水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/十二編


共通二次


 40才、健康診断。『2次検査の必要有り』と、返事が届いた。コレステロール値と肝臓機能を再検査するそうだ。禁煙して半年になる。月2回のペースで、山登りも順調だ。そんな矢先の診断に、驚いてしまった。
 1ヶ月後の二次検査で、追い打ちをかけるように、担当の先生は、
「以前に、肝臓を悪くしたことがありませんか。」
「いいえ。」
「じゃ、胆嚢はどうですか。」
「いいえ。」
「そうですか。おかしいですね。親族の方とかで、誰か肝臓や胆嚢の病気をされた方いらっしゃいますか。」
「以前、お袋が胆嚢結石の手術をしました。肝硬変気味だとも言われてました。結局、4年前すい臓癌で亡くなりました。親父は、16年前に脳血栓で死んでます。多少、高血圧でもあったようですが。」
「そうですか、要素はありますね。」
「そんなに悪いんですか。」
「はい。食事療法とかではなく、薬剤投与による治療が必要です。とりあえずお薬を出しておきますので飲んで下さい。それから、採血して、B型・C型肝炎の検査をしましょう。えー、2週間後に、また来て下さい。念のため、肝臓と胆嚢のCTをとりましょうね。ご存知ですよね。CT。体の輪切りの写真です。」
「あっ、はい。」
 なんとなく、生きた心地のしない数週間を過ごしていた。
 考えてみると、思い当たる節はあった。禁煙できた自分に感心していた。感心するのだから、ごほうびをあげたくなる。帰宅すると、当たり前のようにアルーコールを飲んでいた。ごほうびなのだから、晩酌程度ではない。それが、この5ヶ月ぐらい、検査前日まで毎晩続いていた。おまけに、煙草を止めると、食べ物の味が鮮明になる。食べ物が美味しく味わえるのである。体重も増えたし、コレステロール値が上昇するはずだ。
 CTスキャンによる検査当日、前回の血液検査の結果とCT映像を見て、担当の先生は、
「前回、出しました薬を飲んでいただけましたか?」
と、尋ねられた。
「いいえ、飲みませんでした。」
「そうですか。」
「はい。2次検査必要ありと言われて、40日間、食事に注意したんです。会社へも歩くように心がけています。アルコールもほとんど飲んでいません。」
「そうですか。肝機能も胆嚢も正常値です。CTの写真を見ても、悪くないようですね。でも、コレステロール値には、まだ、気を付けた方が良いですから、このまま頑張ってみましょうか。薬も必要有りません。ただ、3ヶ月後、検査させてください。」
「はい。」
胸をなで下ろす思いが、全身を包んだ。
 しばらく、アルコールも控え、野菜中心の食事に徹底する私に、長女が
「父さん、最近、怒りっぽくねぇかぁ。」
と、しんみり言った。そうかも知れない。自然体でない私の数日は、かなりな不快感を家族に与えていた。イライラする私に、女房も、じっと耐えていた。そして、自分まで血液検査に行き、まったくの健康体であることを証明してみせた。同じ食事をしていても、私の作る料理が原因ではないと言う、無言の否定行為のようだった。

 梅雨の休日、トレーニングに行くことになった。長女と次女が、学校に行った後、近くの山へ登るのだ。当日朝、長男が幼稚園を拒否し、同行する事を承諾してくれた。家族4人の山歩きである。当然、雨は覚悟だ。
 自宅から50分、『児原稲荷神社』が登山口となる、『国見山1,089メートル』だ。近場に、1,000メートルを越す山があることも嬉しい。2ヶ月前、私一人でトレーニングに出かけているので、道に迷う心配はない。女房と長男が手をつなぎ、次男は私の背中である。
 予定では、尾根をなだらかに1時間半突き上げ、稜線を1時間アップダウンを繰り返す。いいかげん体力が消耗しきった頃、ひょっこり山頂へたどり着く。長男の歩きと、雨の影響で1.5倍の行程を覚悟した。それにしても、酸性雨の影響だろうか、6月に登山道に、枯れ葉がたくさん積もり、歩きにくい。
 視界のない山頂を、早々に切り上げ、森の中で『おにぎり』を食べた。カッパを着込み、汗と雨でカッコいいなぁと思った。長男は、雨のしずくを弁当箱に落としながら、うまそうに平らげた。下山し、登山靴を脱いだ彼の足に、『山ヒル』が吸いついていた。
「何、これ。」
「血を吸う、山ヒルやが。」
「ふうーん。」
「痛てえか。」
「うんにゃ。」
「父さんはこうやって、子供の頃、手で揉んで殺した。」
山ヒルを揉み始めた私の指は、吸われた長男の血で真っ赤になっていた。
「そんげしちょくと、どんげなっとぉ。」
「だんだん小さくなって、無くなる。」
「ふうーん。」
田舎に暮らしていても、ヒルに吸われることが少なくなった。長男は、ヒルに吸われ、良い経験が出来たと思った。嫌がりも、恐がりもせず、カッコいい5才の男に見えた。
「つかれた。」
と、一言。ヒルに吸われた彼の足首からは、血が流れたままだった。


 
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