水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第四章/三編


くるくるマニア


 自動車は、三十万円以下と決めていた。始めて自動車を手にして以来、現在の車で九台目になっている。運転免許を取得してから二十年が経ってしまった。スプリンターリフトバックに始まり、ランサーGSR、カローラバン、スターレット、カリーナ、セルボ、スプリンターと三十万円主義を貫いた。しかし、結婚と同時に、経済的に無駄が無くなったのか、新築のマンションと新車が買えてしまった。無論、マンションは借金であるが、車はハイラックスを現金で買えてしまった。それから、現在のランドクルーザーに乗り継いでいるのである。別段、何という事ではないが、一度新車を買ってしまうと、買い替えの時点で新車しか頭にない。別段、何という事ではないが、単なる見栄なのか贅沢なのか、人間の欲は果てしない。
 そんな欲がそうさせたのか分からないが、夏休み最後の日曜日、今年二度目の『川辺川カヌーツーリング』に参加した。前回、私一人で参加したので、今回は、二人艇ファルトボートの前席に長女を乗せた。彼女の意志ではなかった。私が彼女に経験させてあげたくて強要したのだ。おそらくは、親として川下りの満足度を、上げたいが為の欲であったのかも知れない。観音橋下の直角に曲がる急流の瀬で、いきなり沈した。長女は落ちついた表情で、流されながら、笑顔で私の差し出すパドルの先を掴んだ。前回より少ない水量は、落ち込みの落差を大きく形成し、瀬波の高さも上がっていた。体勢を立て直し、仲間達の列に加わる頃、
「恐くなかったか?」
と長女に聞いてみた。
「びっくりしたけど、恐くはなかったョ。今度ひっくり返ったら、罰金一万円だからね。それより、お父さんお腹すいた。」
波立つ幾つかの瀬を、カヌーの底を擦りながら通り過ぎると、女房と次女・長男の待つ昼食場所の河原に着いた。女房の顔を見た長女が、
「お父さん、私、昼からカヌー乗らんで遊ぶからね。」
と言い出した。
 昼食後、長女に
「途中で止めて悔しくないか?ゴールしなくていいか?」
と聞くと、黙ってヘルメットとライフジャケットを付け、カヌーに乗り込んできた。そこからすぐの瀬は、左にテトラが並び、エグれた一メートル以上の瀬波が連続していた。先に突っ込んでいった仲間は、長女の目の前で、次々に沈して流れに飲み込まれていき、先頭を行っていたカナディアンは、流れの中央で、川底に張り付き二つに折れ曲がっていた。大声を出している長女越しに、見える激流の中で、私も必死にコースを取りながらパドルを振り回していた。脳裏をかすめるのは、私の欲だけで長女を引っ張りだし、私の満足の為だけの遊びの様な気がして、不安だけが全身を包み込んだ。私だけなら沈しても流されていくだけであるが、もし、ここで長女を流れに落とし、左のテトラにでも引きずり込まれたら、確実に私は、私の欲の余り長女を殺してしまうのだ。激流のサイドは、自然の土手や岩であれば問題はないが、人工物のテトラの隙間には流れがあり、はまり込んだら非常に危険なのである。百メートル程続いたこの瀬の終わりで、長女が振り返って
「ヤッタァー!お父さん、じょーずーっ!」
と叫んだ。すまない気持ち一杯の私は、
「今、ひっくり返らなかったのは運が良かっただけだよ。別にお父さんが上手いからじゃないよ。」
としか言えなかった。
「お父さん、今度ひっくり返ったら、二万円の罰金だよ。」・・・・・・・。
 一時間かけて回収しようとした仲間の艇は、半分に裂け、残り半分は川底から外れなかった。
 その後、幾つもの瀬を通過したが、元気一杯の長女の姿に勇気づけられ、何十倍もの満足に浸りながら、女房と次女・長男の待つ河原へ着いた。片付けている間、長女・次女コンビは、ライフジャケットをつけ、何度も川を流れていた。全国でも有数の『川辺川』の澄んだ流れと、家族のいる風景に、誰でもは味わえない素晴らしい夏休み最後の休日を、過ごす事が出来たと思う。仲間がいて、同行する家族がいて、次男を泊まりで預かってくれる仲間の奥さんがいて、何より貴重な体験が出来たのだと感じた。


 女房が、
「恥ずかしかった!」
と連発していた。子供達の
「オマンタン!オマンタン!」
大合唱である。場所は、ガソリンスタンド。スタンドの兄ちゃんが
「ディーゼル満タンですね。」
と、言った瞬間から始まる子供達の『オマンタン』コールである。その後、給油に行く度
「今日は、子供さんたちは一緒じゃないんですか?」
と、スタンドの兄ちゃんに聞かれるようになったそうだ。とにかく、現在のわが家では『マ』のつく言葉は禁物である。『マントヒヒ』などと言うと、『マ○コ・ヒヒヒーッ』と大合唱になってしまう。それは、家族だけの時だけでなく、いつでも・どこでも・・・出物腫れ物トコロカマワズ・・・である。『マ』に限らず、親戚の『チエコおばちゃん』など、長男は『チンコおばちゃん』と、町中で、しかも大声で叫んでいる。どうして、そんな事態になってしまったのか解明できないが、先日庭にいると、風呂上がりの長男に向かって、大声で、「さっさとパンツはきなさい!チンコ兄ちゃん!」
と、女房が叫んでいた事実も否定出来ない。


 
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