| 自然環境微生物の話 |
| 目次 植物と微生物との関係─特に植物病について 枝葉および根まわりの微生物 寄生と腐性という相互関係 寄生と腐性 寄生菌の特徴 寄生菌に感染した植物の病徴 寄生菌の種類とその宿主 寄生菌と宿主植物との闘い 寄生菌の病原性発揮の仕組み 宿主植物の抵抗反応の仕組み 植物の癌腫─クラウンゴール クラウンゴールの形成過程 クラウンゴール形成の遺伝学 微生物の植物への内部共生 生的窒素固定器官─根粒と葉粒 窒素固定活性をもった根粒 根粒菌の宿主特異性 根粒の形成と内部構造 根粒のはたらき 窒素固定遺伝子の特性 根に菌類が共生した菌根 藻類と菌類との共生体─地衣 地衣の種類と形態 地衣の生理的性状 |
[植物と微生物との関係─特に植物病について]
【枝葉および根回りの微生物】
高等植物は大気と土壌という著しく異なる環境に接していて、微生物の立場から見ると、植物体の地上部は栄養分が乏しく、水分も不足がちなので、決して住みよい環境ではない。樹木の枝や幹の上の微生物についてはあまり研究されていないが、細菌やカビの他に藻類や地衣類(カビと藻類の共生体、後述)のような光合成微生物がが生息している。
温帯地方の草本の葉面に生息する細菌の数は1cm2当たり千個から1万個程度とされていて、季節的変動もあるが、細菌中にはサイロをつくるときに活躍する乳酸菌も存在する。酵母やカビも普通に存在していて、落葉後は土壌中に生息するカビと協力して枝や葉の組織分解に関与している。なお土壌中の枝葉などの分解については、後に項をあらためて「土壌微生物」のところで述べる。
植物の根は種々の有機物を分泌するので、それによって根の周辺に存在する微生物は、多面的な影響を受けると同時に植物に対しても何らかの影響を及ぼすこととなる。このように植物の根と微生物とが相互に影響し合うような土壌範囲を根圏と呼んでいる。
根からの分泌物といっても、根の細胞から漏れてくるものもあれば、細胞から積極的に分泌されるものもあり、また低分子量の物質や粘液のような高分子物質もある。そして根の先端(根冠)では自己溶解した細胞あるいは脱落細胞なども存在する。従って根冠部分は特に有機物が豊富なので、微生物の存在する根圏の範囲は、細長い根の皮層部分に比べて根冠部では広くなっている。しかし根は先端部が盛んに伸長するのに対して、微生物は土壌中での移動がある程度制限されているので、根冠周辺部での菌数はそれほど多くはない。
植物の根から分泌される物質を質的に見ると、多糖質、タンパク質(各種酵素類)など高分子物質の他に、糖、アミノ酸、ビタミン、有機酸、核酸関連物質、揮発性物質などの低分子物質も含まれている。微生物はこれらの物質を直接利用したり、分解したりして終局的には無機化していくので、根圏には植物由来の物質と、それを材料にした微生物の代謝産物とが混在することになる。
根圏では細菌、糸状菌、酵母、原生動物などが自由生活、共生あるいは寄生の形で生活しているが、これらの生活形態は必ずしも明白に区別することはできない。そして特定の植物の根圏には比較的安定した微生物相(種類を異にする微生物集団)が維持されているものの、土壌環境の変化、植物の生理的変化に対応しながら、微生物相は微妙に変化する。
根圏部と非根圏部(対照土壌)とにおける微生物の数を比較してみると、一般に根圏部の方が多いが、ある調査では、根圏微生物のうち特に細菌は対照土壌の240倍、また菌類(カビ)は12倍であった。細菌の中でも一般に窒素代謝に関与する細菌群は根圏では対照土壌に比して顕著に多く、窒素固定菌は1,700倍以上、脱窒菌は1,260倍、アンモニア化細菌は125倍存在していた。
根圏での植物の根と微生物との間の栄養分の授受の問題は、農業分野では重要な意味をもっているが、必ずしもはっきりした事実がつかめているとは言い難い。ただ土壌中に微生物が存在すると、その代謝産物などによって、土壌とかなり固く結合している燐酸基の可溶化が促され、これを植物が利用していることが明らかにされている。一方で植物は葉面で光合成によって二酸化炭素を固定し、自らの炭素源として利用しているが、固定炭素の5〜10%が根から有機酸として漏出していて、それを微生物が利用していることも知られている。いずれにしても両者どちらかが一方的に有利になっているのではなく、お互いに持ちつ持たれつの関係にあることは確かである。
【植物と微生物の相互関係】
#寄生と腐性
