身近な微生物の話

微生物の話を始めるに当たって I
生命の誕生


          目次
はじめに
生命の自然発生説と微生物の発見
  自然発生説
  微小生物の発見
  自然発生説の否定
生命の起源に関する諸説
  生命の起源論を解説する前に
    生命とは何か
    遺伝と進化の概念
    微生物の現状認識の必要性
    古細菌の発見
  化学進化の諸説
    オパーリンのコアゼルベート説
    ユーリー・ミラーの実験      
    表面代謝説
    セントラルドグマに関連した化学進化説
      RNAワールド仮説
      プロテインワールド仮説
      DNAワールド仮説
  生命の宇宙播種説
原始生命体の動態とその進化
  原始生命体について
    生命の成立条件から見た化学進化諸説
    原始生命体の代謝系

  現存生物から共通祖先をたどる
    共通祖先とは
    系統樹による共通祖先の探求



                [はじめに]

 
地球の誕生が46億年前と言われているが、約30億年前には原始生命体が生まれていた(存在していたという方が正確かも知れない)と考えられている。そのような生命体がどのようにして誕生したかについては明確な答えは出ていないが、この問題を解き明かそうとする努力は今も続けられている。このような原始生命体は単細胞型の生物であったに違いないが、それこそが本論で話題の中心となる「身近な微生物」の祖先だったことは言うまでもない。そこで本論のはじめにご先祖様の原始生物の生まれるまでを推論することとした。
 さて太古の昔から、微生物はヒトには見ることはできなかったとはいえ、ヒトにとって微生物は目に見える多くの仕事をしてくれれていた。その仕事の内容はヒトにとって役に立つものも多々あったし
(例えば発酵食品・飲料)望ましくないもの(例えば腐敗や伝染病)もまたいろいろあった。この「身近な微生物の話」では、ヒトの生活と関わりの深い微生物のそのような活動について、いろいろな角度からできるだけ分り易くまとめてみることとした。
 記載内容の構成は、最初のの「身近な微生物の話を始めるに当たって I」では、以下の話の予備知識となるような生命の誕生にまつわる基本問題を取り上げ、さらに現存微生物の分類、生態、人類との関わりなどの概要を述べた。次いで本論に入ってからは、発酵食品・飲料や発酵工業などのように、ヒトが微生物をうまく利用していることについての話として解説し、その後、ヒトばかりでなく動植物も含めた感染症の問題について、そして最後は自然環境への微生物の関わりなど、微生物を中心とした生態学的な話題を順次取り上げることとした。
 本文中、キーワードになるような語句については
赤字
示しておいた。また話の要所要所では、参考事項を括弧内に付記したが、そのうち文字の色が変わっている所は、必要に応じそこをクリックしていただけば、関係事項が直接検索できるようにした。
 私はこれまで何冊かの著書を出版してきたが、今回はインターネットというメデイアを使って、まとまったものを書いたらどのような反応があるかを確かめようと、年甲斐もなく挑戦することとした。インターネットでは
普通の出版物とは違って、アップロード後も、最新の情報が入り次第、筆者は記述内容を改訂することができるし、上記のように、読者はクリック操作によって、簡単に詳細な内容を検索できるというメリットがある。さらにもし読者からメールで質問がくれば、著者は早速メールでお返事することができたりもする。ただ私は年も年なのでその要請にどこまでお応えできるかが気になるところではあるが、いずれにしても質問したい場合には、トップページ最下段に示したメールアドレスに送信していただければ、できるだけお返事をするよう努力したい。


   [生命の自然発生説と微生物の発見]


【自然発生説】
  
ギリシャ時代の碩学アリストテレス(紀元前4世紀、以下「紀元」を省略する)は、昆虫やダニは露やゴミなどから生まれてくると説き、旧約聖書では創世主である神によって生物は創造されるとしている。この考え方こそイエスキリスト誕生にまつわる処女懐胎の思想の原点なのである。古代から伝わったこの種の生命の起源についての考え方は自然発生説と呼ばれていて、これは16世紀前後に科学の世界に明かりが灯り始めたルネッサンスの時代になっても、まだ木の葉の積もった所からネズミやサソリが生まれてくるなどと信じられてうぃたのであった。
 その頃このことに疑問を持ったイタリアの医学者レデイーは(17世紀)、次のような実験を行った。二つのカメの中に肉片を入れて、一方はカメの口を布で覆い、他方は解放して放置しておいたところ、前者にはウジは発生せず、後者では肉片に沢山のハエがたかってウジが発生した。今から考えると当たり前のことだが、この実験からウジ虫は自然に発生するのではなく、ハエがたかるからだということがはっきりしてきた。こうして自然発生説は根本的に見直さざるを得なくなってきて、何人かの学者も、自然発生説に疑惑を持っていろいろな実験をするようになった。


