水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/十編


ランドセル


 新聞に、県内の『小学校新入学時の平均費用』が掲載されていた。13万円ほどらしいが、長男はホームセンターで購入した、去年の売れ残り特価9,800円のランドセルと、貰物の洋服を着て校門の桜吹雪をくぐった。当然、学習机も彼は要求しない。姉達の部屋で、姉達の机の谷間にコタツを置いて満足している。
 私は、長女が入学するときも9,800円のランドセルを買った。前年の下調べでは、39,800円で店頭に並んでいた。その後継と見られるタイプが、化粧紙をキャラクター物で装飾されて並んでいた。どこを比較しても、化粧紙以外の違いが見られないので、迷いもなく9,800円を購入した。隣で、
「最新のモデルは、200グラムも軽くなって、肩のベルトが体型に合わせてスライドするんですよ。」
と、セールスマンが、孫を連れた初老の夫婦に勧めていた。ニッコリと笑いながら、孫にその59,800円のランドラルを買ってあげていた。どの様に考えてみても、59,800円は高額すぎると思う。ランドセルにその価格は理解できない。単純に考えて見ても、9,800円のランドセルが、6年間毎年購入出来る額である。肩のベルトと、200グラムがどれほどの威力なのだろう。私達の時代より、半分ほどの重さになっているではないか。私は、それを愛情表現とは思えない。経済優先主義に振り回されているだけだと思う。
 金額の高さと愛情の深さが、イコールとみなされるのは間違いだと思う。それを喜びに感じてしまう子供に育てたくはない。より高額な物を与え続けられた子供が、物の本質を見究める事も出来ずに大人になり、
「さあ、社会人になったのだから、明日からは自分で何でもしなさい。親はもう買ってあげませんよ。」
と、突然突き放してみても、自分の所得と購入する物とは関係なく、親に買い与えられ続けた感覚で、次々に購買行動をするのである。簡単にローンを組み、金を借り、払えなければ親を頼り、だめなら逃げ出す人達が多すぎる。

 だから山登りなのだと思う。多額の費用をかけて整備された公園で、高額な花を並べ植えたフェアーを喜ぶ姿は、どこか間違っていると思う。金さえ出せば遊べる遊園地や、食べるレストランに喜びを感じて欲しくない。汗を流し、重い荷物を背負い、母の握ったオニギリの味と、そこから眺めた景色と、傍らに咲く花達に喜びを感じて欲しい。何物にも変えがたい本物を子供達には味わってほしい。スイッチを押せば、金さえ出せば、何でも欲求が叶う現代、私を恨みながら一歩一歩踏みしめた山頂への道程を、君達の体は生涯覚えているはずである。そして、自分達の子供に迷わず9,800円のランドセルを買い与えて欲しい。

 思えば、大学を卒業し、就職地が大阪になった。風呂のない、築30年以上の『文化住宅』を借りた。中古品屋で、3,000円のベットを買った。畳が擦り切れ、歩くと床が落ちてしまいそうだったからだ。粗大ゴミの日が、待ち遠しかった。まだ使える物がたくさん捨ててあり、コタツ・洗濯機・棚・扇風機・蛍光灯・イス・テレビを拾ってきたが、少し修理すれば十分使用できた。特に、電気製品は、自宅まで運び、コンセントにさしこむまで仕様の可否を判別できなかったので、冷蔵庫だけは持ってきて、また戻す作業を数回繰り返した。交通費を節約するために、5,000円で中古の『原付バイク』も買った。新天地の大阪では、まだ知人や友人が少なく、寂しい気持ちはあったが、貧しくわびしい感じは少しもなかった。
 朝、目を覚ますと、布団の表面が朝日にきらめいていた。それは、『ナメクジ』が通過した後であるが、そんな『文化住宅』に、月を重ねる毎に、ひとつづつ品物が増えていった。拾ったテレビは、画面はざらつき白黒で、ついに買った『リモコン付カラーテレビ』は、薄暗い部屋をパァーッと明るくしてくれた。無かった冷蔵庫も、小さいながらも2ドアをボーナスで買い、食べ切らなくても、保存ができ、冷凍食品が買えるのでずいぶん助かるようになった。しかし、風呂だけは『お風呂屋さん』に行かねばならず、帰宅時間の遅い日は、狭いコンクリート製の流し台の中で行水をした。楽しい、満足した毎日だったと思う。すべて自分の収入だけで生活していた。自立した瞬間だった。

 春休み、「鹿児島県・栗野岳」を登った。たいした標高差はないが、山頂から韓国岳や白鳥山が見渡せた。尾根伝いにグルッと一周する様な登山道で、とてもすがすがしかった。次男三歳が、登りだけでなく下山も自力で歩いた。彼の25山目の記録であり、家族6人全員が踏破した山となった。そして、私が待ちに待った、本当の『家族登山』がスタートした瞬間でもある。このとき、長女が37、次女が36、長男が33の山頂を踏んでいた。


 
Copyright(C) 水流渓人 All Rights Reserved

戻る