植物と微生物の相互関係で病原性の問題は重要である。植物体上の微生物には、生きた植物に寄生生活をする「寄生菌」と、枯死した植物体上にしか生息しない「腐性菌」とがあるが、その境界線は必ずしもはっきりしていない。それらの両極端に位置するはっきりした寄生菌を「絶対寄生型」、またはっきりした腐性菌を「絶対腐性型」の菌と呼んでいる。両者の中間型として二種類あって、一つは本来寄生生活を主としているが、宿主植物が枯死すると腐性生活を営む「分化寄生型」であり、他は本来腐性生活を主としているが、宿主の抵抗力低下などに伴って一時寄生に転ずる「未分化寄生型」である。これら種々の型の菌の実例については下の植物病原菌の種類を示した表を参照されたい。
#寄生菌の特徴
これら各種の型の菌のうち、絶対腐性型菌以外は寄生して病原性を発揮するので「植物病原菌」と呼んでいるが、その特徴を幾つかの項目別に述べておきたい。
1. 宿主特異性
2. 侵入力
3. 病原力
4. 栄養要求
宿主特異性というのは宿主となるべき植物の種類の範囲のことであり、いわば宿主植物に対する依存性を示すものである。一般に宿主特異性は絶対寄生型が最も高く、絶対腐性型は最も低い。絶対寄生型の菌は宿主を活かしたまま、できるだけ利用することがその生活の基盤となっているので、必然的に宿主は極めて狭い範囲の植物となる。例えばマツタケ菌は絶対寄生型で、赤松の根にしか寄生しないし、銹病菌注)、うどん粉病菌などもこの型に属する。未分化寄生型の紫紋羽むらさきもんぱ病の宿主はクワの他各種の果実木に広く寄生する。
注)この菌の生活史は菌類の中でも最も複雑で、生活史の中で宿主植物も変える。メギ属植物に寄生した銹病菌は粉胞子、それが発芽してさらに銹胞子をつくる。これはイネ科植物の気孔から侵入して感染し、夏胞子をつくり、発芽成長後、冬になると冬胞子をつくり、やがて減数分裂をして小生子(担子胞子)となって、またメギに感染して生活環を完成する。
次に病原性に関係する侵入力と病原力(毒力)についてみると、絶対寄生型は宿主を生かしておいて寄生する関係上、侵入力は抜群だが、病原力はほとんどないに等しいものもある。すなわち胞子1個が感染しただけで宿主組織内に侵入することができるが、マツタケ菌に見られるように、侵入後はほとんど病原力を発揮しない。これに対して未分化寄生型は、多数の胞子や菌糸が感染してそのうちのこく少数が侵入できるのである。例えばトマト萎凋いちょう病菌では侵入に必要な胞子数は1万個くらいで、また紫紋羽病菌では菌糸集団として感染するが、一旦侵入すると病原力はかなり強い。
菌の栄養要求の面でも菌の型によってかなり相違する。絶対寄生型の菌は人工培養しようとしても、栄養要求が複雑で培養は難しく、絶対寄生菌の銹病菌、うどん粉病菌、べと病菌などはほとんど培養できない。これに対して未分化寄生型のように腐性性が増すにつれて培養は容易となる。
病原性は菌の側の侵入力や病原力と、宿主植物側の抵抗力で決まってくるが、宿主はその種類、さらには品種によってさえ抵抗性を異にするので、栽培植物の場合には品種を病原菌抵抗性によって、さらに細かく分類して、抵抗性の強いものの育種に努めている。
昔から農産物など栽培植物の育種に当たっては、病原菌抵抗性を付与することが一つの重要な目的であった。近時分子遺伝学の発展に伴い、組替えDNA植物が誕生したが、この場合には以前の品種改良技術とは比較にならないほど短時間に品種改良が可能となり、当然病原菌抵抗性遺伝子の組み替えも容易となった。ただ組替えDNA植物全体としてみると、安全性の面からこれを公衆の食用に供してよいかどうかは別の問題として提起され、現在世界各国での大きな検討課題となっている。
#寄生菌に感染した植物の病徴
寄生菌が病原性を発揮すると、宿主植物は菌の種類に特有の病徴を発現する。病徴には一連の症候群があって、それによって原因となる菌の種類がある程度判定できる。病徴には次のように全身的なものと部分的なものとがある。
全身的な病徴:
1. しおれ 萎凋病、立枯病など
2. 萎縮 草丈短縮や分けつ増加
3. 退緑 黄化現象
部分的な病徴
1. 部分的枯死 癌腫や枝の群生
2. 枯死 枝枯れ、胴枯れ、焼け病など
3. 班点・班紋 組織の斑点や斑紋の形成
4. 潰瘍
これらの病徴は当然顕微鏡的変化を伴うと同時に、生化学的な変化を伴うことになる。
【寄生菌の種類とその宿主】
植物病原菌としての寄生菌の80%以上は菌類であるが、その主なものを次表に示す。ここで菌類については大分類別注)に示した。
注)菌類は有性生殖するもの以外の無性生殖しかできないもの全てを不完全菌と呼んでいる。有性生殖するものを大別すると下等な方から藻菌類、子嚢菌類、担子菌類に分類されている。下の表の鞭毛菌類は菌糸を持たないで鞭毛運動する菌で、藻菌類の属する。
| 大分類 | 菌名 | 宿主植物 |
| 鞭毛菌類 | べと病菌 苗立枯病菌 疫病菌 |
