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台湾史もぐら叩き

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ようこそ、でもまだテスト中です。万が一閲覧なされて気分を害することがあっても責任負いません。。。

台湾語の「鶏婆」は老婆心。つまり、鶏婆(ケエポオ)ながら・・・主として1945年終戦以前の台湾について、昨今公開された情報のミスを探し、ここで訂正しています。。。。。言うなれば、台湾関係出版物に対する問題提起。即ち、所謂「歴史『認識』」以前の「事実『誤認』」や「疑義」の指摘など。

目次:

01 牡丹社事件........60名以上の「漁民」が一時に漂着 ?

02 左営海兵団........高雄海兵団だよ ?

03 二二八の時........旧総督府から機銃掃射 ?

04 化外の地は........台湾全土を指して ?

05 日本基督教団........成立時期が「1937年5月」 ?

06 辜振甫氏........辜偉甫で ?

07 専修班........先修班 ?

08 霧社事件........「国際条約で禁止された毒ガス」 ?

09 国民小学校........二つ引っ付けて一つ ?

10 李登輝........少尉見習い」 ?

11 国姓爺合戦........国「性」爺合戦 ?

12 湯川少尉(湯守仁)........厚木士官学校卒 ?

13 高砂義勇隊........一等兵 ?

14 台湾官兵善後連絡部........日本官兵善後連絡部 ?

15 228事件の林江邁さん........老婆 ?

16 霧社事件に........爆撃機出動 ?

17 陸軍士官学校に........台湾人はいない ?

18 <生蕃人>の呼称........<高砂族> ?

19 看護助手........『P』か ?

20 前嶋信次先生........前島信次先生 ?

21 海南島台湾人志願兵が........「起義} ?

22 兵隊にとられ........南方へ ?

23 絵葉書の発行元........「生番屋」 ?

24 日本資産の接収........「国民党」 ?

25 <反省>米糖相剋........米と砂糖きび競合 ?

26 228紀念館に........「国語家庭」表札 ?

27 長老会........キリスト長老教 ?

28 「歌」が「ゴア」なら........「我」は ?

29 台湾省行政長官が........台湾行政長官に ?

30 北白川宮能久親王が........北白川能久に ?

31 台湾人兵士が........約3万人戦死 ?

32 公医は........公の医者 ?

33 西郷従道は........賞金稼ぎ ?

34 気動車は........アミ語で「ガソリン」 ?

35 皇民化運動期に........新聞雑誌「漢文欄」禁止 ?

36 日本企業の対台湾投資........融資は ?

37 台北市青田街の日本家屋........台北帝大教授「宿舎」 ?

38 カトリックは........キリスト教ではない ?






















































































































牡丹社事件........60名以上の「漁民」が一時に漂着 ?


所謂「牡丹社事件」琉球藩民殺害

何時の間にやら「漁民」説が流布しており、そのように書いた専門書も多々あるが、当時約60名以上の「漁民」が一時に漂着するはずがない。

歴史研究に先ず必要なのは「常識」。

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左営海兵団........高雄海兵団だよ ?


台湾の英霊(ここをクリック)の記事で

「習志野陸軍予備士官学校」は間違いで、正しくは「陸軍習志野学校」。
また、「左営海兵団」は「高雄海兵団」です。

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二二八の時........旧総督府から機銃掃射 ?


ある女史が、「228の時、旧総督府から機銃掃射があり、群集が死亡」云々と書いたりしており、それが「史実」として(日本で)流布していますが――

台湾総督府は昭和20年5月31日のB24の爆撃で大破、未修復で、使用できる状態になかった。また、群衆は総督府に寄らなかった。そこは、日本兵が引き上げたあと、空っぽだった。

「日本兵が引き揚げたあと」と言うのは、厳密に言うと「琉球官兵」だと思います。沖縄出身者で沖縄に帰還することを希望した人達。
第九師団から抽出されて、「雷神」旅団に配属、沖縄に逆上陸する筈だったのが、軍需物資を積んだ船がボカチンを食って、その為に命拾いした人達(宜蘭で終戦)も多く含まれていたと推定されます。

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化外の地は........台湾全土を指して ?


「清朝は台湾を化外とした」と記述したりしている者がいますが

少なくとも日本との関係に於いて(琉球藩民遭難などに関連し)、清朝が台湾全土を指して「化外」と言った記録はないと思います。
「化外」はあくまでも「生番」に関してのみ。

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日本基督教団........成立時期が「1937年5月」?


