水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/七編


かけがえのない


 長女9才5ヶ月、オッパイが少し飛び出してきた。好き嫌いをはっきりと主張するしっかり者である。現代小学生事情の塾通いも、我が家の子供達は、まったくない。本人も行きたいと言わないし、私も、まだ行かせる必要もないと考えている。下校後、毎日5時までは思いきり遊ぶように義務づけているが、同級生同士で遊ぶことが少ない。ほとんどの子が、週3〜6回の塾通いで、遊び相手が少ないのだと言う。一番の仲良しも、水曜日だけ塾がないので、今のところ、長女は水曜日が楽しみらしい。
 最近の長女の話題は、学校での友達に、好きな人と嫌いな人がいるらしく、その手の話しが多い。とりあえず、仲間外れにしてはいけない。嫌いな人でも、出来る限り、その人の良い所を見つけて、認めてあげないといけないとは言っているが、親らしく振る舞う私でさえ出来ない事を、子供に強要しても無理な気もする。この元気一杯の自己主張娘が、これからどの様に成長し、いつまで私と遊んでくれるのか判らないが、9才を過ぎた今、親の想像以上にしっかりとし、強い感受性が育っているようだ。
 次女6才11ヶ月、激しい感情の持ち主である。その激しさゆえ、彼女の感性には、興味深い事が多い。虫、枝、実、葉、石、水等、森や川で遊ばせると、その遊びは尽きない。この小学1年生の彼女が、いったい学校で何をしているのか、多くを語らない態度が、余計に私の興味を引くのである。
 先日の夜、発熱した。翌朝、学校へ行く前に検温してみると、熱は下がっていたが、「休んでくれ。」と、私は次女に頼んだ。ギョッとした顔もしたが、ニャッと笑った。昼は、買った弁当を持って西都原公園へ行った。学校を休んだ後ろめたさを漂わせながら、枯葉色になった大きなバッタを捕まえていた。
 長男5才1ヶ月、寡黙な男とばかり思っていたが、そうでもないようである。姉二人不在時には、饒舌なオシャベリ男へ変身したりもするのだ。とにかく、母さん好きは度を越している。トイレ、就寝には必ず母さんを従える。抱きついて、頬をすり寄せ、体を張り付かせる。マザコン予備群の心配もあるが、他の姉弟とは違い、自分だけは親父から生まれたと信じている。いや、いつも、私がそう言わせている。
 結構、恥ずかしがり屋で主張のない彼の印象が強いが、先日、幼稚園でお遊戯会の劇の役決めの際、王様役に挙手にて意思表示をし、適役である主張をしたそうだ。思えば去年、次女は、卒園前のお遊戯会で、挙手、ジャンケンの結果、主役を勝ち取ってきた。それを、彼が記憶していたか判らないが、王様役の募集の時、しっかりと挙手した勇気は、素晴らしいと思った。理由を聞くと笑ってしまった。
「だってね。王様はね。目がキラキラ輝いている子供はね。出来んちゃかいね。ボクはね。死んだ目が出来るっちゃかいね。ボクが王様やっちゃが。」
「そうか、お前の目は死んでいるのか。」
「ウゥーンッ。他のお友達の目は、子供の目やかい、キラキラ輝いちょっとよ。ボクだけ。ボクだけが、目が死んじょっとよー。」
彼は、自信を持って、自分の目は死んだ目だと言った。果たして、王様が、その劇中で、どのような存在なのか判らないが、とりあえず数人、家来役のお友達がいるそうだ。
 そして、次男2才8ヶ月。ついに自分の足で山頂を踏んだ。文化の日、仕事を終え、『久住』へと、購入したばかりの高級中古車を走らせた。登山口となる『牧ノ戸峠』に到着したのは、午後11時。車中泊に役立つ様、買い換えた車である。シートをすべて倒し、カーテンを閉じ、家族6人、シュラフに潜り込んだ。足を伸ばして眠れるのは、有り難い。
 今回は、峠から反対へ向かい、5月に登った『九重連山』を眺めながら、ゆっくりとした縦走を楽しむ計画である。
遊歩道から始まり、長女に手を引かれて、ヨタヨタ歩く次男の姿があった。もしかすると、この『黒岩山』であれば、次男は登るかも知れないと、勝手な親の欲が脳裏をかすめた。とりあえず歩けるところまででいいと、私自身に言い聞かせ、登山道に変わり始めた山頂への急登を、今度は私が手を引いた。いつものように、軽快に先頭を歩く次女に、次男のペースで歩くように指示した。1時間ほどの急登を、足をスベらせながら、私の靴をステップにし、私の手をストック変わりに、泣きながら、片言の文句を言いながら、そして、姉兄に精一杯の声援を受けながら、急登を登りきった。
気が付けば、いつも女房に手を引かれていた長男も、自分だけで登りきっていた。そこから、山頂標識までは、低木の間を緩やかに登り、ついに、1,503mの山頂三角点を、次男が踏んだ。
ハイキング程度の山であるが、次男が三角点を踏み、全員自力での家族登山を遂げた。腹の底から込み上がる感動が、鼻の先端から目頭に抜けるのを、感じていた。ススキが揺らぎ、前方に広がる『九重連山』を覆う雲が、流れていた。少し左足に障害がある次男の歩行は、二才八ヶ月になった今でも、決してしっかりしているとは言えない。でも、山頂を踏んだ。この価値は、家族の中でも大きいはずである。嬉しいとも、素晴らしいとも、表現しない次男や姉兄であるが、そこには確実に家族全員がいた。
 『黒岩山』からは、次男をいつもの背負子に乗せ、眼下の『長者原』や湯煙の上がる『牧ノ戸温泉』、右に最大スケールの『九重連山』を見ながら、『泉水山』へ向かう。自然が作り出した雄大な曲線を、アップダウンを繰り返し、家族それぞれが、お互いを感じとれる距離で歩いていた。『上泉水山』から、『下泉水山』を過ぎると、急勾配での下山となる。しっかりした足どりで、遊びながら、笑いながら歩く、長女と次女。転びながら、頭から一回転しながら、尻で滑りながら、それでもへこたれずに歩く、長男。下山苦手の女房。私の背中で寝てしまった次男。『長者原』のレストハウスに到着した時には、何か違う連帯感と満足感があった。
 ここから、『牧ノ戸峠』まで、約四`の距離である。バスで、と、計画していた。しかし、車道横に整備された『九州自然歩道』を歩く事に、誰も反対しなかった。縦走の完結を徒歩で迎える事の方が、私達家族は素晴らしい事を知っている。この『九州自然歩道』は、自然道ではないアスファルト舗装と階段で造られた歩道で、標高差300mの、ひたすら登り道である。長女の足どりは力強い。女房はムードを盛り上げながら歩く。次男は私の背中。長男は遅れながらもヒタヒタついて来る。次女は膝と足の付け根が痛いと、頻繁にうずくまりだした。紅葉した木立の中から見上げた空は、あくまでも深い青色である。『牧ノ戸峠』にたどり着いた時、もう歩かなくていい安心感に、次女が大粒の涙を流した。私は、次女を抱いて、思いきり誉めてあげた。肩を震わせ、声を出して泣き始めた次女の涙を、秋風が頬に落とさず瞳で止めた。


 
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