水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第五章/一編


ぼそぼっ祖母


「おい、明日は子供達を学校休ませるぞ。」
「祖母山に登るぞ。」
 五月の連休以来の家族登山である。この梅雨時期、予報の雨を信じないで、感を信じた。当然、当日が悪天候であれば、断念しなければならないが、前日が予報に反して快晴である。予報を信じたとしても、回復傾向ではある。次男二才は、友人が面倒を見てくれる段取りだ。
 仕事を終えた私は、準備を済ませ、午後八時に出発した。登山口に午後十一時半着。テントを張ると、寝いてたはずの次女と長男が潜り込んできた。シュラフに半身を埋め、子供はバナナ、私は焼酎。テントから顔だけ出し、見上げると満天の星空である。女房と長女は、車内で眠ったみたいだ。誰もいない登山口駐車場は、沢水の音だけが聞こえ、暗闇の向こうには、県内の最高峰『祖母山一、七五七m』が、朝を待っているはずである。
 朝、五時に目覚めた。私が、テントのジッパーを開けると、次女・長男も、待ってましたとばかりに、外へ出た。素晴らしい青空である。まばらにある雲は高い。『親父山』『障子岳』は、目の前にドカンと朝日を浴びて立っている。林道沿いに目をやると、本で見たとおりの容姿で『祖母山』が見える。そして、家族以外誰もいない、平日の登山口である。朝食を済ませ、子供達にトレッキングシューズを履かせた。いままでになく、子供達の目が輝いている。歩き出せば、文句を言ったり、すねたりするはずだが、誘うと山登りにはついてくる。歩き始めると、いつもの様に、次女六才が先頭を歩く。続いて長女八才、女房、長男四才、そして、私の順番である。次女の性格的に、どうしても姉に負けたくないし、自分勝手に歩きたがる。長女は、たくましくなってきた自分の歩きを、妹には邪魔されたくはないのである。しかし、何が起こるか計り知れないのが『登山』であり、ましてやほとんどの山が、始めてのケースが多いわが家の『家族登山』である。手をつなぐ長男以外、全員リュックにライト・エマージェンシーブランケット・レインウエア・非常食を携帯している。毎回、見えない距離まで離れない事と、家族全員のペース、特に年下への気遣いを注意しているが、守れた事はない。これが守れないと、今後、次男を伴う全員登山は、実現しないのである。次男の歩行は、医者に大丈夫だと言われたところで、現在において相当に頼りないものがある。私と女房だけでなく、姉妹兄弟の協力なくして、わが家のパーティーは、完成しないのである。
 しかし、今回は少し違った。私は、先頭を歩く次女に、『姉の言う事を聞け。』『呼ばれた時は返事をしろ。』『後ろのペースを考えろ。』と課題を与えた。二番手を歩く長女には、『妹のペースは、おまえが調整しろ。』『年下の長男のペースを考えろ。』『決して妹を追い越すな。』と課題を与えた。間違えるような道ではないが、緊張感を私が忘れたらイケナイと、いつも考えている。歩きの遅い長男へは、『出来るだけ手をつなぐな。』と、言っておいた。その課題を、長女・次女は忠実に守った。頻繁な休憩もなく、一時間おきの休憩を守った。手をつながない長男のペースとなったので、かなりなローペースであるが、平日の静かな登山である。
途中に、水場が三箇所あり、山から湧き出す冷たい天然水がありがたかった。山頂に立つと、『祖母傾国定公園』の山々が尾根づたいに見渡せた。『鶴見岳』『由布岳』も霞んで見えた。間違いなく、宮崎県最高峰の『祖母山一、七五七m』である。しばらく眺望を楽しみ、記念撮影をすると、空腹を我慢して九合目『あけぼの小屋』に下り昼食をとった。近年、建て替えられた『あけぼの小屋』は、風力発電・ソーラー発電が設備され、オガ屑で糞尿を完全分解するバイテクトイレが設置してある。
 下山時、子供達は発見の時間でもある。登りの辛さの中では、見えなかった物が見えてくる。散り始めた『ドウダンツツジ』『ツクシドウダン』の花びらを、かき集めて投げたり、『イノシシ』『鹿』の足跡を追跡したり、『タヌキ』の死骸を見つけては棒でつついてみたり、体長二十aもある『ヒキガエル』を見つけ、持って帰りたいと言ったりした。始終、頭上には澄み渡る青空が広がり、家族だけの世界を満喫出来た。しかも、登り五時間、下り三時間、昼食一時間、合計九時間、同じ行動をして、汗をかき、同じ景色を眺めたのである。私を見上げる子供達の視線は、いつの日にか同じ視線になるのである。そして、同じ空間を共有する時間は、減っていくのであろう。同じ空間で過ごせる今は、将来においても大切な時間であることは、間違いないと確信する。
 長女が九才の誕生日を迎えた。誕生日の日、会社から戻った私が車庫に車を入れていると、
「おかえりぃー。」
と、玄関から出で来た。続けて、
「お父さん、何か私に言うことはないと?」
と、聞いた。
「ただいま。九才の誕生日おめでとう。」
と、彼女の期待通りの返事をしてあげると、彼女の準備していた返事が返ってきた。
「もう、九才なんだから子供扱いしないでね。」
何を思って、そう言ったのか意味不明だが、私と同じ顔をした長女の胸が、少し膨らみかけていた。
数日前からプレゼントの請求が激しい。お目当ては、ゲームボーイとポケモンのゲームである。合計一三、三八〇円+消費税。女房の実家からの援助もあり、長女、大喜びのプレゼント
「ゲットだぜ。」と、いうことになったのである。私達の子供の頃とは違い、夢のない、高額なオモチャである。しかし、時代は現代であり、誰も過去を生きているのではなく、今を生きているのだから、少しは聞く耳もなければなァと思い、購入してあげた。包みを開く長女の瞳からは、私が連れていく遊びでは、見ることの出来ない満面の笑みがこぼれ、電池を挿入すると、説明書など関係なく、今まで所有していたかの如く遊び始めた。やはり、私には見えなかった子供の世代の事であった。いったい、このオモチャのどこに子供達を引きつける魅力、いや魔力が潜んでいるのか判らないが、長女が寝た後、ゲームの電源を入れた私は、女房の話しかける声も聞こえず、気が付くと日付が変わっていた。翌日から、長女が人の話しかける声も聞こえない程に熱中する態度に対して、なんだか分かるような気もしたが、一応親らしく、聞こえるほどの大声で呼んであげるようにした。


 
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