燵そのものであった。

「ささ、どうぞもっと奥まで」

 そして、おこたさんは更なる犯罪行為を唆す。
 勿論応じる訳にはいなかったのだが、俺が戸惑っているとおこたさんは自分から俺に近付き……

「あたたります」

 そうして俺の足を自分の足で挟みこんだ。
 具体的に言うと、剥き出しの太ももでむぎゅっと。

「どうですか」

 暖かった。そして柔らかかった。
 ジーンズの厚い布地越しでも分かるくらい、それは暖かくて弾力があってすべすべしていた。
 その際、足の指先が何か柔らかいものと接触する……つい気になって指を動かしてみると、

「そ、そんなに動かないでください……」

 この時、おこたさんは始めて表情を変化させた。切なげに眼を伏せ、悩ましげな吐息を漏らす。
 その表情は実に艶やかで……そりゃもうとんでもなく可愛かった。
 彼女はそっと腰を浮かせ、もじもじと身を捩っている。
 予感は的中した。俺は慌てて足を抜くとその場で土下座した。

「何を謝ることがあるのですか? 私は炬燵ですのでどうぞ足でも何でも突っ込んでください。
 あ、でも……電熱部は熱くなっていますので、直接触れないようにしてください」

 おこたさんはそう言ってくれたが、その台詞は耳を塞ぎたくなるほどに背徳的な妄想を掻き立ててしまう。
 このままでは俺は確実に犯罪に手を染めてしまう。非常に名残惜しいが、何とかうまく言い包めて家に帰そう。頑張って説得しよう――そう俺は決意した。
 そして失敗した。





 かくして。
 俺とおこたさんは長い冬を同じ部屋で過ごし、その間俺は理性を鑢(やすり)で削り取られる日々を送った。

「ささ、主様。夜は冷えますのでどうぞこちらへ」

 そう言って毎晩のように自分の布団に招こうとするおこたさんは、俺にとって天使の様な悪魔であった
 とは言え、直接体に触れるのは御法度なので、蛇の生殺し以外の何物でもなかったのだが。

 いつしか冬は去り、春を迎え、やがて夏が訪れた。
 おこたさんは今も俺の部屋で、ちょこんと正座してテレビを見ている。
 暖房器具としての活躍が終わった為なのか、かつてのような肉体的アプローチをかけてくることもない。
 今では可愛い同居人として、穏やかで心温まる日々を送っている。

 ……夏の暑さが、本格的な牙を向くまでは。





「ふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふー!」

 今、俺の隣には短い髪の女の子が一人座っていて、冷たい息を吹きかけていた。
 出会ったその時、彼女はこう名乗った。

「ボクは扇風機です」

 実家に古くて使わない扇風機を送って欲しいと頼んだ。
 それから五日後のことである。
 額に宅配業者の伝票を貼り付けて、せんぷうきちゃんはやってきた。

「ふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふーふー!」

 涼しくないと言えば嘘になるが、密着するほど近付かないと冷風が届かない為、むしろ暑苦しい。
 その上、絶えず息遣いが聞こえてきて、鬱陶しいことこの上無い。

「どうですか? ボクまだ使えるでしょ? く、クーラーなんかよりボクのほうがエコなんだからねっ!」

 汗をダラダラ流しながら、自己の有用性をアピールする姿があまりに痛々しい……もとい健気過ぎて、俺は未だに彼女を実家に送り返すことが叶わないでいる。

「ほう、私はもう用無しと言う訳ですね? ……主様の浮気者」

 勝手に誤解して、押し入れの中から冷たい視線を注ぐおこたさんにも耐えながら。
 俺はバイトを増やして、近いうちに冷暖房を兼ね備えたエアコンを買おうと――強く、そう思った。








「わたくしがエアコンですわ♪」

 リサイクルショップで、格安の中古品を取り寄せた。
 それから五日後のことである。





END



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