水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第四章/四編


イヤーマー登れ!


 私の仕事場の窓から、キンモクセイが匂い始めた。次女・長男の運動会の、弁当作りを今年もまた私がした。秋晴れの当日、予想通り、長男の仁王立ちスタイルを見ることが出来た。かけっこは、『仕方ねえや的態度』で、ビリゴールをしたものの、始まりの準備体操・園長先生の挨拶・ダンス・鈴割り・リンゴ取りは、すべからく仁王立ちスタイルのままで徹した。次女に至っては、かけっこのピストルが鳴る寸前、
「先生、オシッコ!」
宣言をして、かけっこでは絶対的に見られないスピードで、トイレに走り去った。結果、仕切直しのヨーイ・ドンはビリゴールだったが、障害物競争は、ダントツの一位ゴールを見せてくれた。秋晴れの中、長女以来五回目の幼稚園運動会を迎え、残四回となっているのだが、年々おかしな個性を披露してくれるわが子達である。
 翌日曜日、次男親戚預けで『韓国岳一、七〇〇b』を登った。新聞によると、六年ぶりに火口湖が見られるとの事、台風一九号の置き土産である。登山口から見上げた山頂は、すっぽりと雲に覆われていたが、先行する女房・長女・次女・長男を眺めていると、言い知れぬ喜びが湧いてきた。県内でも有名な登山ルートなので、道に迷う心配はないが、いつもの長女の、『大文句、来なけりゃヨカッタ大会』は五合目まで続いた。次女五才・長男三才コンビは、先を譲るオバチャン・オジチャンから激励を受け、楽しそうに山頂を目指して登った。五合目にたどり着くと同時に、次女が大声で、
「おかあさぁーん、ここは頂上?」
と、聞いた。
「まだ、半分だよ。」
と、言う女房の答えを聞くか聞かない内に、
「だってぇー、休んでいる人がいるから頂上かと思ったぁー。」
と、休憩している初老夫婦の目の前で、わざわざ指まで指して言った。近くにいた人達の笑い声の中、その夫婦が、
「叱られるといけないから、歩くわネ。」
と、次女に言った。早朝の朝食だったので、空腹を菓子パンでごまかし、女房のクマ笹オシッコタイムを過ごし、再び歩き始めた。七合目を過ぎる頃、視界は雲でなくなり、雨と強風に変わった。全員レインウェアを着て、視界のない白い世界を、山頂目指して歩き、通常一時間二〇分のコースを二時間かけ、一、七〇〇bの山頂で、風雨にさらされながら記念写真を撮った。長男三才は元気一杯登ってくれたが、
「大浪池方面に下山しようか。」
と、言ったのを聞いたとたん、帰りたいと言って涙をこぼした。長男は、疲れる事を『弱くなる』と表現する。下山中、何度か、
「足が弱くなって来た。」
と言ったが、笑い顔でヒョウキンな事ばかり言いながら下山してくれた。視界が戻ったところで、子供達待望の、カップラーメン昼食にした。山頂での視界ゼロは、火口湖の眺望も、極上展望レストランも、許してくれず、近日中の再登山を約束させられてしまった。使い込んだ長女のトレッキングシューズもサイズが小さくなり、買い替えなくてはならなくなった。
 数日後、帰宅した私を待ちかねた様に、長女が、
「おとうさん、ナイキの靴だからね。」
と大声で叫んだ。喜ぶ長女の顔より、もっと喜んだ顔で、しかも長女そっくりの顔で私は、女房にナイキの靴だ!と指示した。無理かもしれないと言っていた長女であったし、無理だと私も思っていた。前回の選考では、とても無理な順位に、半ば本人も消沈気味であったが、最終選考で四位だったと言うのだ。一位が全校リレーで、二位〜五位が学年リレーらしいが、それにしても、最後のふんばりを見せ、以前からの約束だった『リレーになれば、ナイキの靴』約束を勝ち取ったのだ。だから、
「かあさん、ナイキの靴を買ってあげなさい。」
なのだ。2日後、女房は自分の足サイズよりでかいナイキの靴を買ってきて、
「すぐ履けるようになるから・・。」
と、冗談にもならない事を言った。ダメだ。それではダメなのだ。ピッタリ長女サイズのナイキの靴でなければダメなのだ。
「全国どこまででも探し回って買ってこい!」
と、言いたいのだが、妙に人間の出来ている長女自身、
「おとうさん、別に運動会が終わってからでもいいよ。」
と、言ってくれている。イジラシイではないか。『全日本バカ親会員・第三十八号』に登録される大バカ親としては、私のワガママ人生に賭けて、絶対的にナイキの靴なのだ。約束なのだ。たとえ長女・小学二年生に、ピッタシのサイズが無いとしたら、全財産を投じてでも、ナイキ社に頼んででも、カール・ルイスやベン・ジョンソンに負けない靴を、オーダーするべきなのだ。運動会を終えた数日後、東京在住の、いとこに頼み『ナイキ限定モデル』の靴が、わが家のゲタ箱に並んだ。

