水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/十編


そして、パパの匂い


 次男が1才の誕生日を迎えた。ハイハイとつかまり立ちをするが、まだ歩かない。長女・次女・長男も、歩き始めが遅かったので心配はしていなかったが、ハイハイの仕方がどうもおかしいと気付いた。そう言えば、首の座りも他の子供に比べて、1ヶ月ほど遅かった。第4子と言うこともあり、少し手抜きの子育てだった様な気もする。だんだん不安材料が蓄積し『子供療育センター』を訪れる事となった。
  ここは以前に、次女の股関節脱臼の時、私の心配の余り、主治医の先生の紹介で来たことがあった。手足などに障害があり、リハビリを一生懸命している親子の姿が、とても印象的で、しばらくその感傷が、私の脳裏からきえなかった。この世に生を受け、どの子供達にも、同じだけの将来があるはずなのに、なぜ健常者と障害者が存在しないといけないのか!・・・・と、公園で元気に走り回る事が『当たり前の世界』で暮らしていた私自身が、とても情けなく思った!『当たり前の世界』には、『感謝』の気持ちが欠落し、『欲望』の気持ちが渦巻き、他人より、もっといい生活や贅沢を望み、そんな生活の基準に勝手なレベルをつけ、欲望のみの生活をするのである。常に知っている誰かと自分を、そんな経済的価値観だけで優劣を付け、けっして満足感は永久に訪れないのである。それに気付かせてくれたのは、このセンターで
「なんとか手だけでも・・・。」
「なんとか歩けるだけでも・・・。」
と普通の子供達程度まで、快復させてあげたいという親達の姿であった。そこには、純粋な努力と満足感が満ち溢れていたのである。
 思えば長女2才の時、両足の変形で矯正ギプスをつけた。普通には歩けない・走れない彼女の姿が、今でも目に浮かぶが、あの時私は、そんな我が子を世間に対して恥じていたのかも知れない。鉄の矯正ギプスは人目を引き、それを長ズボンで隠そうとして、女房に諌められた。次女の股関節脱臼のギプスも、可愛そうでしかたなかった。現在、元気に走り回る長女と次女の姿からは、当時の事が想像もつかなくなっているし、長女に至っては、スポーツ少年団の陸上部に在籍し、各種競技会への参加もしている。とにかく、子育てを通じて学んだ事は多く、私のライフスタイルまで変える程の影響力である。今でこそ自信をもって言える事は、『生きていく上で大切なのは、他人と比べてどうかでなく、自分に対してどう納得出来るかであり、出来た事にどう感謝出来るかである。』・・・・・・・・・・
 この『子供療育センター』の先生に見て貰い、次男は左の手足に障害がありそうな事が判った。まったく動かせない麻痺ではなく、筋肉の緊張が通常より激しいらしい。結局、脳からの信号が伝わりにくいそうである。治療法として、センターでの理学療法士によるストレッチと、そのカウンセリングを受けることになった。今後、彼の将来において、どれだけの回復と困難があるのか判らないが、何があろうとも、親である私達と兄弟姉妹は、支えとなることは間違いない。全員で登山もするしキャンプもカヌーも楽しむ、ライフスタイルとしてのアウトドアーは、変わりなく続けるのである。次男の手足の件で、私はしばらく文章が書けずにいた。やはり親としてのショックはかなりなもので、
「いわゆる軽い脳性麻痺ですね。」
の先生の一言が、深く胸に突き刺さった。その後、
「この子の場合、まったくの麻痺ではないし、かなり運動機能もいいし、普通に歩ける様にはなるでしょう。」
との言葉も、悪い方向にしか解釈出来ずにいた。思いを馳せる私の、頭の切り替えが出来たのは、
「悩んでばかりいても仕方ないねんで、きっとこの子は良くなるって・・・それもまたこの子の人生なんやし・・・悩んでも仕方ないねんて!」
と言う女房の言葉であった。
 そうあって欲しくないと言う、私の願望だけが膨らみ、現実を否定していたのかも知れない。現実を認めてしまうと、少し気が楽になった。楽になったと言うより、これから先に対する希望と意欲が湧いてきた。私の子供に生まれてきたのだから、私の子供でないと体験出来ない、素敵な子供の世界を経験することが出来るのだ。この事実を書かずに次へ話しを進めようとしたが、どうしても書けない。書いてみても、すべてが嘘になるような気がして、何度も入力したデータを消去した。自分の子供の欠陥を、文章化する事に対する葛藤があった。長女の足の変形にしても、次女の股関節脱臼にしても、完治する方に確立が高いこともあり、格好つけて書いていただけに過ぎないかも知れない。今回は次男がどうなるかも判らないし、相当悩んでもみたが、すべてを受け入れ、もう一度我が家の生き方を再認識するためにも、避けて通るべきでなく綴っていこうと決めたのだ。

 長女7才、小学校2年。私の所属する『山の会』の山開きに、積極参加してくれた。当日、主催山開き史上最高の500人近い参加者で賑わい、係員の腕章をした私と共に、山頂を目指した。長男・次女・女房組は、本部受付無線係として協力してくれ、私達が3合目にさしかかった頃に、次女が拡声器で、
「おとうさーん、かんばってー。」
と声援コール付きでもあった。会場になった尾八重・地蔵嶽は1,089メートルで、5合目を過ぎた付近に素晴らしい高野槙の群落が見られる。頂上からの眺望もよく、眼下に段々畑になった尾八重集落、遠く霧島連山が望めた。何を食べても絶対的に美味しい頂上ランチと、重くてもその甲斐有りの冷えたビールで、壮快感は倍増した。私の宝物の1人である長女は、最近伸ばし始めた髪を、風に揺らせながら、カロリーメイトをパクついていた。『コイツがここまでなるのに色々な事があったなー、これからもっと色々な事があるだろうなぁー』普段は我がままばかりで、よく私に叱られて泣いている長女だが、明るさだけは人一倍で、親として自覚のない私と女房を、親らしく鍛えてくれている。
 久しぶりに子供4人と風呂に入った。5人で浴槽に浸かると、それぞれが遊び始めた。いつものごとく、私は次男を抱いて足を延ばし、肩まで浸かっていると、子供達は私の足の隙間で遊び始めた。突然、私のチンチンを長男がつかんだ。こうなると大変である。兄弟姉妹に、群衆心理がある話はまだ聞いたことがないが、私の腕に抱かれた次男以外3人が、束になって私の大切な、そして君達の故郷でもあるチンチンめがけて、まるで獲物を襲うピラニアの如く飛びついて来始めた。真剣な応戦が必要となり、戦場化した浴室で平穏を取り戻した頃、次女が長男に向かって言った。
「ほら、見てん!大きくなるとお父さんみたくオチンチンのまわりにモジャモジャ毛が生えてきて、髪の毛がなくなるっちゃが!」
この一言で、意気消沈した臼らハゲ親父は、湯気で曇った鏡で、悲しい自分の姿を確認することもなく、丁寧に次男を洗い上げ、残り3人も洗ってあげた。やはり、子供の風呂入れは、女房に任せておく方がいいのかも知れないなァ・・・と、一人、自分の体を洗い始めた頃、脱衣所にいる次女がさらに長男に言った。
「でも女の子はいいっちゃがー、マンチンに毛が生えても髪の毛は無くならんもんねー。」
  どうも、ハゲていない大人の男には、チンチンに毛が生えていないと認識しているみたいだが、そうでない事実を今後知った時、次女・長男組が私を単なるハゲ親父だと悟る事にも、少しばかりの悲しさがある。


 
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