台湾の済南教会「簡史」に

日本基督教団成立時期が「1937年5月」と記載されていますが、正しくは「1941年(昭和16年)6月」です。

日本基督教団成立の沿革(ここをクリック)

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辜振甫氏........辜偉甫で ?


ある女史が(『諸君』6月号)に

「終戦直後に辜振甫氏が日本に来て軍部と会談した云々・・・」と言っていますが、実際に上京したのは辜偉甫で、面談者の一人(文官)は確認済。
接触した「本命」についても聞いてはいるが、日本側文献資料で確認出来ないので、現時点では「非公開」とする。

それから、終戦直後の辜偉甫の来日の目的(陸軍航空機に搭乗して来日)、東京での面談者(塩見俊二氏と会ったことは記録に残っていますが、それ以外の重要人物)などなど。。。興味深い話ですが、「裏が取れない」ので、現時点では公表しません。

ある「企図」を安藤利吉大将から拒否され、東京に出向き○○宮殿下(皇弟)に接触したが、矢張り「いかんともしがたい」ということで断念。。。

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専修班........先修班 ?


某氏は『悲情山地』で「先修班」を「専修班」にしていますが

当時の台湾大学には「専修班」なるものはありません。
台湾大学の「先修班」は終戦前の台北帝大「予科」になります。

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霧社事件........「国際条約で禁止された毒ガス」?


霧社事件に「国際条約で禁止された毒ガス」

「私は本件は詳しくない」と前置きした上で、
編者(台湾人2名、日本人1名、いずれも大学教員で台湾人2名は旧知の間柄)に、

*使用された致死性毒ガスの種類
*当該国際条約の名称及び条項

を書面で問い合わせたが、数度にわたる催促にも拘らず、ノーコメント。
「学究」は「絶滅危惧種」か?!

注:私は「致死性毒ガスの試験的使用の可能性」まで否定することは出来ない。思い余って、出版社(財団法人東京大学出版会)に当該質問状のコピーを送付。

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国民小学校........二つ引っ付けて一つ ?


日本人は「国民小学校」?

と、 これは、台湾の小説を翻訳監修した某大学教授の注釈です。

ところで、実情は――

日本人は「小学校」、台湾人は「公学校」。
昭和16年に共に「国民学校」に名称統合。

其の他眼に余る間違いが多々あり、指摘をしたが音沙汰なし。
随分とたって、簡単な返事があったが、自分の「無常識」を殆ど認識していないので、匙を投げた。

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李登輝........少尉見習い」?


李登輝「少尉見習い」?

某全国紙台北発記事。書くんだったら「見習士官」でしょ。

こんなことも知らないとは、昭和は遠くなりにけり。
何時ものお節介で同紙東京本社に間違いを指摘したが、音沙汰なし。
道義も地に落ちたもの。

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国姓爺合戦........国「性」爺合戦 ?


近松門左衛門の『国姓爺合戦』?

原典に当っていない証拠。正しくは『国「性」爺合戦』。

<反省>
「国姓(性)爺」は「こくせんや」(のみ)と確信していたが、先日入手した江戸時代の文献に「国姓爺(こくせいや)」とあった。

「毎日が勉強」(これは歴史に限らないが)。

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湯川少尉(湯守仁)........厚木士官学校卒 ?


ツオウ族の湯川少尉(湯守仁)は厚木士官学校卒?

長年台湾に関与している某大学教授(歴史専攻)の論文。

厚木士官学校などと言う帝国陸軍の学校名は初見。
長生きはするものですなあ

<追記>
某民族学専門家より「(ツオウではなく)ツォウと表記すべき」との指摘がありました。まさに「学究」の鑑、感謝感謝です。

<補足>
1.陸軍士官学校(本科)は神奈川県座間にあったが、別名「相武台(そうぶだい)」の由。

2.陸士関係者及び研究者に聞いたが、当時も現在も「厚木士官学校」と言うのは聞いたことがないと。

3.「少尉候補生(者?)として陸軍士官学校(航空士官学校)に在籍と言うケースもあったようだが、この辺りはかなり複雑。

現時点で確認できたのは、この人達は「陸士○○期」とは呼ばれず「陸士名簿」にも載っていない。

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高砂義勇隊........一等兵 ?