【微小生物の発見】
  当時オランダ人のレーウェン・フック(17世紀後期)顕微鏡を発明したことは、生命の問題を別の切り口から解き明かしていくきっかけを作った。彼はありとあらゆるものを自作の顕微鏡で観察し、微小世界を視野に入れることが可能となり、やがて18世紀に入ると、二三の学者が顕微鏡観察によって、肉汁は腐敗すると微生物(当時これを小動物と呼んでいた)が無数に増えてくることに気づき、さらに肉汁を密閉容器に入れて加熱しておくと、腐敗することなく、微生物も湧いてこなくなることを明らかにした。この実験によって腐敗という現象が肉眼では見えない微生物という小さな生き物によって進められることが明らかにされた。
 さらにフランスの
ルイ・パストウール(1822-'95)は、前6千年の頃から受け継がれてきたワインの発酵現象に注目し、その発酵液には酵母という微生物が存在していて、その働きでブドウに含まれているブドウ糖がアルコールに変換されることによってワインができるのだという素晴らしい発見をしたのである「アルコール飲料の話II」参照)。

【自然発生説の否定】
 
パストウールは1860年代に白鳥の首フラスコ実検と呼ばれる画期的な実験を行い、生命の自然発生説を完全に否定することとなった。その実験というのは、まず内部に肉汁を入れたフラスコの首の部分を細く長く波形に引き延ばし、先端を切断して解放したままの白鳥の首の形をした容器を作る。フラスコを加熱して肉汁を充分沸騰させて発生した蒸気を解放した口から外部に放出させる。こうしてフラスコ内部を無菌とした後、長期間放置しておいたところ、肉汁面は白鳥の首を通じて外部と連絡しているにも拘わらず、腐敗は起こらなかった。ところが長い首を根本から切断してしまったフラスコを用いて同様の実験を行ったところ、しばらくして肉汁は腐敗してしまうことを認めた。
 この実験から、白鳥の首フラスコを用いた実験では、首が細長いため、空気中の腐敗菌はフラスコ内部に侵入できなかったから腐敗は起こらなかったが、首を切り取ったフラスコでは、空中の腐敗菌はフラスコの横孔から容易に入り込んだために、腐敗が起こったのであると解釈された。そこで特定の生物は、その生物からしか発生しないことが立証されたわけであり、自然発生説の否定に決定的証拠が示されたのである。 

 当時、ヒトのの身の回りには、沢山の微生物がウヨウヨしていて、中には物を腐らせたり、ワインをつくり出すものまでいることが分かってきたのであるが、いわゆる小動物についての知識がここまで発展してくると、それまで人類がペストやコレラ、果ては梅毒などの伝染病に散々悩まされてきたのは、この小動物の仕業ではないかとの疑いが、当然のことながらもたれてきた。19世紀後半になると、この点に注目した研究が盛んに行われるようになって、ついにドイツのロバート・コッホ(1843-1910)、家畜伝染病の病原菌(現在テロで問題となっている炭疽菌)の存在を突き止めた。これが動機となって、ヒトの結核を始め主な伝染病病原菌は、19世紀末までにほとんど見つけられていき(「微生物感染症の話 I」参照)、やがて数々の抗菌剤によって、これらの病原菌を制御する方向へと進んでいった(「微生物感染症の話IV」参照)


         [生命の起源に関する諸説]注)

               注)
ウイキペデイア」参照

【生命起源論を解説する前に】

生命とは何か
 
 生命の起源を論ずるにはその定義がはっきりしている必要があるが、現状では残念ながら誰もがが納得するような定義はないといわれている。ただ現在一般に認められている生命の成立条件としては次のような諸点が挙げられる。
   1. 生命体を形成する細胞は単位膜系によって外界とは仕切られている。
   2. 自己を複製する能力がある。
   3. 外部から物資を取り込み、それを代謝する能力がある。
 この条件にしてもウイルスの場合に当てはまるかどうか、ウイルスは生物ではないのかなど、多少の問題はあるが、後述する生命の起源に関する諸説は、この諸条件を意識して組み立てられていった。