ダイコン、ホウレンソウなど イネなど各種の苗 ナス、タバコ、ニンジン、ジャガイモ |
| 子嚢菌類 | うどん粉病菌 葉枯病菌 胴枯病菌 麦角ばっかく病菌 |
オオムギ、コムギ イネ(胡麻葉枯病) サクラ、ウメ、リンゴ(腐乱病) ライムギ |
| 担子菌類 | 黒穂病菌 銹病菌 白絹病菌 紋枯病菌 |
ムギ類、トウモロコシ ムギ類、トウモロコシおよびメギ、ナシ ウリ、コンニャク、マメ類 イネ、ムギ |
| 不完全菌 | 紫紋羽病菌 炭疽病菌 いもち病菌 馬鹿苗病菌 萎凋病菌 黒斑病菌 |
クワ、果樹 スイカ、インゲンマメ、ダイズ イネ イネ ナス ニンジン、ダイコン、ジャガイモ(夏疫病) |
| 和名 | 学名 | 宿主植物 |
| 斑点病菌 火傷病菌 野火病菌 潰瘍病菌 軟腐病菌 立枯病菌 癌腫病菌 |
シュードモナス ザントモナス シュードモナス ザントモナス エルウイニア シュードモナス アグロバクテリウム |
野菜類(黒斑病) イネ(白葉枯病) タバコ ミカン 野菜類 ナス類(青枯病) 種々の植物 |
| ウイルス名 | 構成核酸注) | 宿主植物 |
| カリモウイルス タバモウイルス キューコモウイルス ネポウイルス トムブスウイルス デイプロルナウイルス |
複鎖DNA 単鎖RNA 単鎖RNA 単鎖RNA 単鎖RNA 複鎖RNA |
カリフラワー(モザイク病) タバコ(モザイク病) キュウリ(モザイク病) タバコ(リングスポット病) トマト(ブッシースタント病) イネ(萎縮病) |
注)ウイルスの遺伝子を構成する核酸にはDNAとRNAとがあり、それぞれに複鎖のものと単鎖のものとがある。
【寄生菌と宿主植物との闘い】
#寄生菌の病原性発揮の仕組み
寄生菌が病原性を発揮する手始めとして植物体内に侵入するが、表皮組織から侵入する場合と、植物に備わった自然開口部(気孔など)から侵入する場合とがある。表皮組織から侵入するには組織表層の薄が強固なクチクラ層へ貫入し、さらに表皮細胞壁を貫通しなければならない。
一般に菌類菌糸はまず表皮表面に付着器を形成して十分な足場を築いた上で、貫入菌糸を伸ばしてクチクラや表層細胞壁を突き抜けて細胞内に侵入する。その場合には当然これらの成分を溶解する酵素を分泌することになる。また自然開口部からの侵入の場としては、気孔、皮目(樹木の幹や根で気孔の代わりに空気の通路となる組織)、排水組織、あるいは細胞縫合部や傷口などがある。
植物体内に侵入すると菌によっては毒素を分泌するものもあるが、絶対寄生菌は宿主を活かしておく必要があるので、毒素は生産しない。寄生菌の毒素の種類は多種多様であって、毒素といってもいわゆる毒性を発揮せずに、植物体の生理活性を変えてしまうようなものもある。
毒素としては組織の壊死を起こしたり、気孔の機能に障害を与えたり、水代謝や光合成、タンパク合成に影響を与えたりするものがある。また生理活性に影響するものとしては植物ホルモンを分泌するものがあり、その代表としてイネの馬鹿苗病を起こす馬鹿苗病菌があげられる。この菌は不完全菌の一種で、ジベレリンという徒長ホルモンを生産する。その他オーキシンのようなホルモンを分泌して、宿主植物のホルモンバランスを乱すものもある。
#宿主植物の抵抗反応の仕組み
宿主となる植物体の寄生菌に対する抵抗反応は、動物にみられる自然免疫と獲得免疫の場合(「ヒトの生体防御戦略」参照)と同様、植物自体が先天的に備えもっている「静的抵抗性」(受動的防御反応)と、感染後に発現する「動的抵抗性」(能動的防御反応)とがあるが、特に後者の場合は動物における獲得免疫反応とは質的には全く異なっている点に特徴がある。
静的抵抗性は物理的なものと生化学的なものとがある。物理的な例としては、イネ科植物に対して銹病菌は気孔から侵入するので、感染の機会を減らすために、気孔の閉塞時間を長くするという品種がある。生化学的には寄生菌が植物組織に侵入する際には、酵素を分泌して表層細胞のペクチンやセルロースなどを分解するので、はじめからその酵素の阻害物質をもっている植物がある。またレクチンというタンパク質を保有していて、寄生菌細胞を凝集させることもある。その他フェノール化合物やタンニン酸、クマリン、アリイン(ニンニク成分)、ソラニン(ジャガイモ成分)などの抗菌性物質で抵抗するものもある。また感染組織内で植物のフェノール系代謝産物を抗菌性の強いキノンのような物質に酸化する場合もある。一般に特にフェノール代謝は静的抵抗性を発揮する上で重要な位置を占めている。
動的抵抗性については次のようなものが挙げられる。
1. 細胞壁の肥厚 菌糸侵入時、植物表皮直下にパピラ形成
2. 組織の木化 感染組織のリグニンやスベリンによる木化