高砂義勇隊一等兵?

長年台湾に関与している某大学教授の表現。

おいおい、高砂義勇隊は(軍人ではなく)軍属だよ。
そんなことも知らないの?
正しくは「陸軍一等兵」。

(2006年8月30日 修訂)

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台湾官兵善後連絡部........日本官兵善後連絡部 ?


台湾官兵善後連絡部?

戦後、台湾総督府が台湾官兵善後連絡部に改組された・・・と書いてある本が古くから数種存在するが、

正しくは――
第十方面軍(台湾軍)⇒台湾地区日本官兵善後連絡部

<推定>
当初、総督府職員の一部は「官兵」を「(私兵とか匪賊ではない)正規軍」と解釈せず、「官吏&兵隊」と誤解した気配がある。

<補足>
1.この「官兵」と言う表現は、(中国戦区の)日本軍が平和裏に「矛を収め」させるため、中国側が考え出した「名案」と思われる。

2.総督府は機能喪失、主として第十方面軍が在台日本人の面倒を見るなど、最後のご奉公。

3.沖縄出身で沖縄帰還を希望した軍人は「琉球官兵」と称された。

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228事件の林江邁さん........老婆 ?


闇煙草売りの老婆?

228事件の引鉄となった林江邁さん、

事件発生当初に日本に伝わった情報では「40歳余りの寡婦」。それが何時の間にやら「老婆」に。

今でも「老婆」説が出回っています。
現在の台湾では子孫の消息も判明していると思うのですが、一度流布した「説」を正すのはなかなか大変で、「もぐら叩き」をやっています。

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霧社事件に........爆撃機出動 ?


霧社事件に爆撃機出動?

『認識台湾(歴史編)』にも「轟炸機」と書いてある。
執筆者には「飛機」にした方が良いのではと進言済み。

日本の本でも「爆撃機」説あり、著者に「機種は何か」と問い合わせたが、勿論回答無し。

1.『霧社蕃害事件』(朝日新聞映画ニュース)の映像(複葉単発飛行機)を防衛庁防衛研究所に検証を依頼した結果、如下。
⇒陸軍乙式一型偵察機(川崎サルムソン2A2)

2.手持資料で当時の陸軍に「実戦配備」されていた複葉単発機を調べた結果、如下。
⇒甲式4型戦闘機、乙式1型偵察機(上記のもの)、87式軽爆機、88式偵察機

3.屏東の飛行第八連隊に配備されていた機種は(手持資料では)確認不能。仮に「87式軽爆」が配備されていたとしても、それが「連日数機出動・・・巨弾の雨を降らせ」とは俄かには措信し難い。

<補足>
「屏東飛行第八聯隊にては・・・連日数機出動して、間断なく凶蕃の根拠地を空襲し、巨弾の雨を降らせ、地上砲兵部隊と協力して敵陣を完膚なき迄粉砕し、その赫々たる武勲は特筆すべきものあり」
(台湾総督府警務局編『霧社事件誌』より抜粋)。

こんな法螺を吹くから「爆撃機」説が流布することになったのか(苦笑)。

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陸軍士官学校に........台湾人はいない ?


陸軍士官学校に台湾人はいない?

陸軍士官学校に(朝鮮人はいるが)台湾人はいないと言う「説」が流布しているが、実は戦争末期に若干名入学している。

1.陸軍予科士官学校『第六十期生徒名簿』(昭和19年3月)「第九中隊第九区隊」に「台湾・蘇○秀」の名前あり。
ご本人とは兼ねてより面識があるので、受験の背景などを聴取済み。

2.同氏によると、その頃、数名の台湾人が日本名(改姓名)で入学している。

3.別途、中途編入(少尉候補生?)も数名いるようであるが、最終確認はとれていない。

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<生蕃人>の呼称........<高砂族> ?


長年台湾に関わっている某女史の文章から

<生蕃人>の呼称も、皇民化教育の手前、<高砂族>に変えられた?

ところが――
所謂「皇民化運動」は昭和12年頃から、
一方「高砂族」呼称の公的使用開始は昭和一桁で
「時系列」的におかしい。

イデオロギーに目が眩み・・・・。

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看護助手........『P』か ?


看護助手は『P』か?!

