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−−ショパン国際ピアノ・コンクールでは、今年からレコード部門も開催 されて、カツァリスさんのレコードが第1回目のグランプリを取られましたね。
カツァリス 十一ヵ国の十六のレコード会社による二十六枚のレコードが 審査されました。審査委員長は作曲家のペンデレツキでした。ピアノの作品 のジャンルで、テルデックから出た、私の「バラードとスケルツォ」がグランプリになったのです。ピアノとオーケストラの部門では、セシル・リカド
とプレヴィン、ロンドンSOによる演奏が賞を取っています。
−−カツァリスさん御自身、ショパンは好きな作曲家ですか?
カツァリス 私は子供のころから大変にショパンが好きで、学生時代にも 狂ったように良く弾いていました。学校を出てから、少し離れていたのです
が、この二〜三年はまた弾いています。 といっても、シンフォニーの編曲も
のを弾かなければならない、といった現実的な理由から、機会は多くはあり ません。これからはなるべく弾くようにしたいと思っています。
−−カツァリスさんが音楽家を志すきっかけは
カツァリス 母は私がお腹の中にいる頃から、指揮者になるような男の子 が生まれて欲しいと思っていたのです。(笑)私個人としては、東洋の輪廻の思想を信じてます。私達というのは、霊的な存在であって、肉体でなく、精神が本当の自分なのです。死んだ後に、生まれ変わるべき人間に親近感を求め て来る。音楽家が欲しいと思っている母親のところへ、遊んでいる霊が人って来る。たぶん、私の霊は過去に音楽界に生きていて、音楽の活動を見てい た者なのでしょうね。日本では、こういった考え方は理解されると思います。 ヨーロッパでは理解されませんけれど。(笑) 私は幼ない頃、北アフリカのカメルーンに住んでいました。クラシック音 楽を聴く数少ない家庭の一つだったわけですが、そうした環境の中で、私自 身は二歳の時からクラシック音楽を聴いていました。ワーグナーの「さまよえるオランダ人」、チャイコフスキーのスラブ行進曲、そしてベートーヴェン の「田園」交響曲もその中にあったことを記憶しています。子供の頃から、 ベートーヴェンの交響曲が好きであったことも、現在の私が、「田園」をピア ノでレコーディングしたことに関係があるのでしょう(笑)。
−−その、フランツ・リストによる「田園」のトランスクリプション(編曲)
についてお話し下さい。
カツァリス 私が初めて、ピアノ版の「田園」を見た時は本当に感激しま した。その理由というのは、ただ単にオーケストラの編曲ではなく、ピアノ
曲として立派に独立したものであるという点です。 六年前に、ポーランドでコンサートを開いた時のことです。その二、三日
前に批評家が私のところに来たのです。彼は、私が「田園」を弾くことに対し
て非常に懐疑的でした。でも、コンサートが終わってから、ニコニコした顔 で『素晴らしい。シンフォニーを充分に分析しており、音楽として再生している』と言ってくれましたね。
−−ヨーロッパでのトランスクリプションに対する見方というのは
カツァリス 『何で、そんなものを弾くんだ? 時代遅れの音楽じゃないか』 と言う人もいます。ヨーロッパにもね。つまり、十九世紀にはオーディオ装置 が無かったから、シンフォニーを家庭で楽しむ為にそうしたピアノ編曲があ ったと言うわけです。しかし、リストのは素晴らしいピアノ音楽なのです。 自分の十本の指で音楽の内容を完全に伝達することができます。その為にど こまでシンフォニーを指で表現するのが可能か、というチャレンジングな魅力と知的な遊びがあります。
−−それは分析的な行為ということですか。
カツァリス 勿論その通りなのですが、ピアノ音楽でありながら、誤解さ れると困るのですが常にオーケストラで演っている様子を忠実に再現したい
のです。
−−では、演奏する時にはシンフォニーのもとのイメージがあるわけですね。
カツァリス まったくその通りです。実は、普通のピアノ作品を弾く場合で も、クラリネット、フルートといった様々な楽器の響きのイメージが自動的 に浮かんでくるのです。ホロヴィッツもこうした訓練を受けたようですが、 私の場合は天性のもののようです。そのうえ、音に色が付いて聴こえて しまいます。ファはグリーンで、レはブルーです。だから、私の頭の中では 様々な色が出てくるわけです。いろいろ述べましたけれども、一番 大切なのは、芸術家の側から聴衆の側にメッセージを伝える、ということで す。
−−カツァリスさんは他のピアニストによるトランスクリプションの演奏を聴いたことはありますか?
