私の視点
この地はこのように古くから有名人がたづねているわけですが、理由は金属の採掘に関連している様におもえます。
ちなみに八溝山から流れ出す、武茂川周辺では奈良時代ころから金がとれたということです。江戸時代には佐竹藩の金山があったとか、昭和のはじめごろにはまだ職業的な砂金堀師がいたとも言われています。
いまでも川で砂金が見つかることもあるようです。

その他
完全に想像なのですが、平将門との戦いやムカデ退治で有名な藤原秀郷(俵藤太)は下野(現在の栃木県)が拠点です。秀郷はムカデ、藤太という異名などから金属との関連をつよくうかがわせますが、この
八溝山は栃木、福島、茨城の県境にある山です。秀郷が生きていた頃はこの山の周辺も秀郷の影響下にあったのではないかな???と想像が膨らみます。

このお寺は、坂東33ヶ所観音霊場の一番北にあります。そして八溝山という標高1021mの山の山頂の少し下に建立されている山奥の寺です。
創建は天武天皇の頃、役小角の創建といわれ、その後大同二年(八〇七)に弘法大師が再建したと言われています。
弘法大師がこの地に来て山の鬼を退治したとき、オオムナチとコトシロヌシの2神が現われて十一面観音となってこの山を守っているといわれたので、自ら観音像を刻み祀ったといわれています。
また、山頂にはヤマトタケルが創建したといわれる、八溝嶺神社があります。

また、本堂の横には弁天堂があります。
弁天様の像には、手が二本で、琵琶をかかえたものと、手が八本で武器などをもった像があります。
写真の様な手が二本の弁天像は、「大日経」という密教の経典を根拠にし「妙音天」という琵琶を持った姿であらわれます。この「大日経」は最澄や空海が日本に伝えたので、空海に縁のあるお寺によく弁天様が祭られます。
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坂東33ヶ所観音霊場 21番 八溝山 日輪寺
写真上:本堂
写真左:弁天堂