水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第四章/十一編


「楽しむ心」なのじゃ


 法律は、誰にでも平等ではない世界に、私は身を置いている。そんな無法地帯の労働条件の中で、それはドロドロと始まった。世間一般の三分の二程度しかなかった年間休日がさらに減り、しかも日曜日労働・水曜日定休となった。ドガンと私の思考回路は打ち砕かれ、ライフスタイルの行方は暗黒となり、労働意欲さえ湧いて来ない。仲間との付き合いは出来ないどころか、家族での行動すら壊滅状態に追い込まれる。『なにが家族登山だ!』『なにが家族でキャンプだ!』その『家族で・・的活動!』は、今後、可能頻度が極端に減少するのである。祭日は休みじゃないか、夏休みや春休みや冬休みがあるじゃないか、ゴールデンウィークとか盆休みがあるじゃないか!、そんなものは、何の慰めにもなるものか。サラリーマンに身を置く立場として、遵守せねばならないのである。遵守はせねばならぬが、今後の経営者のとるべき決断と、それに従う側の信頼関係が虚偽ではだめである。と、ともに具体性のない方針や方向付けでは、順風となり得ない。この、犠牲の多い環境が、効果を示さなければ、はね返って来る代償は大きいのは確実である。
 ぶつぶつと文句の心中状態で、遊び仲間で作るアウトドア・クラブの通信誌を編集した。仲間達の過激な活動報告文を、パソコンに文字情報として処理していくと、私自身が情けなく思えてきた。毎回、私の文章の一編も掲載しているのだが、なんだか嘘を綴っているようで止めてしまった。通信誌の編集上、余白が出来たので、多重人格者の内、理想主義者の部分の私が、深夜書きつづっていた。

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「楽しむ心」

 幾たびの苦境や、待ち受ける困難。人間関係のしがらみ。将来への不安。思考をたどれば数え切れないほどのマイナス要因は出てくる。疑えば他人を通り越して自分すら信じられなくなってしまう。いろいろな悩みや我慢出来ないほどの重圧に、人はどう耐え、どう乗り越えて行くのだろうか。他人を羨む心に支配されてしまうと、自分本来の良さが消え、少しでも他人の欠点を見いだそうとしてしまう。その欠点を、別の他人に同意を求めようとする。得てしてウワサ話に代表される話題の内容は、この手の内容が多くてうんざりしてしまう。
 悩み、私にも当然ある。その解決方法には二通りあると思った。受け入れてしまうか、それを楽しむかである。そうすれば、つまらぬ悩みは悩みとも感じなくなり、私自信の悩みの大半は、夢や遊びの過程での満足感の欠落や理想への不一致から起こる悩みに変遷した。挑戦したり興味を持つからこそ発生してくる悩みである。悩みの解決にしても、満足にしても、それは他の人から見てどうこうではなく、自分自身にとってどうかである。これは、子育てを始め子供達の純粋なわがままを聞いていて気付いたのだ。子供達は、次から次から何かをしたがる。いろいろな都合がからみ、大人が押さえつけようと摩擦を生じさせたとき、子供の訴えは『わがまま』と判断されてしまう。世間一般の善し悪し、都合、親の能力を判断材料から省けば、子供の『わがまま』は興味と挑戦の塊なのである。
 家族で山登りを始め、何事にも楽しむ心が芽生えてきた。登る行為を通して、苦しさを楽しみ、子連れである不自由さを楽しめるようになってきた。少ない休日で、家族で遊べる時間がなくイライラしていたが、その遊びまでの日数分、情報収集と計画と準備に費やせる絶好の機会ととらえると、イライラがワクワクへと膨らみ楽しさが倍増してきた。当たり前の事など何もなく、単に『歩ける』事にすら感謝している自分になる。他人の短所も受け入れてしまえば長所だけが印象に残る。「楽しむ心」は大革命である。

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 本音を態度で生きていけない悲しさだろうか。私は、やはり凡人の域でチマチマブツブツうごめく生物なのだ。
 慣れぬ水曜休みを二週過ごすと、まるで活動する気になれず、ハウス・キーパー化してしまった。子供を小学校・幼稚園に送り出してしまうと、私と女房と次男一才十ヶ月が残る。幼稚園組は正午帰り、小学校は三時半帰りで、私まで主婦化してしまう。家族を無視し、自分独りで遊べば良いのだろうが、休日に家族で遊べないのは、田舎暮らしを始めた価値がまったく無いに等しい。
 会社へ出かけようとする私に、土曜日の朝、突然、女房が言った。
「今日は、子供達を連れて木城のキャンプ場に行ってくるわ、新しいアスレチック遊具が出来てるらしいし、テント張らずに車で寝ればいいわ・・・。仕事済んだらおいでょ。」
「よーし、わかった。」
と言いながら、車に乗り込んだ私は、思い返して驚いてしまった。ママちゃん四人の子供達を連れて、一人でキャンプを実行しようとしているのだ。昼食に帰宅してみると、シュラフやランタンなどのキャンプ道具が準備されていた。
「食事の準備は、でけへんと思うから、ご飯だけ詰め込んで、そこらへんでオカズ買ってくわ。」
いよいよ、本当に女房は体勢を整えていた。しかも、今にも降り出しそうな雲り空である。
「おい、雨が降りそうやが。」
と言う私に
「どうせ、寝るのは車やから大丈夫やわ。」
と、荷物の中に全員分の雨具も用意されている。私は、無気力に状況だけを嘆いていたが、それにしても感動する行動力である。
 仕事を六時に終え、帰宅して着替えると、私もすぐ後を追った。自宅からは十五分の距離である。空いた腹を我慢しながら、真っ暗になったキャンプ場にたどり着くと、ママちゃんの愛車「ホホエミ二号」が、遊具に隣接して停車していた。二月である。他に誰もいないキャンプ場が、独占である。私の車のライトに照らし出された車中から、子供達の笑顔が見えた。
「お父さんダァーッ!」
の声に、私は体の血が熱くなった。そんな嬉しそうな子供達や女房、そして、そんな幸せな空気の中にいる自分、そのために、毎日がんばっているんじゃないかと、浮き足だった最近の自分が、ようやく地に着いた気分になれた。ランタンを二個、木製の遊具に吊るすと、また子供達が元気一杯遊び始めた。元気さの余り、シャツ一枚ではしゃぐ長女八才八ヶ月。その後をついて互角に遊べる様になった次女六才二ヶ月。八十度近い木の斜面を、垂れ下がったロープをつたって登れた長男四才四ヶ月。姉兄達と同じ事をしたくて、女房にせがむ次男である。遅れて食事を始めた私は、大声ではしゃぐ子供達を眺めながら焼酎を飲んだ。『ありがとう。』と、女房に言えなかった。これから先へのすまない気持ちは膨らむばがりであるが、底知れぬ彼女のたくましさ、そして、やさしさ。ランタンの明かりは、一つの歪みも屈折もなく、愛する彼女の横顔を写し出していた。
 雨が車の屋根を叩き、シュラフに潜り込んだ私は、なぜか家の布団より寝心地が良かった。翌朝、キャンプ場より出勤した。


 
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