#遺伝と進化の概念
 
 1859年、チャールス・ダーウインによって発表された「種の起源」で明らかにされた進化論は、生物学界に大きな波紋を投げかけたが、これには生命の起源は触れられていなかった。しかしその後この進化論の影響を受けて、生命は無機物から作られれた多数の有機物相互の複雑な反応の過程で、化学的な進化が起こって作られたとする化学進化説が形を変えて次々に唱えられていった。
 さて今ではDNAといえば遺伝子と誰でも考えるのだが、1865年にメンデルが遺伝学の基礎を築いたた後、20世紀に入っても遺伝子本体についての関心は必ずしも高くはなかった。
 
そして1940年代に大腸菌などを用いた遺伝学的研に著しい成果を挙げていく中で、遂に1953年にワトソンとクリックはDNAの二重螺旋モデルの発見に漕ぎ着けた。これを契機にDNAの複製の問題も見事に解決されたが、上記の生命の成立条件の二番目に挙げた「自己複製能力という言葉の裏には遺伝(「発酵工業の話I―遺伝学の歩み」参照)の概念が潜んでおり、DNAの複製はまさにこの問題の原点に位置づけらるべきものであった。その後さらに遺伝子DNAが担っている遺伝情報が、生体の構成成分であり、また代謝反応の触媒物質でもあるタンパク質に伝達される機構が明らかにされた。すなわちセントラアル・ドグマ(「遺伝学の歩み」遺伝子暗号の解読参照と呼ばれる「DNAー(転写)RNA(翻て訳)→タンパク質」という図式が示されたのである。このような経過を踏まえて化学進化説は更に磨きを掛けることとなった。

#微生物の現状認識の必要性
  
化学進化を考える上で、生命の起源を追求する一方で、原始生物から進化してきた現存生物には原始生物の性状の痕跡が残されているに違いないので、その痕跡を追求しなければならない。それは考察した化学進化の結果が、少なくとも現存生物の実態と矛盾していないことを確認するために必要なのである。そこで原始生物に最も近縁と考えられる単細胞生物の性状について考察することとする。
 単細胞生物の内、細菌のDNAは裸のまま細胞内に存在するが、酵母やアメーバの細胞では、DNAはヒストンタンパク質と結合した数個の染色体として存在し、染色体は膜(核膜)に包まれた核の中に収まっている。そこで細菌型の細胞を
原核細胞(Prokaryote)、酵母型の細胞を真核細胞(Eukaryote)と呼んでいる。酵母などの菌類、原生動物、その他の動物(人間を含む)や植物の細胞は全て真核細胞である。
 19世紀後期に病原細菌をはじめとして多種多様の細菌が発見された以降、これらの細菌は全て原核細胞であり、その細胞はアセチルムレインという化学成分の細胞壁を持っていることが分かってきた。ところが近年になって、次に述べるように、原核細胞生物ではあるが、細胞壁の物質がこれとは異なる物質でできている細菌が発見され、古細菌(アーキア、Archaea)と呼ばれるようになった。そこで従来の原核細胞生物全てを真正細菌(Eubacteria)と呼ぶこととなった。
 真正細菌にしても古細菌にしても、細菌は栄養面で有機物を栄養源とするものと無機物を栄養眼とするものとがある。そこで有機物を栄養源とするものを従属栄養細菌(Heterotrophic bacteria)と呼び、二酸化炭素を炭素源とし、水素や硫化水素などの無機物をエネルギー源として生育するものを独立栄養細菌(Autotrohic bacteria)と呼んでいる。生物界で独立栄養を営む生物の代表は植物だが、微生物でもこの一群は海洋や土壌などに広く分布している発酵工業の話IV」参照)化学進化論では原始生物が従属栄養生物だったのか独立栄養生物だったのかが注目されている。


