水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/十二編


まこツン


 大学生の頃、青森県・十和田市に3年ほどいた事がある。太平洋側なので、豪雪地帯ではないが、冬になれば、一面白い世界となる。遠い春を待ちわび、山が新緑で覆われる頃、八甲田山の雪道が開通する。短い夏が過ぎる頃、十和田湖へ続く奥入瀬川や八甲田山が、最高の紅葉を見せてくれる。そんな自然の印象は、今、思い出せる記憶の1コマなのであるが、当時、体育会系のアメフト部に在籍していた。いや、させられていた私には、毎日が苦痛以外の何物でもなかった。クラブの先輩達の襲撃にあい、無理矢理入部させられたのだ。強い反発で断ることも出来たのだろうが、クラスメイトであり友人であり親友であった、調布市・日大三高出身・お調子者の『まこツン』が、高校時代アメフト部に在籍してた事もあり、その辺の取り巻き連中が、
「キャー!アメフトだって!ひょっとして、格好いいかも知んない!」
と、なんとなく、こぞって関わる羽目になってしまった。今時流行らない、先輩後輩純粋体育会系イジメ有りの世界に、花の大学生どころではなくなってしまった。クラブ練習はきつくても妥協出来たが、練習後が大変であった。先輩に見つからぬようするが、いとも巧みな捜索網をもって、先輩達は私達を発見していた。
「逃げてんじゃネーヨ!」
の一言から始まり、先輩の部屋に連れ込まれた私達は、正座させられ、
「まあ、飲めよ!」
と、コップにウィスキーをなみなみと注がれるのである。そのうち、一気飲みは勿論、
「プロレスをしろ!」
と言われたり、雪上寒中水泳大会、大ナンパ合戦、深夜八甲田山置き去り徒歩帰宅イジメ、深夜遠方飲み屋先輩お迎え拷問、回転寿司30皿食い地獄、宴会鍋ビール酒ワイン鍋汁ごちゃ混ぜカクテル一気飲み、そして、絶え間無い芸披露合戦と、日夜、しのぎを削っていた。部の宴会があるお店からは、絶対的に今後のお出入り禁止の印篭を渡されていた。学生食堂へ行けば、先輩の姿を見つけると、
「チワー!」
と席を立ち、同級生同士集まれば、先輩の悪口に盛り上がった。学校を止めたくなるほどであったが、そうした奴は誰もなく、今となって思えば悪くない思い出となっている。先輩たるもの何処に行っても、何をしても『おごり』であり、部外者から後輩を絶対的に守ってくれていた。私自身4年生となり、多くの後輩も出来たが、かつての先輩達ほど、後輩の面倒もイジメもおごりもする事は出来なかった。そして、4年生と言えば大先輩の部類なのであろうが、そうなっても留年した先輩などいたりして、卒業まで、先輩との付き合いを放棄出来なかった。何の意志も無い、納得も出来ない、自由さえない経験は、当時ストレス以外の何物でもなかったが、社会に出てから今日に至るまで、何らかの形で役に立っているとは思う。そうでなければ、あの十和田で3年間の思い出の中に、素晴らしい自然や、親友達の友情や、大学へ進学させてくれた親に対する感謝の念は残らないはずである。
 クラブ活動とは別に、私はその頃ラリーに没頭していた。早々に親から買って貰った車を売り、ラリー車のベースになる、当時、人気のあった三菱ランサーGSRを購入した。深夜アルバイトに励み、ほとんどが部品とガソリンに消えていった。
 ラリーは、主催者からレース前に渡される、コマ地図と指示書を元に、夜中400〜500km砂利道を走るのである。コマ地図には、曲がる場所や目印が断片的に記載され、指示書にはポイントからポイントまでの指示速度が書かれている。競技車は主催者が計測した距離と、自車の計測した距離で、補正距離・補正速度を算出し、いつ現れるか判らないチェックポイントを求め、正確なタイムで走るのである。時速50キロの指示速度は、舗装路では簡単かも知れないが、林道の曲がりくねったダートでは大変である。カーブの連続は速度を下げないと曲がり切れない為に、直線で時速100キロを越す事もあった。出来るだけ早くコーナーを走り抜けるかが、勝負であり醍醐味であり、テクニックを要する。カーブ手前で、わざと車を滑らせコーナー入り口で出口の姿勢をつくり、当然アクセルを踏み込むのである。ダートコーナーは、ハンドルで曲がるのでなく、アクセルで曲がるのである。その感覚は、何度も車を擦ってみたり、雪道で体で覚えなくてはならなかった。各競技車は、10メートル間隔で距離計測のできるトリップメーターや時計をつけ、数秒間隔で電卓で計算したり、中には流行しはじめた数値入力するだけのコンピューターを登載している車両もいた。私の場合当然、前者仕様であった。そして、ラリー競技は1分間隔でスタートし、各競技車は夜の闇に消えて行く。そこからは、自分ともう1人を信じ、何か見えない物と戦うのである。
 絶対的に信頼しないといけない『もう1人』それが、助手席にすわりドライバーに命をあずけ、終始、地図と指示書と計器とにらめっこをしている『ナビゲーター』である。出来る限り、ドライバーが運転だけに集中出来るように、進路方向や速度や現在の遅れ・進みを確認しているのである。だから、崖から落ちそうになっても、立木にぶつかっても、そうなってからでないと気付かないほど、ドライバーを信頼している。ドライバーの心理まで掴み、危険と判断すれば遅れていても、
「正確だ!」
と言い、自分の計測がパニックになっていても、自信をもって平然とし、その焦りをドライバーに気付かれないようにする。それが『まこツン』であった。3年間、相棒を引き受けてくれ、私の心理を上手に優勝へと導いてくれた。当時、一見彼の風貌から、『調子者』『ひょうきん』『頼りない』『流行物好き』『いい加減』と言う言葉がふさわしかったが、彼から教えられた事と、それに対する感謝の気持ちも多い。

 『まこツン』。真面目な父親と、明るい母親と、可愛い妹がいる。現在、調布に2男児のパパとなり暮らしているが、相当会っていない。そんな彼とは、ラリーのパートナーのみならず、旅行をしたり、アパートまで隣室同士であったりした。ある時、私は、当時つきあっていた彼女に不信感を抱き、落ち込んでいた。彼は私を慰めるより
「あいつがそう言ってるんだから、そうなんだよ。信じてみろよ。」
と言ってくれた。今となって考えてみると、私だけでなく、私の彼女の事まで配慮した、思いやりのある言葉であった。誰にでも好かれる人格は、本当のやさしさがあった。それはきっと、彼を育てたご両親の素晴らしさなのである事は間違いない。面と向かっては言えない感謝の気持ちをここに綴っておくことにした。
昨夜、家族6人でホタルを見に行った。例年より2週間ほど早いが、相当数の光を確認できた。ピークを迎えれば、感動的なシーンが味わえるに違いない。そんな感動を都会に住む、我が親友の子供にも与えてあげたく思った。


 
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