水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章


あとがき


 人は、どこかに余裕が無いと不安なのだろうか。経済的な余裕、時間的な余裕、心の余裕。余裕の無い日々は、不安感に襲われてしまうのだろうか。
いったい私には、どんな余裕があるのだろう。家庭円満で、子供達に恵まれ、山登りやアウトドアを通じて、不便や不自由さも楽しく感じている。しかし、どこかに不安を感じる毎日は、おそらく、私自信の感覚が、今ある余裕に麻痺してしまっているのかも知れない。
 私の子供へ対する感覚は、成長が遅い。私の感覚などおかまいなしに、子供達はぐんぐん成長する。尊重してあげなくてはならない子供の個性なのだろうが、自分の子だからと、私の主張を押しつけてしまっている。いけないのか、判断のつかない感覚である。
 先日、私に叱られた小学2年の次女が言った。「兄弟ゲンカしたら、お母さんは、分け隔てなく叱るけど、お父さんは分け隔てて叱るわ。お父さんの叱り方は、変じゃわぁ。」
私も、その通りだとギクッとした。しかし、年上と年下がケンカすると、どうしても年上の方を強く叱ってしまう。どうしても同等には叱ることができない。感覚では判っているつもりだが、子供達は見抜いていた。ひとり息子で育った私が、4人の父親なのである。
「お父さんとお母さん、どっちが好き。」
「お母さん。」
当然だ。私より、頻繁に、しかも強く叱る女房であるが、それでも、子供達が母親を指示する理由は明快であった。女房に叱られる時、子供達は、その叱られる理由を納得していた。

 いつのまにか、子供達が私のことを「親父。」と呼んでいた。私は心地良かったが、女房は子供達に対して、
「お父さんと呼びなさい。」
と、叱った。女房は、私も子供達と、分け隔てをしなかったのだろうか。
 子育て。四人の姉妹兄弟。理論や経験では対応出来ない。見過ごせば、溝になったり壁になったりするような気がする。どこまで関わり、どのくらいのスタンスを開けるのか、子供達は教えてはくれない。


 
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