カツァリス はい。でも芸術とはコミュニケーションの質の問題であって、下手に伝達するのは愚かなことだと思うのです。
−−カツァリスさんは御自分でメッセージを伝達している、つまりコミュニケーションを成立させているとお考えですか
カツァリス ドイツの″オーディオ″という雑誌があります。今年の一月号では読者に八四年のベスト・レコードのアンケートをとっておりまして、第1位に選ばれたのは私のベートーヴェン「第九」(リスト編曲版)でした。ヨーロッパの演奏会でも、最初にシューベルトのソナタを置き、二番目にベートーヴェンの「エロイカ」を弾くと場内は沸くのです。普通の聴衆は「エロイカ」を聴きたい、批評家達は『何をやるんだ?』と、目を光らせる。皆の興味が「エロイカ」に集中するわけです。(笑)
−−トランスクリプションを弾く場合の実際の難しさというのは。
カツァリス まず、指の技巧の問題がある。しかし、一方では芸術上の解釈というものも出さなければならない。指に難しさを感じて弾いていると、解釈、つまり演奏の方まで気がまわらなくなってしまう。だから、徹底的に指
がまわるようにならないと人前には出せないのです。
−−それではかなり準備するのでしょうね。
カツァリス 練習というか、研究をするのです。ベートーヴェンのシンフ ォニーとリストの編曲をまず比較してみます。リストの譜面は勿論、素晴ら しいものだけれども、ピアニストの技術を考えて技げている部分があるので
す。そこを書き込んでいくわけですが、その作業が私の人生を暗いものにして いますね。(笑) 不思議な現象なのですが、シンフォニーの編曲の演奏に取り組んできて、
今、突然、私の中で解らなかった部分であったベートーヴェンのピアノ・ソナタの方が逆に見えてきたのです。
−−では、ソナタの録音もあるのでしょうか。
カツァリス 来年ですが、皆があまり弾かない第九、十番、そして第八番 「悲愴」ソナタ、あるいは今回の公演で弾く第十二番「葬送」ソナタを演っ てみたいと思います。 子供の時に、第三十一番。第三十二番、「熱情」
を弾いても、ちっとも面白くなかったけれども、今はやる気になっています。
−−ベートーヴェンの九つのシンフォニーの中で一番お好きなのは?
カツァリス 日本の女性が九人いて、皆、着物を着て並んでいたら、『どの人
が一番きれいか?』と訊かれても困りますよ。(笑)
−−今回の公演のプログラムではリストの後期の作品が並んでいたりするわけですが、選曲はどのように。
カツァリス 来年はリストの死後百年ですので、リストの死というものを めぐって演ってみたかった。ご存知のようにリストは非常に霊的な人間だっ たわけですが、ベートーヴェンとシューベルトとの関わりの中で「死と英雄」 というテーマを考えてみたのです。ベートーヴェンからは「葬送」ソナタと 「エロイカ」シンフォニーを。シューベルトは最後のソナタを選びました。 シューベルトは、第二楽章で自分の死を予感しています。ですから、あの楽 章は自らの葬送行進曲なのです。 来年、パリでも同じ演目でリサイタルを開く予定です。
−−同世代のピアニストでは誰に関心がありますか?
カツァリス まず、デュシャーブル。彼は非常にタフで演奏に安定性があり 尊敬しています。次にはポゴレリチ。モーツァルトを弾く時のバレンボイム、 そしてペライアの自然な弾き方も好きですね。アルゲリッチもいい。昔のピアニストではホフマンとラフマニノフがいいです。さらに、多くの人は異論 があるかも知れないけれど、シフラは刺激的な天才だと思います。ナットの音も素晴らしいですね。
−−現在、作曲活動の方は
カツァリス 時間があればやりたいと思いますが……。現代音楽というも のは遠いところに行ってしまっています。聴衆と作曲者達との間に大きな断
層が出来てしまった。聴衆はもはや新しい人の作品を聴こうとしません。そ うするとメッセージというものが伝わらない。そういう傾向の作品を書かねばならないとしたら問題です。
−−暇な時間のすごし方は。
カツァリス 現在は、飛行機の中ででしか暇な時間はありませんが。(笑) 休みの日にはピンポンをしたり、映画を観たりしますね。とくに映画は好 きです。
−−他に興味のあることは?
カツァリス 国際政治に関心があります。あれは本当に面白いゲームだ。
−−今後、取り組んでみたい仕事は?
カツァリス 沢山ありすぎます。まず、ベートーヴェンのシンフォニーを 全曲録音しなければいけない。シューマン、ショパンの全集も作りたい。来年の春に発売されるのですが、バッハの一台用の四曲のコンチェルトの録音。 共演はフランツ・リスト室内管弦楽団です。
−−最後に、カツァリスさんは今回で二回目の来日ですが、日本についての 印象はどのようなものでしょう?
カツァリス 大変に感動しています。まず、マネージメントをはじめとして音楽界の組織が非常にうまくいっている。そして聴衆が素晴らしい。熱心に
注意深く聴いてくれる。これ程西洋の音楽に対して門を開いてくれるのに、 我々は日本の音楽についてあまり知らないのは恥ずかしいことだと思います。そ
れから、日本ではテクノロジーの進歩と伝統とが共存している点にも驚かさ れました。
−−有難うございました。
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