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英文小説「Vicky」の解説
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矢田 実
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Copyright © 2003 by Minoru Yata

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 高校一年の夏休みに「私」は Vicky(「私」が一女生徒に秘かにつけた呼び名)宛に、勉強を互いに競い合おうという趣旨のハガキを出したが、返事がなく、新学期に彼女に出会っても話しかけられもしなかった。それで、「私」は Vicky に対し、尊敬にまじった、いささかの敵意を抱き始める。おりしも、ハガキに多用した言葉を彼女が友達との会話で使っているのを漏れ聞き、「私」はそれに敏感に反応し、また、卒業式の日、総代をつとめた彼女の足元の清楚な美しさに感動する。同じ日、たまたま彼女の通学路を逆にたどることになった「私」は、彼女が遅くなってひとり帰ってくるのに出会う。彼女はただ会釈し、「私」は、「さようなら」とひと言いったのを最後に、彼女との青春は終わりとなる。以上のくだりは、両者の心の動きが行間にも読み取れるように描かれている。

 終り近く、学生時代に意味を取り違えて解釈していた川柳が、後年彼女と年賀状を取り交わすにいたり、ふと正しく理解できたことを述べ、その川柳を引用しているのも、味わい深い。まさに「経験は人生におけるもう一人の教師」である。

 高校生時代の「私」は、Vicky への感情は少なくとも意識レベルでは好意と尊敬以外のなにものでもないと信じていた。この確信の理由の一つは、彼女が漱石の「三四郎」のヒロイン美禰子のように、同年齢の三四郎とではなく、かなり年上の相手と結婚しそうなタイプだったということであり、もう一つの理由は、「私」には小中学生時代以来、男女にかかわらず、最も聡明な同期生たちと友達になりたがる傾向があったということである。したがって、「私」は Vicky をこのような友達の一人にしたいと願っていた。しかしながら、思春期には無意識のうちに好意と尊敬の域を越えた感情も芽生え、それが彼女に気づかれた可能性もあった。――このことが Vicky と「私」との間にフランクな友情が成立しなかった理由であったかもしれない。――と、青春時代の男女の付き合いの微妙さが述べられている。

 さらに、――高校時代には「私」は stray sheep であり、小宮豊隆が「三四郎」の主題であるとする「無意識の偽善者」であったかも知れない。しかし、stray sheep であることは若者の特権である。――と、漱石の作品と対比して、著者は小説化した自らの経験を客観的に分析している。

 付録的な「Vicky のコメント」の章では、Vicky が「小説 Vicky」を読み、当時の「傲慢さ」(著者はこれを彼女の魅力の一つとみるが)について著者に謝し、重病を患った後、人間関係を大切にするようになっており、「著者とヒロインの余生が価値あるものであることを祈って止みません」という理知的なコメントを寄せたという、好感のもてる話が述べられている。Vicky が「続編を読みたい」と述べたと著者は記す一方、モデルになることを好まない人もあると、著者の夫人の例を挙げているのは、ユウモラスである。

 また、この物語がエンドレスに続く形になっているのは、面白い発想であり、「このようなカラクリは親友サムの好むところであった」と書いているのは、亡き友への深い思いやりでもある。

 河村氏の助言によって、作中に「三四郎」の要約をあとで追加したということであるが、その要約部分は、本作品に関連する筋が簡潔にまとめられており、「三四郎」を未読の、あるいは忘却した、読者の理解をよく助けるものとなっている。

 全編を振り返ってみると、著者自身がモデルである「私」と Vicky の関係を、三四郎と美禰子の関係と対比し、著者の往時の感情を客観的に分析し、その回想を友への電子メールに綴る手法を用いて、緻密に構成されたフィクションに仕上げた作品であるということができる。35年ぶりの Vicky との邂逅以後の話も含まれており、モデルたち自身のその後の生活や人となりをも知り得る物語となっている。このフィクションに対するヒロインのモデルのコメントまでをも、作品中に取り込むという意外な構成も含め、よくまとまった秀れた作品となっている。

  読者の対象をもっと広げるために、日本語版の作成が望まれる。――戦後の民主化の過程で、なお高校生の男女交際が禁忌された時期があり、このような慎ましやかな青春があったという証しとしても。――ヒロインのモデルとともに、本作品の続きも期待したい。

2003年5月9日

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