水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/七編


買い物だけっ?


「今年の正月は、どこか行きなさっとぉ。」
「ええ、カイモンダケに行こうかと思って・・・。」
「そおねぇ。買い物(もん)だけで、どこも行きゃらんとぉ。」
だろうな。興味の無い人には、そう聞こえてもしかたない。

 今年の暮れは、自宅を建てて7年目の年末である。その年末行事の『大掃除』を、女房が手伝ってくれた。結婚11年にして、始めてかも知れない。こんなに、有り難い気分になったのは久しぶりである。
 歳を重ねるほどに、『固定観念』に対する疑問は多くなってきた。『育児』『掃除』『洗濯』『料理』などに代表される、『家事全般』を、当然の如く女房の仕事にする事。『赤』『ピンク』が、女の子の色。『青』『黒』が、男の子の色。学校を休まない事。親と言う立場。子供と言う立場。一家の主と言う立場。・・・・・何の疑いもなく、習慣とか、決まり事とかで決めつけていることが多すぎると思う。
 だからと言う訳ではないが、長男は、姉達のお下がりの服を嬉しそうに着ているし、長女は、『ブルー』が大好きである。運動会の弁当は、私が作ったりするし、レンジ周りの油落としも、私が7年やっている。山登りやスキーに、学校を休ませてまで連れていく。しかし、振り返ってみると、家族の遊びが、常にアウトドアであることも、私の『固定観念』なのかも知れない。
 ここまで話を引っ張って、次にどんな話しに持っていくのか、パターン化された『水流渓人流の文章の固定観念』かも知れない。結論から言うと、9月の落雷で、保険金の支払いを受けた。余ったので、家族全員で、クリスマスムード漂う『東京ディズニーランド』ツアーに行ったのだ。いつも、家族で『フィールド』だとか、『登山』だとか、『キャンプ』だとか、『スキー』だとか、『カヌー』だとか、格好良く綴っている文章に、『東京ディズニーランド』の文字が、気恥ずかしく思えたのだ。
 ともかく、結婚以来、始めて手伝ってくれた女房の『大掃除』が、『東京ディズニーランド』ツアーにつながって行くのは、どちらも、『めったにない話し』と、言う事。・・・・お後がヨロシイ様で・・・・。

 盆が『屋久島』だったので、正月は『開聞岳』になってしまった。『日本百名山を南から・・・。』と、言う訳ではないが、屋久島へ向かうフェーリーから眺めたその姿は、海から一気にそびえ立ち、正確な円錐を現し『薩摩富士』の名を取るにふさわしかった。家族全員で登れそうな山だし、とりあえず一度はピークを踏んでおきたいし、温泉の名所『指宿』も近いし、町営の『開聞ふれあい公園キュンプ場』のバンガローも5月から予約済みだし、近場で出費節約にもなるし、子供の目当て『平川動物園』も行けるし、で、『正月のんびり登山アンド鹿児島の旅』が始まった。
 とうぜん今回も、大阪の義弟が、いつものように単独参加。違うのは、不景気なのに、パチンコ銀行に貯金をしすぎて、金欠今回割り勘カンベンして参加であった。
 31日、自宅を出発、『小林I.C』から『九州自動車道』に乗り、鹿児島市内を経由し、『知覧』から『開聞町』に向かった。小高い茶畑の中から、望んだ『開聞岳』は、海に浮かぶ巨大ピラミッドであった。
 3時にはチェックインを済ませ、バンガローの鍵を受け取った。公園内には、子供達御用達の『アスレチック・ジム』『ゴーカート』『売店』があり、登山口も、この公園からつながっていた。バンガローも、きれいに整備された場内に、おりこうさんに並んでいる。1区画100坪ほどの敷地に、駐車場と建物が配備され、バーベキューの出来るテラスから、『開聞岳』がフルスケールで見れた。
 冷暖房・テレビ・寝具・バス・トイレ・キッチン・冷蔵庫・食器の整った設備は、やりすぎかなとも思っていたが、利用してみるとメリットの方が多い。テントより料金も高いので、当然かもしれないが、連泊しながら、早出で観光地を回れるので混雑知らずである。当然、外食はしない、しないと言うよりそんな予算はないので、当然自炊であるが、手早くて豪華だ。テント・キャンプの大敵、大仕掛けメニュー『カレー』も『バーベキュー』も、出来る。持っていく荷物も少なくていい。これも、何回も続くとイライラしてきて、静かな渓流にテント場を捜して、本来のキャンプに行きたくなるが、メインは『登山』『温泉』『観光』『動物園』なので、このバンガロースタイルを計画した。  大晦日の『紅白歌合戦』と『年越しソバ』を済ませ、翌朝目覚めると、すでに『初日の出』は、ノボっていた。未だ布団の中に、ノボり始めてはいない我々がいた。登山口から、一歩を踏み出した頃には、『ご来光登山』を済ませ、下山してきた人達とすれ違い始めた。
「おめでとうございます。」
「おはようございます。」
「初日の出、綺麗でしたよ。」
「ガンバって下さい。」
などと、声をかけられながら、下山者待ち渋滞に会いながら、ボチボチ登っていった。今回、次男の背負子は携帯しなかった。歩けるところまでは歩かせるつもりでいた。3つの山は、自力で登っているが、いずれも大人の足で、1時間程度の山であった。30分も歩くと、いつものように
「おんぶんして、お父さん、おんぶんして、僕は、おんぶんしてって言っていねっちゃかい。僕は、まだ、山登りは赤ちゃんやっちゃかい、歩けんとよぉ。ねぇ、お父さん、おんぶんして。聞こえんとぉ、おんぶんして。ウワァーッ、ほら足が滑ったがぁー。死ぬーッ。お父さん、僕が死んでもいいとぉ。僕は歩けんとやがぁ。お父さん、耳がないとぉ。ボ・ク・は・あ・る・け・ん・と・よぉーーーー。」
と、人の5倍は喋る赤ちゃんが、1000回ぐらい唱えた。
「もう、これで最後だぞ。次からは自分で歩けよ。」
と言いながら、おんぶした。そろそろ歩いて貰わないと、彼の体重が私の膝に負担になってきている。そして、『こんにちは』『おめでとうございます』と、すれ違う下山者に答えると、山頂に立てた。
 この眺めを、元旦から味わえるのは、やはり『登山』の醍醐味である。山頂でくつろぐ登山者達は、同じ道程を、それぞれの足でやり遂げた満足感が、快い『連帯感』となって、和やかな雰囲気である。写真を撮ってもらったり、シャッターを押してあげたり、薩摩半島の南端から絶景を望みながら、誰もがいい顔をしていた。
 そして、『2000年』が、スタートした。


 
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