#古細菌の発見(「ウイキペデ」参照)
  1977年にアメリカのウーズが高度好熱菌やメタン菌が原始的な地球環境に類似した環境に生育している細菌であると考え、これらを
上述のように古細菌と名付けて真正細菌とは完全に区別すべきであると主張した。真正細菌の細胞膜は通常の細胞同様グリセロールに脂肪酸がエステル結合したものであるのに対し、古細菌の細胞膜はグリセロールにイソプレノイドアルコールがエーテル結合したものであって、著しく異なっているのみならず、その他かなり多くの相違点がある。このような視点から、発見者のウーズはそれまで生物界を原核生物と真核生物とに区別していたが、今後は真核生物、真性細菌、古細菌の3種nのドメインに分けるべきであると主張した。
 古細菌という名称は、上述のようにこの種の菌の生息の場が地球の原始的環境に生息していたと考えたためであったが、その後の遺伝学的研究から、系統論的には本稿の最後に示したように、真正細菌とは全く独立した系統の生物群であることが明らかになってきたので、最古の細菌という初期の見解は見直されることとなった。しかし古細菌の名称はそのまま残ることとなった。実際問題として古細菌の中には真核細胞生物と生化学的性状の上で一部近縁な性質を示しているものがあることは注目に値する。そして古細菌の発見が動機となって、化学進化に始まる原始生命体の研究に大きな影響を与えることとなった。


【化学進化の諸説】

#オパーリンのコアゼルベート説
 
 1922年、ロシアのオパーリンは生命の起源についての著書を出版し、次のよな構想を披瀝した。原始地球は無機物の集合体であったが、それから低分子の有機物が生じ、それらが重合して高分子化していった。そして原子海洋にはこれら高分子有機物が蓄積して有機スープ状となった。このようなスープの中で、脂質がミセル化した集合体となったコアセルベートが出現し、コアセルベートが有機体を取り込んでいく内に、やがて最初の生命体が誕生し、優れた代謝系を持つものだけが生き残っていった。この構想では生命に欠かせない複製の問題が欠落しているが、当時の生物学界ではその斬新性故に興味を持って迎えられた。なおこの仮説で誕生した原始生物は栄養面では従属栄養生物であったと考えられる。

#ユーリー・ミラーの実験
 
1953年、アメリカのユーリーとミラーは、当時原始地球の大気組成と考えられていたメタン、水素、アンモニアを無菌のガラス容器内で水の存在下で、長期にわたって加熱しながら火花放電をするという実験を行った。その結果、反応の初期にはアルデヒドやシアンが発生し、やがてアミノ酸が形成されることを発見した。この種の実験はその後も多くの研究者によって実施されており、有機物が生成することは肯定されている。ただその後の研究で、原始地球の大気組成は太陽や木星型惑星と同様、水素とヘリウムが主成分だったのではないかとされている。
 アポロ計画で月から持ち帰られた隕石の解析から、原始地球の大気組成は二酸化炭素、窒素、水蒸気が主成分と考えられた。そこでユーリー・ミラーの実験では還元的組成の気体が用いられたが、実際にはより酸化的な大気環境だったと考え、その条件下でユーリー・ミラーのような実験を行い、特殊なアミノ酸組成
(グリシン、アラニン、アスパラギン酸、バリンから成る)のポリペプチドが得られたといわれている。

#表面代謝説
  
粘土の界面でアミノ酸の重合が起きることをバーナル(1959)が発見して、この現象を表面代謝と呼んでいた。その後ドイツのヴェヒターショイザー(1988)は、黄鉄鉱(FeS2の表面でも有機物の重合反応が起こることを認め、原始環境下で形成されたアミノ酸、核酸、脂質などが黄鉄鉱表面に吸着し、その触媒作用によって代謝が起こり、これら有機物の重合反応を含む種々の生化学反応が進行することによって化学進化が起こるのではないかと考えた。
 この事実はそれより以前に、極限環境に古細菌の生育が認められたことと関係づけて考察された。それは全く光の届かない1,000mを超える深海底の、黄鉄鉱を含む岩石の間から、硫化水素を含む熱水が噴出している熱水孔周辺から古細菌である高度好熱菌
(90℃以上の温度に耐えられる細菌)が発見されており、上記の実験結果はそのような厳しい原始環境に近い環境下でも有機物が合成され、そこから原始生物が生まれる可能性を示唆するものであり、こうして誕生した生物は独立栄養生物であると考えられている。わが国の科学者グループも、小笠原諸島の深海の熱水放出孔周辺水域の水中からDNAを抽出し、その解析からそこには独立栄養細菌が生息していたと推論している。

