水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第六章/六編


入っていますかJAFに?


 なんとなく、不安。色々なことが不安である。将来、収入、子供、健康。数え始めると、無数の不安材料がある。特に今年は、前厄でもある。雷も落ちた。そういえば、以前の厄年に、親父が死んだ。女房の厄年にお袋が死んだ。などと、厄年の危険性を語るつもりはないし、本当は、それほど気にしていないが、念には念を入れて、普通免許取得20周年を機に『JAF』に加入した。
 その存在は知っていたのだが、別に世話になる事も無いだろうと考えていた。大学時代から、だいたいの修理は自分でしてきた。古い車ばかり乗り継いでいたが、普段悪くなりそうな所は、修理やメンテナンスをしていたので、遠出の時にトラブルに遭ったことは少ない。しかし、最近では、車のメカニズムに対する感心の薄れと、なんとなく新しめの車に乗るようになったのとで、チョッとしたトラブルが判らなくなっていた。そんなこんなで、『JAF』の加入申込書を取り寄せ、必要事項を記入し郵送した。

 『親父山1,644m』を、紅葉シーズンの家族登山に決めた。『親父山』は。祖母・傾山系に属し、縦走路『障子岳』より延びた尾根に連なっている。家族連れでも楽に登れ、しかも、素晴らしい紅葉が楽しめると、『山の会』の仲間から勧められた。調子が良ければ、『障子岳』まで足を延ばそうと考えていた。
 私の変則的な休日に、家族の都合を合わせ、11月2日・火曜日は、いつものように学校・幼稚園に、欠席届けを出し、3日の『文化の日』と続けて、連休にした。
 朝5時、自宅を出発した。曇り空は気になっていたが、高千穂の街を過ぎ、登山口へと右折した。標識に従い、仲間からの情報と照らし合わせ、駐車位置を決めると、子供4人にトレッキングシューズを履かせた。履かせながら、考えてみると、『ズーッと履かせては紐を結んであげてるなぁ。』と、思った。『子供達は、登りたくて登ってるんじゃなく、私が登らせたいから、連れて来てるのかなぁ。』とも思った。ふと、周りの景色を見渡すと、普段の生活では、決して見る事の出来ない紅葉が、私達家族を包んでいた。
 歩き始めると、道を曲がる度に、違った紅葉に出会えた。5合目を過ぎると、濡れた熊笹のせいで、雨具を着用せざるを得ない状況となった。今回も歩かない次男が、私の背中で震え始めた。かなり気温が下がっている様で、使い捨てカイロを握らせた。ズブ濡れになりつつ山頂を迎えると、感動のパノラマは待っていた。山肌を雲が流れ、障子岳を乗り越えて行く。色とりどりに施された紅葉のジュータンの上を、滑るように流れるのである。そして、山頂付近を『霧氷』が覆っていた。ため息ばかりが出た。
 子供達が、感動しながらこの景色を見ていたのかはわからない。きっと、食べたオヤツや、そこらの枝で何かを作って遊ぶことの方が楽しかったことであろう。でも、角度を変えて見てみれば、遊んでいるその枝は熊笹であり、その枯れ葉はアセビやブナである。まぎれもなく標高1644mの世界の物を使って遊んでいる。流れる雲が、自分より下であることを見ている。いくら無感動でも、体験させる事が大切なのだと、思った。きっといつの日か、本物の体験をしている子供達の感性は、芽ぶいてくれるはずである。
 子供の前で、親である立場を誇示するかのこどく、経験もさせずに『アレはしてはいけない。』『コレはしていけない。』と言われ続けた子供は、何の納得もせずに成長し、身体だけが成長したあかつきには、『大きくなったのだから、後は自分でしなさい。』と言われても、何も出来なくて当たり前である。子供に教育される毎日で、親らしい教育は出来ないが、造られた物の中で親子が触れ合うより、何もないけど素晴らしい自然の中で、一緒に歩き、一緒に汗をかき、一緒に語らい、一緒の景色を眺め、そして、ぶつかり合った方が、いいような気がする。
「お父さん、この倒れた木の上に、寝るとフワフワして気持ちいいが。柔くなった木がポロポロ地面に落ちて、また土になって、その土の中からドングリさんが芽を出すっちがね。私、木が土になっちょる所をいつも見るもん。」
次女が、ブナの倒木に抱きつきながら言った。机の上で、教科書を眺めるより素晴らしい解説だと思った。『だから、どうなのか。』『だから、何なのか。』ではないのだ。そのような経験が、将来結びつき知識だけではない、本物の感性を育てていくのだと願っている。
 その夜は、近くにある標高1,200メートルの『四季見原キャンプ場』にテントを張った。『六峰街道の山々』『霧立越連峰』『阿蘇五岳』が見渡せるテントサイトは、視界をさえぎる物はなく、風をさえぎる物もなく、テントの張り綱を強く締めた。早めにテントに入り、皆で鍋をつついた。ランタンの明かりに、たくましくなった子供達の顔が映し出された。
「お父さん、僕はこれで幾つ山に登ったとぉ。」
長男6才が聞いた。
「30山ぐらいかなぁ。6年生になるまでには、100山は登ろうな。」
と、私は言った。それに答えるかの如く、子供4人が口を揃えた。
「うんにゃ、山登りは好かんとよ。お父さんが、無理に登らせているだけやが。」
それでもいい。それでも、私は心地良かった。嫌でも付き合ってくれる子供達である。それに、私には、付き合うように気分を盛り上げてくれる女房もいるのだ。明け方、氷点下を記録した。

 テント撤収。キュルンキュルンキュルン・・・・・・・・・・・・・・・・。セル音だけ。以前、故障したことのあるグロープラグのようだ。当然、このキャンプ場で修理できるはずがない。『JAF』である。予想的中の『JAF』。標高1,200メートルのキャンプ場は、携帯電話の感度もすこぶる良い。高千穂町内から往復30キロ、修理時間30分以内。と、言うことは、『無料』ってこと。入ってて良かった。『JAF』に。


 
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