3. 過敏反応 寄生菌の侵入時に被侵入細胞が速やかに死んで褐変
4. ファイトアレキシン生産
感染後、健全組織にはなかった抗菌性成分を生産
寄生菌の菌糸が貫入を始めると貫入部直下に、セルロース、リグニン、ペクチンなど種々の物質が沈着してパピラと称する細胞壁の肥厚が起こったり、感染組織の木化が起こったりして菌糸の組織への貫入がしにくくなる。また過敏反応が起こることがあるが、これは植物が菌糸の侵入を受けた場合、被侵入細胞が速やかに死んで、褐変する反応である。この反応の結果、絶対寄生型の銹病菌、べと病菌、うどん粉病菌などは、寄生しようとする細胞が死んでしまうために、生活基盤を失って寄生できなくなるのである。
この過敏反応と相前後してファイトアレキシンの(「ウイキペデイア」参照)生産が起こる。ファイトアレキシンは健全組織にはない抗菌性の物質で、これが感染部に蓄積すると、酸化還元バランスが酸化側にに偏り、フェノール代謝の活性化とその酸化が進行し、さらに過敏反応で死んだ細胞の周辺では木化が進むこととなる。
微生物と植物との相互作用の機構については、最近分子レベルでの研究が進み、かなり細部まで分かってきているが、その詳細については、羽柴・白石(化学と生物、39,468,2001)の序説による同誌のセミナーに述べられているので参照されたい。
【植物の癌腫─クラウンゴール】
#クラウンゴールの形成過程
すでに「寄生菌の種類とその宿主」の表B.細菌の部の最下段、癌腫病菌で示したように、植物によっては癌腫ができることが知られているが、実際には癌腫は細菌だけでなく、ウイルス、菌類、あるいは線虫ネマトーダなどによってもできる。そのうち細菌のアグロバクテリウム・ツメファシエンス(癌腫病菌)など限られた細菌のつくる癌腫を特に「クラウンゴール」(根頭癌腫)と呼んでいて、その遺伝的形成メカニズムが極めて特徴的なことが明らかにされた。クラウンゴールは大部分の双子葉植物と裸子植物、および一部の単子葉植物の茎と根の境目の根頭(クラウン)に形成される。
クラウンゴール形成細菌は傷口から侵入して細胞間隙で増殖し、細胞内には侵入しないが、植物細胞壁の一部で固く結合している。なおその結合部は植物体の表面には露出しておらず、植物体表面に傷ができたときに露出し、そこから感染する。そして菌が一旦感染した後は、加熱や抗生物質などで菌を殺しても、癌腫の成長は進展するのみならず、この癌腫を健全な植物に移植しても成長するという特徴を備えている。
要するにクラウンゴールができてしまうと、菌が存在しないでも癌腫は成長できるのである。癌腫組織には多量のオーキシンやサイトカイニンのような植物ホルモンが存在していて、組織細胞の成長を支えている傍ら、オピンと呼ばれるアミノ酸を含有した特殊な物質が生産されていて、この物質は寄生菌の炭素源や窒素源として利用されていることが明らかにされた。
#クラウンゴール形成の遺伝学
それではなぜアグロバクテリウムという寄生菌が感染して一旦癌腫ができると、その菌がいなくとも癌腫は成長し、オピンや植物ホルモンが生産されるのかという問題が遺伝学的に調べられた。その結果、クラウンゴール形成菌にはプラスミドが存在し、このプラスミドが除かれるとクラウンゴールは形成されなくなることが分かり、このプラスミドはTiプラスミドと命名された。
Tiプラスミドはかなり大型のDNA分子であって、その一部には癌腫形成に関与する遺伝子、さらにオピンや植物ホルモンの合成に関与する遺伝子も含まれていることが分かった。そしてアグロバクテリウムが植物に感染すると、Tiプラスミドは植物細胞内に移動し、さらにTiプラスミドの一部(数%)は植物の核内遺伝子DNA上に組込まれることも分かった。その結果、植物自体が癌腫を形成したり、オピンや植物ホルモンを生産したりする能力をもつようになるのである。植物細胞のDNAに組込まれたそのような遺伝子断片をT-DNAと呼んでいる。
以上の遺伝学的メカニズムを寄生菌と宿主植物との関係という視点から見ると、寄生菌は自らが利用することのできる基質のオピン生産遺伝子を宿主に移すことによって、オピンを宿主に生産させて利用するという、極めて巧妙な手段を講じているのである。これを分子寄などと呼んでいる。これはまさに細菌自体が自然界で行っている遺伝子工学技術の他ならない。ヒトはこの巧妙な手口を見逃すはずはなく、アグロバクテリウムのTiプラスミドを利用して、新しい遺伝子工学技術を開発し、盛んに活用している。それは予めTiプラスミドに種々の目的遺伝子を組込んでおいてから、これをベクター(運び屋)としてこの菌を植物に感染させ、植物に種々の性質を発現させるという技術なのである。
