水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第七章/二編


親父とお袋、高校ロマンス


 それは、記憶が薄らいでいた、親父の弟からの電話だった。私が、3歳の時以来のコンタクトだから、始めて喋る事となった。私の親父は、51歳で他界し、今年で18年が経つ。親父の弟なので、おじさんなのだが、北海道へ住んでおり、ずっと会ってなかった。確か私より3歳下の娘がおり、幼い日遊んだ記憶がある。その叔父の妻であった叔母は、ガス爆発事故でなくなられたと聞く。それもずいぶん前の事だ。
 所用の内容を要約すると、親父の父、祖父であるが、鹿児島の奄美大島出身である。その祖父が、昔、村の公民館用の土地を譲渡したのだが、当時、すぐに登記されず、再調査の折に未登記が判り、それを登記すべく、相続人たちへ必要書類送付の依頼があった。その相続人の一人が、私であり、お前はどう思うのかと、尋ねてきた。事実、父の性を名乗るのは、私と私の家族、そして、奈良にいる父のもう一人の弟家族だけである。電話をくれた北海道の叔父は、昔、養子として結婚しており、性の代表として、自分の権利は、私と奈良の叔父に託す旨であった。
 あまり、親戚付き合いのない父の血縁だったので、私の記憶も定かでない。私が小学6年生の頃、父母と3人で、この島の祖父に会いに行った事があった。龍郷村の、海に近い古家に祖父は暮らしていた。裏庭でうり坊(猪の子供)を養っていた。透き通った珊瑚の海で、黄色い魚を釣った。貝を捕り浜辺で焼いて食べた。つぶしたばかりの鶏を食べた。潮の引いた遠浅の海を、珊瑚づたいに沖まで歩いた。この龍郷の村で一緒に遊んだお兄ちゃんは、当時の私には眩しいほどにヒーローだった。遊びをすべて自然の中から調達した。2歳年上の、この兄ちゃんは、磯を飛び歩き、海に飛び込み、森を走った。そして、1年後、遠浅の珊瑚の磯で足が挟まり、潮が満ちて死んだ。私は、人の死がこんなに悲しいのか始めて知った。いつまでも、死を告げた新聞記事の、彼の名前の行を指でなぞり、布団にくるまり泣いた。
 国鉄の職員であった祖父は、台湾にも、京都にも、この西都市にも住んでいた。結局、父はこの町の母と結婚し、ここにとどまった。父の兄弟は、長男兄が奄美大島で他界、次男が父、三男叔父が北海道、四男叔父が奈良県、長女・妹叔母が埼玉県、次女・妹叔母が滋賀県とバラバラである。どの叔父・叔母も、ここにいい印象はないと私は思う。亡き父の無念もこの町で潰れていった。しかし、私はここを選んだ。否定的にここを選び、子供を育て、暮らしている。
北海道の叔父が電話で言った。
「そうか、お前はそこにいるのか。」
「そうか、子供が4人もいるのか。」
「そうか、お前の親父が死んで、そんなになるんだなぁ。」
「難しい事は言わんが、名字は、お前とお前の子供が守るのか。」
「お前は知っておけ、いいから知っておけ。」
「お前には、兄ちゃんか、姉ちゃんかわからんが、生きていけなかった兄弟がいた事を。」
「一人息子として育ったお前かもしれんが、お前には兄弟がいたはずだ。」
「お前の親父が、高校生の時だ。」
私は、体の血が騒ぐのを感じた。はじめて聞いた話だ。親父も、お袋も、そして、親戚の誰もが教えてくれなかった話である。しかし、その神秘的な事実が、どれほど嬉しかった事だろう。どうとは言えないが、体の中からこみ上げてきた喜びである。当時の父と母の間にあったロマンスだ。私が一人っ子では無かった事実と、現実。見えない、暖かい、そしてやるせない感覚である。
 
 私の親父は、まじめに仕事はしなかった。遊びだけは、そこはかとなく続け、湯水の如く浪費した。母親が収入を得る術を心得ていたからかも知れない。何にでも熱しやすく、やり始めると集中し、家庭ではなくなる、しかし、そんな親父を好きだった。私は何をやっても、途中で投げ出す事の方が多かったが、親父は、途中で投げ出す事を、決して注意したり自分が手を出してやり遂げようともしなかった。学んだのは、自分で計画し、自分で実行し、成功しようと失敗しようと、それは、結果で無く、通過点でしかないと言うことだ。物事には、次があると言うことだ。評価されるのは、自分の計画であり、自分の成果であり、それを、自身がどう思うかと言う事。
 幼い私の計画に、「止めておけ。」とか「ダメだ。」と言わない父母であった。4人の子供達を育てる私と言えば、そんな事すら出来るはずもなく、混沌としている。放任に感じたあの頃、それは、決して放任ではなく、私を個性として扱ったくれた、父母の愛情だったのだと今頃気づいた。何に対しても、反対しない父母のおかげで、一体どれほどの経験が出来たことだろう。私は、自分の子供達すら、暖かく見守ってあげれない。そうやって、個性として認め放っておけず、口を出し手を出してしまう。


 
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