些か長くなるが、日本で翻訳出版された本から引用。

QOT
誰もが知っているように、看護助手というのは日本軍の侵略戦争さ中、野戦病院に配属される女のことである。
当局は、わざわざ彼女たちに看護助手という名目の仕事をさせ、兵士や軍医を懐柔する道具にするとともに、飢えた狼のような男に仕えさせるのだ。
表面上彼女たちは従軍婦人と称され、名誉を与えられている。しかし戦地ではあれら飢えた狼男たちは、ひそかに彼女たちのことを『P』と呼んでいる。
意味は慰安婦の類を指す。それほど下賤なのだ。
UNQOT

この文章を読んで、「淡々と史実を探究する」ことが重要と常日頃主張している私が「猛り狂って」しまった。
看護助手、正式呼称は「特別志願陸軍看護助手」(略称は特志看護婦)高等女学校を卒業し志願した誇り高い人達。
翻訳者に(出版社経由)「妄言多罪」と言う趣旨のメモを送付したが音沙汰無し。

一方で――
台湾・豊原市に在住の「まろやか」翁に依頼して『古い記憶のメロデイ』の「軍歌、戦時歌謡」に『看護助手の歌』(越山正三作詞、呂泉生作曲)を収録して貰った。

古い記憶のメロデイ  で鑑賞して下さい。

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前嶋信次先生........前島信次先生 ?


前嶋信次先生は前島信次先生?

先だって、某大学が編集した台湾資料研究書の寄贈を受けた。
寄贈を受けた以上、「あらさがし」するのが礼儀であるので、早速中を見て、数箇所指摘した(「明らかなミス」と言うよりか、将来に向けての改善の糸口を探す)。

その中で、「前島信次」は当然「前嶋信次」の転換ミスであるが念の為、と指摘したところ、編集を担当した人は「前島」と信じて疑っておらず、間違いを認識させるのに「おおじょうこいた」(広島弁、大変だったの意)。

ここを参照  
前嶋信次先生は、台北帝大のほか、台南一中でも教鞭をとっておられた。

<余談>
「前嶋か前島か」だけで議論が終わってしまい、其の他の指摘事項は全て積み残し。

他の分野の台湾関係専門書にも「前島」説が流布。編著者に指摘したが、音沙汰無し。

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海南島台湾人志願兵が........「起義} ?


海南島台湾人志願兵が「起義}?

某私立大学教授(中国出身)の「専門書の体裁を整えた」書籍で言及されていた(某私立大学に提出した博士論文をベースにしたものであると)。

早速書面で以下の如き問い合わせを行った。

QOT
初見である。出典をご教示賜りたい。

1.陸軍特別志願兵の可能性は先ずないと思うが、海軍特別志願兵か?
2.軍属も沢山派遣されていたが(海軍警察、通訳etc)、その可能性はないか
3.因みに海南島の台湾人の大半は、「乞食」のような状態で1946年に復員。リーダーは呉振武元帝国海軍大尉(屏東人、東京文理大→横須賀海兵団と記憶している)。
UNQOT


この本には、これ以外に「明らかな間違い」が多々あり、間違いを指摘したり、(故意に)出典を尋ねたが、当然の事ながら音沙汰無し。

因みに、勤務先の大学(歴史のある学校)の「出版助成」を受けているとの事。大学の出版助成審査は、一体誰がどのように行っているのであろうか。

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兵隊にとられ........南方へ ?


兵隊にとられ南方へ?

日本で翻訳出版された小説にあった表現。
監訳者(某私立大学教授)に以下の趣旨を伝えた。

QOT
徴兵制に基き台湾人が入営したのは昭和20年。台湾守備が任務。南方に派遣しようにも輸送船がない。
UNQOT

当然のことながらコメント(回答)無し。


<補足>

1. 著者は「両親とも外省」二世。90年代に拙宅に来られたか、「非常有礼貌」の印象。

2. 台湾の人達が日本時代の「史実」に疎いのは止むを得ない面もある。だから間違いが有れば、我々日本人が支援しなければならない。

3. そのためもあって、私は90年代から「日本近代史」の勉強を始めた。特に「軍事史」。全て自学自習。

4. 台湾総督府編『台湾統治概要』(昭和20年、終戦後刊行)から抜粋。


<徴兵制度>

大東亜戦争の進展伴い、昭和20年度より台湾に本籍を有する者にも兵役服務の制を設けられたる為、昭和19年度より之が準備を進め、昭和20年1月全島一斉に徴兵検査を実施せり。
其の結果、受検者総数45,726名中、甲種4,647名、一乙18,033名にして、其の大部分は現役兵として入営せり。

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絵葉書の発行元........「生番屋」?


