水流渓人のページ「登山日記」No.200
 
2005/09/28

「ハングの果てに見た夢はルート」(右ルート)
比叡3峰
   
2Pスラブ ハングの右ルート 登攀終了
 

  
 この「登山日記」が200回を迎えてる・・・のに気付いたのは、今、この日記を書き始めてからだ。200回めだから、このルートに行ったのではなく、その日の朝の車内で突然決まるのである。
 
1P・・・天空への階段ルートの取り付きと同じ、3峰の水場から30mほど先からの至便ルートである。少し左斜めに登る感じでスラブを登ると、傾斜がどんどん積極的にきつくなる。小松の親分がA0になった所は、私はアブミでやっとこさである。核心を過ぎて足元を見るとズドンと下の路面が迫り、その強い傾斜が判った。
2P・・・2箇所ある平行ピンは一段上に確保を取り直して登り始める。リードを目視出切る位置のほうが、有利なのは言うまでも無い。整備で切り落とされた枝が貯まる取り付きからホールドは小さい。じわりじわりと、左右にホールド・スタンスを見つけながらキツイスラブをほぼ直上していく。それにしても、恐ろしいまでにスッキリしたスラブである。これを快適な・・・とは、私には表現できないが、次第に頭上に大ハングが迫るのが、無意識のうちにでも判る。
3P・・・カンテからスラブに回り込む様な感じ??だったっけ・・・。あまり思い出せないピッチ。ハング下に立つところまで行くピッチだったとしか、思い出せない。
4p・・・いよいよハングの右ルートである。所属の西都山岳会の会長が開拓したルートであり、それも感慨深い。まずは、そのハンク゛をどう乗り越すかだけに神経を集中する。ここ辺りから、リードする小松の親分の動きにあわせて、上手くザイル操作が出来る。ようやく感を取り戻してきた。とうとうアブミを使わずA0で乗り切った小松の親分から「登って来い!」のコールがかかる。思い切りアブミを使用して登るが、やはりハングの所はてこずった。15mほどで一旦ピッチを切る。ロープの流れと、疲労を考えてだが、外形した少しのスタンスでのビレーは辛い。
5P・・・ここから頭上のクラックを3mほど登り、左のキツイスラブへと出る。クラックから乗り移る所が微妙で、その後も絶妙なルート取りでしびれてしまった。ヒーハー言いながら、ようやく大きなテラスに立つが、雨がポツポツ落ち始め、急ぎ最終ルートへの登攀を開始した。
6P・・・いよいよ最終ピッチである。一段上の小テラスに立ち上がり、カンテを10mほど登り、もう一段上の小テラスに立つ。左に回りこむようにスラブを登り、終了点のハンガーボルトの平行支点を迎えた。すぐ左には、白亜スラブルートの終了点「石舞台」が見えている。しばらく振りの水曜登攀が、実に素晴らしいルートで迎えることが出来て感動した。ガッチリ握手して、今後につなげようと思った。

 

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自宅6:20----都農神社7:00----比叡水場9:10----登攀開始9:40----終了点15:50----下山16:25----駐車位置16:50----帰路----日向お舟出の湯----自宅19:30
 
参加者 ぱぱ まま 長女 次女 長男 次男 ゲスト
出欠           西都山岳会
年齢 46           小松の親分
ピーク合計 253            
 
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