[微生物の植物への内部共生]
【共生的窒素固定器官─根粒と葉粒】
微生物のうち窒素固定活性注)をもつものには、種々の自由生活菌と、以下に述べる植物共生菌とがあり、すべて細菌(一部藍藻を含む)である。そしてこれらの細菌は生態学的には水域や土壌中で地球上の窒素の循環の一翼を担っている。
注)空気中の分子状窒素を還元してアンモニウム・イオンに変える酵素ニトロゲナーゼの作用によって行われる反応である。この酵素は微量の酸素によって不活性化されてしまうので、窒素固定細菌細胞内にはこの酵素が働く場から酸素を排除するメカニズムが備わっている。藍藻では酸素を生成する光合成を行う通常の細胞に連結した、ヘテロシストという細胞壁の厚い別の細胞内で窒素固定反応が行われる。また以下に述べる根粒内には特殊なヘモグロビンが存在するが、これも根粒内の酸素排除に関わっている(後述)。自由生活窒素固定菌については項をあらためて説明する。
植物共生菌の主なものを示すと次の表の通りであるが、共生器官の着生場所としては葉と根があり、それぞれ葉粒、根粒と呼び、共生微生物を葉粒菌、根粒菌と呼んている。
| 宿主植物 | 微生物名 | 窒素固定器官 |
| 被子植物 マメ科 欄外注参照 ヤマモモ科 ヤマモモ カバノキ科 ハンノキ グミ科 グミ ヤブコウジ科 数種 アカネ科 数種 アリノトウグサ科 グンネラ 裸子植物 ソテツ科 ソテツ シダ植物 サンショウモ科 アカウキクサ 蘚類 ミズゴケ |
細菌 リゾビウム フランキア フランキア フランキア ザントモナス クレプシエラ 藍藻 ノストック アナベナ アナベナ ハプロシフォン |
マメ科型根粒 ハンノキ型根粒 ハンノキ型根粒 ハンノキ型根粒 葉粒(葉緑) 葉粒(全面) 葉粒(基部) ソテツ型根粒 葉面閉塞ポケット 葉の表面 |
注)マメ科植物で根粒形成する主な植物:エンドウ、インゲンマメ、クローバ、アルファアルファ、ダイズ、ルーピン、カウビーなど
表に示したように共生的窒素固定を行っている植物は種々の被子植物のほか、ソテツに代表される裸子植物、アカウキクサのようなシダ植物、そしてミズゴケのような蘚類などがある。また微生物としては代表的な窒素固定菌である細菌のリゾビウムやフランキア(放線菌)、あるいは藍藻のノストックやアナベナなどがある。
葉粒の多くは葉の裏面に粒状に形成され、アカウキクサやミズゴケでは、葉面内に閉鎖ポケットとして存在し、内部に藍藻細胞が生活していて、その窒素固定活性は多数のヘテロシスト(上の注参照)に局在している。
根粒菌との共生で形成される根粒は次の3種に分類されている。
マメ科型根粒 根の皮層内で組織細胞が分裂し、球状の組織塊をつくる
ハンノキ型根粒 側根が伸長せずに膨大し、根の構造や組織を維持する
ソテツ型根粒 ハンノキ型類似の外部形態で叉状に分岐、維管束の発達不良
マメ科型根粒だけにレグヘモグロビンという色素(後述)があり、内部は紅色となっている。またハンノキ型根粒とソテツ型根粒とは多年生である。以下根粒を中心に説明する。
【窒素固定活性をもった根粒】
根粒菌は上表からも分かるように、一つの種の根粒菌は特定の植物種にのみ根粒を形成する。これを根粒菌の種特異性と呼んでいる。根粒菌はまず特定種の植物の根の根毛に感染し根粒をつくるが、根粒をつくっても窒素固定を行わない場合もあるので、窒素固定を行う根粒ができてはじめて真の感染が成立したことになる。そこで以下、根粒菌の宿主特異性と根粒形成過程やその構造、機能などについて述べる。
#根粒菌の宿主特異性
マメ科根粒菌の場合、共生相手の宿主植物としては、おおむね上表欄外に示した7種の植物に大別される。このうちソラマメに種特異性を示す根粒菌はその他エンドウ、レンリソウなどにも特異性を示し、またカウピーの根粒菌はある程度広い特異性を発揮する。
根粒菌はどのようにして宿主を認識するかという問題については、植物病原菌がその特異的な宿主植物を認識するメカニズムと共通点があることは興味が持たれる。要は寄生にしても共生にしても、菌にとっての宿主植物認識手段は同じなのである。マメ科植物の種子にはレクチンというタンパク質が含まれることはよく知られているが、このレクチンが根の細胞にも存在し、ダイズ根粒菌はこのレクチンと特異的に結合することが分かった。またクローバにはレクチン物質であるトリフォリンが存在し、クローバ根粒菌はこれと結合する。
一般に根の根毛細胞表層にはレクチン物質が露出して存在し、根粒菌細胞表層の多糖質は、このレクチン物質と共通抗原を持ち合わせているので、レクチンを懸け橋として、共生菌と宿主との間で結合が成立するのである。こうして根粒菌はその特異的な植物種を認識することによって、根毛に感染することができる。
