水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/十二編



 5月に入り、次男4歳の通う幼稚園で延長保育が始まり、女房と2人で近場の山通いが可能になった。リミットは夕刻5時である。長女・次女・長男の小学校組が登校すると、山支度のおじさんとおばさんが、幼稚園へ送り届けて、2人のラブラブーな登山が始まるのである。
「あら、お二人で仲いいですね、ごゆっくり。」
などと、幼稚園の先生に送り出されるのである。冷静に、客観視してみれば、あまり格好のいいものではないなと、考えながらもまんざらではない。

 尾鈴山の登山口に到着した。登り一辺倒だが、着実に高度を稼げる。今日は、そこから先が目的である。矢筈・南矢筈へと足を延ばし、うわさの「シャクナゲ」を堪能したかった。歩き始めると、女房の足が少し重く、きつそうに耐えている。子供達もいないせいか、笑いも会話も少ない。ひたすら落ちる汗と、重くなる足を山頂へ近づけるだけである。私は、最近、この登りの耐え難いきつさが好きである。けっして体力もなく、歩きも遅いが、グッと歯を食いしばり、呼吸を乱している時間が嬉しい。
 山頂を過ぎると、いよいよ矢筈への縦走路が始まる。チラホラと現れ始めた"シャクナゲ"の、可憐なピンクに心を奪われてしまう。今まで、花などどうでも良かった。感じ方は、人それぞれで自由なのだから、花論争する気はないが、最近は、沢を歩いていたり、登山道のかたわらで見つける花は、すべてに意味があるように思える。"シャクナゲ"、"アケボノツツジ"、"ヒカゲツツジ"と乱れ咲く稜線で、私たち夫婦は絶句してしまった。
 人は昔、自然を目の前に何を考えたのだろう。美しさとか、命とか、価値とか・・・、きっと、今とは全く違った物差しであったはずだ。開発が進行し続ける現代、もっと金を使い、満足を得る必要があるのだろうか。渓流を歩くとき、山中を歩くとき、自分の足と汗を使い満足を得ることは、今の私にとって最大の価値であり、豊かさである。そして、利己的贅沢を言わせてもらうなら、たくさんの人達が山に登らないで欲しい。多くの登山者は、葛藤の狭間で登山をしているに違いない。いわせてもらうならば、こんな自然に興味のない、価値を見いださない人達の手によって、"シャクナゲ"、"アケボノツツジ"、"ヒカゲツツジ"が乱れ咲く稜線を潰さないで欲しい。そんな願いが強い。実際、私たちが登ったとき、おそらく、眺望の為なのか、シャクナゲの大木がノコギリで倒されていた。加えて、現在、心ない人達の盗掘で、その絶対数が激減しているそうだ。
 しばらくして、夫婦2人のラブラブ登山第2段として東郷町「冠山」へ、むかった。腰痛を心配していた女房だが、コース時間が短いので歩いた。耳川の蛇行した流れが目にやさしい。山中から、子供達の事を思いやると、普段、厳しくしすぎているような気持ちにもなる。なんてお利口さんな我が子達なのだろうと思ってしまう。女房にしてみれば、そのくらい当然だと山中で言う。なんとなく、そこらあたりにダメ親父と母親の差があるような気がした。
 家族での登山を計画するとき、最近、とにかく子供達の文句・反対意見にぶつかる。なんだか、勝手な親父の押しつけの様な気持ちになってしまい、
「やっぱ、俺の押しつけなのかな。」
と、女房に聞いてみたりもするが、
「本当にイヤだったら、登りもせえへんて、それより、家族で登るんやかい、絶対、登らせるわ。家族やろ。」
そういう女房の母親的態度には、子供達は逆らわない。
 次第に、腰痛の激しくなる女房は、しばらく、同行を控えるようになり、私単独の山行が続いた。

 7月に入り、今シーズン行っていなかった「渓流釣り」に行った。ここしばらく気に入っている「尾鈴水系」の沢でロッドを振ってみた。入渓すると流れの音だけである。何も聞こえないほどの流れの音なのに、どうして静寂を感じるのだろう。神経を集中させ、魚の気配を全身で感じようとする。流れを横切るとき、その水圧を身に受け、滑る岩に足裏はプレッシャーをかけようと無意識に動く。
 そして、ついに女房のウェーディングシューズが届いた。解禁シーズンの3月〜9月、渓流でたくさんの表情を見てきた私は、女房にずっと見せてあげたかった景色である。結婚後、11年が経ち、ようやく実現できた。山中と同様、日常では味わえない世界である。きっと感動してくれると信じていた。シューズの紐を解き、車内で着替えを済ませた女房は、信じていたとおり感動してくれた。
「おとうさん。最近は、おかあさんと二人だけで、チョコチョコ出かけているみたいだけど、嬉しい?子供が一緒じゃない方がいい?」
と、長女が聞いた。
「そりゃ家族一緒もいいけど、おかあさんと一緒っていうのも、違った意味で嬉しいよ。」
「ふうーん。」
 前回、一人で行った時は、20センチほどのヤマメが5匹ほど釣れたのだが、女房が同行した今回、1匹も針を食わえてくれなかった。女房の前で、釣り上げた、格好のいい旦那さんを、演出することはできなかった。正直言ってチト悔しい。


 
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