水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第四章/一編


親父の夏休み


 梅雨が九州地方を駆け抜けた。例年になく大雨で、土砂崩れが相次いだ。一転して、抜けるような青空が連日続き、積乱雲の力強い白とのバランスが素晴らしい。子供達も夏休みを前にして心ときめいているようだ。
 次男一才四ヶ月、まだ歩いてくれない。障害がありそうだと判断された左手足は、最近の診断ではかなり機能がいいようであるが、歩かないのは心配で仕方がない。口数は多くなって、自己主張もはっきりとするようになり、親の言葉をかなり理解するようになってきた。してはいけない事も、判っていながらふざけてするようになり、姉兄にも大声で反撃しているようである。そして、この夏、彼が歩き始めることが出来たなら、私は深い感動を抱くとともに、それにも増して正確な通常の歩行が出来るかどうかが心配になるのだ。四人の子育てを通じて、いかに普通に出来ることに対し感謝の気持ちがなかったか、十分に反省させられている。
 長男三才九ヶ月、入園以来、半年がなるにもかかわらず、断固朝の体操をしないらしい。先日あった納涼祭でも、習ったはずの盆踊りをボー然と立ち尽くし、団体行動を拒絶したそうだ。こうなると、私の理想である『お遊戯会』での単独直立行動を観察出来るかも知れない。最近、おりこうさんで当たり前的人間、金太郎飴的集団行動が氾濫している中で、『きかんぼう』『頑固者』は羨望の性格なのである。だいたい、『おとなしくて、いい子やねー。』などと言われても、大人社会の『都合のいい子』に過ぎず、子供の立場になってみれば、今しか無いほんの瞬間の幼児期を、親の顔色うかがいしながら成長するのが好ましいとは思えない。そんな子育てに限って、結論を親が先に言い渡し、周囲より少しでも抜きん出ていれば優越感に浸り、善し悪しを子供自身に判断させる経験を間引きしているように思える。私は、子供達に厳しすぎるかも知れない。思いきり怒鳴り、容赦無く殴る。殴らなくても言えば判る的教育は、現代の学校教育が実戦しているのだし、徹底的に怒り、徹底的に殴っても、長女も次女も長男も私の顔色を伺うことは、けっしてない。子供の前で、バカやってみたり、思いきり遊んだりもしているからかも知れないが、言われただけで事の判断を、親の言いなりにしてしまう子育ては、私には不向きだと思う。そもそも、私を育ててくれた、今は無き両親が、すべての判断を自分自身にさせてくれた。何をするにも、決して『ダメだ。』と言わなかった。そして、今ある私自身の人生に対して、私は両親に感謝している。子育てに結論は出ないと思うが、私の両親の子育ては間違っていないと評価する。育てられた私が評価する。結局、子供達の人生において、親である私達の子育てを評価するのは、育てられたその子供であり、その子供の主観であると思う。子供達一人一人を、一つの個性と認め、一人の人格と認める事が、親子だけでなく人間として、対等につきあって行けるのではないのであろうか。
 ついに夏休みが始まった。夏祭りの子供みこしに参加をした長女は、仲良しの友達を従えて、女房の実家である大阪向けて飛行機に乗り込んだ。六才の頃から、旅行単独参加のチャレンジャー長女は、振り返ることもなく搭乗口へ消えていったが、飛行場を後にした私には、兼ねてからの計画があった。仲間達と計画していた『川辺川リバーツーリング』である。家族で参加の予定であったが、風邪を引いて熱の出た長男・次男のおかげで、私の単独参加になってしまった。素晴らしい川がダム建設で死滅してしまうのは、本当に心苦しい。球磨川の支流『川辺川』の上流部に、現代、意味を成し得ない莫大な金がコンクリートの塊に姿を転じ、五木村を沈めてしまうのである。三年前、初めて仲間達と、この川をカヌーで下った時、生きた水に感動した。以来、久しぶりのツーリングである。前日の夕方より自宅出発、二時間半の距離を走ると、先発組の待っているゴール地点の河原へ着いた。以前より五十センチ程増水した川辺川は、増水の濁りもなくパワーみなぎる瀬を演出していた。翌日の川下りに期待しながら、まだまだ酒を酌み交わす仲間の声を後にして、早々にテントに潜り込んだ。翌朝、快晴の中、カヤック八艇・カナディアン三艇は、増水の瀬に突っ込んで行った。大満足の感想を女房に話してはみたが、気が付けばそんな女房を未だ『川辺川』へ連れていってはいなかった。
 次女五才七ヶ月、買ってあげた虫取り網がボロボロになるほどに使い込んでいる。蝉を篭に詰め込み、深夜の大合唱に睡眠不足を強いられている。気が付けば、クマ蝉をペンダントの如く胸に付け、アブラ蝉を女房の車のいたる所に忍ばせてみたり、最近では、犬小屋に出来たアシナガ蜂の巣に興味があるらしく、
「それだけは採取してはイケナイ。」
とお願いしてある。夜のクワガタ・カブト取りも、女房・長女の嫌がる薮に突入し、背丈ほどある草や竹をかき分け、蛾の飛来もモノともせず、へばりつくムカデにたじろぐ事もなく、樹液滴るクヌギの木に立ちふさがり、肩から下げた昆虫採取篭にクワガタとカブトを分類収納し、懐中電灯に群がる小さな虫を
「フン!」
と鼻息であしらうのである。長女大阪旅行の間、ひたすらストレスを長男・次男にぶつけ、女房の仕事を幾つも増やし、性格そっくりの『女房VS次女』の過激な戦いを繰り広げていた。
そして、夏休み真っ最中は続くのである。気の多いパパちゃんとしては、家族カヌーツーリングも、キャンプも、山登りも、川遊びも、魚釣りも、虫取りもやりたいし、出来ることなら川でキャンプしながらカヌーで川下りも織り混ぜ、合間に釣り糸を垂れ、翌日は虫取りを兼ねて山登りでもヤッテミルカ!と、鼻息荒くしている。長女、夏の自由研究は、前年度『川地図作成の為の、健全なる父娘カヌー川下り。』だったので、今年は『川の濁り調査の為の、健全なる父娘川岸ドライブ兼測定の為のカヌー乗り。』を実施する予定であり、頭の中は計画満載なのである。


 
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