水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/九編


雪やコンコン


 『日が昇る。日が沈む。』変な言葉だと気付いた。
 その日、長崎県平戸の峠で、夜を明かした。誰もいないこの駐車場で、大晦日が終わろうとしていた。車中、家族六人、シュラフにもぐり込んだが、空が白み始めた頃には、マイナス五度になっていた。身支度を整え、そばの丘に登った。モノトーンになった、島の入り江と海面が、しだいに色づいて来ているのが判った。「初日の出」が、私の愛する家族を朱に染めていた。
 吹き渡る風が、暖かく感じた。宮崎の日の出は、海からである。平戸の日の出は、海をはさんだ陸からである。今は理解できない子供達であろうが、とりあえず説明するより体験させたい。この体験が、今後、子供達にとって、何の役に立つのか判らない。思い出すとき、その記憶の中に、父親である私は、幾度となく関わっていたいのである。思いにふける遠くの視線から、横に並ぶ長女へと視線を移しながら、
「太陽って、少し顔を出すと、一気に昇って来るね。」
と、言った。丘に登って20分以上が経っていた。返事もしない長女に、続けて言った。
「上にある太陽は、動いているようには見えないけど、日の出と日の入りは、動きが速いね。」
ムッとした顔で、私を見上げた長女9才は、
「お父さん、何を言っちょるとぉ。この前、太陽が動いているんじゃなくて、地球が回転してるって教えてくれたわ。」
と言った。その通りである。彼女は、日々の太陽の動きを、地球の自転だと理解するほど成長してしまった。『日が昇った様に見える。日が沈んだ様に見える。』と、言う方が正しい・・・様な気がする。

 宮崎でも寒波が来ると、山間部は雪で覆われる。私は、雪が降れば、降った所に連れていくのが当然だと思っている。子供達も、雪は山にあり、遊ぶときは首まで埋まって遊べると思っている。正月の『普賢岳登山』では、3時間かけて登り、霧氷と、山頂のうっすらとした雪景色を見ることができた。『雪』と言う結果に対して、『山へ行く』或いは『山を登る』という過程があり、その過程の方が大事であり、その過程を通して、親が子供とかかわれる事が素晴らしいと考えている。
しかし、幼稚園の通信に、『役員のお父様方が、山から雪を、園庭に運んでいただき、子供達は大喜びでした。』と、書かれていた。その行為自体、雪を見たことのない子供にとって、良い経験になったのかも知れないし、とりに行かれた父兄役員の方は、大変ご苦労だったと思う。悲しかったのは、園児の一人が言った言葉に対して、答えた親の言葉である。
「お父さん、また、雪で遊びたいょ。」
「よし、判った。また今度、雪が降ったら、とりにいってあげるからね。」
どうして、『連れていく』とか、『一緒に行く』とか言えなかったのだろうか。物の本質を経験させず、結果だけを、親が子供に用意してあげる。そんな子育ては、本当に悲しいと思った。
 今年は、九重で新雪に出くわした。前日、家族でスキーを楽しみ、筋湯温泉に入り、長者原の近くでキャンプをしたときである。夜半から降り出した雨は、夜明けには雪になった。シュラフから出て、外でオシッコをする時、辺り一面『銀世界』に変わっていた。
「わぁー、雪だぁ。」とも、
「こんなに、降っているーっ。」とも、
「雪ってこうやって降るんだね。」とも言わない。
無感動の様に見えるが、去年の寒波の時には、熊本の山で、思いきり遊んだ経験があるからだろうとも思った。誰も走っていない白い路面に、初めての轍を残しながら、牧ノ戸峠へ向かった。標高が上がるほどに、湿り気のない雪質へと変わる。車内で、防寒着とスパッツ・手袋・帽子を着込み、雪遊び仕様に変えた子供達は、さっそく飛び出し首まで雪に埋もれた。近くの遊歩道を一キロほど歩こうとすると、這って歩く。いつもはきつそうに歩く登山道を、何度も走って登りソリで滑る。そして、雪まみれになってしまう時、子供達と同じ目線で、雪まみれになる私と女房がいる。


 
Copyright(C) 水流渓人 All Rights Reserved

戻る