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    姫路城 桜門橋発掘工事




























































































































































































































































































































































































































桜門橋発掘


桜門橋の発掘・復元工事


 桜門橋とその架橋場所の壕は、明治の初期に旧陸軍が城郭内に施設をつくった時に埋められたという話です。古代遺跡の発掘でもなく、 たかだか120年くらい前のことですから、言い伝えとか資料も残っていると思いますが、桜橋を復元でもするのでしょうか・・・・。
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壕の水を抜き水位を1m余り下げている。
水位が下がった部分は石垣が白く変色している。

2006.01.03の状況
発掘工事にに先立ち、現場に堰堤を施工して
水止め、通行人のいるところが、桜門の埋没
個所。


2006.01.21の状況
橋を埋めた当時の石垣の一部が見えている。
下は橋の踏み板らしい石が4枚露出している。
橋は石造りであったようです。



2006.01.24の状況



2006.01.26の状況
(左)橋のたもとの石垣らしい。
(下)橋の踏み板と思われるが厚い石を使って
    います。


2006.01.27の状況
手前の四角い穴はなにだろう。なにもなさそう
だが、穴の底になにかあるのかな??。


2006.01.28の状況
 橋はそのまま埋めたと思っていたが、そうでは
 なく壊して壕を埋めたようだ。
 (下) 埋まっていた石垣。

  2006.02.28の状況

発掘、復元した大手門への通路。道幅は7〜8mくらい
か。正面が大手門。



右の写真と反対側(西側)の石垣の様子。


左の写真を少し角度を変えてみた。通路脇に石垣
がみえている。

通路脇の石垣(東側)。


全貌がはっきりしないが桜橋は予想していたよりも
小さいようです。



通路の両側は石積みで固められている。

 2006.03.04の状況
大手門への取り付け通路がややはっきりとして
きた。通路は大手門の正面でなく、やや東寄り
につけられている。


 向こう側の石垣に新しく復元した橋橋が架けられる。

橋が架けられる場所の調査のための掘削か。


  橋を架ける場所(橋台)の整地が終わったようです。
  向こう側の石垣の低くなったところが橋台となる
  場所のようです。
          (06.04.06の状況)

 大手門側の橋台となる場所。(06.04.06の状況)



  太い橋脚が4本据え付けを終わった。外観は
  木材だが中心部は鉄筋コンクリート。


  橋脚の向こうには橋台のコンクリート打ちも
  終わった。           (06.09.15の状況) 
  
 


完成予想図には下記のように説明されていました。
姫路城大手門は江戸時代の絵図等によれば、外側から順に「桜門」、「桐二門」、「桐一門」の3個所の門と石垣から構成される二重枡形構造で、
桜門外の内堀には木橋が架かっていました。
こうした大手門の構造は、現在では撤去され二重枡形構造は全く見ることはできません。現在の「大手門」は昭和
12年に桐二門跡に建設されたものです。桜門橋の整備工事は、消防車等の大型緊急車両の城内乗り入れを考慮して、江戸時代の木橋とせず、
大型緊急車両対応の橋として
整備しております。

 桜門橋の復元工事が始まって、1年半余りでやっとここまで・・・・ということです。発掘調査なども

あったのでしょうが、かなり手間取っています。構造体は鋼材で、外観は周辺の景観に馴染むような木の橋になるそうです。現在、橋を発注、製作中。平成18年度末までには完成の予定のようです。

 この桜門橋が完成すると、姫路城の大手門にふさわしい景観になるとおもいます。完成予想図を見ると、橋にもう少し反りがついているほうが、豪華で城の大手に相応しいとおもいますが・・・・・。


 防護ネットで見えにくいが橋の主桁が
 架けられた。
 向こうは高麗様式の門が大手門で昔 は 「桐の二門」と呼ばれた。
<2006.11.04 写す>








(上)大手門(桐の二門)側から見た工事中の橋
<2006.11.04写す>



2006.11.04(左の写真)と進捗状況は余り変化
    はない。
    2007.02.17に渡り初めの予定と聞きますが、
     完成するのですかね。  
<2007.01.04写す>



桜門橋が完成すると天守と西小天守の眺めも一段と
引き立ち、撮影のスポットになると思います。
<2007.01.04写す>



 橋の袂にご覧のような巨石(高さ2m位あろうか)に

 黒曜石を嵌め込んだ銘が建てられた。

 <2007.01.13写す>



擬宝珠の柱が立てられた。ちょっと文字が見えにくい
が「さくらもんばし」と刻まれている。

<2007.01.25写す>




橋の欄干の工事が始まった。向こうは大手門。


<2007.01.28写す>




大手門側から見た橋の全容。擬宝珠は橋の欄干に
3個所、橋の袂に向こう側とこちら側に1個所づつ。
<2007.01.28写す>



内堀の外から見た「桜門橋」。欄干の工事中。右手
に大手門。中央向こうに天守。もう少し左手が撮影
スポットになるのかね。    <2007.01.29写す>




桜門橋の全容が見えた。欄干の柱に白布が巻かれて
いるが、完成式の除幕用です。

この白布を取り外し橋の名称を披露して渡り初めが始
まる。

<2007.02.03 写す>


こちらから「桜門橋」を渡って、大手門をくぐり城内へ。
<2007.02.03 写す>


姫路城大手門と桜門橋


 姫路城の大手門は、本来三重の城門からなり、

城内では最も格調高く厳重な門でした。現在「大手
門」と呼んでいる大型の高麗門は昭和13(1938)
年に完成したもので、位置や大きさは江戸時代のも
のとは全く異なっています。また、大手門前の内堀
には桜門橋という木造橋が架けられていました。今
回復元した桜門橋は、発掘調査で出土した遺構を
活かしながら、江戸時代の木橋をイメージして平成
19(2007)年に築いたものです。

(橋の袂に建てられた案内板の表記)

<2007.02.12>写す

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