絵葉書の発行元は「生番屋」?

数ヶ月前、国家図書館がネットで同館が所蔵する日本時代の絵葉書の展示会を行っていた。
「生蕃屋」発行の絵葉書も数枚含まれていたが、全て「生番屋」となっていた。


そこで――

メール(日本語)で、「収蔵番号○○○絵葉書」の発行元は「生番屋」ではなく「生蕃屋」ではないかと指摘。
数日後、国家図書館担当者よりメール(中国語)で「貴重なご指摘多謝」との返信あり。


<事例研究>

1. 台湾史関係者は簡単な日本語は読解できることを再確認。

2. 故意に「些細な事項」を指摘して相手側の反応を見るのも一案。日本からの{重箱の隅」的指摘に対し、丁重な対応をする担当者は一応信頼して良い。


⇒ 後日、こちらからかなり貴重な「映像史料」(VIDEO)を提供したが、「迅速且つ簡潔な受領確認(及び謝意)」がメール(中国語)で送られて来た。

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日本資産の接収........「国民党」 ?


戦後、「国民党」が日本資産を接収?

多くの本にこのように書かれているが、書くんだったら「国民党政権」(等)とすべきではないか。


<補足>

1. 私は数種の『交替書』(日本側から中国側への事務引継+引渡財産目録)を所蔵しているが、例えば「総督官邸」(1945年11月28日付)には
「移交人:台湾総督秘書官堀江長蔵、接収人:台湾省行政長官公署秘書処第三科長鄭国士」とある。
即ち、接収したのは「国民党」ではなく「国民党政権」である。

2. 例外として、映画関係などは「国民党」が直接接収したと聞いたことはある。

3. その後の国民党の「錬金術」(所謂「政官癒着」)について、具体的事例に基く研究が必要であろう。


なお、私自身は「終戦までの台湾史(一部戦後処理を含む)」を守備範囲としているので、研究する予定はない。

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<反省>米糖相剋........米と砂糖きび競合 ?


<反省>米糖相剋、米と砂糖きび競合

「米糖相剋」と言う言葉は知っていたが、米は水田で作る(台湾でも陸稲は僅少)、一方砂糖きびは畑で作る。何故競合するのか?


10年程前、偶然近所に元台湾総督府の農業技術者が居られることが分かり、自宅にお伺いして兼ねてより疑問に思っていたことを質問したところ、
即座に「水田の水を抜けば、砂糖きびが植えられる畑になる」
(そんな事も分からんのか!とは言われなかったが)。


<負け惜しみ>

台北に住んでいたので、水田は僅かながらも残っていたが、砂糖きび畑は皆無。分からなくて当たり前。

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228紀念館に........「国語家庭」表札 ?


228紀念館に「国語家庭」表札 ?

数年前、日本で出版された本の中で、著者(日本人)が「228紀念館で初めて国語家庭表札のホンモノを見た」と書いていたので、大慌てで手紙を出し、
「あれは私所蔵のホンモノ(*)のカラーコピー拡大版です」と伝えた。
著者からは返信あり。

* 「日の丸/国語の家/台中州」タテ15センチ×5.5、琺瑯製、青地白字赤線


<補足>

私は実寸大カラーコピーを提供したのみ。
用途についても何等知らされていなかった。


次回228紀念館訪問の際に
「せめてカラーコピー拡大版くらいの説明はつけてよ」と頼んでおこう。
提供者として私の名前が明記されており、
これでは「歴史オタク」としての名声に傷がつく。

それにしても、最近のカラーコピー機は性能抜群!

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長老会........キリスト長老教 ?


長老会とキリスト長老教会は別の...

