水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/四編


我子教育概論


「山、いくぅー。」
と言う次男2才に、長男4才が説教をしていた。寝かしつけようと、ベットに寝ころび照明を消したときである。
「山に行くんだったら、自分で歩かんといかんちゃが。」
「山、いくぅー。」
「自分のお菓子は、自分のリュックに入れんといかんし。」
「・・・・・・・・。」
始めて、リュックに飲料水・雨具・非常食・ライト・おやつを入れ、山頂を踏んだ彼の自慢の発言である。
 彼の日常行動からは、幼稚園の園児である態度はない。姉二人は、よく幼稚園での話しや、習った事を親へアピールしていたが、まったくもって、彼の話しは、自分の興味範囲内のテレビアニメばかりなのだ。結局、今年の夏、水遊びの際に、潜れるぐらいまでなるかなと期待していたが、一度、風呂で顔を水面に浸してくれただけであった。側転は、三才になるとすぐに出来るようになり、自転車は、四才になると補助輪を外した。山登りも、嬉しいのか、イヤなのか判断出来ない態度で、ヒタヒタ歩く。最後まで歩く。絶対に、抱けと言ったことはない。たまに、
「今度は、いつ山登りすっと。」
と、聞くだけである。そんな、シャイな彼からの、自慢の一言であった。

 次男2才、相当なおしゃべり者である。とにかく、やかましいほどにしゃべり、理解しがたいマイ・ワールド言葉を混ぜるので、いいかげんに聞いていると、彼の怒りに触れる。悪ガキ予備群の素質を秘め、姉・兄がテレビを見ていると、前に立ちふさがったり、上から倒れこみ攻撃をしたりする。姉兄から、上下関係のきびしさを、しつけられては号泣している。
「おまえー。バカくそ。なにやってんだよー。」
と、一応反撃の叫びをあげながら。
 とにかく、兄と、何でも同じ事をしないと気が済まない所は、どこの兄弟でも同じであろうが、二人の姉と、兄を持つ、四人姉妹兄弟の末っ子の心境は、私には理解できない。しかも、上の三人、マイペースと強烈な個性を併せ持つ人物なのだ。同じ事をしたと言われては、兄にやっつけられる。前に立ったと言っては、姉次女にどつかれる。かまってほしくても、姉長女に無視される。そんな彼の究極手段は、三人の姉兄が機嫌のいい時、突然、髪ひっぱり・噛みつき反撃である。その上、親の注意を引くかの如く、髪をひっぱったり、噛みつきながら、姉兄の反撃前から、大声で叫び泣きをするのである。現場を見ていなかった私は、何度か次男2才の作戦に引っかかり、姉兄を叱った事がある。髪をひっぱられ、噛まれた上に、親に叱られた姉兄三人には、本当に申し訳ない事をしたと思っている。以来、父さんの人気度ランキングは、低迷を続け、張本人の次男2才からも
「パパ、好きくない。」
と、言われ、パパは立つ瀬のないのだ。極悪次男の作戦に、一番ひっかかっているのは、私なのかも知れない。
 長女9才、二度目のオッパイグリグリ状態である。どうしても、私にオッパイを触らせてくれない。少し膨らみかけているから、ダメだと言うのだ。しかし、先日、私の調査により、膨らみではなく、筋肉だと判明して、少しガッカリ状態の小学校3年生でもある。
 カヌーでの川下りでは、ライフジャケット・シュノーケル付きゴーグルで、新境地を発見したらしく、五メートルしか泳げない彼女も、カヌーに縛り付けたロープを握って、もっぱら水中である。先日の川下りでは、滑る瀬石の上を、女房の弟よりスイスイ歩き、波立つ瀬を、弟の艇の後ろにまたがり沈没させていた。登山も、まるでバテない歩きを見せ、下りの歩きは家族一速い。
 そして、今後の彼女の課題は、運動会でクラス代表のリレーの選手獲得である。女性体型に変化しつつある彼女の体型で、どれほどの走りを見せてくれるか楽しみであるが、数日前に突然、私に聞いた。
「お父さん。私が生理になったら、赤飯を配るとぉ。」
「当たり前やないか。たくさん配るに決まっちょるが。」
「ふうーん。だけど、やめて欲しいなぁ。」
いったい、何を考えての質問なのか判らないが、女房にも質問したそうだ。
「お母さん。生理になったとぉ。」
「なんで、そんなんこと聞くの。」
「だって、そうやったら、失敗したって事やわ。」
「何が。」
「卵、作るの失敗したって事やわ。お父さんが精子を産みつけるのを失敗したって事やわぁ。」
おいおい、ちょっと待て、卵作るの成功したら五人の子供になるではないか、28日周期での授精卵形成は、父として断固許さんぞ!なのだ。

 次女6才、ショートヘアの痩せゴロ小学校1年生である。彼女はこの夏、水泳に素晴らしい上達を見せた。縄跳びもそうでであったが、努力型長女と違い、半日のイメージトレーニングで上達を見せた。今回の水泳も、数日で長女3年分の努力を追い越してしまった。だいたい、水泳不得手の長女なので、5メートル息継ぎなし目閉じバタ足であるが、水中目開きバタ足一回息継ぎをマスターした次女である。
 登山も、完全に一人で歩けるようになった。最近は、常に先頭を歩き、家族全体のムードメーカーでもある。彼女の上機嫌は、素晴らしい山行を印象づけ、疲労も少ない。何かを見つけながら歩く次女は、親である私達にとっても、新鮮な視野を持たせてくれるのである。しかし、反対に気分が乗らないときの彼女もスゴイ。登山であれ、食事であれ、怒涛の如く周囲を巻き込み、波乱万丈の家族絵図を彷彿とさせるのである。すべてを拒絶し、眼前の物体に対して凶暴に怒りをぶつけるのである。そんな、起伏の激しい小学1年生である。
 四人の姉妹兄弟を育てていると、一人っ子で育った私には、嫌悪感が残る。私には、両親の愛情すべてが向けられていた。それが当たり前の世界で育った私は、自分の子供達に、そうは出来ないからだ。しかし、そんな嫌悪感より、四人それぞれの個性を、親子と言う関係で付き合える事の嬉しさの方が、ウエイトを占めるようになってきた。子供を叱る事が4倍になるが、4倍の笑顔もある。4倍のわずらわしさもあるが、4倍の感動もある。4倍の行事も迫り来るが、4倍のシーンにも出会える。喜怒哀楽、すべて4倍の素晴らしさに包まれていると感じる。
 複数の子供を育てる親を見て、上の子で経験があるから、下の子を上手に、要領よく、育てられる様に感じていた。しかし、それは大きな誤解であると判った。姉妹、兄弟と言えども、すべて、異なった個性であるからだ。性格も行動も感受性も、それぞれなのである。親子として、それぞれの個性と関わり、ぶつかる時、ひとまとめに『こいつら』とは言い切れない。長女であり、次女であり、長男であり、次男なのである。


 
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