このような種特異性を支配する遺伝子が根粒菌の側に発見された。アルファアルファ根粒菌から抽出したDNAをルーピン根粒菌に与えると、後者はアルファアルファに根粒をつくるようになる。これはアルファアルファ根粒菌のプラスミドに宿主特異性を支配する遺伝子が存在していて、そのプラスミドがルーピン根粒菌細胞内に移動して定着するからである。
#根粒の形成と内部構造
根粒菌が根毛の先端部に結合、感染すると、根毛の先端部分は菌を巻き込むように盛り上がって彎曲し、やがて菌を細胞内に包み込んでしまう。こうして菌が根毛細胞内に入ると、根毛のその部分から直径約2μmのセルローズ質の管状構造が発達し、根毛内を皮層に向かって伸長する。これを感染糸というが、その内部では根粒菌が増殖を続ける。感染糸は最終的に根毛基部に到達し、その細胞壁を貫通して皮相細胞内に開口する。
その結果、感染糸内の根粒菌は皮層組織細胞内に放出されると、菌は直ちに細胞膜に包まれて、細胞内に分離してエンベロープと呼ばれる小胞が形成され、菌はその内部で約10個くらいまで分裂増殖する。エンベロープ内の根粒菌は細胞膜を持たず、大型で不定形の細胞で、バクテロイドと呼ばれていてる。通常完成した根粒内の個々の皮層組織細胞内には、3〜4万個のエンベロープが存在し、各エンベロープは10個程度のバクテロイドを包み込んでいる。
根粒内にはこのように無数のバクテロイドを含む大型の細胞と、バクテロイドを含まない小型細胞とがあり、それらの細胞の間には気体を満たした細胞間隙がある。この細胞間隙から、大型、小型細胞に対して窒素や酸素が供給されているのである。そして大型のバクテロイド含有細胞では窒素固定が行われ、小型細胞は大型細胞から送られてきた窒素固定産物を受け取る一方で、葉面から送られてきた光合成産物を大型細胞に渡してエネルギー源として使ってもらうという仕組みになっている。また大型細胞から受け取った窒素固定産物は根粒の周辺部を走っている多数の管状細胞組織を通じて、上部の茎や葉に送っている。
#根粒のはたらき
共生型の根粒菌は、それが土壌中で自由生活している間は窒素固定活性を持っておらず、根粒内でバクテロイドとなって始めてその活性を発揮するようになるのである。この事実は根粒菌の機能を解き明かす上で極めて重要な問題である。根粒菌は根粒内で細胞壁を失ってバクテロイドになると、分裂を停止して、窒素固定活性を付与されるが、窒素固定反応はエネルギー多消費型反応なので、それに必要なATPの生産と、一方ではN2→NH4+反応に必要な還元力の獲得にも全力を集中することになる。一方宿主植物側は根粒菌の同化した窒素産物を根粒から搬出する傍ら、根粒菌がエネルギー源として必要とする光合成産物を根粒に補給するために、管状組織細胞を通じて物質輸送を開始することになる。
はじめの注で説明したように、窒素固定反応に関与するニトロゲナーゼは著しい嫌気性酵素なので、反応環境に分子状酸素の存在することは好ましくない。ところが窒素固定反応には多量のATPの供給を必要とするので、バクテロイド内部では活発な酸化的燐酸化注)をする必要がある。
注)酸化的燐酸化反応は好気的生物における主要なATP供給反応であり、有機物を分子状酸素で酸化して得られるエネルギーを、ATPのエネルギーに変換する反応である。
そこでバクテロイドの酸素環境を調節する手段として、根粒内に存在するレグヘモグロビン(分子状酸素との親和性が大きい)という色素タンパク質の援けを借りて、根粒内に拡散してきた酸素分子はレグヘモグロビンに吸収させて、バクテロイド周辺の酸素濃度を低下させる一方で、バクテロイド自身はは直接レグヘモグロビンから酸素を受け取り、ATP生産に役立てている。なお根粒内におけるレグヘモグロビンの生合成は、菌と植物との協同作業で行われていて、根粒菌がヘムを合成し、植物がグロビン・タンパク質を合成している。
分子状窒素がニトロゲナーゼによって還元されて最初に生産される物質はアンモニウム・イオン(NH4+)であるが、これは根粒内で有機化されてグルタミン酸を経てアスパラギンやグルタミンとなり、それはさらに茎葉に移動するまでにアラントインやアラントイン酸という物質となって茎葉に貯蔵される。
#窒素固定の遺伝的特性
根粒菌の種特異性をもった感染に続く感染糸形成、根粒形成、窒素固定、固定産物の移動など一連の過程は、根粒菌と宿主植物との遺伝形質が複雑に絡み合って発現している。そして両者が相互に遺伝的、生理的な調節機構を発揮することによって、根粒の正常な機能が発揮されるのである。