某台湾人の同一論文の中に「長老会」と「キリスト長老教会」があった。

早速、訳者に手紙を出し、
「同じ教会ですね。台湾基督長老教会(長老教会)を使用するのが妥当と考えます」と指摘したところ、率直に誤りを認める返信あり。

訳者は日本の大学で博士号(言語学?)を取得、帰国して台湾の大学に奉職。面識はないが、研究者(兼)教育者として将来を期待している。


なお、長老教会については、民族学分野もかなり「用語の乱れ」があったので、某日本人学者に上記と同様の趣旨を伝えたところ、即座に建議を全面的に受け入れる旨連絡があった。


<所見>

上記の2例の如く、指摘が奏功するのは極めて稀。殆ど全て、何の音沙汰もないのが現状。


誰にも間違いはある。「業界」や「主義主張」の違いはさておき、どんな些細なことであっても、お互いに指摘しあって、より良い業績を残すのが社会に対する使命と思うのだが、現実は余りにも酷い。

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「歌」が「ゴア」なら........「我」は ?


最近、台湾語ルビを振った本が多くあるが、

台湾語の基礎知識が殆どない人達によるものが多いと言わざるを得ない(日本人も台湾人も)。


例えば「歌」に「ゴア」と振った人に対し、

⇒「歌」は総督府カタカナ、教会ローマ字では「コア」、「Koa」であり、そして、「我」は(各々「ゴア」、「Goa」)である。

「歌」を「ゴア」と表記するのであれば、「我」は「コに四つ点を振るのか」と質問すると、音沙汰無し。


<私見>

1.必要不可欠の場合を除き、原則としてルビ不要。

2.ルビを振るのであれば、現在も復刻本が容易に入手できる『台日大辞典』(台湾総督府、昭和6年刊)をベースとしてそれに近い表記とする
(必要に応じ、甘為霖先生の『厦門音新字典』の教会ローマ字を補助工具とする)。

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台湾省行政長官が........台湾行政長官に ?


台湾省行政長官が台湾行政長官に

最近、二人の大学教授(日本人、台湾人各一)が、「台湾行政長官」と書いているのを見た。

手元にある当時の資料は全て「台湾『省』行政長官」。
「主義主張」に何等影響を及ぼすものでないのであれば、正式呼称を用いて貰いたいもの。


御両名には書面で指摘済み。
もし当方の指摘が間違いであれば、その旨教えてもらいたいのだが。

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北白川宮能久親王が........北白川能久に ?


「北白川宮能久親王」を

ある「学術書」に「北白川能久」と書いてあった。

「天皇制は親の仇」と思っているのであれば、「北白川『宮』能久『親王』」とでも書けばよいではないか。

著者に、「それとなく、やんわりと」その趣旨を匂わせたが、勿論音沙汰無し。

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台湾人兵士が........約3万人戦死 ?


色んな本に「先の大戦で約3万人の台湾人兵士が戦死」

と言うようなことが書いてある(「主義主張」に関わり無く)。

台湾史の基礎知識があれば、
軍属が圧倒的に多いであろうことは容易に推察できるはず。
単に「軍人軍属」と書けば良いものを(内訳を求める読者は先ずいないであろう)
兵士」と書くから話がおかしくなる。



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公医は........公の医者 ?


日本人(戦後生まれ)の書いた本に「公医は公務の医者」とあった。
早速出版元に書面で「公医は地域限定医師免許云々」と伝えたが、音沙汰なし(同時に指摘した他の間違いも含め)。


この出版社は此処数年来、儲かるとも思えない台湾関係書籍の出版を続けており、 「小粒でもキラリと光る」 存在ではないかと淡い期待を寄せていたが、矢張り他の出版関係者と同類で、自浄能力欠如。


<蛇足>

*全ての公医が「校医さん」と言う訳ではないのに・・・。
*出版社の頭家は、お世辞にも謙虚な人柄とは言えないが・・・。

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西郷従道は........賞金稼ぎ ?


某国立大学教授が、台湾出兵(牡丹社事件)に関して、「日本は(清朝から)50万両の『賞金』を得て台湾から撤退」と書いていた。

日清両国間『互換条款』には「撫恤、籌補」と記載されており、日本語に翻訳すれば「見舞金、補償金」辺りが妥当であろう。
時々「賠償金」と書かれているものはある。これも一寸無理があるが、 「賞金」よりはマシ。

これ以外にも、一寸した「常識」があれば間違うことのないような「明らかな間違い」数箇所有り、こんな教授の指導を受けなければ いけない学生諸君に対し、同情を禁じえない。一般社会に出たら、 「使いもの」にならない。

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気動車は........アミ語で「ガソリン」 ?