#セントラルドグマに関連した化学進化説

 
 上記のセントラルドグマではタンパク質の合成はDNAの遺伝情報がmRNA(メッセンジャーRNA)に転写され、次いでその情報はタンパク質に翻訳されることとなっている。このうちタンパク質は酵素として立派な触媒作用を持っているが、RNAにもDNAにも特殊なケースではあるが触媒機能を持った物がある。従ってこれら高分子化合物が独自に触媒としての機能さえ発揮すれば、種々の有機化合物の合成ができるはずである。そこでセントラルドグマの3成分のそれぞれが、化学進化の先頭物質となり得るという考えも成り立つ。このような考えに基づいて触媒機能と情報伝達機能の連携問題に視点を置いたRNAワールド仮説、プロテインワールド仮説、DNAワールド仮説の3種類の仮説が提案されている。

 RNAワールド仮説:RNAには自体の分子を切断、貼り付け、挿入、あるいは移動したりする活性を持ったものがあり、これをエンザイム(酵素)にならってリボザイムと呼んでいる。また真核細胞ではmRNA分子には遺伝情報を持ったイントロンという部分の間に多くのエクソンという情報を持っていない部分が介在しているが、mRNA自体の触媒作用によって、エクソンを切り捨ててタンパク質への翻訳をしやすくするスプライシング黒田行昭著「近代遺伝学の流れ」参照)という反応が行われている。さらにレトロウイルスというウイルスは、1本鎖RNAでできているが、これに逆転写酵素(RNA依存性のDNAポリメラーゼ)という酵素が作用して原RNAが保有していた遺伝情報をコードしたDNAを合成することができる。この場合にもRNAの触媒機能が発揮されたわけである。
 以上のような事実から、原始環境下ではRNAがまず生まれ、その触媒作用によってDNAがつくられ、以後はDNAを持った原始生命体に進化していったと考えるのがRNAワールド仮説である。この仮説で有力な点は、RNAはDNAに比して変異導入率が高く、進化速度の速いことが期待される点である


 
プロテインワールド仮説:この説はユーリー・ミラーの実験に見られるように原始大気組成の下でアミノ酸が合成されたこと、特にオリジナルの実験のような還元型大気環境ではなく、酸化型大気環境の下で行われた同様の実験で、グリシン
(G)、アラニン(A)、アスパラギン酸(D)、バリン(V)(括弧内はアミノ酸の略号)から成るペプチドが形成されており、このペプチドは触媒活性が高いという性質を備えていることなどを考慮に入れて組み立てられた仮説であり、まずタンパク質からRNAに遺伝情報が伝達され、それがDNAに渡されて原始生命体がが出来上がったと考えるのである。タンパク質の触媒活性は高いことから、支持者は多いが、ペプチドに複製能力がない点は欠点の一つとなっている。

 DNAワールド仮説:セントラルドグマの図式が生命誕生以来活動していたとすれば、遺伝情報を担っていることが確実で、複製機構も整っているDNAが生命誕生のスタート台に立っていたたと考えるこの仮説は不自然ではないが、DNA自体に触媒活性がなために遺伝情報の伝達はできず、複製もできないことになるので、この仮説には致命的な欠陥があった。ところが最近、DNA分子をつなげることのできるDNAリガーゼ作用を持ったDNA(デオキシリボザイムと呼ばれる)が発見されたので、DNAにも触媒作用を持つものがあることは分かったが、その触媒作用は著しく低レベルなので、少なくとも現状ではDNAワールド仮説の支持者は少ない


【生命の宇宙播種説】
 以上の化学進化説はオパーリンのコアゼルベート説に始まったと言えるが、それより以前、18世紀の後期にはすでに、自然発生説の否定実験を実施した一人であるイタリアのスパランツアーニが、最初に生命は宇宙から来たものだという生命の宇宙播種説が唱えられた。その後1906年、スウェーデンのアレニウスは、生命は他の天体に発生した微生物の芽胞が地球に飛来してきたものであると主張して、これはパンスペルミア説と呼ばれた。当時この仮説は余りにも実証性に欠けるところが多いと批判された。
 
