水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/三編


まだまだ続く夏休み 


 夏休み後半、女房・子供達の大阪里帰りから、一週間が過ぎると盆休みである。恒例となった、女房の10才下の弟もやってきた。前回は、彼女同伴の正月キャンプであったが、今回は、単独の盆キャンプである。どうして単独なのかは、現況で簡単に判断できるが、我が子達は違っていた。子供の疑問は、素直にストレートな質問となって、弟へ『質問責め攻撃』をするのである。しかも、滞在していた8日間、節目節目で質問を繰り返していた。 
 まず、カヌーツーリングである。関東地方は未だ梅雨明けを宣言出来ずにいるが、連日37度を越す晴天が続いている。川も渇水で、場所の選定に悩んでしまった。今回の川下りは、仲間達がいないので、女房・次男は陸路サポートとなる。カヌーも、組み立て式のファルトボートで、一人艇と二人艇を用意した。一人艇は、弟。二人艇は、前席に長女・次女コンビ。川の状態によっては、長男も乗せる事になる。結局、清流としては有数の北川支流「小川」に決まった。いつもは、二つほどスリルのある瀬があるが、やはり渇水、上流へ向かう車中から見た川の状況は、渇水なのである。瀬からは石が頭を出し、流れも緩やかであった。 
 炎天下、カヌーを組み立て始めると、子供達は川に入りはしゃぎ始めた。昼食地点を女房と打ち合わせると、いよいよスタートである。午前中2時間、昼食後2時間の行程を予定した。次男を水遊びさせる為、女房は、昼食地点へ先発した。後は無線連絡となる。ゴロタ石の瀬から、いきなりスタートした。私の二人艇には、次女・長男・長女の順で乗り込み、瀬の中央で、私は片足で蹴りだして乗り込んだ。不安定な乗船なので、まず弟は、乗り込み沈である。子供達に大笑いされ、ツーリングが始まった。渇水とは言え、この川は期待を裏切らない。深い淵も底まで覗け、魚体のきらめきも見える。10分もたたない内に、長女が艇から川へと飛び出した。ほとんど泳げない彼女も、ライフジャケットの着用で大胆になれる。いつもの人体川下りである。瀬のほとんどは、艇を引っ張る事となり、豪快さはなかったが、事故もなく昼食地点を迎えた。 
 浅瀬になった昼食地点は、多くの水遊びの人達が、思い思いに、アウトドアスタイルを演出していた。女房と次男の姿を見つけ、艇から子供達が叫び始めた。いつも思うが、カヌーツーリングで、昼食地点に漕ぎ着くと注目を浴びる。そして、陸路では行けない、最高地点の水際を陣取れるのである。少し高くなった鼻を、日焼けさせながら、タープの端をカヌーに縛り付けると、川風なびく最高の日陰が完成だ。ますます鼻高々に、冷えたビールのプルリングを引き上げると、完全なる我がままワールドに浸れるのである。 
 一時間後、後半へスタートした。長女は、艇尾に紐を結び浮かんだまま流れたり、カヌーにはい上がったりを続けている。次女は、時々、私の手を借りて川に浮かんだり、乗り込んで来たりしている。長男は、カヌーに浸入した水をかき出すビルジポンプで、せっせと川の水を艇内に汲み込んでいる。あまりにものんびりしたツーリングに浸っていると、早瀬が近づいてきた。簡単に通過できるだろうと高をくくって突入していった。途端、底を石が突き上げたが、そのまま流れに押され進んでいった。本日一番のスリルを楽しもうと、瀬の中央で何度もターンを繰り返し、瀬の流れで遊んでみた。気が付くと、長男が腰掛けているそばの横フレームが、バリバリに裂け、縦フレームの一本が折れていた。 
「イターァ。」 
長男が、お尻をさすりながら呟いていた。 
 私のファルトボートは、国産で、10年が経とうとしているが、船体布の穴修理以外、何のトラブルもない。毎年、機嫌良く私達家族を楽しませてくれている。分離し始めている木製パドルと共に、釧路川・球磨川・川辺川・四万十川など数十回のツーリングに使用している。愛着があり、近頃では、出会うカラフルなファルトより、より、貫禄を見せてくれる。ぶつけ放題のポリ製カナディアンカヌーで、去年、同コースを下っているが、折れたフレームは、その時より私の満足度を高めてくれた。 
 沈下橋を過ぎると、女房・次男の待つゴールの河原に近づく。沈下橋で、地元の河童が飛び込んでいた。飛び込みも出来ない我が子供達も、河童になれるか心配だが、親の手の内で遊んでいる間は無理だろうと思った。無線の音声も、次第にクリアになる頃、ゴール近くになったのを感じた。 
