水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/十三編



 4月、霧島で、彼に出会った。平日に、しかも若い登山者に出会うのはめずらしい。その朝、私はひとりで霧島に来た。大浪池登山口に車を置き、自転車で新燃登山口へ向かった。たくさんの鹿に出会いながら、中岳から新燃岳に続く木道にさしかかった。獅子戸岳の山頂でおにぎりを食べていると、黄色いウエアの彼が追いついてきた。
「こんにちは。」
「平日に珍しいですね。」
「ああ、そうですか。私は京都から来ました。屋久島・宮之浦岳に登った帰りにここに寄りました。昨日は、高千穂河原にキャンプしていました。」
私も、去年の夏、宮之浦岳に登っていたので、いろいろな話をしながら、韓国岳へ一緒に歩いた。
「私、国籍はカナダなんですよ。」
「えっ。」
「生まれて25年間ずっとです。日本には4年前、英語の先生として、来ました。もう辞めて、帰ります。」
どうも、ご両親がアメリカの大学の先生で、カナダ在住だそうだ。日本へは、大学院へ行く為の資金稼ぎに来ており、いよいよ大学院入学の為に9月に戻るそうだ。
「私は、大浪池へ下山するけど、どうする?」
「じゃ、私も。」
「そしたら、下山して新湯温泉にでもいきましょうか。」
「ええ。」
勢い余って、自宅にまで誘い泊まってもらった。
 そんな彼へ、鳥取県の「大山」へ行く旨、電子メールを入れていた。待ち合わせの「大山寺」バス停に、さわやかな笑顔で降りてきた彼を、女房も子供達も、大喜びで迎えた。登山口で支度し、私と長女・次女・長男と彼が歩き始めた。今回、次男の急な発熱で女房も、登山口待機となった。
 崩落すさまじい大山北壁とは対照的に、ダイセンキャラボクの生い茂る山頂台地は、のどかな雰囲気だった。下山後、蒜山高原キャンプ場に泊まり、ささやかなお別れ会をした。つかの間ではあったが、彼の口を通して、広い世界を垣間見ることが出来た。夏休み始まってすぐの出来事だった。

 次男4歳、よく喋る。喋りすぎてうるさい。幼稚園では、『前にぃーならえっ!』の号令で、手を腰の先頭さんである。昔は、チビと馬鹿にされたりもしたが、最近の幼稚園の教育は違う。「先頭さん。」と、敬称までつく。しかも、先頭さんがサッとしないと後ろが揃わない。と、重要ポストの励ましまである。箸は、グーでしか握れない。だいたい、私と女房が教えない。教えなくても、上3人、しっかり握れている。先頭のチビでもいい。写真を撮りやすいポジションである。指を吸いながら寝る癖はとれないが、本人曰く、指吸いは赤ちゃんなので、絶対に幼稚園ではしないそうだ。

 長男6歳、型にはまる事が大好きだ。そんな彼の担任が、これまた型にはまった教育が大好きだ。ノートと教科書の位置的関係から、ノートの書き出しの位置、消しゴムの消し方、鉛筆の形・長さ・持ち方、給食の食べ方、プールへ入る時の着替えの仕方、宿題・宅習のやり方まで、たくさんの決まり事がある。型にはまるのが大嫌いな偏屈者の私と女房は、とてもついていけない。もっとおかしいのは、親までセッセと型にはまりこみ、夜な夜な先生宛の"連絡帳"に、昔懐かしい斜め丸文字で、交換日記タツチでセコセコ書いているそうだ。しかし、困ったことに、長男は、型にはまる事が大好きの様子だ。

 次女8歳、超スリムである。「痩しぇゴロ」と呼んでいる。事の次第を理解している、大人びた一面を持っている。先日、吐き気がひどくて学校を休んだ。女房に、
「おかあさん、私の調子が悪くてゴメンネ。」
と、言った。そんなこと言わなくても、自分の子供なのだからと言う女房に対して、
「うーんん。人って、しんどいときや、落ち込んでいるとき、優しくしてもらえるって嬉しいもんね。」
などと答えるのである。やさしくされる嬉しさ、やさしくしてあげる大切さ、彼女を見ていて再認識させられた。「おい、母さん、全財産投げ売ってでも、吐き気止めの薬を買って来い!」と言いそうになったが、そんな事言っている場合ではないと、一応、私も判ってはいる。

 長女11歳、自分と言うものを主張しだした。去年までは、
「おとうさん、学校のクラブは何にしようか。」
「そうやな、親が手助けしなくて良くて、団体競技じゃなくて、いつでも休めて、お父さんと遊びやすいクラブにしときない。」
と、言って選んだのが"合唱部"である。放課後や休みの活動がなく、昼休みの練習だけだからだそうだ。去年、県の予選会へ出場したので、見学に行った。毎日、家で歌ってくれて、嬉しかった。
「あっ、今年の合唱部の練習はどうしてる?」
と、尋ねた私に、
「あっ、辞めたよ。だって、昼休み遊べんもん。」
さびしい気持ち・・・と、そういえば、最近は一人で風呂に入って入っている5年生になっている。


 
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