このパンスペルミア説支持者も結構いるが彼等の言い分として、38億年前の地層から真正細菌様の微化石が発見されており、もしそれが地球上で誕生したものだとすれば、46億年前に起こったとされている地球誕生後、僅か8億年でそのような微化石の形にまで化学進化したことになり、進化の速度としてはどう考えても早過ぎる。従ってその化石生物は他の惑星から飛来したものであるとしか考えられないというのである。
 地球誕生後の数億年という期間が化学進化の道程として短いか長いかは立証のすべがなく、その批判をまともに受け入れるわけにはいかないという考えもある。また隕石が地球に到達するまでには、かなりの高温にさらされるので、少なくとも生きたまま定着したとは考え難い。ただ事実として、地上に落下した隕石からアミノ酸や糖類が検出されたこと、さらには隕石に微生物様の化石が認められたという観察もあり、パンスペルミア説を完全に否定することはできず、現状ではまだ結論は出されていない。


       [原始生命体の動態とその進化]注)
   

             注)ウイキペデイア」参照

【原始生命体について】

#生命の成立条件から見た化学進化諸説
  
生命の成立条件として、外界と仕切られた細胞様形態をもち、自己複製能力および代謝能力を備えているという3条件を挙げた。しかしこれまで説明してきた化学進化の諸説のいずいれをみても、これらの生命の成立条件の全てを満足しているとは考えにくい。いわゆる原始生命体なるものは、はっきり生物と言えるまでには進化していない模糊とした状態のものであると考えられる。
 更に化学進化説ではダーウインの進化学説の中核となっている自然淘汰の概念が含まれていないために、原始の世界では、種々雑多な物質が蓄積する中で、そこからどのようにして原始生命体が生まれてきたかについては明らかにされていない。考えようによっては、初期はその様な環境の方が生命誕生には好都合だったのかも知れない。
 上記の生命成立条件のうちで、まず細胞としての形態を持っているかどうかという点については、オパーリンのコアゼルベート説では脂質のミセル化を考えて外界との間を仕切る膜状物質の存在を指摘しているが、他の説ではそこまでは触れていない。またどの説も自己複製能力について述べてはいないが、タンパク質や核酸の触媒作用に触れているので、複製が起こったことを示唆していると言えないこともない。

原始生命体の代謝系
  代謝の問題は表面代謝説で取り上げてはいるが、どのような代謝が行われたのか明確ではいない。
代謝(Metabolism)ウイキペデイア参照)は外界から取り込んだ物質を材料にして生命体を作り上げていく物質代謝と、そのような生化学反応を進めるために必要な化学エネルギー獲得のためのエネルギー代謝の総称であるが、両者は相互に深く関連しながら動いていることは言うまでもない。
 物質代謝のうちで外界の有機物または無機物を分解して化学エネルギー
ATPを取り出す異化代謝には呼吸があるが、大気中に酸素が出現したのは、10億年前に光合成生物が発生してから後のことなので、原始時代には存在しなかった。そのため原始時代には嫌気呼吸はあったかも知れないが、むしろ発酵(「発酵食品の話I」の最後参照)の方が先ではなかったかと想像されている。それは発酵現象に関与する酵素の数は嫌気呼吸に比べて少なくて済むからである。呼吸や光合成の出現はは原始時代以降のことであったと考えられる。
 異化代謝に関連した問題として、原始生命体は従属栄養だったか独立栄養だったかという栄養要求の問題がある。オパーリンのコアゼルベート説では原始環境では有機物がスープ状態で存在していたと考えており、またユーリー・ミラーの実験では、アミノ酸や糖その他の有機物が生成したことを認めており、原始環境には有機物が蓄積したと考えている。これらの説に従えば、そのような環境下に育った原始生命体は従属栄養生物だったと結論せざるを得ない。しかし近年の研究では原始環境に類似していると想定される深海の熱水噴出口周辺の硫化水素を含む海域に、高度好熱好塩性で独立栄養細菌の存在が確認されたことなどから、原始生命体は独立栄養生物だったという考えの方が有力視されている。
 原始時代における代謝系の成立経過について大島泰郎は興味ある考えを披瀝した。彼は従来の化学進化説を脱却し、より生物学的な進化の道筋を考えた。すなわち原始生命体にはゲノムが存在していたとしながらも、個々の生命体のゲノムは幾つかの代謝の素反応情報を保有してはいたが、総合的な代謝系を構築してはいなかった。やがて個体間で遺伝子情報のやりとりをすることによって、生命を保持するのに十分な数々の素反応系の情報をを取得蓄積し、総合的な代謝系が出来上がっていったと考えたのである。このような現象は現存の生物間でも起こっており、例えば短期間に発症形態の型が変わるので有名なインフルエンザウイルスの間では遺伝子の交換
ジーントランスファーという現象が盛んに起こっている。大島の学説はこの現象に注目して考え出されたのであろう。
 


