| Year |
Topics |
Details |
| 1951年 |
5月5日 マルセイユに生まれる。 |
両親はキプロス系。このときキプロスはまだ独立していない。
しかし、あるインタビューで、1947年に父の仕事のため(石鹸工場)、カメルーンに移住したとも言っている。母親が生まれるときだけマルセイユにいたらしい。 |
1955年
(4歳) |
カメルーンにて ピアノをはじめる。 |
姉の影響でピアノをはじめたらしい。ちょっとモーツァルトのようだが。このころベートーベンの田園交響曲を聴いて、ピアノで弾いてみたいと思ったとか。ところがレッスンにいかせても1本指でしかピアノを弾かず、全部の指を使うようになるまでにはしばらくかかったという。頑固な性格はこのときからすでにあらわれている。
ピアノだけではなく音楽はとにかく好きだったらしく、レコードをかけて指揮者のまねごとばかりしていたとか。 |
1964年
(13歳) |
パリ音楽院入学 |
Aline Von Barentzen、Jean Hubeau、Monique
de la Bruchollerie らに師事。 |
1970年
(19歳) |
同校卒業 |
室内楽とピアノ部門を主席で卒業。アルベール・ルーセル財団賞を受賞。 |
| 同年 |
チャイコフスキーコンクールで入賞 |
ディプロマ受賞(特別賞みたいなもの) |
1972年
(21歳) |
エリザベート国際コンクール9位入賞 |
審査委員長のギレリスの反対で落とされたそうな。このときの優勝はあのアファナシェフ。ポゴレリッチのショパンコンクール落選以来のスキャンダルだそうな。そりゃギレリスにしてみたら、カツァリスの音楽は理解できないだろうな。 |
1974年
(23歳) |
ジョルジュシフラ国際コンクールで優勝 |
とうとう優勝。このころからEMIへレコーディングを開始する。 |
| 1976年 |
自作「フェニックスの詩」を作曲 |
カツァリスは作曲もする。 |
| 1977年 |
エテルナハ音楽祭の芸術監督に就任 |
ルクセンブルクの著名な音楽祭。現在も監督を務めているが、2008年は本人の出演は無し。 |
| 1978年 |
自作「キプロスのラプソディ」作曲 |
この曲は、アンコールCD集に収録されている。 |
| 1980年 |
TELDEC 移籍 |
LPを何枚かだした後、TELDECへ移籍。看板ピアニストとなる。ちなみにTELDECでは、他に、ブッフビンダーとか極めて地味なピアニストしかいなかった。 |
| 1981年 |
ベートーヴェン交響曲全曲レコーディング開始 |
カツァリスの名前を一気に有名にしたベートーベン交響曲ピアノ編曲版のリリースを開始。リスト編曲といいながら、足りない音符を追加して弾くという芸当に世界が脱帽。1990年に完結。 |
| 1984年 |
フランツ・リスト賞受賞 |
ベートーベン第九シンフォニーの録音が受賞 |
| 同年 |
ドイツ・アウディオ誌ベストレコード賞 |
同じく第九シンフォニー。この第九、合唱は?という疑問に答えると、当然合唱パートもピアノで弾いてます。もちろん1台で2本の手で。多重録音無し。壮絶。 |
| 1985年 |
ショパンコンクールベストレコード賞 |
ショパンのバラードスケルツォの録音で受賞。このため、1990年よりショパンコンクールの審査員を務める。 |
| 1986年 |
Record of the Year Award 受賞 |
全てのリストの録音レコードに対して、British
Music Retailers Associationから贈られる。 |
| 同年 |
NYのカーネギーホールデビュー |
ピアニストとしてはひとつの到達点であるNYカーネギーホールデビュー。大成功を収め、常連となる。 |
| 1989年 |
再びフランツリスト賞受賞 |
ベートーベン第一・二シンフォニーの録音にて再度受賞。 |
| 1991年 |
SONY CLASSICALへ移籍 |
ショパン ピアノ作品全集にてSonyへ録音がスタート |
| 1992年 |
NHKにて「ショパンを弾く」放送 |
ご存知、NHK「ショパンを弾く」の放送開始。いまだに思うが、NHKの番組担当者はどうしてカツァリスに白羽の矢をたてたのか。よほどの慧眼か、そうじゃないか。だって、「モーツァルトを弾く」がワルタークリーンとか、ベートーベンかなにかはオピッツとか・・・。B級ピアニストばっかりだし。 |
| 1995年 |
Sonyから「イタリア風バッハ」をリリース |
この後、Sonyとケンカ別れ。 |
| 1997年 |
Knight's Order of Arts & Letters 受賞 |
フランス政府より叙勲 |
| 1999年 |
カーネギーホールで記念演奏会 |
ショパン没後150年のメモリアル演奏会をまかされる。2000年にはバッハのメモリアルコンサートも開く。NYでは絶大な人気のカツァリス。 |
| 2001年 |
ついにオリジナルCDレーベル立ち上げ |
どこからもCDがでないのに業を煮やし、自分でレーベルの立ち上げを計画。とうとう7月に2枚の新譜が発売された。 |
| 2001年 |
ロン=ティボー国際コンクール審査員 |
11月に開かれたピアノ部門コンクールで審査員を務める。ちなみに審査委員長はネルソン・フレイレ。 |