窒素固定反応はエネルギー多消費型反応であり、そのエネルギー源となるのは宿主の光合成産物(糖関連物質)であって、これは宿主から根粒に供給される。従って根粒は宿主の光合成活性に見合った数だけできればよいので、一植物体当たりの根粒の数は、感染糸の形成段階でその形成頻度が調節されていて、根粒を含めた全植物体としての効率の調整が計られている。
一方根粒菌は土壌中で自由生活をしている間は窒素固定能力を持っていないということは、その間窒素固定活性は抑制的調節を受けていることを示している。そして一旦エンベロープ内に入って細胞壁を脱ぎ捨てると、その抑制は解かれてニトロゲナーゼの活動によって窒素固定活性が発揮できるようになるのである。一般にニトロゲナーゼの構造遺伝子とその合成調節遺伝子は、一つのクラスター(群)となっていて、これをnif遺伝子と呼んでいる。この遺伝子は根粒菌が感染する際にはたらく、種特異性を認識する遺伝子を組み込んだプラスミド上に位置していることが明らかにされている。
現在遺伝学者は遺伝子工学技術によって、nif遺伝子など根粒菌の窒素固定関連遺伝子を高等植物に組み込むことによって、植物自体が根粒菌との共生なしに、窒素固定能力を発揮するようにできないかと、鋭意努力中である。その際、すでに述べたクラウンゴールを形成するアグロバクテリウムのTiプラスミドをベクターとして用いる試みがなされている。
【根に菌類が共生した菌根】
菌根は高等植物の根に菌類が共生的、あるいはやや寄生的に生活しているものの総称であって、人によっては樹木や作物には本来の根はなく、ほとんどが菌根として存在していると言い切るほど、多くの植物にとってかなり普遍的なものである。菌根では根と菌類との間に物質の授受が行われていて、そのバランスの傾き方によって、菌類の側から見て共生的になったり、寄生的になったりする。ある種のランでは逆に、ランの方が菌類に対して全面的に依存するというケースもある。
菌根は大別して2種に分けられる。一つは「外菌根」であり、他は「内菌根」であって、前者は菌糸が根の組織内に侵入せず、表面を覆うようにして共生するものであり、後者は菌糸が組織内に侵入して共生するものである。内菌根は菌糸の侵入の仕方によって、さらに菌糸が樹枝状に分枝して組織細胞内に侵入して小胞を形成する「小胞-樹枝状菌糸型内菌根」と、菌糸が細胞内でコイル型に巻いた「コイル型内菌根」とに分けられる。以下、これらの菌根の特徴を簡単に説明する。
外菌根は温帯や寒帯の森林樹木(カバ、ブナ、マツなど)と菌類とが比較的緩い共生関係にある。共生菌としては、担子菌や子嚢菌など五千種以上にも達する。やせた土壌で菌類から植物に対し無機物を供給し、植物から菌類に対し炭素源が供給される。
小胞-樹枝状菌糸型内菌根では被子植物、裸子植物の多く、およびシダ植物の一部が接合菌類と強固な共生生活を営んでいて、菌類の分離培養は不能である。やせた土壌で菌類から無機物(特に燐酸)を供給し、植物から炭素源を供給する。
コイル型内菌根ではラン科、ツツジ科、リンドウ科などの植物と菌類とが比較的強い共生生活を営んでいるが、この場合は菌類の分離培養は可能である。ランと共生するリゾクトニアは不完全菌、シャクナゲやツツジなどと共生するクラヴァリアは担子菌である。ラン科では植物の菌類への依存性が高く、菌類から植物体に炭素源としてトレハロースや燐酸を補給し、植物体は菌糸の一部を消化吸収したりして利用するが、ツツジ科では植物の菌類依存性はそれほどではなく、植物の方から菌類に炭素源を補給している。
菌根は植物に対して栄養補給だけでなく、生態学的には極めて注目すべき共生環境をつくりあげている。すでに述べたように一般の植物の根の周辺部は根圏と呼ばれているが、菌根が発達した植物では「菌根圏」が形成されていて、菌類以外の微生物は近寄りがたくさえなっている。菌根圏での菌糸の量は著しく多く、場合によってはこれらの菌糸が菌糸束を形成して、物質輸送の太いパイプ役を演じている。外菌根では根毛の形成は抑えられているが、結果的には菌根の菌糸が遠方まで張り巡らされていて、著しく表面積の大きい「根」が発達した形になっているので、物質の吸収能率は確実に上昇している。そして上記のように菌根は植物体に対して栄養分の補給を援けるみならず、水分代謝を促進し、さらには植物病原菌に対する感染防御効果を発揮していることも明らかにされていて、植物の健全な成長に大きく役立っている。
【藻類と菌類との共生体─地衣】
#地衣の種類と形態