現存生物から共通祖先をたどる】

#共通祖先とは
 上述の原始生命体は原始時代における環境物質の化学的進化の起こることを前提として原始生命体の発生を想定したのであるが、以下述べる共通祖先はより生物学的な観点から、生物の進化を前提として生命の起源を想定するという立場をとっている。このように原始生命体も共通祖先も、生命の起源としての生命体を念頭に置いてはいるが、発想のし方の相違もあって、研究方法にしても異なっていて、時代的にどちらが先かと言えば、原始生命体が共通祖先にやや先行したと考えて差し支えなさそうである。
 共通祖先の場合は多分に遺伝学的背景を持っていて、全生物の進化の経路を逆に進むことによって、全生物の共通の祖先にたどり着くことを期待するのである。分かり易く言えば系統樹を描いてみれば、その位置づけををすることができる。このような考え方が生まれた背景には、ウーズが古細菌を発見し、原核生物には真正細菌の他に古細菌があり、これに並んで真核生物の存在も考慮し、これら3種のドメインの微生物を系統的にどのように位置づけたらよいかを検討した結果、それら微生物の共通祖先となるべき生物の存在を概念的に考察したのであった。そしてウーズらは共通祖先に当たる生命体を
プロゲノートと呼んだ。その後、この問題の研究に携わっていた研究者らは、それぞれ発想の相違から、共通祖先をコモノートセンアンセスター注)などとも呼んでいる。

 注)
共通祖先の定義をするについての発想の相違を説明する。プロゲノート:遺伝的な仕組みが成立していない生物(ウーズ)コモノート:共通祖先は遺伝的仕組みが成立し、環状ゲノムを持っていた(山岸)センアンセスター:共通祖先は曖昧なものでしかない(ドリットル・ブラウン)

#系統樹による共通祖先の探求
 
 3種のドメインの微生物の存在が明らかにされたことにより、近年著しい発展を遂げた遺伝子系統樹注)の作成技術を駆使して、生命発生初期の進化の流れがかなり明確に示されるようになってきた。下図はコモノートを共通祖先とた系統樹であるが、古細菌とコモノートとの距離は真正細菌の場合よりもやや近めになっている点が注目される。

 注)19世紀末、ドイツのヘッケルが動物や植物の系統的類縁関係を大胆に想定して作成したのが系統樹である。これは生物の進化の道筋で枝分かれした状況を図として示したものであり、近年遺伝子の塩基配列などの解析に基づいた遺伝子系統樹も描かれるようになった(齋藤研究室・遺伝子系統樹入門講座」参照)。

       

 
この図で真正細菌の1番と、古細菌の7、8、9番の細菌はコモノートに最も近い位置にあるが、いずれも高度好熱菌でである。その後の研究からコモノート自体も高度好熱菌であったと考えられている。そして真正細菌をはじめ上記の好熱菌は環状DNAを持っていることが示されたことから、コモノートも環状DNAを持っていたものと推察札されている。
 一方、これまでも真核生物は原核生物から生まれたと考えられていたが、すでに述べたように、古細菌のDNAには真核生物のゲノムにみっれるようにヒストン様タンパク質が存在するという特徴を持っているなどのことを考慮に入れた結果、真核生物は古細菌に真正細菌が共生して生まれたものと考えられている。
 いずれにしても共通祖先に相当する微生物の存在は確認されているわけではないが、好熱菌であって、ゲノムサイズは小さいので、保有していた遺伝子の数も少なかったものと推論されている。そして遺伝的仕組みは必ずしも成立していなかったのではないか、ゲノムは連続しておらず、分断された形で存在していたのではないかなどという考察もされている。そのように分断された遺伝子が混ざり合っているうちに、3種のドメインの微生物が生まれてきたと考えるのである。この考えは原始生命体の項の最後に述べた、大島泰郎の構想と同じであって、共通祖先と呼ばれるようになっても、まだその程度の状態だったのかと考えてしまうのは筆者だけだろうか。



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