台湾総督府編『アミ語集』だったと思うが、「気動車」はアミ語で「ガソリン」 と言うようなことが書いてあった。

「ガソリン」と「ジーゼル」の区別もつかないのか!
と思っていたところ、日台双方の鉄道事情に通じた日本人「鉄道オタク」が「あれで良いんです。日本内地にもガソリン車がありました」云々、すんでのところで大恥をかくところだった。

ところで、05年夏、東京で会った二人の老「湾生」(共に70歳代、台湾北部出身、父君は鉄道関係者)の証言。

台北近郊で運行していたのは「ガソリンカー」と呼んでいた。「気動車」と言う言葉は内地に帰って初めて聞いた。

<2005年11月12日記>

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皇民化運動期に........新聞雑誌「漢文欄」禁止 ?


皇民化運動期に新聞雑誌「漢文欄」禁止?

最近も2名の国立大学教官がこんなことを書いているのを発見、
早速「メモ」で以下の如く指摘した。

1.根拠法規は?

2.その後も例えば『台湾芸術』誌には漢文欄存続。

3.あれは「行政指導ならぬ行政脅迫*」に基く「廃止」と了解。

*   私が「行政手続法」に関連して命名したもの。

勿論、音沙汰なし。素直に教えを請いに来れば、手持資料は全て提供してやるのに。


注:

某著名台湾文学史研究者が「緻密な論証」を行い論文を発表している(禁止ではなく廃止)。

こんな教官が学生さん達に「原典に当たったか」とか「先行研究は読んだか」などと「指導」出来るのか?

「事実誤認や知識不足」は誰にでもある。問題はそれを指摘されても「頬かむり」する態度。

<2005年11月12日記>

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日本企業の対台湾投資........融資は ?


日台経済関係(史)に関する本を読んでいると、日本企業の対台湾投資は出てくるが(それも殆ど同じ内容で新味はない)、融資については一切言及されていない。

特に日台断交後、日本企業の多くは諸般の事情から台湾に対する新規投融資を手控えていたが、徐々に(恐る恐る)再開し、台湾経済の発展の下支えの役目を担ってきた。

1980年代後半になると、内容によっては台湾側が外資流入を制限せざるを得なくなるような情況になったが、その頃の私の勤務先(総合商社)の対台湾融資残は数億ドルにも上っていた(投資残は僅少)。

台湾経済の規模と日本全体の融資額を考えると、決して無視できるような金額ではなく、都度著者に「融資について言及しないのは面妖」と書面で通知して来たが、誰一人として勉強した気配がない。教えを請いに来れば、差し支えない範囲でかなり詳細に教えてやるのに・・・「もぐら叩き」も疲れ果てた。

注:全体像を把握することは不可能であるが、一部の案件についての「事例研究」は可能。


<補足>

1.普通の日本語でも「(財政)投融資」などの表現があるではないか。

2.日中国交正常化前の「クラレビニロンプラント対中輸出輸銀資金使用」の逆が起こっていたら・・・と言う想像力さえも働かないのか。

<2006年10月10日記>

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台北市青田街の日本家屋........台北帝大教授「宿舎」 ?


台北市青田街(旧昭和町)に日本家屋が残っており、保存運動が行われている。

台湾側でも日本側でもこれらの家屋を台北帝大教授「宿舎」としているが、実はこれらの家屋は個人所有の注文建築であり、現在言うところの「公務員宿舎」(官舎)ではないので、「住宅、住居」(等)とすべきである。

都度の「もぐら叩き」もかなりの手間であり、更には意地でも「宿舎」に固執する日本人もいるので、台湾側保存運動関係者に「今後は『宿舎』ではなく『住宅』とするよう」依頼した。因みにこの方は大正生まれであり、「『宿舎』と言う表現は不正確」であることは十分認識しておられる。


<参考>

1.台湾語の「宿舎(シォクシア)」は日本語由来であり、本来は個人住宅は含まない。

2.私は1986年から1年間、青田街のマンションに住んでいたが、最近になって、台北帝大移川教授「住宅(住居)」跡地に建てられたものであることが分かった。

<2006年10月10日記>

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カトリックは........キリスト教ではない ?


台湾では、カトリックは「天主教」、プロテスタントは「基督教」。
日本では、キリスト教は「カトリック及びプロテスタント」の総称。

従って、翻訳の際「一工夫」しないと「カトリックはキリスト教とは無関係の別の宗教」になってしまう。

<2006年12月27日記>

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