水流渓人のページ「登山日記」No.339

 
2009/04/07
「第一スラブスーパールート」
比叡山 1峰

  

亀の甲スラブ 最終ピッチをリードする長男 終了点にて
  

 
 長男との岩登りは、2003年8月2003年10月の練習を経て、2004年11月に比叡デビューを果たした。2005年11月、姉2人を交えての比叡。2006年4月、初の5級ルートを登るが、怖さを見せた時でもある。2007年9月看板ルート「第一スラブ」を登る。5+級への挑戦となる。そして、姉である次女と6級を克服した2008年10月
 今回、このクライミングは、私自身の確認だった気がする。痛い肩・・・、もう岩登りは出来ない?その疑問の答えを探しに来たのだと思う。たまたま、同じ取り付きにクライマーがいたから、平気な顔と態度を装ったが、その痛みは消えてはいなかった。「後、何ピッチあると?」と息子に聞かれ「4つ!」と答えながら、内心『まだ4ピッチも残っているのか??!!」と、思った。
 この日の息子は違っていた。いままでのクライミングとは、向き合う姿勢が違っていた。果敢に攻めるようにフォローしてきた。楽しそうにしていた。登る事そのものを楽しんでいた。それは、それが成長なのだろうか・・・。この成長は、年齢とともに生じてきた成長ではない事は、判っていた。いままでに、経験を積み重ねてきたものに他ならなかった。私は、肩の故障を理由に、岩から遠ざかろうとしている。恐ろしくて逃げ出そうとしている。息子は、それを止めようとしているのか・・・。この肩で、この体力で、1スラスーパー核心の5+級ですらまともなリードが出来なかった。バランスを偏らせ、右手と足だけで這い上がろうとした。もはや、攀じるとはかけ離れた岩登りを、息子はどう見たのだろう・・・。何事もなかったように、「ビレイ解除!」「登って来い!」と声を出した。息子は、苦労しながら上がって来たが、その顔に笑顔があった。
 最終ピッチのリードを勧めると、登った。まったく危なげなく登り、私を確保した。空に伸びたロープの先に、息子が待っていた。『お父さん、いつまで付き合えるかな!?』そう声には出せず、二人で弁当を食った。稜線を歩き、春の「アケボノツツジ」を眺めた。
 高校、どんなだろうな?「楽しむ気持ち」を持ち合わせる息子が、少し眩しかった。
 

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 自宅発7:50--登山口10:25---取り付き11:00---亀の甲下テラス11:50---終了点13:16---昼食---下山開始13:45---展望所14:00---南登山口---駐車位置14:50---日向お舟出の湯---帰宅17:30
参加者 ぱぱ まま 長女 次女 長男 次男 ゲスト
出欠          
年齢 50       15    
ピーク(山行)合計 412       114