 長男・青、次女・黄、長女・ピンクのヘルメット越しに、女房の車が見えてきた。3時過ぎだと言うのに、未だ焼き肉の煙をビーチパラソルで包み込み、ムシャムシャ・グビグビの2パーティの間の木陰で、女房と次男が手を振っていた。艇からの眺めは、格好のいいものではないが、おそらく、女房からはきれいな流れと景色、そして、私達のカヌーが、絶妙のコントラストで見えていることだろう。私も、客観的視野に立ち、観点を変えて気分をごまかしてみた。遊び足りない子供建ちは、すぐさま川へと突入。私は、バラしたカヌーを河原に干しながら、途中経過を女房に語った。そして、翌日、夜から出発する「五木村」へと思いを馳せた。 
 盆休みは、のんびりキャンプと決めていた。キャンプ場でない河原で、二日間、川遊びを堪能したいと考えていた。当然、満足の行く川でないといけない。それならばと、カヌーツーリングで行く『熊本県・川辺川』を候補にしていた。いつも、川下りのスタートとなる地点より上流で、五木村周辺を散策し、満足の行く河原を見つけようと考えていた。そこは、問題となっている『川辺川ダム』建設地より上流で、多くの人達が反対運動をしているにもかかわらず、莫大な経済力を国が投下し、わざわざ湖底に水没させてしまう地である。 
 幼い頃、川はたくさんあった。近所の川で魚を捕ったり、イカダを浮かべた。しかし、現代に生きる我が子達には、もう、見せて上げることができないのだ。だから、私は、手間暇かけても川を選ぶ。本物の川を、子供達の記憶のどこかに残してあげたい。それは、幼い記憶でないとだめなのである。環境を、知識や意識としてでなく、本能で感じて欲しいからである。知識や意識は、時と共に自己都合で変化していくものである。しかし、体で感じた本物は、本能のどこかに正確にインプットされ、いつの日か自己の感性をより本物へと導くのである。 
 近くの川でも、源流近くの渓流に行けば、きれいな水と、素晴らしい渓流美に出会えるのであるが、人の生活と川が共存している場所は少ない。『里の川』をイメージする場所で、魚がきらめき、川底が見え、穏やかな流れ、心地よい川幅、まさに、私が子供の頃、そこら辺で遊んだ川を、自分の子供達にも経験させてあげたい。場所は、私の本能からの感性が探してくれる。悲しいのは、車で、わざわざ・・・・、が、耐えられない。 
 仕事を終えた私は、夜から『熊本・川辺川』へと向かった。そして、深夜一時を過ぎた頃、河原にテントを張った。そこは、対岸に数件の人家があり、護岸工事が見えない範囲である。人家の裏から、川へ降り、行水をするおばあちゃんがいたり、子連れで水遊びを楽しむ地元の親子は、泳ぎ名人の親父と三才ぐらいでも平気で潜る河童予備群である。まさに、昔の『里の川』があった。今となっては出会えない、人と川とが共存している空間であった。こんな自然の中では、地元の子供達と比べると、まるで存在感のない我が子達であるが、日中の殆どを水中で過ごしていた。 
 夏休み最後の、私の休日が来た。家族で行動出来る『夏休み最終日』である。『祖母山』以来、7・8月は行けなかった『家族登山』を、大好きな『霧島連山』の中で、まだ登っていない『ひなもり岳1、344m』にした。花の名所『生駒高原』から眺める『ひなもり岳』は、『生駒富士』とも呼ばれ、地図で確かめると急勾配の登りが続く。 
 毎度お世話になる友人に、次男を預かって貰い、自宅を五時に出発した。登山開始8時、後はひたすら登るのであるが、今回、夏の山行なので、飲料水を多めにした。子供達のリュックにも、雨具・ライト・非常食・エマージェンシーブランケットに加え、500ogの水を入れた。長男は、始めてリュックを背負う事になる。彼の15山目の登山も、新たな課題で、また一つ自信につながる事であろう。登りの先頭を務めた次女は、終始、長男の気分、そして、家族全体のムードを盛り上げてくれた。姉とふたり、力強い歩きで、私や女房よりしっかりした足どりを見せてくれた。12時15分、山頂着。期待通りに雄大な『霧島連山』は、くっきりと、その姿を展開し、振り向けば、小林盆地の田園風景、遠く『尾鈴山』そして『市房山』、周囲の山並が360度見渡せた。参考コースタイム、登り3時間、下り2時間半。子連れ家族タイム、登り4時間15分、下り3時間であった。 
始業式が近づくと、わが家では、夏休みの作品の絵や工作、自由研究は、私が焦り、熱中する。長女・小学3年生、絵は『カヌー・北川下り』、工作は紙粘土の『ゼニ亀貯金箱』、自由研究は恒例の『一つ瀬川』での『川のはばと流れの速さ調べ』が完成した。次女・小学1年生、絵はお気に入り『イルカ』、工作は小枝の切れ端で作った『昆虫ワールド』が大完成した。 
そして、正しい『親と子の夏休み』が終了し、秋、登山のベストシーズンを迎える。 


 
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