西湖の見所

 西湖は中国一有名な湖で中国人なら一度は訪れてみたい観光地だそうだ。四季折々の景色が遠く昔の詩人に好まれ、数多くの唐詩や漢詩に歌われている。その中でも代表的な風景が下に示すものです。

   
【平湖水月】

【特色】平湖秋月】

【特色】
月を見る三つの名所の一つであり、春夏秋冬であろうと、曇り、晴れ、雨、雪の日であろうと、湖の景色を満喫できる最適の場所である。

【歴史】
唐代に望湖亭を建て、南宋に「平湖秋月」と名付けられた。明代にここで「龍王祠」を作り、清の康熙38年、御書楼と改築され、建物の前にベランダを作り、更に碑亭も建てた。

【曲院風荷】

【特色】
「蓮」を中心にした大型公園

【歴史】
宋代にお酒を作る工場であった。洪春橋近くの湖面に蓮を植えて、原名は「麹院風荷」であったが、清の康熙38年皇帝の勅名で「曲院風荷」と改名され、岳湖の畔に石碑を立て、ただ一碑、一亭の狭いところであった。1980年に拡張し、岳湖、金沙港と郭荘を一つにつなげ、蓮の陳列室も設けた。

   
【三潭印月】

【特色】
「湖の中に島があり、島の中に湖がある」といわれている。西湖にある三つの島の中で、面積が一番広く、景色の一番美しく、また一番人気を呼んでいる三潭印月は、「小瀛洲」とも呼ばれ、「蓬莱仙島」にたとえられている。中国江南の水上庭園芸術の代表作となっている。湖の中にある800年前に造った石塔は高さ2mで、有名な三潭印月の主景である。球形の塔身は中が空で、周りに五つの穴が等間隔に並び、明月の夜に大きな蝋燭を入れる。「天上は明月ひとつ、水中は影三つ」が三潭印月の由来である。

【歴史】
明の万暦年間、西湖を疏浚した泥で丸い堤を作った島である。明代に、北宋時代の蘇軾のまねをして、島の南の湖面に石塔を三つ作った。清の雍正5年、南北の橋、東西の堤を一つにし、島の中の通路は「田」という字の形になり、庭園の建築と園林の風格はその時から形成された

【断橋残雪】

【特色】
宝石山、保俶塔とあわせて杭州西湖のシンボルとなり、冬には雪景色を観賞する最高の場所。断橋は「白蛇伝」の伝説に関わり、ロマンチックの色彩に富み、「三大愛人橋」の中で一番有名である。

【歴史】
唐代は木の橋であって、「段家橋」と呼ばれたが、南宋時代、「断橋残雪」と命名された。清の康熙38年に、康熙皇帝の自筆で碑を作り、1914年には石橋に改築された。
   
【雷峰夕照】

【特色】
西湖の北側にある宝石山の保俶塔と対称しており、南山景色の中の景勝地

【歴史】
北宋の975年に建立、1924年に倒壊した。昔は雷氏が庵を造ったので「雷峰」という地名を付けた。後に呉越王は王妃黄氏が男の子を産んだことで黄妃塔とも呼ばれた。民間では「雷峰塔」と呼ぶことが多い。最初の計画は13層の塔を建てる予定だったが、呉越国が滅亡の危機に面し7層まで造った。


【蘇堤春暁】

【特色】
西湖十景の中心。蘇東坡が杭州を治める業績の一つで西湖を疏浚した泥で作った長い堤である。西湖観賞の場所。

【歴史】
北宋の哲宗元佑4年から6年(1089-1091年)、蘇東坡は二度目の杭州知事の任期中に、1090年に杭州の軍民を動員し、西湖の泥を掘り出した。蘇東坡と両浙の兵都監劉景文の共同の指導の下で半年で長さ2.8キロの堤を完成した。蘇東坡が離任した時はまだ名をつけていなかったが、林希が知事になり、蘇東坡を記念して蘇公堤と名付けた。蘇堤春暁は南宋の画家がつけた。

   
【柳浪聞鶯】

【特色】
主な景色は柳で、大型提灯祭が開催される。

【歴史】
南宋時代、皇帝の御苑であった。明代以来何回も修復し、1978年に江南別荘風の庭園に改築された。1963年、杭州市と岐阜市は共に「日中不再戦」の石碑を建てた。敷地内の「百鳥の天国」で酔柳、浣紗柳、獅柳などの垂柳は約500本植えられている。
【雙峰插雲】

【特色】
湖に舟を浮かべ、遠くから山の景色を眺める。

【歴史】
南宋の画家は最初「両峰插雲」と題し、清の康熙38年、皇帝が「雙峰插雲」と改名した。西湖十景の石碑は殆ど西湖の周辺にたっているが、山景色の有名な南高峰、北高峰の高さはそれぞれ259メートルと313メートルで、二つの峰の距離は3.6キロある。


 それ以外にもたくさんの見所が満載。もし行かれる方がいたら十分勉強していってください。歴史に詳しい人には最高に楽しい場所です。
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