地衣は単細胞藻類の細胞と菌類の菌糸との共生体であって、種類は2万種にも及ぶとも言われている。地衣を構成する藻類の大部分は緑藻類に属していて、約10%は藍藻に属する。興味が持たれる点は、構成藻の70%を占めるといわれているトレボウキシアという緑藻は、自由生活藻類としては見出されていないことである。これに対して藍藻はノストックをはじめとして自然界に普通に存在するものが多い。また共生相手の菌類としては大部分が子嚢菌類で、その他に担子菌類、少数の藻菌類があって、その多くは自然界で自由生活するものとして見出されていない。
藻類と菌類との共生の緊密度は幅があるとはいえ、かなりの緊密性を保って立派な組織を形成するものが多い。組織化している地衣はその形態から次の3種に大別される。
固着地衣
チャシブゴケ、ヘリトリゴケ、チズゴケ、ビスケットゴケ、など
葉状地衣
ウメノキゴケ、ツメゴケ、ムカデゴケ、イワブスマ、イワタケ、など
樹枝状地衣
ハナゴケ、ツノマタゴケ、カラタチゴケ、リトマスゴケ、サルオガセ、など
固着地衣は一般に小型葉状で、裏面全面が基物に固着しているのに対して、葉状地衣は扁平で裏面の一部が基物に固着している。これらと異なる形態をとる樹枝状地衣は、細い何本もの紐が絡み合ったような形をしていて、各紐の一端は基物に固着して、そこから伸長している。一般に地衣が固着する基物としては、樹木の幹、岩石、墓石などである。
これらの地衣の組織を見ると、いずれも表面は菌類菌糸が密に絡み合って薄い皮層をつくり、その内側には、菌糸の編み目の間に藻細胞が集中的に集まって藻層を形成し、その下に菌糸が粗に絡んだ髄層があって、そこから偽根と称する菌糸束を出して基物に固着している。樹枝状地衣では表層と藻層が輪状に重なり、髄層がその中心を走っている。中には藻細胞が層をつくらずに菌糸層の内部に分散して存在するものもある。
一部の地衣には表層表面にイシデイア、あるいはソレデイアという特殊な器官をもったものがあり、時折これらの器官の表面が破れて、内部の藻細胞を伴った菌糸が、粉のようにまき散らされるのであって、胞子のよに繁殖機能を発揮している。
#地衣の生理的性状
地衣は次に示すように他の生物とはかなりかけ離れた性質を備えた生物である。
1.成長が著しく遅い
2.寿命が長い
3.乾燥その他自然の厳しい環境に耐える
4.特殊な成分「地衣成分」をもっている
地衣の成長速度は年に1oか、速くて数oであり、代謝活性もそれに伴って著しく低い。このことと関連して寿命は長く、数百年というのはそれほど珍しくなく、北極圏に生息する地衣では数千年という推定がなされている。
地衣は自然界で乾燥と湿潤の繰り返しに晒され、また酷寒と酷暑にも晒されながら、これに耐え抜くことができるのである。例えば乾燥時には細胞膜はその機能を失うが、降雨などで潤いを取り戻すと、僅か1分前後で本来の膜機能や光合成機能も回復してしまう。乾燥した地衣が降雨などによって濡れると、細胞内の一部の物質は直ちに流失してしまうが、短時間の間に回復した光合成機能によって、かなり迅速に流失物を補完してしまうのである。
地衣はこのように自然環境の厳しい条件には耐えられるが、最近の人工的環境汚染、例えば大気汚染物質などには敏感で、簡単に死に絶えてしまう。そのため樹木や岩石、墓石などでの地衣類の生息状況調査によって、大気汚染の環境への影響を知ることができるので、環境指標生物としての意味をもつようになった。
地衣成分は自由生活をする藻類や菌類には見出されない特殊な物質であって、わが国の朝比奈恭彦博士の世界に誇る広汎な研究によって多くのことが明らかにされた。中でもウスニン酸やレカノール酸は特に有名であり、地衣成分によって地衣の分類が可能となった。ただ注目すべき点は、次に述べるように地衣をその構成成分である藻細胞と菌類とに分離して培養しても、地衣成分は生産されないことであって、両者が共生してはじめて生産される物質であるが、残念ながらその生理学的な機能は分かっていない。
一般的にいって、地衣の生理的性状の研究はその代謝活性が極めて低いこともあって実験が難しく、あまり深くは研究されていないが、藻と菌との間の共生関係、特に両者の間の物質の移動について述べておく必要がある。結論的には比較的大量の物質的移動は、藻から菌への光合成産物の移動であり、菌から藻への物質移動はあったとしても実験的に検出できないほどのものである。ただ共生菌が藍藻の場合には、藍藻が窒素固定をして、根粒菌に見られたように、グルタミンとして藻細胞に移動することが認められている。
地衣体を藻細胞と菌細胞とに分離培養して、再び両者を一緒にして元の地衣を「合成」しようという興味ある試みもなされていて、一部限られ地衣類で成功している。合成地衣は地衣成分を合成するが、元の地衣が合成していた全ての地衣成分を合成するわけにはいかないという。
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