水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/八編


輝け!ピアス


 学生の頃、正確には大学生の頃、会津若松出身の娘と出会った。同じ大学で、学部は違っていたが、入学後間もなく知り合った。クラスメイトと酒を酌み交わし、その日は、彼の部屋で酔いつぶれた。翌日、帰る途中、学生のいなくなった学校前のバス停に、彼女は立っていた。

「お一人ですか?」
「ええ。」
「ここの学生?」
「ええ。」
春の日差しが、彼女の胸元で揺らいで見えた。
「どこに住んでんの?」
九州なまりの標準語で、気取って聞いて・・・・

なとど、ドラマ仕立てには書けないが、私のアパートとは、バス路線の違う2キロほど離れたおじさんの家に間借りしていた。会津なまりの彼女は、なんのためらいもなく、その日、私の部屋まで遊びに来た。色白で、スタイルの良い彼女は、素朴で、私と価値観が似ていた。お互い、一人っ子育ちの私達は、たくさんの衝突もあったが、たくさんの経験も出来た。休みを利用して、九州から北海道まで、全国を見て回った。
 しかし、私の大阪就職で、流れが少しずつ変わってきた。彼女が就職活動を始める頃、親が地元就職を希望していることを知った。地元に帰れば、私との今後も、絶望的になると彼女が言った。それでも、私には、強制的に連れ出す勇気も自信もなかった。
 しばらくして、大阪でも付き合い始めた女性が出来たが、けじめのつけきれない私は、もう一度、福島へ車を走らせた。
 彼女の父親が、私に語った。
「娘は、どこでも暮らせると思う。でも、私も母親も、この地以外では暮らしていけない。そんな親の気持ちを、娘も、わかっているはずだ。」
それでも、結婚したいと、私は言えなかった。それでも、結婚してついていくと、彼女も言わなかった。
 そして、2人の女性を失った。

 女房が、ピアスをした。
「ピアスしようと思うんだけど、40歳の記念に・・・。」
と、私に聞いた。反対はしなかった。むしろ、嬉しい気持ちになって、はやく見たい気さえした。

 ピアスには思い出があった。大学時の彼女が、それを私に聞いた時、
「親に貰った大切な体と生命に、飾りや格好で傷つけるな。」
と、猛烈に反対した。と、同時に、幼い恋愛の果てに迎えた悲しい結末に、わが身を傷つけた彼女の悲しい過去を、口では『気にしていない。』『しかたない。』と言いながら、受け入れていないズルイ自分がいたのだ。そして、彼女は、私にはついて来なかった。
 その後、彼女は、職場結婚をし、ご主人の転勤でアメリカに住んでいると聞いた。彼女は、『親元を離れる事が出来ない。』と、私に言い渡したのは、今までに、知らず知らず傷つけた私の言葉の数々に、これから先、耐えていけないと考えたのだろう。

 相手を受け入れ、認める事は、非常に難しいと思う。そんな時期、自分の気持ちに正直に生きる女性に出会った。
「自分の気持ちや態度を、はっきりとしないと、その方が相手に対して失礼や。かえって傷つけるんとちゃうか。あんたは、それを、やさしさと勘違いしてるんちゃうか。ええ気になってんのも、いい加減にしときや。」
「そんな、誰とでも仲良うでけへんでもええんやて。誰かて、好きな相手もおるし、嫌いな相手かておるんやから。格好つけんでもええんやて。」
「なんでそんなもんでビビらなあかんねん。自分が間違うてなけりゃ、堂々としといてええんちゃう。」
その言葉に、やすらぎさえ感じた。今は、4人の子供を産み、いいオバちゃんになって、私と暮らしている。

 長女、小学4年生。夜の入浴前、私の所に来た。
「ほんと、お母さんは、良く我慢してるわ。私が、お母さんやったら、絶対、お父さんとなんか結婚せんわ。最低やわ。」
そう言い残して、風呂場へ行った。何、言っているんだと、思っていると、しばらくして、体から湯気を上げながら、裸のままやってきた。おっぱいが少し飛び出しているので、眺めると怒る。怒るぐらいなら、服を着ればいいのに、しばらくは裸のままである。そして、また私に言った。
「お父さんは、二股かけて付き合ったことある?二股って言うのは、一人付き合っているのに、もう一人とも付き合うってことよ。ねぇ、ある?」
「お父さんは、お母さんと結婚するまでに、いったい何人の女の人と付き合った?」
 この手の質問に対して、私と女房は、受けとめることにしている。ウソを言う必要もないし、叱る必要もないと思う。彼女の、成長過程での質問として、答えてあげるようにしている。
「そうか、そんな事聞きたいんか。お母さんは、6番目。そして、二股になったことはある。二股になったのは、3番目と4番目の人。3番目の人は、大学生の頃の人で、4番目の人は大阪に来てすぐの人。」
「最低やわ、お父さんは。」
「4番目の人と6番目の人は、同じ人やけどね。」
「・・・・。そしたら、二股かけられて別れたのも、お母さんって事やがね。」
「そう言うことになるな。」
「やっぱ、お母さんはかわいそうやわ。お父さんって最低やわ。私、絶対、お父さんみたいな人と結婚せんわ。」

 ふと、一度別れた頃の、情景が蘇った。南海・難波のプラットホームで、ブルーのベンチから、二人それぞれ立ち上がり、別れた。感傷の目線の先に、バスタオルを巻き、湯気を上げながら女房がドアを開けた。そして、強気で生意気だったあの頃の彼女にはなかった、ピアスが光っていた。


 
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