 次男が一才七ヶ月をむかえ、行政の実施する『一才六ヶ月検診』に行くことになった。女房が連れていったのであるが、やはり次男だけがヨチヨチ歩きで、周囲の子供達は、しっかりと歩いていたそうである。
「ビィービ、ビィービ。」
と言いながら歩いては座り、
「パァーパ、パァーパ。」
と私を呼んでくれる。検診を終えて、
「しっかり歩けないのは、うちの子だけよ。だけど、言葉はしっかりしてるよ。」
と、女房の報告を聞いた私は、やはり気持ちのどこかで現実を否定している部分があるようだ。次男が三才を迎える日、全員で『山頂に立つ』目標がある。何時間かかっても、各人が自分の足で山頂に立てる事が、家族の目標・夢なのだ。プロローグとしての家族登山を去年から始めているが、本質的な『家族登山』は、翌々春からスタートさせたい。そのための準備登山が、現在なのである。まず、私が経験と知識を深め、女房や長女・次女・長男に指導しなくてはならない。そして、次男の山頂到達の為に、兄弟姉妹が力を合わせることを覚えなければならないのである。次男を親戚あずけにしてまで、わざわざ家族登山をしなくてもと、考えたのだが、次男が三才をむかえ、突然『登山』が出来るはずもないのだ。
 十月十日は『体育の日』である。この日、長男三才を含む家族登山で、『霧島縦走』を計画した。計画したというより、いつものごとく私が勝手に宣言したのだ。長女は、
「山登りはイヤだ。」
と、言った。次女は、
「ワァーイ、山登りだァ。」
と、喜んだ。長男は、
「山?山よりウルトラマンダイナがいい。」
と、訳の判らない事を言った。女房は、
「いいよ。」
と、だけ言った。『霧島縦走』は、韓国岳をスタートに、獅子戸岳・新燃岳・中岳のピークを経て、高千穂河原にゴールするのである。モデルコースタイムは、約五時間であるが、わが家タイムは、八時間はかかるはずなので、朝四時起床、五時出発、七時登山開始の段取りをした。そして、当日。晴天。仲間の奥さんも参加し、七時半、入山となった。
 まずは、韓国岳である。二週間ほど前、家族で登っているので、前回より十五分早くピークを踏み、獅子戸岳へとむかった。韓国岳からは、ガレ場を下らなければならない。軽快に下る長女・次女を後目に、女房が奇声を発して尻もちの連続である。私と手をつなぐ長男は、満足に歩けないのを良い事に、ぶら下がり、大股飛び、なりきりウルトラマン下りである。ガレ場を過ぎると、クマ笹の林が、獅子戸岳の山頂へつながり、可憐なリンドウの花が見られた。始終、先頭を歩く次女が、一言も弱音を言わず、本当に楽しそうに歩いてくれた。長女に至っては、私や女房よりもタフでたくましい歩きであった。いつもは寡黙なはずの長男が、はじめからクズッたりしたが、一度も抱く事はなかった。
 眼前に、新燃岳と高千穂峰を構え、獅子戸山頂で極上ランチタイム。秋風に吹かれて飲むビールは格別である。それにも増して、『歩く』と言う原始的行動の素晴らしさ、そして、その単純行動を通じて、家族を感じとれる感動は何物にも換えられない。新燃岳・中岳を経由して高千穂河原へ下山したのは、午後四時十五分。子供達の第一声は、
「ジュース。」
「アイスクリーム。」
駐車した登山口へ向かうタクシーの中で、次女はコテンと私の腹に顔を埋め、長女はシートにもたれて瞳を閉じた。眠った長女の髪を、車窓からの風が揺らすのを見た時、この縦走計画は単なる私の強要でしかないのか?と思う疑問まで吹き流してくれた様な気分になった。
そして、ここも、間もなく紅葉を迎える。


 
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